長編 #3710の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
千堂秋彦は本を閉じると、ソファの空きスペースに投げた。黒と銀色が目立 つハードカバーは、一度弾んで、すぐに止まった。上になった表紙に走るタイ トルは、『魔神威』。 「あほくさ」 短い感想を漏らし、コーヒーカップの取っ手に指をかける。 途端に、やかましく言われた。同僚の上島愛が立ったまま、長髪をぶんぶん 振っている。 「何でですか! 面白いじゃないですか! 特に最後の−−」 「最後まで読んでいないんだ」 この一言で、上島はさらに火が着いたようだ。 「読んでないですって? そりゃひどい。ひどすぎます。最後まで読んで、け なすなんて」 「んなこと言われたってな」 頭をかきむしりながら、わずかに残るコーヒーを干した。 「あほらしくて読み通せないよ、これ」 「何があほらしいんです? 具体的に言ってください。さあ」 鼻息も荒く、上島はテーブルを挟んで千堂の正面に腰を落ち着けた。 千堂は答えるのが億劫だった。頭をかく手を変えた。 「言ってくださいよ! このベストセラーのどこに、そんなあほらしい箇所が あったのか」 「ベストセラーだからって、おかしな点がないとは限らないでしょ」 煙草をくわえる千堂。と言っても、部屋の中では吸うなと上島から命じられ ているため、くわえるだけ。吸い口にはフィルターのパイプを着けている。 「たくさんの人が読んでいるのに、おかしな点に誰も気付かなかったって訳で すか? へえー、千堂さんて偉いんですねっ。誰も見つけられなかったミスを 発見するなんて」 「嫌味はよしてくれよ。それに、『魔神威』におかしな点があるとは言ってい ないよ、僕」 喋りにくいので、煙草を手に取った千堂。どうすればここを逃げ出して、ゆ っくり喫煙できるかを考え始める。 「言ったじゃないですか」 「言ってないって。一般論として、ベストセラーにもミスがあって不思議じゃ ないと言っただけ」 「……もう、それはいいですっ。『魔神威』に対して、あほくさって言ったの は事実です。その説明、してください」 「だってねえ……分かるでしょ」 放り出した本へ、一瞥をくれる。 「あんな簡単に、機械が意志を持ってたまりますか。しかもだ、苦心惨憺、研 究の結果にコンピュータが知能を持つならまだしも、あの作品では偶然ですよ、 偶然」 「いいじゃないですか。それがSFってもんです」 上島は不満そうに口を尖らせた。ベビーフェイスがファニーフェイスに変わ って、どこか愉快だ。 千堂は笑いをこらえながら、続けて話す。 「偶然に生まれた人工知能……じゃないな、人工生命だ。そいつがパニックを 引き起こすなんてね。登場人物も人工生命を気味悪がるばかり。僕だったら、 狂喜しちゃいます。こんな立派な人工生命がこんな簡単に生まれたら、苦労し ない」 本棚に目線を移す。人工生命や人工知能、遺伝的プログラム並びに遺伝的ア ルゴリズム、さらにはファジーだのカオスだのの書物が並んでいる。 「愛ちゃんも分かるでしょ? いつまで経ってもできないんだから」 「楽しくないなあ」 「え?」 腰に手を当てた上島を、千堂は見返した。 「現実世界で壁にぶち当たっているから、気晴らしのためにその本、渡したん です。その厚意を無にするなんて」 「おや、そうでしたか」 とぼけた口ぶりになって、視線を外す千堂。 「気付かなかった。ところで僕のためを思ってくれるなら、今、僕は煙草を吸 いたい。部屋を出てもいいかい」 「だめと言っても、出て行くんでしょうが」 「愛ちゃんが人工生命なら、パワーオフさせるだけでこと足りるんだけどねえ。 ばちん、って」 宙に腕を伸ばし、千堂はボタンを押す手つきをした。上島は額を押さえて、 顔をしかめる。 「ばかやってないで、吸いたいならさっさと出て。そろそろ本業に戻らないと いけないんだから」 「じゃ、遠慮なく」 千堂はテーブルに出したままだったライターを見つけると、煙草を再びくわ え、廊下に出た。 喫煙コーナーは、この白い廊下を右手にずっと行き、階段が見えたらそれを 昇り、三階にあるトイレの横だ。エレベーターもあるのだが、そちらに回って いると余計に時間がかかる。 ぺたぺたと足音をさせながら、喫煙コーナーにたどり着くと、お仲間がすで に来ていた。 「よ、千堂」 「高倉さんも追い出された口ですか」 笑顔で挨拶し、長椅に腰掛ける。 「そう。今年になって、同室者の同意があれば部屋での喫煙を認めるなんて、 妙なルールができたもんだ。逆に言えば、反対されたら吸えないってこった。 ワークステーションがある部屋ならともかく、研究室ぐらいいいじゃないかよ」 「同感ですねえ。煙草を吸わないと、脳細胞の働きが何割かダウンする体質な のに、僕」 煙草に火を着け、一口、深く吸い込む。 「自分もだ。お互い、運が悪いな。禁煙主義者と相部屋だなんて。早く個室が 持てる身分になりてえ」 「そうですねえ……ああ、ばかだな。交代しましょう。それで解決だ」 「何、交代だって?」 すでに煙草をもみ消し、椅子にもたれていた高倉は、急に身体を起こした。 「高倉さんと相部屋は、野瀬さんでしたね? 僕と野瀬さんが部屋を入れ替わ るか、逆に高倉さんと愛ちゃん−−上島が入れ替わればちょうどいいじゃない ですか。喫煙者は喫煙者同士、仲良くしましょう」 「ああ、そうか……。それはいいな」 うなずいて、鼻の頭をかく高倉。 「どうしてこんな簡単な案に気付かなかったんだ。迂闊だぜ」 「そうですよ。分野が違ってても同室になっていいんですからね。早速、院協 (大学院生協議会)に言って、認めてもらいましょ」 「その前に、野瀬に話を通さないとな。まあ、喜んで賛成してくれるとは思う が。千堂のところは?」 「もちろん、これから話しますが、断る筋合いはないでしょう。幸い、野瀬さ んと上島も仲は悪くないですし」 千堂は煙草を灰皿に押しつけた。まだ長さは充分にあったが、単純な名案が 浮かんで気分がいい。健康のためにこの辺で消しておこう、と柄でもないこと を考えた。 「じゃ、俺、もう行くわ」 高倉は、全身を伸ばしながら立ち上がった。 「部屋交代の話、言っといてくれ。院協には俺から言っておく。できれば俺は 動きたくないんだが、こっちに原因があるからな」 「喫煙者同士、お互い、立場は弱いってことですね」 苦笑いを交わすと、千堂も立ち上がった。 行きと同じく、階段を使ってのんびりと部屋−−二一六号室−−の前まで来 ると、ちょうどドアが開いた。 危うくぶつかりそうになるのを避けて、中から飛び出してきた人物を見やる と、当然のごとく上島愛だった。 「どうかした?」 「あ、よかった。呼びに行くとこだったんです。手間が省けた。緊急の収集」 「しゅうしゅう? ひょっとして、招集のことかい?」 上島が小さな言い間違いをするのは、いつものことだ。そしてそれを千堂が 訂正するのも、いつものことである。 「それそれ。電話があって、時間の空いている者は一階の会議室に集まれだっ て。工学科の方で何かあったみたい」 「電話とは面倒な。放送をかけりゃいいのにな」 千堂がそうつぶやく間にも、上島は先に行ってしまった。 やれやれと肩をすくめる千堂。会議室までの道すがら、部屋を交代する話を しようと考えていたのだが、できなくなった。 仕方なしに廊下を一人で行くと、他の部屋のドアも次々に開いて、人が出て 来る。同じ目的のようだ。 エレベーターを目指していた千堂は、くるりと向きを換えた。人が密集する 場所に進んでいく気はない。 階段を経由して会議室に着くと、すでに十名ほどが集まっていた。この研究 棟を利用する工学科と情報科学科の大学院生だ。それも時間の空いている博士 課程一回生がほとんど。高倉の姿はなかった。 千堂は上島の姿を見つけ、右隣に陣取った。 「何があったって言った?」 「説明はまだです」 千堂が来てから三分もしない内に、何やら始まった。 「集まってもらったのは、ちょっとしたトラブルがあったからで」 第一声は、この場では数少ない二回生の蔭山で、院協の役員を務めている人 だ。格幅がよく、人当たりのよいことで知られる。 「えー、工学科の制作室に置いてあったロボットが消えたんだけど。消えたっ てのは、つまり……盗まれたようで」 盗まれたという言葉に、室内がざわめく。 「えー、静粛に。最初にざっと事情を説明するから聞いて。宮田君」 蔭山は工学科の院生を指名した。眼鏡を掛けた色白でやせぎすの男だ。どう やら彼が被害者なのか。 「えっと、工学科の院一年、宮田です。僕と西村君とで作っていたロボットが、 なくなってるのに気付いたんです、さっき、午後三時頃、制作室に入ったとき に」 「西村君はどこにいるの?」 女の声。多分、工学科の院生だ。女性の院生は珍しいので名前だけは聞いて いるが、顔と一致させられない。面白くなさそうな表情は、地なのだろう。 「今、授業です。それにさっき、ロボットがないと気付いたとき、制作室にい たのは僕一人ですから、一人で説明できます。ロボットは研究とは無関係に遊 びで作っている物で、暇を見てはちょこちょこっと改良していってたんです」 「改良ということは、ロボット自体は動く状態にあった?」 工学科二年の都築が発言した。この辺りは、情報科学科の人間は黙って見守 るしかない。 「ええ。遠隔操作で動きます。大きさは高さが約三十センチ、正面から見た幅 は約二十五センチですが、両腕を水平に広げるとおよそ六十五センチになりま す。横から見た場合も、約二十五センチの幅があります」 要するに、三十×二十五×二十五の直方体をイメージすればいいようだ。 「重さは計ってませんが、三キロは超えているでしょう。何でもかんでもくっ つけてますから。移動は底面から覗くゴムタイヤで行い、馬力は大したことあ りません」 「コントローラーは残っていたのか」 都築が重ねて聞く。眼鏡の奥の目つきが鋭い。 「いえ、それもありませんでした。もっとも、工学の人間なら、作ろうと思え ば誰だって作れる代物ですが」 「何のために作ってたんだ?」 「単なる遊びですけど。腕のあるラジコンみたいなもんです」 「腕の用途は? 何ができる?」 「何かを押すぐらいです。あるいは引っかけて引っ張る……」 「悪いけど、それぐらいにして」 唐突に、蔭山が遮った。 「問題は、これが盗みらしいってこと。いたずらなのか本気なのかは分からな いけど、愉快な話じゃないんで、早期に何とかしようと集まってもらった訳」 「犯人探しをするってこと?」 さっきの女性が質問した。蔭山は狼狽したように、両手を振った。 「あー、いやいや、そこまでいきなり大げさにしたくないんで、集まってもら ったのは、もし何か知っている人がいたら名乗り出てくれないかなという……」 「犯人に名乗り出ろって?」 「違うったら。そりゃ、それが一番だけど、他に何か見たり聞いたりした者が いれば、教えてくれってこと」 「そういうことなら……」 と、都築が視線を投げかけた先は、宮田だ。 「まず確認したいのは、君の友達が運び出していたなんていう馬鹿げた事実は ないんだろうね?」 「も、もちろんです」 慌てた風に答える宮田。 「講義やってる最中にお邪魔させてもらって、確認しました」 「じゃあ、真面目に考えなきゃなあ。とりあえず、工学科の人間は除外できる だろ」 都築の意見に、情報科学科の者がどよめく。 「何でだよ」 須川という院生が低い声で言った。普段は寡黙な人で、千堂もほとんど話を したことがない。 −−続
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE