長編 #3707の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
それからの、昼食を挟んでの約二時間は、気怠く流れたと言っていいだろう。 言うまでもないが、緊張感は確かに残っていた。しかし、精神的疲労また色濃 くにじみ出ており、誰もが−−犯人さえ−−早く時間が経ってほしいと願って いたのではないかと、想像する。 そして、島を発つ予定の時刻だった午後一時半まで、あと三十分というとき になって、突如、スパークプラグが現れたのである。 「盗まれていた物に、間違いありません」 二階へと続く二つの階段の、左側のステップの裏に、無造作に投げられてい たプラグを手に、実道はそう言った。 「連続殺人の閉幕を告げる合図……なのか」 法川が難しい顔をして言っている横で、戸井刑事は誰が犯人なのか、必死に 考えている様子だった。 「今になって、こんなところにプラグを置くとは……。誰が置いたのか、特定 しようがない。巧妙だ、全く!」 事実、プラグを階段裏に置くチャンスは、私も含めて、全員にあった。何せ、 船は動かないが、帰り支度だけはしておこうということで、みんながてんでに 動いていた時間帯だったのだ。 ちょうど一時半に、船を出せる状態になったという実道の連絡が我々にもた らされた。苦しみから解放された喜びなのか、歓声が上がった。 遺体をそのままにしておくのは心苦しかったが、後ほど行われるに違いない 捜査を思えば、下手に移動させるよりはいいだろう。急がねばならない。 ひょっとしたら、港に着いて警察に事情を話し、島にヘリコプターか何かで とんぼ返りということになるかもしれない。それでも我々は、島を離れたかっ た。忌まわしい思い出を一時的にせよ振り切るには、それが一番であると思う。 予定より十五分遅れで、私達十人を乗せた船は、島を離れた。一時間もすれ ば、また大地を踏みしめることができる。 そのことを心待ちにするあまりだろうか、帰りの船内は、意外にも会話が盛 り上がった。どこか空虚で、白けた座であったが、一人で落ち込んでいるより は、よほどよかったに違いない。 そんな中、風見ひそかが言った一言には、例によってぎょっとさせられたも のだ。 「もう一度、行きたいね」 少女はデッキに出て、太陽の光に目を細めながら、法川へと笑いかけるので あった。 「−−ああ」 海に向かったまま、探偵はうなずいた。サングラスの縁に触れ、答える。 「嫌でももう一度、来ることになるだろうね。それも近い内に」 本土に戻った我々の内、戸井刑事を除いた九人は、五日を置いて、揃ってワ ンラ島に高速艇で向かった。正確に言うと、警察の捜査に協力するため、半強 制的にかり集められたのだ。島で一泊させられるおまけ付きである。無論、戸 井刑事は警察関係者として、早々に島に入っている。 通り一遍の事実確認や聞き込みがなされたあと、私達はひとまず解放された。 解放とは名ばかりで、屋敷からなるべく出るな、出るときは警察の者に声をか けてくれ、尾行が着く場合がある等々、うるさく言われている。なお、部屋割 りは前回と同じ部屋に入ってくれと言われ、それに従っている。遺体が運び出 されて使えるようになった五号室には森田コック、錦野の部屋だった十号室に はメイドの江梨がそれぞれ入った。 「証拠品が無事だったなんて、一言も言ってなかったじゃないか」 法川の部屋で、私は彼に抗議した。 「策を使うこともあるさ」 軽くいなされる。 法川の奴、放火の一件で証拠品がだめになってしまったような口振りをして いたが、本土に帰り、僕ら親近の者だけになるや、あれは嘘だったと言い出し たのだ。 証拠の品とは実は電話機だったのだが、六号室の電話機を取り外し、自分の 部屋に電話機と取り替えて置いたという。六号室を封鎖したのは、犯人が証拠 品をどうにかしようとぼろを出すのを狙った、一種の罠であった。 「さぞかし、犯人は安心していたろうね。だが、そうは行かないさ。電話機に 証拠が、くっきりと残っていた」 法川は戸井刑事を通し、すでに鑑識で電話機を調べてもらっていた。 「何が残っていたんだ? 指紋か、やっぱり?」 「当たりだよ。でも、犯人のじゃない。君のだ」 「へ?」 思わぬ事実を聞かされ、私は自分で自分を指差した。それから法川の顔をま じまじと見返し、さらに隣で腕組みをする戸井刑事も見やった。 「どういうことなんだ?」 「考えてもみたまえ。君が入りもしない六号室の電話に、どうして君の指紋が あったのか」 「入りもしないって、怪人物に押し込まれて、短い間だが入ったぜ」 「そのとき、電話機に触れたのかい?」 「いや、触れてない」 「じゃ、いつ触ったんだろうねえ」 意地の悪い笑顔を作る法川の前、私は懸命に考えるも、謎は謎のままである。 「分からない。降参するよ、教えてくれ」 「僕は、君の証言を聞いて、電話機に指紋が残っているんじゃないかと思い付 いたんだぜ。肝心の君がそれじゃあ、困るな。 まあいい。島での最初の夜、君は酔っ払って、実道や神代の肩を借りて二階 に行ったよね。そのとき、こう言ってるのだよ。『左を向かされて、目の前に 現れた階段のステップに足をかけた』とね。最終的に、左に曲がり、そこで初 めて階段に足をかけた。このことから、二階へ行くのに左右どちらの階段を使 ったのかが分かるんだ」 「何だ? 僕はずっと左の、つまり玄関から見て左の階段しか使ってなかった」 「そう思い込んでいるだけで、酔って肩を借りたときだけは、右の階段を使っ たんだ。左の階段を使ったのなら、左に曲がって初めて階段に足をかけるなん て、できやしない。君が壁から出て来たのなら、別だけど」 「−−そ、そうか」 やっと納得して、あの夜の感覚を思い出す。うん、間違いなく、左に曲がっ てから、初めて階段を昇り始めた。 「で、でも、そうなると、どうなるんだ?」 「右の階段を使うのは、悪いことじゃない。人の勝手だ。だが、そのあとの実 道達の行動は、ちょっと変だよ。部屋の位置を聞かれた君は、『右手の三番目 の部屋』という意味の返事をしたんだったね。左階段を上がったのなら、それ はまさしく五号室だ。だが、右階段を上がった場合、五号室ではなく六号室と なる。さて、実道は君から五号室の鍵を借り受け、それで六号室の部屋の鍵を 開けたことになる。そんな馬鹿な。違う部屋の鍵で開場されるんなら、安全も 何もあったもんじゃない。これは、実道の芝居だ」 「……」 にわかに信じられず、私は唾を飲んだ。 「六号室の鈴木は死んでいたから、部屋は空室だったし、鍵を差したままドア は開いていた。二階の部屋の内装や構造は、どれも同じ。さらに部屋番号が、 普通の数字による表示ではなく、ややこしい図形文字による表示だったため、 気づかなくても無理ないよ」 「ぼ、僕はあの晩、鈴木の部屋−−六号室で寝たのか」 「そうなるね。五号室の鍵を入手し、君を六号室に寝かしつけた犯人にとって、 錦野さんの遺体を五号室に出現させるのは容易だ。何らかの理由を付けて錦野 さんを五号室におびき寄せ、殺害すれば事足りる」 「犯人は実道なのか?」 私の質問に、法川は答えることなく、続きを述べる。 「電話に指紋がいつ着いたのかは、分かるだろう? そう、君が無言電話で起 こされたときだ。その直後、犯人が仮面の怪人物に扮して、君を部屋の外に引 っ張り出したのは、そのまま朝まで六号室で眠られると、仕掛けが露見してし まうからさ。一度廊下に引っ張り出され、改めて六号室に押し込まれたのに、 君は、自室である五号室から引きずり出され、今度は六号室に押し込まれたも のと思い込んでいたんだよ」 「そうか……神代さんに尋ねれば、証言がもらえるな」 「おや? そんなことを言うのか。君も大したお人好しだねえ」 法川だけでなく、戸井刑事も笑っている。 「な、まさか、法川。神代さんも噛んでいるのか?」 「恐らくね。共犯でないとできないことが、多々あるじゃないか。たとえば放 火。あれ、実道には無理なのは分かるだろ?」 「……うむ。彼は火が出たとき、屋敷の中にいた。だが、神代さんにだって無 理だろう? 彼女は、僕とほとんど同時に、六号室の前に来たんだよ」 「君は向こうの狙いに、見事にはまっている。よく考えれば、六号室にあのタ オルを巻き付けた物体を投げ込めたのは、彼女しかいないんだよ。僕も、気づ くのが遅すぎたけどね」 「どうやったって言うんだ?」 「うーん、喋るのに疲れたな。戸井刑事、お願いします」 「私が?」 刑事は、いくらか恐縮した風に肩を小さくした。 「今度の事件で何も食い止められなかったから、出しゃばらんようにと思って るんだが」 「食い止められなかったのは、僕も同じです。せめて、部分的にでも推理を皆 に披露していれば、幸道さんの命だけでも救えたはずなのに。これ以上、得意 がって話すのは、気が進まない。だから、刑事、頼みます」 「……分かった。永峰さん。神代は、火の着いたタオルを、自分の部屋から六 号室へと投げ込んだと思われます」 「自分の部屋から六号室……ああ! 神代さんは四号室、六号室の隣りだ! 窓から身を乗り出し、針金を持って、火の塊を水平に振り回せば、隣の部屋の 窓を突き破って中に入る」 「その通りです。周到にも彼女は、目撃者に仕立てる人間が廊下を通るのを待 っていたんでしょうな。それがたまたま永峰さんになったのか、最初からあな たにしようと思っていたのかは、まだ不明ですが」 「なるほど。じゃあ、最初の夜、僕に酒を飲ませたのだって、実道と神代さん −−神代の作戦だったんですか」 「そう思われます。全ては、これからだが」 「仮面の怪人物は、実道だったんですか……。部屋の入れ替えトリックがなさ れていたんだから、あの衣装一式を僕の部屋の真上に投げ上げるのだって、簡 単な訳だ……」 殴られた痛みを思い出し、左のまぶたをさすった。そうしているときに、ふ と疑問が浮かぶ。 「法川、君が推理を話しているということは、鈴木さんが殺された方法も分か ったのか?」 「分かったよ」 法川は風見の相手をしながら、顔だけこちらに向けた。 「遅すぎたけれどね」 −−続く
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