長編 #3700の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「もし仮に」 右手の人差し指を立て、法川が始めた。 「ここにいる作家先生が犯人だとしたら、どんな動機が考えられるだろうか」 指差された私は、意味もなくどぎまぎする。 現在、法川の部屋に集まったのは四人。法川自身と私、風見、そして戸井刑 事だ。 「僕は殺してなんかないよ」 「仮にだよ」 「女を独り占めにする!」 突然、風見が叫んだ。訳が分からず、戸井刑事が尋ねる。 「どういう意味だい、ひそかちゃん」 「鈴木さん、錦野さんって、男ばかり殺してる。これからも男を殺し続けて、 残った女四人を、犯人は独り占めにするなんてどうかしら」 嬉しそうに笑いながら、突拍子もない意見を出してくれる。少女は私を見つ めてくると、続けた。 「でも、無駄よ。私は彼一筋なんだから」 勝手に言って、法川の腕に抱きつく。法川も法川で、嫌な顔一つせず、にや にやしているのだから参る。 「万が一、僕が死んでも、ずっと思ってくれるのかい?」 「うん!」 「嬉しいね。男冥利に尽きるな、これって」 「男みょーりって?」 少女の質問を、探偵は「あとでね」の一言で封じた。風見は、法川の言うこ とだけは、素直に聞くのだ。法川も、あとで説明するのを忘れないから、偉い とは思う。 「率直に聞くけど、永峰、君は鈴木さんや錦野さんと、何の面識もなかったん だね?」 「もちろんだとも」 「彼らから、自著にサインを求められたことはなかったかな? ファンレター をもらったとか」 「ま、まさか。もしそうだとしたら、会うなり、何か一言あってもいいだろう」 「冗談だよ。ふむ。島に来てから、あるいは船上でも、トラブルはなかったよ うだしね」 「そうだよ。僕はほとんど船酔いでダウンしていたんだからな。島に来てから も、何ももめてない」 「じゃあ、女性達に手を出そうとはしなかったか?」 「何だって?」 大声で聞き返してしまった。 「そのままの意味だよ。板倉さん、神代さん、メイドの江梨さん。三人の誰か に手を出そうとして、錦野さんからライバル視されたとか。その結果、彼とも めて殺害に至った」 「それこそ冗談じゃないぜ、法川。この際だからはっきり言うが、少なくとも 神代さんのようなタイプは苦手だ。何て言うかな、彼女には裏表がある。他人 の女性を奪う気もない」 「じゃあ、板倉さん狙いか」 「そう……違う! そんなことを言ってるんじゃない。深刻な事態なのに、茶 化さないでくれ」 「真剣にやってるよ。まず、君が犯人でないことを、あらゆる角度から検証し ておきたい。絶対的な結論は導き出せないだろうがね」 「嬉しいような、嫌なような……まあ、頼むよ」 「もういい。切り上げて、さっさと次に行くんだ」 しびれを切らしたように、戸井刑事が言った。 「永峰さんが犯人でないのは、ほぼ間違いない。私も犯人じゃない。ここにい る四人は、除外だ。死んだ二人も除く。永峰さんの証言から、犯人は男である と推測される。だから神代、板倉、江梨の三人も外れる。残るは幸道、実道、 貴島、森田の四人。彼らの動機や機会を議論すれば、自ずと答は出て来るに違 いない」 「女性を除くのはどうかな? 共犯の可能性がありますよ」 異議を唱えた法川。 私としても、できれば複数犯であってほしくない。何故なら、二十則の12 に、色々と注釈付きではあるが「犯人は単独犯であること」という意味の項目 があるのだ。これを満たすため、怪人物は女だったかもしれないと、証言を訂 正してやろうかと思ったぐらいだ。 「永峰……変なことを考えるな」 法川の不意の忠告に、私はどきっとした。 「何のことだい?」 「君の夢を壊すようで気が引けるが、十戒だの二十則だののルールを守った事 件なんて、そうそう起こるはずがない。現実なんて、そんなもんさ」 探偵の隣では、刑事が首を縦に大きく振っていた。 「そうかなあ。今度の事件は舞台と言い、殺害方法と言い、『いかにも』だと 思うんだが」 「永峰さん、普通に考えたら、あんたは重要な容疑者ですよ。刑事に厳しく尋 問され、やってもいない犯罪を自白する。そうならないで済んでいるだけ、あ りがたく思うことだ。つまらん考えは捨てて」 「はあ……」 親身になってくれた刑事の言葉に、私はうなだれ、自重することを決めた。 「話を戻そう。−−共犯の可能性ねえ。共犯がいるんなら、犯人の奴、アリバ イを作るんじゃないか。鈴木殺しはともかく、錦野の件は」 「真夜中のアリバイですか? その場合、同じ部屋にいたというぐらいしかア リバイ成立のしようがないですよね。いわゆる男女の関係では、アリバイとし て認められないことも多々あるんでしょう? だったら、最初から変な小細工 はしない方がいい。犯人は、そう判断したのかもしれません」 「……言葉を変えよう。共犯はあり得る。永峰さんを襲ったのは、男と見なし ていい。これでどうだ?」 「オーケーです」 邪気のない含み笑いをする法川。 「じゃあ、永峰さん襲撃の件だけを見て、四名の容疑者について検討しよう。 機会は、全員にあったとしていい」 「その前に、もう少し枠を絞り込んでもいいかもしれません」 法川は穏やかに提案した。 「利き腕です。永峰、君はどちらの手で殴られたんだ? それぐらい覚えてい るだろう」 「ああっと……右手だ。右手で左目を殴られた」 私は、思い出したくない場面を頭の中で再生した。痛みの記憶とともに、恐 怖感がまざまざとよみがえる。 「さて、熟慮すべきは、このような場合、犯人は利き腕で殴るか、だ」 「そりゃ、利き腕だろう」 何を当たり前のことをと、鼻で笑う戸井刑事。 「ボクサーじゃあるまいし、興奮しているときは利き腕が出るもんだ」 「そうでしょうか? 犯人が永峰を襲うだけで逃げたのは、罪を着せる他にも 意図があったのかもしれない」 「どんな意図があると言うんだね」 「利き腕を錯誤させる。つまり、犯人は本当は左利きなのに、右利きだと思わ せるため、故意に右で殴った。この可能性はどうです?」 「……いや、犯人は必死だったはずだ。下手すれば、永峰さんに仮面を剥がさ れるかもしれないときに、悠長に利き腕じゃない手で殴りゃしないさ。そもそ も、永峰さんに罪をなすり付けたいのなら、自分のことをごまかす必要はない」 「僕も戸井さんと同意見です。永峰はどうだ?」 「うーん、そう思う。あんな力でやられたのに、犯人は余裕を持ってたなんて、 信じたくないからね」 答えながら、強くうなずく。 「では、襲撃犯の怪人物は右利きだったとしよう。先ほど挙げた四人から、左 利きの人物は除外できる」 「実道は両手が使えるんだ」 友人にとって有利でもない証言をするのは気が引けるが、事実を隠す訳には いかない。 「元々は左利きだったのを、幸道氏にしつけられたそうだよ。でも、完全に右 利きになったんでもなくて、箸と書き物は右だが、あとは左を主に使うと言っ ていた。そんなことを息子に強制する幸道氏は、もちろん、右利きだ」 「なるほど、ありそうな話だ」 戸井刑事がつぶやいた。幸道氏の顔を思い浮かべているのだろうか。その彼 が、続けて言った。 「森田は右利きだと思うぞ。昨日、釣った魚を運んだとき、奴が料理している のを見たが、包丁を持つ手は右だった。覚えている」 「じゃあ、貴島さんはどうでした? 戸井さん、検死のときに立ち会っていた んだから、何か気づいたんじゃないですか?」 「そうだな……。うむ、最初に瞳孔を調べるとき、ペンライトを左手で持って いた。彼は左利きだ」 「そうなると、完全に除外できるのは、貴島さんだけになる。実道さんは、微 妙なところだが」 「必死になってたなら、当然、左で殴ると思うがね」 私は実道の弁護に出た。 「この場合、彼は特別だよ。友人である君を思い切り殴るのに忍びず、手加減 して、右で殴ったかもしれない」 「……」 そこまで考え始めたら、何もかも不確かになってしまうじゃないか。そんな 風に考えたものの、私は結局、無言を通した。言い負かされるのが落ちだと思 ったのだ。 「幸道さん、実道さん、森田さんの三人に、話を絞ります」 法川は刑事に対して言った。 「三人に機会があったのは、間違いない。夜中なんだから、部屋をこっそりと 出て、永峰さんを襲う機会はいくらでもある」 「そうでしょうか」 懐き、じゃれてくる風見の相手をしながら、法川は謎かけをするように言っ た。続きを待つ我々の気も知らず、彼はしばらく風見をあやして、それからや っと口を開いた。 「たとえば森田さんは、コックとしての今朝の仕事を見事にこなしたようだ。 永峰を襲い、錦野さんを殺すなんて、大仕事です。共犯がいれば、その労力は 減るでしょうが、それでも大変なのは間違いない。犯罪のあと、さして長くな い時間だが、戸井さんによる一種の取り調べもあった。身心ともにくたくたに なるはずです。だが、森田さんはうまい料理を並べてみせた」 「いくら何でも、その見方は承伏できん。犯行後、寝不足になっても、きちん と料理を作ることができる人間もいるでしょうからな。森田はそういうタイプ なのかもしれない」 「それじゃあ、機会については全員にあったと見る他ないでしょう。動機はど うです?」 「さっき、食後に触れたかもしれないが、やはり、実道は鈴木を殺す動機があ るような気がする。冷静に考えれば、島にいる者で、鈴木と最初から知り合い だったのは、実道か神代だけなんだ。その上、ギャンブルが絡んでるとなれば、 動機があると考えてもおかしくない」 「ま、認めましょう。でも、錦野さんについては? この人は幸道さんの知り 合いであり、実道さんとはそれほど深い仲ではないようだが」 「分からん。共犯説を採ると、実道が殺したいのが鈴木で、共犯者が殺したい のが錦野だったというのもあるが」 「錦野さんを殺す動機のありそうな人物は……」 考える法川。そのとき不意に、風見が言った。 「全員でしょ!」 「え?」 男三人で、少女の顔を見つめる。 「錦野さんて、女たらしなんだから、いくらでも恨まれたって、不思議じゃな いよ。違う?」 「−−そうだね」 法川は苦笑しながら、風見の頭をなでた。気持ちよさそうに微笑む風見。 「動機の点から絞り込むのは、どうやら無理だな」 あきらめたように、戸井刑事が息をつく。 「錦野殺しの動機が、誰にでもありそうだとなると、お手上げだよ。貴島さん ぐらいは、外してもいいかもしれんが」 「いや、あの人はなかなか旧いタイプの人間のようだから、錦野のような男を 嫌うあまり、殺意を抱いたなんてことも、絶対にないとは言い切れないですよ」 法川は楽しそうに付け加えた。 「……おい、名探偵。事件が複雑になるのを、喜んでやいませんかねえ」 額に大きなしわを作った刑事に対し、法川は澄まして答えた。 「とんでもない。僕は現実的な話をしただけですよ」 人の動きを見張ると言う戸井刑事を屋敷に残し、私と法川は風見を連れて、 外に散歩に出た。 もちろん、散歩は表向きの理由で、誰にも聞かれぬよう推理を重ねるためで ある。さらには、船の無線の修理に向かった実道と、話がしたいという思惑も あった。 「あれ!」 玄関を出で間もなく、風見が叫んだ。屋敷を振り返り、人差し指を立てて斜 め上方を示している。 どうせ鳥でも見かけたのだろうと無視したが、法川はそうしなかった。 「あれ、何?」 「……布のようだ」 額の上に手でひさしを作る法川。私も同じようにしてみると、確かに布のか たまりが見える。屋敷の屋根、そのちょうど真ん中に引っかかる具合だ。 −−続く
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