長編 #3695の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
刑事の手にある小さな電気機器を見て、私はすかさず言った。彼が「ほう」 という風に口を丸くしている間に、法川がバッグの中を探る。 「ディスクは……二枚だけですね。プレーヤーの中に一枚ある?」 一枚、セットされたままになっていた。 「念のためだ、聴いてみよう」 再生のボタンに触れる。スピーカーがないので、イヤホンで聴くしかできな い。片方は戸井刑事、もう片方は法川の耳に収まる。故に何が録音されている のか、私にはさっぱり分からない。 「これは音楽だけのようだ」 法川の手つきを見ていると、曲を次々とスキップしているようだ。 バッグにあった二枚も音楽のみだったらしく、二人とも失望したように首を 振る。 「次に行こう」 「えっと、開封した珍味の袋−−するめ−−がある。ガム、こっちは未開封。 安物の黒ボールペンが一本。残りは塵と埃だな」 「青酸ソーダの缶はない?」 斬り込むように、ずばりと聞く法川。 「あ? ああ、そうか。ん、ないな」 「それじゃあ、自殺の線は、ほぼ消えたと見ていいね」 「うむ。まあ、最初からその可能性は低いと思っておったが」 鈴木の部屋の調査は、このあとも続けられた。が、特に隠されていた物があ るはずもなく、徒労に終わった。 部屋は施錠されることなく、そのまま放置された。鍵も鍵穴に差し込んでお く。我々の気付かなかった、犯人にとって都合の悪い物がもしも存在した場合、 開け放すことで犯人が盗みに来るのではないかという、微かな望みからである。 その望みの薄さ故、常時見張るようなことはしないし、またできる状態になか った。 広間に戻ると、何人かが残っている。これなら事情聴取を進めてもいいので はないかとも思う。時刻は日付が変わり、零時三十分。個別に行うことにこだ わらなければ、できない相談ではないだろう。 その旨を口に出すと、法川が嫌な顔をする。 「閉鎖空間の中、殺人が発生したんだぜ。ひそかを一人で寝かせておくのは、 不安だ」 「法川、君は探偵だろう。そんなことでいいのか」 「今の僕は探偵じゃない。単なる音楽プロデューサー・法川統だ」 「全員の命が、危険にさらされるかもしれないんだよ。それでもいいって言う のか? 優れた探偵能力を持ちながら、使わずにおくなんて」 「いいんだ」 強弁する法川。知らない人がその声だけを聞けば、きっと子供のようだと思 うに違いない。 だが、彼は名探偵なのだ。私が保証する。 「命を守るなんて本来、自分自身でするものだ。今の状況にあっても、簡単だ よ。鍵をかけて寝る。合鍵を持ってる幸道さんを怪しむなら、自分の部屋の分 だけ合鍵を渡してもらえ」 「それはよい考えだ」 残っている中には、当の幸道氏もいたのだ。全く、法川は恐れを知らない。 幸道氏はその場にいる者全員を見回しながら、朗々とした調子で言った。 「希望者にはお渡しする。それが当然である、遠慮する必要はありませんぞ」 牽制し合っているのか、それとも気後れしたのか、誰も希望しない。 「極端な話をすれば、犯人がわしを襲って合鍵を奪い、あんたらの内の誰かを 狙うかもしれん。若き探偵クンが言ったように、自分で自分の命を守る。これ こそ納得がいくのではないかな」 それなら……という風に、場にいた貴島、板倉の両名が合鍵を受け取る。私 と戸井刑事も彼らに倣った。 「法川、君は?」 「一応、もらっておくよ。幸道さん、ひそかの分もいいですか?」 「ああ、なるほどの。この島に来てからの様子を見ておった限り、かまわんと 思うが」 「私が保証しますよ。鍵をやってください」 戸井刑事が言った。法川の探偵ぶりに反発する言動もたまに見せる刑事だが、 根底では信頼しているのであろう。 「そろそろお休みさせていただきます」 会釈しながら板倉が言うのへ、幸道氏が頼み事をする。 「もし、神代さんや錦野さんが起きて、二階の廊下にでもおられたら、合鍵の 件を伝えてくださらんか」 「かまいませんわ」 穏やかに引き受けて、板倉は左手の階段を昇っていった。 それからしばらくして、今度は貴島があくびをかみ殺すように顔をしかめな がら、幸道氏に二言三言挨拶をし、部屋へ戻っていく。 「合鍵の話を、コックやメイドにもしておいた方がいいかもしれませんな」 今度は戸井刑事が、階段へと向かう途中で言った。彼ももはや、今からの事 情聴取は放棄した様子だ。 「ふむ、そうですな。だが、彼らは朝早いので、もう寝ておるはず。一晩、わ しがしっかり管理してやれば済むこと。明朝に回してもよかろう。それに刑事 さん、あんたもこれ以上事件を起こさせる気は毛頭ない。違いますかな?」 「無論です。幸道さんがおっしゃるなら、鍵、しっかり保管してくださいよ」 忠告のように言い置き、刑事は一歩ずつ、ゆっくりした足取りで階段を昇り 始めた。 刑事が部屋に向かい出したのを見て、法川も小走りに階段に近寄ったかと思 えば、一気にかけ昇る。刑事がどう動くか気にしていたのだろう。 「永峰さんは、どうなさる?」 「部屋という箱の中にこもると、恐怖感がわいて来そうな思いがして仕方ない んです」 苦笑いしながら、正直なところを吐露する。 「ほほう。意外と恐がりなのかな? 人殺しの話を書いておられるのに」 「ははっ、それとこれとは別でしてね。とにかく、もうしばらくここにいて、 決心が着いたら上がるつもりですよ。かまいませんか?」 「ええ、ええ。いいとも。わしはそろそろ引き上げさせてもらうがの」 「あ、あの、ライトは点けたままで?」 天井を指差しながら、貧乏性な質問をする。 「こんな事態でもあるし、明かりは点けっ放しでかまわんよ。いつもは富子が 消灯役なんだが、今日はお客さんがあったからなあ」 そう言い残して、幸道氏は玄関ホールを入って左手にある自室に戻っていく。 その姿が見えなくなるのを待って、私はソファに落ち着いた。 そして一人、黙考する。 もしも今度の事件が、私の期待している通り、いくつかある推理小説の約束 事に則って展開するのであれば、容疑の枠を絞り込むのは大変にたやすいはず なのだ。試みにやってみようと思い立つが早いか、私はすぐさま実行に移った。 何はともあれ、登場人物表を眺める。死んだ鈴木が犯人である可能性はゼロ である。二十則の18「殺人が自殺や事故死であってはならない」とあるのだ から、鈴木は間違いなく何者かによって殺されたのだ。リストから鈴木の名を 消す。 次に消せるのは、私の名前だ。私自身が私は犯人でないと主張するだけでな く、十戒の8「手がかりを読者から隠してはならない」や9「ワトソン役は考 えを披露すべきである」、あるいは二十則の1「全ての手がかりを明示」及び 2「記述者は読者を詐術にかけてはいけない。嘘の記述をしてはならない」と いった項目を守るためには、私が犯人であろうはずがない。 三番目には、法川を消去できる。理由は単純、彼は探偵役だからだ。十戒の 7「探偵が犯人であってはならない」や二十則の4「探偵が犯人であってはな らない」という条件から、法川は犯人でない。 同じ条件から、戸井刑事もリストから外したいのは山々なのだが……悲しい かな、彼は脇役の刑事であって、探偵ではない。 約束事により除外できたのは、以上の三人だけである。 残った七人について、検討をしてみよう。 約束事にはないが、私見では、「レギュラー登場人物が犯人であってはなら ない」という条項を設けたいぐらいだ。もしこれが認められれば、戸井刑事や 風見ひそかをリストから消去できるのだが。 と、ここで私は一つの約束事に注目した。七則の七に、このような条件があ る。曰く、「犯人は意外な人物であること」と。 意外な人物? 先の七人の中で、犯人であったとすれば意外と感じるであろ う存在は……戸井刑事か風見ひそかになってしまうではないか。刑事が犯人と いう意外さ、あるいは子供が犯人である意外さ。これはまずい。私は彼ら二人 のどちらかが犯人だとは思えない。 私は考え方を変えてみた。意外な犯人とは、これまでレギュラーだった者が 犯罪者に転じるという意外さではなく、どうしてもこいつは犯人でないはずな のに、それでも犯人であったという意外さを意味しているのだ。きっと、こう に違いない。 犯人でなさそうな人物と言えば……事件発生時、現場にいなかった風見ひそ かが真っ先に浮かんでしまうではないか。いかん。私はまだこのシリーズを続 けたい。レギュラーメンバーを早々に失う訳にはいかないのだ。 苦しみ悩んでいた私は、そこではたと思い出した。大事な約束事を忘れてい た。十戒の6「偶然や根拠のない直感で解決してはならない」、二十則の5「 解決は論理的であれ」という条件があるではないか。それに対し、私のやって いることと言ったら、非科学的も甚だしい。 馬鹿馬鹿しくなった私は、さっさと寝ようと、立ち上がった。 「お一人ですか」 女性の声がする。見上げると、神代仁美が階段を降りてくるところだった。 「一人ですが、もう眠ろうかと」 「しばらく、付き合ってくれません?」 「は?」 降り立った彼女は、聞き返す私の鼻先に、洋酒の瓶を突きつけた。 「なかなか寝付かれなくて、酔いの力を借りようって訳」 「お一人でやってはだめですか」 特段、彼女だけを疑っている訳ではないが、知り合って間もない人と二人き りで、こんな夜中に酒を酌み交わすなんて、遠慮したい。普段なら大歓迎なの だが。 「私をお疑いなの?」 見透かされたような心持ちになる。気まずさから、視線を外した。 「考えたらお分かりでしょう? 私だけじゃなく、ほとんどの人には鈴木さん を殺すなんてできなかったって」 「毒を入れる方法ですか」 「鈴木さんの自殺しか可能性が残らないぐらい、誰にも入れられないと思うん だけれど」 ソファに座りながら意見を述べた神代に、私は鈴木の部屋を調べた結果を伝 えた。 「彼の荷物に、青酸系の毒物はなかったんです」 「そうだったの? でも……自分が死ぬのに必要な量だけ持ち込んで、全部使 ったとすれば、なくてもいいじゃない? 違う?」 「そうとも考えられますが、根本の疑問点として、何故我々の目の前で自殺を しなければならないのか、ということになりますよ」 「……誰かに濡れ衣を着せるため?」 「それにしては、不自然ではありませんか? 誰にも毒を入れられない状況で 死んでは、他人へ濡れ衣を着せようがない」 「……」 神代は大人しくなってしまった。何やら、深刻そうな顔をしているので、気 の毒になってくる。言い負かしてやろうという気持ちは、全くなかった。 「でも、貴重なご意見ですよ。法川や戸井刑事に伝えておきます。他に何か、 お考えはありませんか」 「……そうですわね」 やや粗雑な手つきでグラスを口に運ぶ。とりあえず、気を取り直したようで はあったが。 彼女が言葉を発する前に、邪魔が入った。実道が現れたのだ。 「永峰、夜中に女性と二人きりとは、羨ましいご身分だ」 珍しく、嘲笑う響きがあった。顔が赤い。酔っているらしい。 「君こそどうしたんだ? 起き出してきて」 「ここは僕の屋敷だ。いや、正確に言えば父の屋敷だが、息子の僕がどう振る 舞おうと、勝手じゃないかな」 「それはそうだが……」 私は神代と顔を見合わせた。彼女は声なく笑っている。 「僕も仲間に入れてくれるかい?」 実道が言って、真っ直ぐに歩み寄ってくると、いきなり倒れ込むようにソフ ァに腰を落とした。 「さあ、注いでください」 グラスは二つしかなかったので、私が使わなかった分を手に取った実道。 「だいぶ飲んでいるんじゃないのか? もうよした方が」 忠告したのは、殺人事件が発生しているこの状況を考えてのことだ。そうで なければ、いくら飲もうが、酔っぱらってぶっ倒れようが、それは個人の自由 であり、私は関わりたくない。 「そうかい? そう思うかい?」 液体で満たされたグラスを軽く揺らし、実道は全然別の方を見ながら、私に 言った。 「ああ。思うよ」 「ふむ。作家先生の言うことだ。素直に従いたいところだ」 「作家先生だなんて、よしてくれよ」 「飲むのも呼ぶのももやめていいが……代わりに君が飲みなさい」 不意に丁寧な言い方になって、私へグラスを突き出す。思わず、身を引いた。 そして手を振り、断ろうと試みる。 −−続く
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