長編 #3690の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「と言いますと、車を売る? それとも証券?」 「どちらも違います」 またおかしそうに顔をしかめてから、続ける神代。 「ギャンブルのディーラー。お分かりでしょう?」 「あ、ああ。では、ラスベガスとかマカオとか」 乏しいイメージで語る。日本にプロのディーラーがいるとは思えないから、 この女性は外国暮らしが長いのかと想像した。 「遊興の施設も整えておるのだよ」 割って入ってきたのは、もちろん幸道氏。にんまりとした顔が、実に得意そ うだ。 「ポーカーかブラックジャック、ルーレット辺りを、本場の雰囲気でやってみ たいと思った訳でしてな」 「早く勝負をしたいものですな」 貴島完一がしわがれ声で言った。幸道氏と同年代だが、こちらの方は見た目 若く、声は年寄りめいている。これまで寡黙だった彼も、もうすぐ始まるギャ ンブルに心弾ませているようだ。 「僕も楽しみにしていますよ。神代さんのカードさばきだけでも、充分に価値 がありますしね」 鈴木もギャンブル参加組のようだ。工員の彼が参加して、お金は大丈夫なの だろうか? いい大人達が集まって、金を賭けずにつつましく遊ぶとは、とて も思えないのだが。 私はふと気になって、戸井刑事へ目をやる。相も変わらず釣りの話に熱中し ており、今しがたのギャンブルの件なぞ、耳に入っていない様子だ。ひとまず、 ほっと胸をなで下ろした。 「じゃあ、鈴木さんは」 不意に法川が質問を発した。 「神代さんとは、以前から知り合いなんですか? 彼女の腕前を目の当たりに したことがあるようですが」 「さすが、聞き逃しませんね」 苦笑して応じたのは当の鈴木ではなく、実道だった。 「僕と鈴木、その他何人かの学友とで旅したときにね、神代さんと知り合った んだ。いやあ、あのときは参った。黒い制服をびしっと決めた彼女に惑わされ て、大負けしてしまいましたよ、はは」 「そのとき以来、何度か復讐戦を試みるも、常に返り討ちの有り様」 肩をすくめる鈴木。神代は、声を立てずに笑みを浮かべていた。 昼食が済むと、全員、それぞれの目的に従って散会した。 使うつもりのなかった海パンを身に着け、外に出た。さすがに真夏とは行か ないようだが、日焼け程度はできるかもしれない。海水に手を浸してみて、泳 ぐのに温度は充分だと分かった。 だが、すぐに入る気にはなれず、とりあえず腰を降ろした。水泳組の全員が 来るまで待ってみよう。 「海の色がすごーい!」 風見ひそかが、向こうの波打ち際で飛び跳ねて騒いでいる。おだんご二つに まとめた髪型に、赤のワンピースの水着が、あの子らしくてよく似合う。 「全く……」 その後ろを、ぶつぶつ言いながら現れた法川。サングラスを額に上げている ので、目元に浮かぶ表情がよく分かった。やれやれ、子守は疲れるぜ−−そん なところだろう。 「きれいな海が見たいんなら、日本の外に出ろってんだ」 「統ーっ! 早く早く!」 法川のつぶやきは聞こえていなかったのか、無邪気に呼ぶ風見。 法川は私の方をちらと見て、ため息をつくポーズをしてから、少女へ駆け寄 っていった。 「かわいらしいですわね」 芝居がかった台詞を、頭の上から浴びせられた。見上げると、板倉の見事な 水着姿。黒のワンピースに、白でアクセントを付けている。化粧気のない顔の 下は、服の上からは想像できない色香に、私は急いで立ち上がった。 「そうですね」 法川と風見がたわむれて?いるのを眺めながら、ひとまず、そう応じておく。 「永峰さんは泳がないんですか」 「泳ぎますよ。でも、しばらくは寝転がっていようかと」 「そうですか。じゃあ」 私の横を通り抜けて、海に向かう板倉。後ろから見ると、全体的にふっくら した印象を受けた。まあ、モデルじゃあるまいし、高望みしても意味がない。 平泳ぎでゆっくり身体を動かす彼女を見守っていると、左手、やや離れた岩 の陰から船が現れたのに気付いた。戸井刑事と錦野の釣りコンビが、実道の操 縦で沖へ運んでもらっているところのようだ。 平和な光景だな。ぼんやり、そんなことを考えていた。 私は下半身に着いた砂を払い、波打ち際を目指して歩き始めた。 全員、日が沈む前に屋敷内に戻っていた。食事が用意できるまでの一時間ほ どは、各人がてんでに過ごしていた。 身体を動かしたせいか、夕食は昼以上に食が進んだ。 テーブルにはずらりと魚料理が並び、白ワインも楽しめた。元から用意した 物の他に、釣り上げたばかりの種々雑多な魚が目に着いた。食事前にも話を交 わしたのだが、戸井刑事達の釣果はなかなかだったようだ。 「ワイン、飲んでみたぁい」 風見が不満そうにだだをこねる。十一才と言えばもっと分別が着いていても いいと思うのだが、この子はいくらか子供っぽい。法川も相当甘やかしている。 「仕方ないな。戸井刑事、だめかな?」 頭が痛いと言わんばかり、首を軽く振りながら、刑事に尋ねた法川。 「おお、名探偵の言うことだ。俺は何も見とりゃせん。好きにしてくれ」 刑事は赤い顔で答えた。大量に機嫌がよいと見受けられる。ワインによる心 地のいい酔いにも、気持ちが後押しされているのだろう。今も錦野と二人して、 話題に花を咲かせている最中だ。 「どーも」 法川は、メイドの江梨富子に新しくグラスを持って来てもらい、風見の分を 注いでやった。 「統、乾杯しよ、乾杯」 「分かった分かった。ほら、乾杯」 グラスの端をぶつけると、風見はワインを一気に飲み干してしまった。 「……甘辛い」 舌を覗かせ、そんな感想を漏らす。 「そんなに一気に飲むもんじゃない。料理を味わいながら、口にするんだよ」 「じゃ、もう一杯」 差し出された空のグラスに、法川は深く息を吐きながら、ワインを注いだ。 辟易しているのか、荒っぽい手つきだ。 「カンパイですな」 おや、向こうでも何か言っているぞと聞き耳を立てると、カンパイはカンパ イでも勝ち負けの完敗だった。 「わしも、弱くはないつもりだったんだが……」 「神代嬢の一人勝ちでしたな」 幸道氏と貴島が、赤い顔をして悔しがっている。無論、怒っているのではな く、酒に酔っているだけだ。 「いや、ほんと。僕がようやくとんとんでしたからね。また返り討ちにあって しまった」 鈴木はそんなことを口では言いながら、うれしそうににやけている。 「ブラックジャックでは、確かに、だいぶ勝たせてもらいましたわね」 ナプキンで口を拭いながら、神代は澄まし顔である。 「でも、ポーカーでは、鈴木さんが一番お勝ちになったではありませんか」 「あなたとの勝負じゃないですからね、ポーカーは。勝ったところで、あまり 意味はない。……と、これは失礼」 慌てたように付け加え、人生の先輩二人に頭を下げる鈴木。 「よいよい。気にしなさんな。ギャンブルは勝つことこそ全て。勝ったときは、 大いに威張るのが正道」 幸道氏は事実、まるで気にしていないのだろう。好々爺然とした笑顔が絶え ない。 「じゃが、次はそうはいかない。第二ラウンド以降はわしが勝って、威張らせ てもらいますぞ。はっはっはっ!」 「それは私の台詞だ、幸道よ」 貴島もやる気満々の様子。呂律もしっかりしている。 しかし鈴木は遠慮したそうだった。 「勝負はいいですが、そのご様子だと酔いが……。今夜はもう止しませんか」 「何の、これしきのアルコールでくたばる器じゃない。神代さんにも、ぜひと もお願いしたい」 「私はかまいません」 根っからの勝負事好きなのか、神代が目を輝かせているように、私には思え た。彼女の外見に惑わされる以前に、実力で負ける。そんな気がする。 「ただし、食後の軽い運動に、突きたいんですが」 神代は幸道氏に視線を送りながら、長い棒をかまえるような格好をした。ど うやら、キューを握っているポーズだ。この女性ディーラー、ビリヤードもや るらしい。 「いいとも。それぐらいの時間は待つよ。玉突きの方は、わしは敬遠させても らうが。貴島、あんたもだろう」 「あれは腰が痛くなってかなわん。腕は吊りそうになるし、目も悪くなるよう な気がする。誰か高齢者用の撞球を発明してくれないものかね」 自分の言ったことがおかしくなったのか、貴島はかっかっかと声を上げて笑 い出した。いやはや、元気がいい。 「鈴木さんは?」 「いや、僕も遠慮しときますよ。ビリヤード勝負まで、あなたにやられたくな いですからねえ」 神代の誘いをやんわりと断る鈴木。 「あら、何も賭けません。ただの遊び」 「それでしたら……」 鈴木は途端にやる気になったようだ。私達の方を振り返り、声を大きくする。 「どなたかビリヤード、ご一緒にしませんか?」 反応したのは、私と板倉、そして風見ひそかの三人だった。 食後のデザートも平らげたあと、私達−−実道、錦野、戸井刑事らを除いた −−は遊戯室に足を運んだ。 初めて入った部屋だが、ちょっとしたゲームセンターよりはよほど洒落てい る。電球の黄色くもほの暗い明かりの中、ビリヤード台が二つにルーレット台、 ブラックジャック用のテーブル、クラップス用のテーブルはそれぞれ一つ、さ らにはポーカー等に使うのであろうテーブルと椅子が数組、コンパクトに配置 され、壁際にはダーツの的もあった。 何よりも、大きな窓から浜辺や海を一望できる、絶好のロケーションを誇っ ていた。もっとも、ギャンブルに熱中しているときに、景色も何もあったもの ではないだろう。 「窓、開かないんですね」 暑さを感じたのか、窓際に寄っていた板倉が、不思議そうにつぶやいた。そ の声を聞きつけ、講釈を始めたのはディーラー。 「ええ。ルーレットの台は湿気に影響を受けるので、外部とは遮断された空間 が必要になってきますの。その意味で、この部屋はエアコンの設備も整ってい ますから、万全と言えます」 その説明の間に、鈴木が手早くエアコンを作動させた。 「へえ、何だか、精密機械のような一面もあるんですね。−−幸道さんは、ご 存知だったんですか? ルーレット台に、これだけ注意しなければいけないと いうことを」 感心した風にうなずく板倉は、幸道氏にも尋ねた。 「錦野君がアドバイスをくれたんだよ。ここを建てる折に、細々とした点まで 気を遣ってくれてねえ。いい仕事をしてくれたものだ」 満足そうに言うと幸道氏は、部屋の片隅にあるソファに貴島と並んで落ち着 いた。ビリヤードが終わるまで、ひと休みということか。両名とも、手には琥 珀色の液体が入ったグラス。これからギャンブルをしようという身なのに、食 事どきのワインだけでは足りなかったようだ。 「六人は多いな。ちょうど台も二つあるんだし、三人ずつに分けましょう」 鈴木が言った。早くもワイシャツの袖をまくっているところから見て、相当 やる気らしい。だが、その割には彼もまたブランデーの入ったグラスを片手に、 ちびちびとやっている。勝負事の前に、あれほど飲んでも平気なのだろうか。 これでは神代にやられてしまうのも、当然かもしれない。 なお、六人とは、神代、鈴木、板倉、風見、そして私の他に、お守り役の法 川を加えた人数である。じゃんけんで、二組に分かれた。私は神代と板倉の女 性二人と一緒になった。 「ルール、分かる?」 「ううん、分からない」 「そうか、じゃあ」 鈴木は当てが外れたような顔をしつつも、風見にルールの説明を始めた。法 川はその横で、キューを持って、退屈そうに突っ立っている。 「時間の都合もありますし、ゲームはナインボールでいいですね? お二方と も、ルールはご存知ですか?」 私達の組では、当然のごとく、神代がイニシアチブを取る。彼女の問いかけ に、私も板倉もうなずいた。 「では、早速、始めましょう」 「神代さんに一番手を取られたら、そのまま突ききられるんじゃないですか」 手早く球を並べる神代の背中に、私は冗談半分で声をかけた。いくらディー ラーと言えども、ビリヤードの腕まで最上級なんてことはなかろう……。私の この読みは、すぐに打ち砕かれた。 −−続く
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