長編 #3658の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
16 「もう一度言ってくれないか、ジェイナス」アメンホープはかすれた声で言った。 「ASKウィルスに間違いないのか?」 「間違いありません。症状はアスワン、ドレスデンの場合と酷似しています」 「しかし、なぜだ?ドレスデンで蔓延をくい止めたはずではないか」 「現在、患者が報告されているのは、ベオグラード、カザン、ドニエプロペトロフ スク、セントポール、アカプルコ、サンパウロ、アデレード、タイペイ、クシロ、 ムルマンスクの10シティです。加えて、現在確認中のシティとして、ダブリンと ケープタウンが報告されています」 賢者たちはざわめいた。 「ただし、幸いなことに、ASKウィルスは世代交代したらしく、毒性、感染力と もに弱まっております。死亡率も60パーセント程度に低下しています」 「よかったな、諸君」賢者の一人が皮肉な笑いをもらした。「少なくとも、12の シティを封鎖する羽目にはならないですみそうだ」 「これは明らかに人為的に蔓延させられたものではないのでしょうか?」女性の賢 者が発言した。「12カ所で、同時というのは不自然すぎます」 「ASKウィルスは、シンジケートの手によるものだとの、治安維持警察技術部か らの報告もある」 「やつらを甘やかしすぎたのだ」 「マクベスめ、このような暴挙に出るとは」 「そろそろシンジケートを壊滅させる頃合いではないのか?」 「だが、奴らの役割は終わっていない」 「マンイーターの獣を飼育するようなものだ。ひとたび、こちらの制御を外れると もはや容易に手を出すこともできなくなる」 「今、シンジケートに対する大がかりな作戦を展開するわけにはいかないぞ。アン ストゥル・セヴァルティへの進軍は、48時間後に迫っている」 「だが、足元の火を無視して、遠くの宝石を眺めているのも愚かだ」 今まで口を閉じて考えていた賢者が、意を決したように言った。 「あの方にお伺いしてはどうかな?」 沈黙が降りた。 「その方がいいかも知れない」一人が控えめに賛成した。「我らの知恵は、所詮、 人間の知恵だ」 「とにかく時間がない」 「私も賛成します」 アメンホープも頷いた。 「それがいいだろう。せっかく降臨されているのだ。ご意見を伺って悪いことはあ るまい」 全員が頷いた。 「ジェイナス。あの方をお呼びしてくれ」 「かしこまりました」MIの声も畏怖に震えていた。 次の瞬間、空間そのものが音を立てて歪むような波動とともに、部屋の中央に、 淡い光に包まれた、一人の若い女性が浮かんでいた。ゆったりとしたトーガをまと っている。キム・ジョンスという名を持った肉体だが、その支配者は人ならざる存 在である。 「賢者たちよ」性を超越した声が呼びかけた。「試練の時ですね」 「超越者たるお方よ」アメンホープが、震えながら問いかけた。「迷える我らの取 るべき道をお示し下さい」 「恐ろしい疫病が、人々に降りかかっています」 「はい」 「ですが、恐れることはありません、我が子らよ。全ての問題の根元は、九番目の 世界にあるのですから。迷わず進みなさい」 賢者たちは顔を見合わせた。 「アンストゥル・セヴァルティに移住することが、何よりも優先されるということ ですか?」 「そこで全てが解決されるのです。この世界の悲しむべき業も、九番目の世界の隠 された秘密も。戦いは避けられませんが、案ずることはありません。二つの世界は、 やがて共に歩む術を見いだすことでしょう」 「アンストゥル・セヴァルティの隠された秘密とは、何を指しているのですか?」 「断ち切れぬ糸で結ばれた二人の人間が、それに出会うでしょう。今はそれだけを 告げておきます」 賢者たちは頭を下げた。 「ありがとうございます、超越者たるお方よ。迷いは消えました」 「礼には及びません、我が子よ。ところで、ひとつ頼みがあります」 <神々>の一員から頼みなどと言われて、賢者たちは驚きの表情を浮かべた。 「なんなりと」アメンホープがうやうやしく答えた。 「魔法を持った少年と話がしてみたいのです」 「少年と申しますと……」アメンホープは眉をひそめた。「アンソーヤのことです か?」 「その名を持つ少年です」 火のような好奇心を感じていたとしても、アメンホープはそれを顔に出したりは しなかった。 「かしこまりました。ただちにここに呼び出します」 緊急要請を受けたアンソーヤは、不機嫌を隠そうともしなかった。相手が理由を 言うつもりがないと知ると、表情はいっそう険悪になった。ドナの同行も拒否され るに至って、ついに少年は怒りを爆発させた。 「一体、何様のつもりなんだ、アメンホープ長老!」 「今は説明できないのだ、アンソーヤ。だが、非常に重大なことだ。すぐに来てく れ」 言いなりになるのは不愉快だったが、賢者たちが譲るつもりがないと分かると、 アンソーヤは渋々、いつもの会見室に向かった。 室内に入ると、12人の賢者たちが彼を迎えた。 「よく来てくれた」 「早く用件を言ってくれないか。アンストゥル・セヴァルティに出かける準備で、 やることが山のようにあるんだからね」 「我々は席を外す。君はそのまま待っていてくれたまえ」 アメンホープはそう言うなり、呆気に取られたアンソーヤを残して、背後の壁に 椅子ごと消えていった。他の賢者たちもそれにならう。 アンソーヤは首を傾げたが、賢者たちが自分を罠にかけようとしている、などと は思わなかった。彼らはアンソーヤに力を知っているし、第一理由がない。 「やれやれ。じいさんたち、何を考えているんだか」 肩をすくめて、椅子に座ろうとしたアンソーヤは、不意に身体を強ばらせて動き を止めた。 「!」 まるでハリケーンのように圧倒的な力が、アンソーヤの存在そのものを揺さぶっ た。強力な魔法、などというものではない。もっと、何か別種の宇宙的な力が、そ こにあった。 驚異的な波動が時空に騒乱を起こして消えたとき、アンソーヤは室内にいるのが 自分一人ではないのを知った。 「はじめまして、アンソーヤ」 アンソーヤにも見覚えのある女性が立っていた。賢者の一人だったはずだが、名 前はおぼえていない。どのみち、名前など無意味だった。女性の肉体に宿っている のが、本来の精神でないことは明らかだったからだ。 「あなたは?」 「賢者たちは、私を<神々>の一員と呼びます。ときには超越者とも」 「ぼくを呼んだのはあなたですね?」アンソーヤは、何年も使っていない敬語で問 いかけた。「ええと、超越者」 「そうです。一度あなたと話をしたかったのです」 「それでは、あなたが<ユガ>の真の支配者なんですね?」 「それは正確ではありません。私は請われたときに、彼らに助言をしているだけで す。支配したり操っているわけではないのですよ」 「言葉を変えてもやっていることは一緒ではないですか。ぼくを呼んだ理由は何で す?まさか、ただの顔合わせというわけでもないでしょう」 「あなたは、ヴェーゼに取りつかれていますね。神に近づこうとする少年よ」 「ええ」アンソーヤは頷いた。「ぼくの人生そのものです。それに、神に近づこう とすることになったのは、自分で選んだ結果ではありませんよ」 「わかっています。ですが、あえて警告しておきます。あなたが、それ以上の高み を求めるのならば、支払わなければならない代償は、決して小さなものではありま せん」 「警告というより脅しに聞こえますね」 「そう思うのは残念です」 「あなた方<神々>とは、何なのですか?」アンソーヤは訊いた。「なぜ、人類の 恒星間飛行を禁じ、代わりに異なる次元世界を与えたのです?」 「あなたは、いずれ、それらの問いの答えを得るでしょう」キム・ジョンスの顔が 優雅な笑みを浮かべた。「ですが、答えはこの世界にはありません。九番目の世界 で見つかります」 「できの悪いゲームでもやっているみたいですね。九番目の世界とは、レヴュー9、 すなわちアンストゥル・セヴァルティのことですか。そこに答えがあると?」 「あなたが見つけるつもりならば。そして、答えがあなたに見つけられることを望 んでいるのならば」 「あいまいな予言ですね」 「予言ではありませんよ、神の子よ。それらは定められた事なのです。あえて運命 とは言いませんが、あなたの自由意志が影響を及ぼすのは、限られた範囲にとどま ります」 「なるほど」アンソーヤは少し考えてから訊いた。「<ユガ>の賢者たちは、この ことを知っているのですか?」 「いいえ。彼らには彼らなりに、果たすべき役割があります」 「ぼくだけが、特別だと言うわけですか?ヴェーゼを投与されたから?」 「ヴェーゼはきっかけにすぎませんよ。それに、特別なのはあなただけではないの です。もう一人、世界の鍵となるべき人間がいます」 「リエ・ナガセ?」 「そうです。彼女がいなければ、あなたも答えを見いだすことはできません」 「どっちみち、ぼくはもう一度、リエに会うつもりだったんです。友好的な再会に なるのか、血を流しあうことになるのかは、わかりませんが」 「もう行かなければなりません。最後に、ひとつ忠告をしてあげましょう」 「ぼくは他人の忠告なんて、だいきらいなんですがね」 「あなたを突き刺す刃があるとすれば、それは思わぬ方向から現れることになるで しょう。近くにいる者に注意することです」 「ご親切にどうも」アンソーヤはわざとらしく頭を下げた。「わざわざ心配してい ただいて」 「また会うことがあるかも知れません。そのときは、お互いにもっと楽しい話がで きるといいですね、アンソーヤ」 「そう願いたいですね、超越者」 「では」 唐突にアンソーヤは一人になっていた。 そのとたん、アンソーヤは全身から玉のような汗を噴き出して、椅子に座り込ん だ。魔法を総動員して、必死で平静さを保っていたのだ。100メートルを全力疾 走した後のように呼吸が荒い。 「あれが<神々>の一員か……」 アンソーヤはつぶやいた。他人に指摘されても、決して認めはしなかっただろう が、そのとき確かにアンソーヤは、畏怖の念を抱いていたのだった。 賢者たちが戻ってきた。早速、アメンホープが口を開いた。 「どうだったかね、アンソーヤ君」 アンソーヤは、まだ肩で呼吸をしていたが、にやりと笑って答えた。 「アンストゥル・セヴァルティへ行くのが楽しみになってきたよ」 その二日後、NWC72年5月13日午前零時。アキレス・プランが発動され、 統合軍一個師団、約1800人の将兵が、アンストゥル・セヴァルティの土を践ん だ。それは、人類の存亡を賭けた移住計画の始まりであり、果てしない争乱へ続く 第一歩でもあった。
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