長編 #3638の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
見上げれば、蒼くて黒い夜空。 潜めていた身を翻し、逃げようとする。が、それと同時に、左腕に瞬間的な 痛みが二度、連続して走る。 スタンは自ら転がり、背の低い茂みの向こうに伏せる。元いた位置から、ほ とんど進んでいない。 警戒して息を殺しつつ、痛みの走った箇所を見る。二の腕を細い矢が貫通し ていると知れる。出血はさほどない。皮膚を突き破り、筋肉を通っただけで、 再び皮膚を破ったものらしい。これまでの経験から、矢尻に毒が付されている とは思えなかったが、一刻も早くここを立ち去るのが賢明だろう。 スタンは矢の先を折ると、入射方向とは逆に、矢を引き抜く。痛みはあった が、心の準備ができていたので、呻き声を上げずに済む。服の裾を破いて作っ た布切れで、傷口のすぐ上をきつく縛る。治療という意味以上に、止血したい。 血痕をたどられては面倒だ。 折った矢を打ち捨てると、スタンは思い切りよくかけ出す。 横殴りの雨のような矢が浴びせかけられてきた。 ヴィルは手当てを終えると、さっさと火を消した。明かりが落ち、当然、暗 くなった。 「毒は入っていないよな?」 「ああ、幸いにな」 スタンの問いかけに、低い声で答えた。さして広くない洞窟の内部に、それ でも反響した。空気が鳴っていた。 「それで……様子はどうだった?」 「様子を探る以前の問題だぜ、あれは」 吐き捨てるような口ぶりのスタン。 「これまで以上に、レグナ共が周りを固めている。とてもじゃないが、入れや しない」 「ここに来て兵力を増強できるということは、他の地で我々の仲間がやられて いるという訳か」 「恐らく」 無理もないと、ヴィルは思った。自分達の周りを見渡しても、誰一人味方が いないのだ。ヴィルとスタンが生き残っているばかり。 「何でこうなっちまったのか、分からねえ」 スタンは吐き捨て、暗がりの中、身を横たえた。それをぼんやりと意識しな がら、ヴィルが応じた。 「街の連中がドゴーに支配されるのを受け入れたこと、か?」 「街じゃない。国が丸ごとだ」 忌々しげに、また吐き捨てるスタン。 * * 木製の台に立った男の名はキュイン。長として、街のほとんどの者が厚き信 頼を寄せていると言えよう。事実、彼が長となってから、街で起こったもめ事 は極端に減っていた。もめ事が起これば、皆の意見を聞いて、納得のいく解決 へと導く。 「キュインさん。今日は何事ですか?」 キュインを見上げる街の人々から声が上がる。 「不安だと言うのかい?」 質問の主を探し出したらしく、キュインは言った。 「ええ、まあ。こんなに突然、私達を呼び集めるなんて、今までなかったから ……」 「それもそうだ。だが、何も不安がる必要はないのだよ。これからはきっと、 不安だけでなしに、あらゆる苦しみから解放されるであろう」 「分かりませんな。何のことでしょう?」 もしかすると、この時点で気付いた者がいたかもしれない。キュインの話す 調子が、今までと違っている事実に。だが、そのようなことを言葉にした者は いなかった。 「みんなに紹介しよう。−−お越しください」 振り返って、誰かを呼びつけるキュイン。しわに埋もれそうなほど小さな目 が、幸せそうに笑っている。 キュインが振り返った方向を街の者達が注視していると、やがて二つの影が 現れた。何もないところから、その場に溶けだしたかと思わせる出現だった。 一人は顎髭が勇ましい、大柄な男だった。肩幅があり、覗く腕は筋肉質のよ うだ。悠然とした態度で、口元の薄い笑みを浮かべている。 いま一人は肩全体を隠すほどに長髪の、色白の人物。静々とした足の運びや、 遠目からでも艶やかさの知れる肌から判断するまでもなく、女性だ。髭の男の あとを控え目な感じでお供している、そんな風情があった。 二人とも、街の人間ではなかった。 「キュインさん、その二人は何者です?」 一人が尋ねるのへ、キュインは何故か「ははは」と笑いで応じた。そして、 二人のよそ者が台に上がってから、ようやく話を再開。 「知らないのだから無理からぬが、そんな言葉遣いはこれから先、慎むように。 こちらの方はドゴー様。今日、たった今から我々の街を治めてくださる」 「な−−何ですと?」 あまりに急な知らせに、一瞬、ぽかんとした空気が漂うも、続く怒号にすぐ に打ち消される。 「どういうことですか、キュインさん!」 「こんな大事を一人で決めるなんて、あんたらしくない……」 「説明しろ!」 そんな怒声の渦巻く中、喋り続けるキュインだったが、何を言っているのか、 まるで伝わってこない。騒ぎが収まらないのを見て取ったらしいキュインは、 顔を赤くして大声を張り上げた。 「静かにせよ! よいか、ドゴー様は絶対なのだ! 私のような者なぞより、 全ての面で優れておられる。ドゴー様は完璧なのだ!」 無茶苦茶だ、何があったんだという疑義の声が飛ぶが、意に介さぬ様のキュ インは、ドゴーなる男へ立つ位置を譲った。 ドゴーは街の人全員をぐるりと見渡すと、おもむろに口を開く。 「我が力を見るがいい。そして知れ」 声量はそれほど大きくないと思えるのだが、地響きのように伝わってくる。 そんな声だった。 「イェスマよ」 ドゴーの言葉に、台の隅に立つ女性が黙礼すると、前に進み出た。イェスマ とは、彼女の名らしい。 イェスマの静かな動きに機先を制せられた形になった街の人達は、そのまま 何が始まるのか、息を殺して見守った。さっきまでの喧噪が嘘のように静まる。 ドゴーは一言も発さず、始めた。 皆の視線が集まる中、ドゴーは指をなめらかに動かし、イェスマに何か合図 めいたものを送った。それに応えて、彼女はその場に跪く。それから両手で長 い髪をひとまとめにし、頭の上に載るよう束ねた。ちょうど、ドゴーにうなじ をさらす格好である。 ドゴーは一つうなずき、右手を指先までぴんと伸ばす仕種を見せた。 次にドゴーはその右の手刀をゆっくりと振り上げ、それよりもさらにゆっく り、振り下ろした。 彼が手を降ろしてから、間があった。そして起こったのは−−。 「わ」 集まっていた全員が、短い驚きを口にした。 イェスマの頭部が、すとーんと落ちて。 その切断面から、赤い血が勢いよく噴き上がる。そして櫓の床に溜まり、や がて地面へと滴った。 「畏れる必要はない」 相変わらず、ドゴーの声は静かなのに、よく通る。 異様な出来事に緊張感を高めていた群衆が、別の理由で、しんとなった。ド ゴーというよそ者の発する声に、ほとんど全員が心を揺さぶられた案配なのか もしれない。 ドゴーは再び全員を見渡す感じで視線をゆっくり動かすと、イェスマの頭部 を拾い上げた。イェスマの残す表情は、目の閉じられた、実に穏やかなもの。 口元には、微笑さえ浮かべているようだ。 イェスマの頭部を丁寧な手つきで扱うドゴーは、跪いたままの彼女の身体へ 歩み寄り、首の切断面に頭部をあてがった。 これも一瞬のことであった。イェスマの首筋に確かに見えていた赤黒い線が、 肌に溶けるように消え失せ、次にはもう、彼女の両目は開かれていた。 個人個人が「何という……」「奇跡だ」と口にするざわめきは、あっと言う 間に全体に広がり、大きな歓声へと変化した。 立ち上がったイェスマがまとめていた髪をほどくと、風に広がる。彼女の美 しさは、首を切断される前と全く変わっていない。 何の説明もなく、「儀式」は終わった。説明はなかったが、ドゴーが「特別」 であることを知らしめる説得力があった。 * * 朝の光が穴の中に、まともに差し込んでくる。 スタンは目を覚ますと立ち上がり、身体に付着した土埃を払う。 物音に振り返ると、ヴィルもやはり身を起こしているところだ。 「どうする? このままここにいても、いずれ見つかる」 不安を隠さないスタン。ヴィルも同じ。しれっとして答える。 「顔の知られていない街まで足を延ばし、紛れ込むか」 「国中が支配されてんだ。お尋ね者扱いの俺達の顔が、知られていないところ なんてないんじゃないか」 「ドゴーは似顔絵もうまいようだからな」 皮肉めかして言うヴィル。 実際、街々に流布する貼り紙を目にしたとき、スタン達は心底驚かされてい る。紙に黒い線で描いただけなのに、実物を前にしたように似ているのだ。 「不思議だぜ。ドゴーは俺達の顔を知らないはずなのに、何で似顔絵が描ける んだろうってな」 「そこがドゴーの術ってやつだろ」 気に入らない口ぶりのヴィル。スタンも同調する。 「術を使うのはかまわない。俺達がそれで幸せになれるんだったら、大歓迎だ。 だが、あいつは俺達を支配しようとしている。押さえつけようとしている。そ れが好かない」 「術が使えるなら、何でもしていいという訳じゃないからな。毎日、ドゴーに 感謝しろ何だの、押し付けがましい。だいたい、あの『祈る』って行為が、俺 には理解できないね」 「ドゴーを形取った泥の塊に頭を下げて、何だってんだ、あれは」 「逆らう言動をした者は殺し、復活できないように肉体を、街の者に食わせた という話もあったな。……復活の術は、確かに凄いがな。震えた」 ヴィルの口調が感嘆を帯びる。 「頭部を斬り落とされたイェスマを復活させただけなら、あの女は最初からド ゴーの仲間なんだからと意味付けできるんだが、あのあと、街の連中にも同じ ことをやってみせたっけな」 「従わぬ者は一度殺し、服従を誓うかどうか、魂に尋ねるそうだぜ。誓うと答 えれば、生き返らせてもらえるんだと」 「ふん。脅しによる支配なんて、真っ平」 投げ遣りな調子のヴィルは、大きく背伸びする。それを真似するスタン。 わずかな希望を託し、スタンとヴィルは遠い街−−あるかどうか知れぬ−− を目指し、出発した。 「暑い」 「……」 「腹減ったな」 「……」 「今、襲われたら、一巻の終わり」 「……そう思うんだったら」 足を止めたヴィル。スタンも立ち止まった。 「無駄口叩かず、歩くことだ」 スタンは肩をすくめた。 「目指す当てがないのに? 方向があっているかどうかも分からないんだぜ」 「承知のはずだ」 だだっ広い平原を見通すと、ヴィルはまた歩き始めた。 「幸い、水だけはある。木の実もいくらか生っている。そう簡単には死なない さ。腹が空いたのなら、何でも捕まえて食えばいい。俺はいらん」 平原には大きな川こそないが、池や沼ならいくらでも散見された。 「一人で捕まえられるもんなら、とっくにやっている。木の実だけじゃ持たな いから、言ってるんじゃないか」 「……」 ヴィルが再び黙ったのは、答えるのに倦んだからではなかった。 行く手に人影を認めた彼は、静かに立ち止まった。 「スタン。あれは……敵か?」 「ん? −−分からん、はっきり見えやしない。が、一人ってのも変だ」 「どうするかな」 向こうの出方次第と判断したヴィル。歩き続けるべく、一歩、踏み出した。 近付く内に、問題の人影が異様な風体をしていると知れた。全身を白と銀色 の衣類で包み、何やらつるんとした感触を想像させるきらめきがあった。頭に は丸い被り物をしており、どんな顔をしているのか、ヴィル達には全く見えな かった。 「そこの君達」 突然、その人物が言った。ヴィル達二人に声をかけたに間違いなかった。 ヴィルは警戒しながら、スタンと共に相手を見据えた。 −−続
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE