長編 #3631の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「自分の目で、確かめるがいい。ささ、早く着替えなさい」 「え、でも………」 舞雪に帰れと言うのだろうか。 殺しもせずに。 しかし素直には喜べなかった。 雪を降らせるために、舞っているところを見られているのだ。もう帰れない。 「おまえさんの本当の父母に、わしのした仕打ちは、間違っていたとは思っておら ん。あの時、そうする以外この土地を守る術がなかったのじゃ。だが、いまおまえ さんの命を奪う事には、なんの意味もない。かと言って、力無きものをここに置い ておく理由もない。疾風に家まで送らせるで、帰るがいいじゃろう」 「でも、いまさら帰れません」 舞雪は泣きながら訴える。 本当は帰りたい。 帰りたくて、帰りたくてたまらない。 でも、お父さんやお母さんが……… 紗紀や直樹、努や仁史が舞雪をそれまでの舞雪として見てくれなかったら……… それはここで命を奪われることより、恐ろしく思えた。 「心配いりませんよ」 舞雪の肩に、やさして手を置いて疾風さんが微笑んだ。 「和尚さまに言われ、見てきました。あなたのご両親や、お友だちを。みんな心か ら、あなたを愛していますよ。あなたの帰りを、心から待ちわびてしましたよ」 舞雪は顔を上げ、疾風さんの顔を見つめた。 疾風さんはこくりと一つ、頷いた。 「わしらが居ったのでは、着替えにくいかのう。疾風や、わしらはしばらく向こう の部屋で待っていようかの」 「はい、和尚さま」 和尚さんと疾風さんは、部屋を出て行った。 「帰れる……」 まだ不安がなくなったわけではなかったが、やはり嬉しかった。 舞雪はコートを抱きしめた。 お母さんの匂いがするような気がした。 「良かったのですか? 和尚さま」 部屋を出て、その声が舞雪に届かないところまで来て、疾風は言った。 「ん、なにがじゃね」 とぼけた顔の和尚。 「あの子の力、雪神として充分だと思いましたが………歳を経て行けば、先代以上 にまでなるでしょうに、あんな嘘まで言って」 「暖かすぎるんじゃよ」 和尚は足を止め、庭先にうっすらと積もる雪を見た。 「は?」 「寒さに震える雪神なぞ、訊いたことがあるか? あの子はな、熱いお茶を抵抗な く飲むのじゃよ。冷えた身体を暖めるためにな」 「はあ」 「おまえも見て来たのじゃろう。あの子を想う人々を。あの子に流れる人の血が、 人の温かさを求める。心を無理に押し込め、雪神になろうと、それは決して消せる ものではない。いずれまた、暖かさを求めてしまうじゃろう………あの時の繰り返 しとなる」 「和尚さま、冷えますので早くお部屋に」 疾風に促され、和尚は歩き出した。 「しかし、あの子を帰してしまえば他に雪神はいないのですよ。この土地が、昔の 姿を取り戻すことはできません」 「それもまた、定めかも知れん」 既に暖められた角の部屋の中に、和尚たちは入った。 「我らの仲間も、動物たちもずいぶんと減ってしまった。雪が少なくなったせいば かりでない。雪神が不在になるより前から、減っておった。世の流れ………そう言 う言葉は好きではない。人間が己の都合、身勝手をごまかす為の言葉じゃからな。 しかしわしらが必要でなくなってしまったのは、事実かも知れん。人の身勝手を受 け入れるほど、わしはお人好しではない。しかしな、それを他の者に押し付けてし まっては、それはわしらの身勝手ではないかな?」 部屋と廊下は障子で仕切られていた。 月明かりが雪に反射して、障子に庭の木々の影を映している。 「あの子は暖かな場所で生きることを望んでいる。あの時の雪神のように………思 えば、あの時わしのしたことは、間違いだったかも知れん」 「なにを言われるんです」 「ふふっ、まあよい。最初の雪神は、雪から生まれた。それが雪自身の意志だった のか、雪を恐れその恵みを敬う人の心が生んだのかは、分からん。が、もしまだそ の必要があるのだとしたら………また雪から雪神が生まれるやも知れん」 「しかし、生まれないかも知れません」 「そうかも知れん。それがいつかも分からん。ふふ、良いではないか。わしもおま えも、長く生きてきた。これからも長く生きるじゃろう………ほんの数百年、待っ てみるのも楽しいやも知れん」 また雪が降って来たようだ。 障子に小さな影が、幾つも舞っていた。 「あの子が舞いをせずとも、降ることもあるのじゃな」 和尚は楽しそうに、その影を見ていた。 軽快な音楽に耳を刺激され、男は目を覚ました。 いつの間に眠ってしまったのだろう。 室内は優しい陽の光に包まれていた。もうすっかり朝になっていた。 音楽はテレビから流れていた。 お馴染みのアナウンサーが、サンタクロースの扮装をしてアシスタントの女性と 話しをしていた。画面左上の時計は、七時ちょうどを示している。 「そうか、今日はクリスマスか………」 こたつの上には、昨夜からケーキの箱が置かれたままだった。 男のわきには、リボンの掛けられた包みがあった。 本当なら、昨夜のうちに舞雪の枕元へ置かれるはずだった、クリスマスプレゼン ト。 しかし舞雪は帰ってこなかった。 昨日の朝から、まる一日が経ってしまった。 小学生の女の子が、一晩家に帰らない。これはただ事ではない。 やはり警察に届けるべきか。 だが警察に知らせたところで、舞雪が探し出せると思えない。 神隠しなどということが、現実に起きるとは思い難い。が、あの岡部というトラッ クの運転手の話しを信じれば、そうとしか説明が出来ない。 そしておそらく、岡部の話しは本当だろう。 男にはそれが信じられた。あの夢のような話しを。 舞雪が男たちのもとへ現れた時も、夢の中の出来事だったから。 「あっ」 ふと妻のことを思い出す。 舞雪が帰ってくるからと言い出して、家に戻り食事の支度をして待っていた妻。 先程まで、と言ってもどうやら三時間ほど眠ってしまったようだが。男の目の前 でひたすら舞雪の帰りを待っていたはずだが。 みればケーキ以外の食事は片づけられている。 「目が覚めまして」 妻の声がした。 いつもの朝と同じように、エプロン姿で微笑む妻。 手には朝食を乗せたお盆を持っている。 「ああ、おはよう」 「ふふっ、おはようございます」 妻はにっこりと微笑み、こたつの上に三人分の食事を並べた。 いつもと変わらない、朝の風景。 いつもと変わらない、妻の笑顔。 しかし舞雪はいない。 暖房が効いているにも関わらず、部屋は寒々しい。 舞雪がいなくなって、どれほど妻はショックを受けていることか。 最初で最後の出産に失敗し、失意のどん底にあったとき、妻は言葉と感情を失っ ていた。それを救ったのは、幼い舞雪だった。 その舞雪がいなくなった。 けれど妻は言葉と感情を失ってはいない。それがかえって、妻が精神的に脆い状 態にあることを、男に感じさせる。 いまはまだ、舞雪が帰ってくると妻は信じている。 しかしその期待が完全に消えてしまったら……… それを想像すると、恐ろしかった。 「どうしたんです? そんな恐い顔をして。さあ、早く召し上がって下さいな。冷 めてしまいますよ」 「ああ、いただきます」 食欲はなかったが、男は朝食に箸をつけた。 朝食を済ませたら、警察に行こう。 そして自分はもう一度、村に行ってみよう。 妻は連れていかないほうがいいかも知れない。近所の奥さんにでも、頼んでおこ う。 僅かにでも希望があるのなら、どんなものにでもすがろう、そう思った。 みそ汁を啜りながら、妻の顔を見る。 妻は相変わらず微笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。 「どうした、おまえは食べないのか」 「ええ、まだ舞雪が起きてこないから………」 玄関でなにか物音がした。 朝刊だろうか……… 一瞬そう思ったが、その物音に妻はびっくと反応した。それを見て、男は玄関に 急いだ。 「もしかして」 舞雪がいた。 オレンジ色のコートを着た舞雪が、俯いて立っていた。 「お、お父さん…お母さん、おはよう」 そう言ってまた俯く。 「舞雪………おまえ、いままでどこに………親に散々心配を掛けさせて」 嬉しいはずなのに、荒い口調になってしまう。 叱りつけるような言葉になってしまう。 「あっ」 悲鳴を無視して、舞雪の腕を掴み袖をめくる。続いて両手で舞雪の顔を包み、見 つめた。 「どこか怪我はないか? 痛いところはないか?」 「だいじょうぶ………ごめんなさい、わたし………」 「さあさあ、そんな玄関先でなにしてるんです」 少々荒っぽくなっていた男を、妻が止めた。 「舞雪、もうご飯出来てるから、早く食べちゃいなさい」 「はい」 元気に答え、舞雪は居間に上がった。 ぴょんと跳ねるようにして座ると、みそ汁の出されるのも待たずに食べはじめた。 「朝だけれど、ケーキも食べられるかしら?」 妻が訪ねると。 「うん、食べる食べる」 そう舞雪は答えた。 やはり妻は微笑んでいた。 しかし目からは涙が、止めどなく溢れていた。 街はうっすらと雪化粧をしていた。 白いクリスマスの朝。 ロマンチックなイヴを過ごした家族や恋人たちには、爽やかな朝だったろう。 紗紀は白い雪に、小さな足跡を刻みながら歩いていた。 直樹の手術は成功した。 まだしばらくは余談を許さないそうだが、命の危機は去ったとお医者さんも言っ てくれた。 それなのに紗紀の心は晴れない。 直樹のことは嬉しい。 それこそ涙が出るほどに。 だがまだ舞雪の行方が分かっていない。 一つの不幸は、一つの幸せを打ち消してしまう。 不幸……… それが紗紀自身のことであれば、どれほど良かっただろうと思う。 もちろん紗紀だって、不幸が好きなわけはない。幸せでいたいと思う。 けれど自分の周りの人たち。 自分の好きな人たちの不幸を見るのは、とてもつらい。 なんの力にもなれない、自分がもどかしい。 直接自分に降りかかった不幸なら、いじいじとそれを一人で呪うだけでいい。 考えごとをしているうちに、いつの間にか紗紀は学校に来ていた。 おとといまで舞雪と歩いた通学路を、一人歩いてきた。 どこかの角から「紗紀ちゃん、おはよう」と言って、舞雪が飛び出して来るのを 期待して。
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