長編 #3626の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
舞雪にその土地のことを話したことはなかった。 特に理由があった訳ではないが、話してはいけないような気がしていた。 あの日、空から舞い降りる雪とともに、自分たち夫婦のもとに現れた舞雪が、ま た同じ場所で自分たちのもとから去ってしまうような、そんな不安をいつも抱いて いたからかも知れない。 それを口にしたことはなかったが、妻も同じ思いを抱いていたらしい。 いなくなった舞雪を探しにながら、まさかとは思いながらもその土地の事がどう にも気に掛かっていた。そして妻に電話をした時、受話器の向こう側からその土地 の名前を聞き、それが根拠のない確信になった。 家に誰かを残しておくべきだとは思ったが、どうしてもと言ってきかない妻と駅 で待ち合わせ、その土地に向かった。 その土地に着くまでの間、妻は一言も話さなかった。 虚ろな目で、車窓に映る風景を見つめていた。ふと、舞雪と出逢う前の姿と重なっ た。 久しぶり訪れたその駅は、あの時とほとんど変わりない佇まいのままだった。 男はあの時にはまだなかったコンビニに入った。煌々とした明かりが目についた からだ。もしかするとこのコンビニに舞雪も来たかも知れない。あるいは、店員が 舞雪を見ているかも知れない。 男はレジで暖かい烏龍茶を二本買い求め、店員に舞雪らしい女の子を見掛けなかっ たか、訊いてみた。 「さあ、ぼくは午後からなんで」 店員の答えは、素気なないものだった。 もしかすると、店の防犯カメラに舞雪が映ってはいないだろうか。なんとか頼み 込んでビデオを見せてもらうことは出来ないだろうか。そう考えていた時。 「あ、岡部くん。君、朝からだったよね。ちょっと、このお客さんの話し、きいて あげて」 「はあ、なんですか?」 雑誌のコーナーにいた、若い男が顔を上げた。 客だとばかり思っていたが、どうやら勤務時間を終えたアルバイトらしい。 「もしかすると、あの子かな」 「舞雪を見たんですか?」 「お客さんの探してる子かどうか、知らないけど。あの時間に、小学生くにいの子 を見掛けるのは珍しいんで、なんとなく覚えてたんですけど」 「それで、どっちに行ったかは分かりませんか?」 「そこまでは………」 しかし、これで舞雪がここに来ていた可能性が高くなった。男はそう思った。 だとしたら、行き先は……… 「あ、もしかするとあの人なら知っているかも」 「え、あの人って」 「いや、名前は知らないんすけど、よく来るお客さんで、トラックの運転手をして る人なんすけどね。その人とその子が、店の前で話しをしてたんすよ。そうだなあ、 運がよければこの時間、この先のラーメン屋にいるかも」 ラーメン屋の場所を教えてもらい、男は一言店員に礼をのべ、コンビニを出た。 「もしかして、舞雪ちゃんて名前じゃありませんか、その子」 運がよかったのだろう。その運転手は店で食事をしていた。 「そ、そうです。で、舞雪がどこに行ったか知りませんか?」 やはり舞雪はここに来たのだ。 知らないはずの、この土地に。 舞雪の足どりが見えて来た。 しかしそれは同時に、男の不安を裏付けするようでもあった。 「あなた、はやく、はやく、舞雪のところ」 妻も同じことを感じているのだろう。いままで一言も発しなかったのが、震える 声で言った。 「いや、知るも知らないも………俺が、送って行ったんですよ。真穂露村に」 「そうですか、どうも」 思った通りだった。舞雪は男の故郷の村に向かったのだ。 本当なら、この運転手を責めたかった。小学生の女の子一人を、廃村になった村 に連れていったままにしておくなど、無責任にもほどがある。 しかしいまは時間が惜しい。すぐに村まで行かなければ。 「あ、待った」 店を出ようとする男を、運転手が呼び止めた。 「一緒に行きます。幸い今夜は仕事がないし、俺にも責任がありますから」 運転手は岡部と名乗った。 岡部は自分のトラックを使おうと申し出たが、男はそれを断った。本人は大した 量ではないと言っていたが、岡部がラーメンと一緒にビールを呑んでいたのを見た からだ。 三人はタクシーを拾い、村に向かった。 「信じてもらえないでしょうけど、村に人が居たもんだから、舞雪ちゃんが親戚を 訪ねて来たものだとばかり………」 タクシーの中で、岡部はそう説明した。 「馬鹿な、村は廃村になったはずじゃ…」 「俺もそう思ってたんですけどね、だからその村を見せたら、また駅まで連れて行 くつもりだったんですよ。それがちゃんと人がいて、婆さんが舞雪ちゃんのことを 知ってるようすだったから」 「それは、絶対有り得ない。舞雪が生まれたとき、あの村はもう廃村になっている。 仮に、その後また人が住み着いたのだとしても、舞雪を知っている人がいるはずは ない」 それきり、二人はおし黙った。 岡部が嘘を言っていると思えない。そんな嘘をつくような理由など、考えられな い。 そもそも舞雪がここに来ていたと言うこと自体、不思議な話なのだ。 会話の途切れたタクシーの中にラジオから、流れるクリスマス・ソング。 そして妻は、うわごとのように「舞雪、舞雪」と繰り返していた。 車が行けるぎりぎりの所でタクシーを待たせ、三人は村まで歩いた。 陽はすっかりと沈んでしまい、僅かに残されたその光も、数分後には消えてしま うだろう。幸い、岡部がライトを持参していたので、闇に立ち往生することはなさ そうだった。しかし急激に空気は冷え始め、じっとしていると凍えそうだ。 「変だ……」 歩きながら、岡部が呟く。 「なにが、です」 「舞雪ちゃんと来たときから、なにかおかしいと思ってたんですけど、この寒さで 気がついたんですよ。あの時、妙に暖かすぎた」 「どう言うことです」 岡部の言っていることは、よく分からなかった。 「道を歩いている舞雪ちゃんを見付けたとき、あの子も凍えそうになるほど寒かっ たんです。なのに、ここを歩いているときは暖かかった。そう、この草も木も、緑 だった」 岡部はライトで道に生ている草、次ぎに木の枝を照らした。どちらも冬に相応し く、枯れている。 「そう、そうだ。あの村の光景………あれは冬の光景じゃない。春か初夏の光景だっ た。そうか、ずっとなにか心にひっかかっていたのは、それだ」 岡部は手をぽんと叩いた。 それが男をさらに不安にさせる。 それが事実であっても、岡部の幻覚であっても、いいことではない。 「ああ、舞雪」 少し前を歩いていた妻が、悲痛な声とともに座り込んでしまった。 目の前には村があった。 風雪にさらされ、朽ちかけた家々。 荒れ放題の、田畑。 そこに人の気配は微塵もない。 「馬鹿な」 岡部の声だった。 「俺は、狐にでも化かされたか?」 芝居には見えない。 きっと岡部は本当に見たのだろう。なぜか男には、そう思えた。 だがこれで、舞雪を探し出す手がかりはなくなってしまった。 「早く帰らなくちゃ」 突然妻が立ち上がり、来た道を戻り始めた。 「おい、どうした」 「家に帰るの………帰って、ご飯の支度をしないと。舞雪がお腹をすかせているわ」 「待て、待ってくれ」 男は妻の後を追った。 背後でなにかが飛んだような気がした。 オレンジのコートを脱ぎ捨て、真っ白な着物を舞雪は身に纏った。 「なんか、へんな感じ」 くるりと身体を回すと、長い袖が弧を描く。裾が膝小僧の上までしかないので、 足下が心細く感じる。 「邪魔していいかな」 襖越しに、和尚さんの声がした。 「はい、どうぞ」 静かに襖が開き、真っ赤なコートを着た和尚さんが現れた。いや、これで丸めた 頭に帽子さえかぶれば、和尚でなく完全にサンタクロースだ。 「わっ、和尚さん似合ってる」 「ほほ、そうか。しかし、喜んでいいことなのかのう」 和尚さんは、少し困ったように笑った。 「しかし、おまえさんもその姿、よく似合っておる。さすが、血の成せる業と言っ たところじゃな」 「血の………」 「まあ、座りなさい。疾風が戻って来るまで、まだ少し時間がある。おまえさんを ここに導いた記憶で、大方のことは知っておろうが、詳しいことを話しておこう」 舞雪は、その場に正座をした。 真っ赤なコート姿の和尚さんを見ていると、おかしくなってしまうが、それをぐっ と我慢する。和尚さんがこれから話そうとしていることは、決して笑いながら訊け る話しではないのだから。 この地方は、昔より水の豊かな土地じゃった。 冬の間に降り積もった雪が、春にとけだし、夏に作物を育て、秋に実りをもたら した。 だから人々は、厳しい冬を堪えた。 外との世界から村を閉ざしてしまう雪に、文句を言うことはなかった。 そんな暮らしをしている人々は、実に信心深かった。 森羅万象、全ての自然に宿る神々、物の怪をまつり、崇めておった。 そして我らと人々は、互いの領分を侵すことなく、うまくすごして来た。 ところがある時、その年前の雪神から仕事を受け継いだばかりの娘が、村の若者 と恋いにおち、子を宿してしまった。 本来雪神は、数百年を生きて寿命を終え、その亡骸はひと欠片の雪の結晶となる。 そして、その結晶から新たな雪神となる娘が生まれるのだが……… 人の子を宿した娘は、極端に寿命を消耗してしまう。しかもその亡骸から、新た な命も生まれない。 これは人にとっても、我らにとってもよいことでない。 雪神がもたらす雪こそが、この土地の基本なのだから。雪神が消え雪が降らなく なれば、人々の暮らしを支える水がなくなる。人々の暮らしが成り立たなくなれば、 それと共にあった我らの営みもなくなる。 それを食い止める手だてはあった。 遥か昔にも、雪神の娘と人の恋はあったが、その時に成された手だてが。 つまり………娘の腹の中の赤子を、生まれる前に引きずり出し、殺してしまう。 腹の中の赤子が、雪神の力を栄養にしてしまう前に殺すのだ。 残酷だと思うかね? だが仕方ないのだ。 一つの命を消すことで、この土地の多くの物が守られるはずなのだから。 そう、守られるはずだった。 しかしそうはならなかった。おまえさんの知っての通り。 まず娘と恋いに落ちた若者が、森の木に変えられた。これは赤子を殺した後、娘 が若者と逢い、そのことを想い出さぬようするためじゃ。 そしていよいよ、赤子を始末する段になった時、娘は姿をくらましてしまった。 もちろん我らも必死に探したが、ついに見付ける事は出来なんだ……… これは後で分かったことだが、娘は雪神だけが知る洞穴の中で氷の塊となり、数 年を眠っていたらしい。氷と化した雪神は、我らの力を持ってしても探し出すこと は困難なのだ。 その間にも、雪神が不在になったことでこの土地に雪が降らなくなった。水がな くなり、人々も去った。 人々の去った村では、時折小さな物の怪がかつてを懐かしんで人々の暮らしを再 現しているだけとなった。 そして娘は人知れず女の赤子を産み落とし、己の命が尽きる前にその子を人の夫 婦に託したのだ。 そこで我らは待つことに事にした。 雪神を失った以上、その赤子を殺すことに意味はなくなった。 それよりも、その子を待とうではないか。 人の血が混じったとて、雪神の子。その記憶、力を受け継いでいるはずだ。 いずれその記憶に誘われ、この土地に戻ってくるだろう。
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