長編 #3519の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「実は、だ。その子、死んでいるんだよ」 「……」 言葉が出ない様子になったハル。 下田はしばらく待ってから、死因を伝えた。 「毒物で自殺した、となっているんだ。占いで分からなかったかね?」 「自殺。彼女が自殺。何だか……想像できませんね」 言って、ハルは左手をタロットカードの山に置いた。 「分からないのは、その理由なんだ。遺書があまりにも短くてね、我々のよう な年寄りには理解できない」 「遺書には何てありました?」 「それは教えられん。簡単に漏らす訳にはねえ」 「なるほど。そちらも人権やらプライバシーやらで、うるさいと」 分かった風にうなずくハル。 「君に聞きたいのは、四宮涼子が死ぬほどの悩みを抱えていたかどうか、この 点なのだが」 「……どうやら、こちらの方が立場が弱いようですね。話さなきゃいけないら しい。いいでしょ。僕に打ち明けた話の限りじゃ、死ぬほどのものはなかった と記憶してますね。まあ、その裏にある心理を読み取れなかったのは、僕が未 熟だからでしょう」 「一応、どんな悩みだったのか、言ってくれないかね」 「刑事さん、タロットカードで占うのに最も適している悩み、ご存知ですか?」 「ん? いや、知らんな」 答える下田の後ろで、花畑も首を横に振った。 ハルはカードを器用に扱い、扇形を作った。 「恋愛の問題ですよ−−というのは商売上で、正確には運命ですね。恋愛も言 ってみれば、運命みたいなものだから、支障ないけど」 「運命? 将来、どうなるかってことかね」 「端的に言えば、そうなりますか」 「四宮涼子は、自分の将来に関して相談をしたのか」 「そう。と言っても具体的ではなかった。将来、どんな人と知り合うのかとか、 友達と旅行に出かけるとしたらいつがいいかとか、その程度です。深刻な悩み なんて、なかったように見受けられましたね」 「そうですか」 眉間にしわを寄せた下田。 「ハルさん、この子が他の占い師に見てもらっているというようなことは、耳 にしていませんか?」 「それはないんじゃないですか」 いたって気軽に返事をよこしたハル。 「涼子ちゃん自身、言ってくれてましたよ。ハル以外の占い師には行かないと ね」 「……占い師冥利に尽きるというやつですか」 下田の言葉に、ハルは大笑いした。それが収まってから、答える。 「そうですね。いや、面白い言い方です、それ。まあ、僕のターゲットとする 客層は、涼子ちゃんのような年頃の子ですから。これでも色々と仕込んでるん です」 「仕込む?」 「彼女のような年頃の子がどんな話題を持っているか、ちゃんと頭に叩き込ん でおかないとね。ついていけなくなる。その前に、人気が落ちて、彼女らが来 てくれなくなる」 「ははあ……」 大変なものだと、妙に感心した下田だった。 デジャビュ=ハルの部屋を出た直後の下田と花畑に、女が声をかけてきた。 ロングヘア、細身の若い女だ。赤みがかった茶色の服には、フードが付いてい る。どうやら彼女もここの占い師らしい。 「刑事さんでしょ? オーナーから聞いたわ」 「そうですが、何か」 花畑が応ずる。下田は、相手のきつい香水に、距離を取った。 「ハルの顧客に何かあったそうだけど、私、それについて、きっと面白い話が できると思うのよね」 「……あなたは?」 「黒泉リィって言うのよ。カード−−トランプ占いに香水占いを統合した、フ レグランスカード占いの第一人者ってことになってる」 「ふれぐらんす」 それで香水がきついのかと思いながら、下田は相手の言葉をつぶやいた。 花畑は気が短いせいか、早くもいらいらした調子になっている。 「占いの名前はいい。あなたは何を知っていると言うんだい?」 「ここじゃあ、だめ。他人に聞かれちゃうわ。特にハルには聞かれたくないし ね。私の部屋で」 「行きましょう」 下田は即答した。きつい香りは遠慮したかったが、聞かない訳にもいかない。 黒泉の部屋は、ハルの二つ右隣だった。室内にはお香のような匂いが漂って いるが、下田が心配したほどきつくはない。 部屋のドアがぴたりと閉じられてから、下田らはまず、四宮涼子が自殺した こと、その理由が見当たらないことを告げた。 「それで、ハルは何て?」 前髪をかきあげながら、黒泉が聞いてきた。額に何やらアクセサリーを着け ているのが見えた。 「四宮涼子が自殺するような動機は、聞かされていないと言ったんだよ」 「やっぱりねえ」 唇の端を曲げて、せせら笑う黒泉。 「どういう意味です?」 「あの人、ちょっとロリコン入ってるのよね。だから、自分のお客でかわいい 子がいたら、アプローチするのよ」 「本当ですか?」 「ええ。たまに見かけたもの。中学生ぐらいの子と腕組んで、このビルを出る のをね。あ、写真、見せてちょうだい」 右手を出してくる黒泉に、下田は四宮涼子の写真を渡した。 「ふうん。かわいい子ね。いかにも、ハルが好みそう」 「見覚えは?」 下田の肩越しに、花畑が気負い込んだ口調で言った。 「ハルと一緒にいた子って、写真の子なのか?」 「さあ、そこまでは分からないわね」 「ハルさんと客との間で、今までトラブルはあったのだろうか」 下田が尋ねる。 「表立ってはいないし、トラブルってほどでもないみたいね。まあ、あいつに 言わせたら、『夢を見させてやってるんだよ。これも占い師の仕事』となるん でしょうけれど」 吐き捨てるような黒泉の物言いが、下田には気にかかった。 「ふむ。黒泉さん、もしかすると、あなたもハルさんとの間に何かあったんじ ゃないですかな」 「さすが刑事さん」 拍手の真似をする黒泉。そして目を鋭く細めると、 「私が若い内だけよ」 と、忌々しそうに言った。 「そんな簡単な事件で、来ないでほしい」 我が友・地天馬鋭は、下田警部らの口から語られた事件のあらましを聞き終 わると、開口一番、実に不遜な言葉を吐いた。 「事件解決のためだから、聞くなとは言いません。だが、電話で充分だ」 「しかしですな」 表面上、立腹した様子はない下田警部。だが、腹の内はどんなものであろう か。後ろに控える花畑刑事に至っては、久方ぶりに顔を赤くしている。 警察官が頭を下げて(実際には下げていないが)、一探偵の力を拝借しよう としているのだ。その気持ちを少しでも慮ってしかるべきではないか。今後の 付き合いというものもある。 しかし、私の心配をよそに、地天馬は相変わらずの振る舞いだ。精神的体調 がよくない時期らしく、ソファに沈み込むようにふんぞり返って、上の空その ものの態度。 下田警部はくじけず、続けた。 「年頃の娘が全裸で自殺していた。現場の部屋は、推理小説でいう密室です。 遺書には一言、『しあわせの世界にゆきたい』。充分、不可解な謎だ。地天馬 さん好みの事件だと思ったんですがね」 「まず、一つ」 座ったまま、地天馬は右手の人差し指を立てた。初対面の者が見れば、この 上なくいらいらさせられるだろう。 「密室内の自殺、これが事実であれば、謎でも何でもない。密室内の被害者が 殺された疑いがあってこそ、密室は謎として意味を持ち得るんです。まあ、密 室内の自殺でも謎があるケースを僕は知っていますが、それは特殊なのでやめ ておきましょう。とにかく、確認だ。あなた方は自殺でなく、他殺だと考えて いるんですか?」 「そうなりますかな」 最後の威厳を保ちつつ、返事する警部。 「犯人はデジャビュ=ハルでないかと」 「犯人が誰かはともかく、他殺と考える理由を」 「被害者が全裸であったことが、第一です。服を着て死んだって、いいでしょ う。それから死んだ少女には、自殺するほどの動機が見当たらない。もっとも、 殺されるような理由も、確定的なものは見つかってないんですが。ハルの言葉 を信用するとして、彼に聞き込んだところ、少女が打ち明けた悩みなんて、大 した悩みじゃなかった。まだ見ぬ彼氏だの旅行の吉日だの」 「話を伺った限りでは、四宮涼子さんは問題の占い師を相当、信用し切ってい たみたいですね」 「そうだったようですな。付き合っていたかどうかまでは、掘り起こせません でしたが、ハルの周りの占い師、あるいは四宮涼子の友人らに改めて聞いたと ころ、それらしき兆候がなくもない」 「殺意が生じる余地も出てきた訳だ。うん、そいつが犯人だとすれば、ぴたり とはまる」 地天馬は意味不明な話を、一気にまくし立てた。 「な、何の話ですか」 案の定、怪訝な顔をする警部達。 「ジグソーパズルの完成ですよ」 こともなげに言うと、地天馬はようやく身体を起こした。ぼさぼさになって いる髪を気にする風でもなく、二人の警察関係者をじっと見返している。 「と言いますと、ハルが犯人だと固まったんで?」 「一つの物語ができあがったという意味です。いいですか、犯人はその少女が 足繁く通っていた占い師−−他にいないのなら、ハルでしょう。動機は知りま せん」 「通っていた占い師は、ハル一人です。動機は先ほど言ったように、四宮涼子 との関係を切りたかったというのが、推測できますが……」 「その辺りはそちらで、もっと詳しく調べてください。犯人は、何でもかなえ てくれる魔法の薬だとかどうとか言って、毒を渡した。青酸系の毒だそうだか ら、即効性をなくすために別の薬で包むか、糖衣錠にしたのかな。占い師を信 じ切っている少女は、疑いもせずに飲む。胃の中で薬が溶け出し、核である青 酸系毒が流出、死に至った。これで終わりです」 「ちょ、ちょっと。密室や全裸の件は? 遺書だって、どうやって書かせたの か」 「簡単。説明不要と思いましたが……。想像力豊かに語らせてもらいますと、 占い師は少女の行動を巧みにコントロールしたんだ。『この秘薬を飲めば、あ なたの悩みは解消される。しかし、効果発揮のためには条件がある。真夜中、 時計の針が午前〇時を指すと同時に、飲むのです。あなたは自分の部屋に一人 でいて、誰も入って来ないようにしなさい。そして白い紙に心を込めてこう書 くのです−−しあわせの世界にゆきたい、と』」 「あっ。なるほど、遺書はそうやって」 初めて声を上げ、感心した様子の花畑刑事。 だが、地天馬は相手にせず、話を続けた。 「時間がかかるから、端折りますよ。そうですね……『身も心も生まれたまま のときのようになって、薬を飲まねばなりません』と言ったんじゃないですか、 これを真面目に受け取った少女は、生まれたままの姿、つまり全裸になった」 「そ、そうか。そういう場合、確かにありそうですな」 「薬を飲むための水はああしろ、私が薬を渡したことは誰にも言うな、日記な どに書き付けてもならない。まあ、そんな風なことも言ったでしょうね。少女 は占い師を信じ切っているし、薬の効果のためなら多少のことなら何でもやる 気になっていたはずです。こういう相手を自殺に見せかけて毒殺するのは、リ モコン操作のロボットに階段を昇らせるよりも、ずっと楽だったでしょうね」 地天馬はおしまいと言いたげに、手をはたく身振りをした。そして再び、ソ ファに身体を沈める。 下田警部と花畑刑事は、しばし呆然としていたが、やがて小さな声で礼を言 うと、慌ただしく駆け出していった。 地天馬の推測が真相を言い当てていたと分かったのは、それからちょうど一 週間後のことであった。 「簡単すぎるね。警察も、もう少し想像力を働かせるべきだぜ、全く」 地天馬のこき下ろす声は、なかなか届かないようである。その証拠に、また ……。 「また占い師絡みの事件なんですが」 花畑刑事が飛び込んできた。『占いの塔殺人事件』として後に知られるこの 事件については、また別の機会に譲ろう。 −−この章終わり
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