長編 #3518の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
しあわせの世界にゆきたい−−。 少女が遺した言葉は、それだけであった。 下田警部は、先行の者から現場の状況を知らされるなり、妙な自殺だなと、 真っ先に思った。 「何のために、素っ裸で自殺しなきゃならんのだ?」 妙と感じた疑問点を、口に出す。部屋を見回すと、机の上に、水が少しだけ 残ったグラスのコップがあった。 「分かりっこないでさあ」 花畑刑事は、搬出される遺体を気にしているのか、ややいい加減な返事をよ こす。下田はかまわず、重ねて疑問を口にした。 「しかも、若い娘が……。十三歳だっけか? 若い連中の間で流行っているド ラマか何かに、似たようなシーンがあったのかもしれんな」 「さあ、どうでしょう」 遺体が部屋から完全に運び出されると、やっと花畑はまともに答え始めた。 「調べてみなければ分かりませんが、自分は聞いたことないですね。もっとも、 最近の中学生が何を喜んで、どう考えてるかなんて、さっぱりだ。掴みどころ がない」 「……きれいに死にたい、とでも考えたんだろうか?」 少女の死因は、青酸系の薬物による毒死と見られている。遺体の外見に傷が ないという意味で、「きれいな死」と言えなくもない。だが……。下田警部は 自説に対して、反論を始める。 「仮にそうだとしても、発見されたときのことを全く考えてなかったのかね、 あの子は。死んでからとは言え、我々のような見ず知らずの人間に、身体を見 られるという予測ぐらい、簡単にできると思うぞ。だったら、普通、嫌がるん じゃないか」 「警部。考え過ぎですよ。どうせ解剖に回されるんだ。そのとき、服を脱がさ れるんだから、同じだと考えたかも」 「中学生の、それも女の子が、そういう発想を持つものかねえ」 腕組みをしてうなる下田。 「だったら、本当に理解できんよ、最近の若い連中の考えることは」 「悩んでも仕方ないでしょう。この部屋、ドアや窓は内部から鍵がかかってい て、外から入るには、ドアをぶち破るしかなかったんですよ。他殺だとしたら、 犯人の奴、どうやったって出られやしませんぜ」 「結論を急ぐな。死因は毒らしいんだ。前もってだな、毒を薬だとでも言って 渡して、部屋の中で、鍵をしてから飲むよう仕向けたら」 「お言葉を返すようですが、警部。部屋の中で飲むのはいいとして、どこの誰 が、鍵をかけてから薬を飲むんです?」 「うむ……。そうだな、薬は薬でも、麻薬の類だと偽れば、鍵をかけて飲むん じゃないか」 我ながら冴えている。下田は心中、自画自賛した。 「なるほど。……あ、でも、全裸だったのは? 麻薬をやってからセックスす ると効果絶大なんて話を聞きはしますが、一人ではねえ。まさか、オナニーで もなかろうし」 花畑が言った根拠として、発見された時点で、全裸の少女は、ベッドにきち んと仰向けに横たわっていたという事実がある。しかも、脱ぎ捨てたパジャマ −−少女の親が少女を最後に見た際の服装−−は、きちんと畳まれ、ベッドの すぐ下に置いてあった。あたかもお供え物をするかのごとく、である。 「麻薬は横に置くとして……まだはっきりしてませんけど、毒物、どこから手 に入れたんでしょうね」 「それもあるな」 下田はうなずき、さらに続けてつぶやいた。 「何よりも、遺書の問題がある」 遺書らしき極短い一文の書かれた紙片は、少女の頭の下、さらには枕の下に 敷かれてあるところを見つけられていた。 「母親に見てもらったんだが、まず間違いなく、本人の筆跡らしい。無論、鑑 定に回すが……」 「しっかし、訳分からん文章ですな。最期の言葉が『しあわせの世界にゆきた い』だけとは。本当に麻薬で頭に来てたんなら、まだ分かりますが……普通な ら、素気ないにも程があるってもんですよ」 「『しあわせの世界』という言葉が、何か具体的な物を指し示しているのかも しれん。念のため、調べてみようじゃないか。とにかく、自殺なら自殺で、す っきりさせたいものだ」 言ってから、下田は手帳を取り出すと、疑問点を改めて書き付けた。俺も歳 を取ったものだと、痛感しながら。 四宮涼子。それが、自殺したとされる女子中学生の名。毒物は青酸系の物だ と確定し、また死亡推定時刻は午後十一時からの二時間。つまり、真夜中だと 算出された。 警察は、彼女の親しい友達何人かを男女問わずにピックアップし、クラス担 任や学校保険医、生活指導の教師らと併せて、事情を聴取した。言うまでもな く、四宮涼子に自殺する動機があったのかどうかを調べるためである。ショッ クが抜けきらない様子の両親の口からは、何も思い当たらないという答をすで に得ている。 「手応えがありませんよ、こりゃ」 めぼしい関係者からの事情聴取を終え、花畑は疲れたように言った。 「いじめは影もない。成績も上の方だし、中一だから、受験の心配はまだまだ 先。容姿は並以上で、顔や身体のことで思い詰めていた様子もない。異性関係 は皆無ときちゃあ、あとは何がありますか?」 「こちらに振るなよ」 下田はつい、苦笑してしまった。笑っている状況ではないのだが。口元を引 き締め、思い付くままに言ってみる。 「買い物しすぎて、カード地獄っていう線はどうだ?」 「ああ、今どきの中坊なら、ありそうですね。しかし」 首を傾げた花畑。 「死んだ子の評判を聞く限り、とてもそんなタイプではないですなあ。馬鹿買 いしてたなんて、誰も言ってませんでした」 「うむ。それに、彼女の部屋、高価そうな物はなかった。思い出した。いかに も中学生らしいレベルの物ばかりだったよ」 「他に死ぬような動機と言うか悩みですか、ないですかねえ。……例えば、レ ズの線」 「れず? ああ、女同士のな」 下田の曖昧な反応に、鼻の頭をかく花畑。下田もわずかばかり気恥ずかしさ を覚えつつ、検討に入る。 「うむ、それもないんじゃないか。人目をはばかる関係を悲観してか、もしく は想いが相手に通じぬから死ぬってんだろ。そういう理由だったら、遺書に自 分の気持ちをきっちり記すと思うんだ。あんなあやふやな文面じゃ、死んでも 死に切れんのじゃないかな。それとも、あの程度の簡便な遺書でも、特定の相 手には意味が通じるのかね」 「要するに、警部……あの遺書を尊重する限り、生半可な理由を見つけてきた って、外れってことですねえ」 「『しあわせの世界にゆきたい』ってんなら、生きてる間は不幸だったはずだ が」 頭をかきむしる下田。 「不幸な境遇にあったとは、とても思えん」 「些細な悩みだったら、いくらでも抱えていたようなんですが」 花畑の方は、頭を抱えるポーズ。 四宮涼子は、趣味として占いに凝っていたらしい。自分でやる場合も少なく なかったそうだが、中学生になって、小遣いに少し余裕ができてからは、有名 な占い師や占いの店に通うことを楽しみにしていたようである。特に、学校と 駅とを結ぶ通りにできた大型の『総合占いショップ・UTENA』がお気に入 りだったとかで、足繁く行っていたという。 「本当に悩みがあったのかね?」 下田は疑問を呈した。 「と言いますと」 「悩みなんて、あとから取って着けたんじゃないのかって意味だよ。ファッシ ョンとして占いを楽しんでいた。四宮涼子にも、そんな傾向があったかもしれ ない」 「じゃあ、いっそ、占い師に聞いてみましょうや」 半ば投げ遣りな感じで、花畑が言った。 「どういうことだ?」 「その占い専門店とやらに行って、聞き込みするんですよ。四宮涼子がひいき にしていた占い師がいたらば、そいつをつかまえて、あの子がどういう態度で 接してきたか、聞いてやるんでさあ」 「悪くない。いや、もしかすると、ストライクかもしれんぞ」 下田は部下の発言に、何かしら期待を寄せた。 店のオーナーである中年女性に、四宮涼子の写真を示すと、「知ってるわ」 とあっさり認めた。 「よく来てたのよね。この子、自殺しちゃったの? 救ってあげられなくて、 残念だわ」 「そう言うからには、この子は本気で悩んでいたと?」 気負い込んで尋ねる下田。だが、相手は簡単に首を横に振った。大げさなイ ヤリングがかちゃかちゃ揺れ、音を立てる。彼女自身、占い師らしい。 「私が担当するのは、もっと年齢が上なのよ。それに懐具合も、もう少し上が 対象なの」 「じゃあ、教えてもらいましょう。四宮涼子を見ていたのは、何ていう占い師 なのか」 「よろしいですわ」 唇を気にする素振りの女占い師。口紅がずれてしまったのではと、心配して いるらしい。 「タロット占いのデジャビュ=ハル」 「でじゃ−−。外人?」 「違うわ。商売用の名前でね。まあ、彼は海外生活長かったけど、関係ないわ ね。本名、今は必要ないんでしょう? 会うんだったら、そこのエレベーター で三階へどうぞ」 いくばくかからかい口調の女主人は、細い指を伸ばし、エレベーターの方を 示した。 「出てすぐ、突き当たりよ。彼、人気あるから、分かり易い場所をあてがった のよ」 下田と花畑は、言われるがままに三階へ向かった。デジャビュ=ハルなる占 い師の部屋は、確かに探すことなしに見つけられた。 各フロアーごとに占いのタイプで傾向を着けているらしく、ここ三階はタロ ットやトランプ、花札と言った、カードを使った占いを中心に集められている ようだ。 また、占い師一人一人には個室が与えられている。客との間に壁を作りたく ないのか、どの部屋のドアも開け放たれていた。 「ごめんよ」 のれんのような物が入口に飾ってあったせいもあって、下田はつい、そんな 言葉を発しながら、デジャビュ=ハルの部屋に入った。あとから花畑も続く。 室内はさして広くない。それも当然で、普通、占い師と客は一対一で話すもの であろう。 「−−あなた方は?」 一瞬、ぎょっとした様子を垣間見せたハルだったが、すぐに尋ねてきた。バ リトンぐらいの高さと言えようか、なかなかよい声だ。 「客じゃないんだ。君に聞きたいことがあってな」 断ると同時に、形ばかり、警察手帳を覗かせた。 ハルは口笛を短く吹き、前髪−−金に染めた−−を指でいじった。 「どうしました? 僕の占いが当たりすぎるので、逮捕するとでも?」 「冗談はあいにく、好きじゃないんでね」 華奢な椅子に腰掛けたまま、下田は相手を見据えた。ハルは視線を逸らさず、 意識だけを逸らした。そんな感じがした。 花畑が後方で鼻を鳴らすのを聞きながら、下田は続けた。 「君は人気あるそうで。長引くと、客に迷惑がかかるかもしれんのでまずいだ ろう。だから、単刀直入に行かせてもらいますか。この子、覚えているだろう ね?」 四宮涼子の写真を、先ほどと同様にかざす。 ハルは写真に手を伸ばそうともせず、ただじっと視線をよこしてきた。それ から、ゆっくりと口を開く。もったいぶった態度に感じるのは、下田らの色眼 鏡であろうか。 「知っています。四宮涼子ちゃんだったと思いますが……この子が何か?」 「君がこの子を知っているのは、お客として来たから?」 相手の質問は無視し、こちらの聞きたいことをぶつける下田。 「そうですよ。いい子です。性格もいいんですが、お客としてもね。週に三度 ぐらい、足を運んでくれてるかなあ」 「どんな相談を持ち込んだのか、我々に教えてくれませんかねえ」 「そりゃあ、だめですよ。無理」 即座に言ったハル。声がやや、厳しくなったようだ。 「何故だね」 「プライバシーってやつです。いくら刑事さん達が相手と言ったって、お客の 個人的悩みをお教えする訳にはいきませんよ。たとえ中学生でも、プライバシ ーは立派にある」 「どうしてもだめですか? ……仕方ない」 「ねえ、刑事さん。その子、どうかしたんですか? 万引きか何かでもしちゃ ったんですか、信じられないけど」 「そんなんじゃない」 下田は後ろを振り返り、花畑と目で会話した。結論はすぐに出た。 −−続く
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