長編 #3516の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
菊池は立ち上がると、迎えに出る。扉を開けると、田原、竹森、小畑の三人 がいた。それぞれ、手には荷物を抱えている。 「いらっしゃい。ペンションの方は、もうチェックアウトした?」 「はい」 田原が答えた。声に元気が戻ったようだが、表情の方はまだ暗さを引きずっ ている印象だ。 「わぁお。やっぱり、こっちの方が立派。当たり前か」 竹森がはしゃいでいる。彼女は中村の姿を認めると、紹介を求めてきた。 菊池は手短に互いの紹介を済ませると、彼女達を呼んだ本題に取りかかった。 菊池が呼んだのではなく、むしろ田原が希望してのものなのだが。 「まじめに聞くと、腹が立つだけだと思うけど……真相を知る権利がある」 前置きすると、菊池は咳払いをした。 犯罪に関与していたのが明白なのは、現時点では大宮幸一郎と笠井真理子に 加え、彼らの手足となって動いていた梅川という名の男の三人であった。まだ、 彼らの口から全てが語られた訳ではないが、想像を交えて始める。 大宮の後継者の芽がなくなった幸一郎は、次貴の死をきっかけにし、大宮真 理子に取って替わる計画を立てた。無論、正攻法では無理だ。彼が考えたのは、 大宮真理子を殺害し、別の人間を大宮真理子に仕立てるという荒技である。こ の荒技を可能たらしめたのは、日本にいる関係者全員が、大宮真理子の顔を知 らなかったという事実であった。 大宮真理子の帰国の日、幸一郎は彼女を一人で迎えるため、空港に車を走ら せた。一人でなければならなかった。誰も彼女に会わない内に、彼女の命を奪 う必要があった。 大宮真理子を車に乗せ、L高原へ直行した幸一郎は、街に入る寸前で殺害を 決行、付き合いのあった笠井真理子を大宮真理子の身代わりとした。L高原で 殺人を行ったのには、理由がある。現在の人造湖は当時、水を入れる直前だっ た。村の土に遺体を埋めてしまえば、それは湖底に埋めたことに等しい。遺体 の隠し場所として、これ以上ないほどの条件が揃っていた。 ただし、計算違いも起こった。水入れ直前の湖に降りることが、その時点で 不可能になっていたのだ。遺体を底に落とせても、埋めるために自らが降りて 行くのは難しい。かと言って、埋めないままでは発覚の危険性が限りなく高い。 発覚せずとも、水入れして数日の内に浮かび上がるだろう。仕方なく、古い冷 蔵庫を調達し、中に大宮真理子の遺体を積め、厳重に封印した後に、窪地の底 に転がした。 事後処理も、考え付く限り、万全を期したと言えよう。アメリカ支社の社員 で、大宮真理子を見知っている人間の内、帰国予定のある者は全員、理由をこ しらえて解雇している。その内の一人が瀬戸口和奈−−睦吉の彼女だ。睦吉が 不審に思って、大宮家を調べ始めたのは、これがきっかけになっている。 身代わりとなったもう一人の真理子−−笠井は、経営の知識や語学力を備え てはいた。だからこそ、幸一郎によって選ばれた訳だが、しかし一企業のトッ プの器にはさすがに至っていなかったらしく、実際の経営指揮は、幸一郎が肩 代わりしていたと見られる。 大宮家で湖の水を使わなくなったのは、笠井の意向が大きいらしい。笠井は、 大宮真理子の遺体を埋めた場所を当然、知っている。それが無意識に強く出て しまったのか、湖の水を引いた水道水を口にすることができなくなったという。 いかに浄化されていようとも、自分たちが殺した人間を埋めた湖の水だと思う と、おぞましく感じて、拒絶反応が出るようになったようだ。 湖の水位が下がるのを極端に恐れたのも、遺体が発見されるのを恐れたため だ。冷蔵庫の状態が犯行当時のままであれば、仮に露出しても不安がる必要は ない。だが、犯人である幸一郎らにとっても、現在の冷蔵庫の状態がどうなっ ているのか、確かめられないのである。そのおかげで、ただ闇雲に湖の水位を 保つしかなかった。 幸一郎達の口が堅いのが、一年前の有山礼子と水城拓弥の事件だ。だが、菊 池の推測がほぼ当たっていたのは、間違いなさそうだ。 「じゃあ、最初に行方不明になった女子高生の人、まだ見つかっていないんで すか……?」 口にするのも恐ろしい。そんな風に田原が言った。 「そうなんだ。有山礼子という人なんだけどね、生死さえ不明。東京から連れ て来たのか誘拐して来たのか知らないが、焼死体で見つかった子の方は、名前 も分かっていない。そして水城君は……事件が収束したのだと世間に信じ込ま せるために、犯人役を背負わされてしまった」 「ひどい……」 両手で顔を覆う田原に、両脇の友人達が手を差し伸べ、慰める。 田原は目を赤くして、菊池に聞いてきた。救いを求めるような視線だった。 「青酸ソーダって……苦しまずに死ねるんですか」 「……そうらしいよ」 菊池は嘘をついた。耳学問の限り、青酸系の毒物を嚥下した場合、その量に もよるが、絶命までは意外と時間がかかると聞く。しかも、呼吸困難に陥るた め、苦しみは相当なものらしい。 「よかった……せめて……よかった」 田原は再び顔を伏せていた。 菊池はそれきり、説明を切り上げた。まだ、睦吉の件が残っていたが、聞か せる必要はほとんどないだろう。それに菊池自身、他殺を事故死と見せかける ために用意された、間抜けな目撃者役として、大宮家にまんまと操られていた のだ。繰り返して話しても、自分の迂闊さを思い知らされるだけである。 サイレンが鳴った。 「いよいよ、『犯罪の主体』が露にされるときが来たな」 中村がぽつりと言った。 やがて、水流の音が、地鳴りと化して聞こえてきた。 その朝も、普段通りにのそのそと起き出した菊池は、立て続けに驚かされる 羽目になった。 起きてすぐ、新聞を取り入れに、玄関に向かう。すでに郵便物も配達されて いたので、まとめて居間まで持ち帰る。 「ん……これは」 どうでもいいような郵便物の中に、一枚の葉書を見つける。達筆な運びで、 「菊池内之介様」とあった。初めて見かける筆跡だ。裏返してみる。 「ああ……田原さんからか」 葉書は田原からの物であった。葉書の裏の上半分は湖の絵が描かれ、下側に は残暑見舞いの形を借りたお礼状のような文面が、短くまとめられていた。 (これは本当に達筆だなあ。スケッチブックにちょこちょこっと書いた字と全 然違うから、分からなかったよ) 感心しつつ、うなずくと、菊池は葉書を横にやった。郵便物にざっと目を通 し終わり、今度は新聞を取り上げる。 「あ!」 次いで、新聞の経済面の片隅に見つけた記事に、声を上げた。すでに目覚め は完全に来ていたが、その度合いを後押しするかのごとく、驚く。 事件のため、大幅なイメージダウンを来した大宮開発の再建に関して、大宮 真理子の息子・康弘が次期社長に内定したとまでは、聞いていた。が、それに 加え、記事には大宮記代とその夫もトップ陣に参画するとあった。 菊池が声を上げたのは、そのことではない。大宮記代の夫の名が昭允となっ ていた点である。 「これ……中村か?」 アパートの一室で一人ごちる菊池。 記事に写真は付されていないし、記代の夫の旧姓が明記されている訳でもな かった。 (あきのぶという名前は珍しくないかもしれないけど、昭允……あまり多い字 面じゃないよなあ) 思わず、苦笑いがこぼれる。 (もし、中村なら、あいつ……おおよその事実を知っていたんじゃないのか? 証拠は掴んでいなくても、ぼんやりとした全体像は察していたんだ、恐らく。 大宮記代と関係を持っていた中村は、彼女を大宮開発のトップにするために、 他の人間を排除したかった。が、表立っては動けない。理由……記代にとって 家族を犯罪者として名指しするのは避けたかったから? 記代に悟られずに、 事実を白日の下にさらす。その役目に、この僕を選んだのかもしれない。そし て、僕がうまく真相に行き着くよう、適度に撒き餌をした……) L高原での中村の言動を思い起こす。 菊池は、ふっと息をついた。新聞を丁寧に畳み、思う。 (今更、どっちでもいいじゃないか。中村が作為を持って接してきたのであろ うとなかろうと、僕にとって違いはない。何もなかったんならそれで終わり、 中村の思惑通りになったとしたら、それはそれで天晴れ。見事に役割を演じさ せられたよ、僕は。ただ) 何度か頭を振った菊池。 (結婚式をしたのなら、呼んでくれてもいいじゃないか、中村?) 菊池は寝床を抜け出したときの鈍重さに舞い戻り、のそのそと朝食の準備を 始めた。冷蔵庫を開けると、半分使ったブロッコリーが目に入った。 (昨日、とうもろこしのポタージュスープに絡めて食べた余りだっけか) 水分が抜けかけで、元気のないブロッコリーを摘み上げる。 菊池は再び、L高原での事件を思い起こし始めた。 「正直言って、最初は自分でも信じられなかった」 陽光を右側から浴び、赤くなった顔で始めた菊池。が、すぐに言葉を区切る と、手元のコーヒーを、スプーンでかき混ぜる。砂糖もミルクも入れていない し、運ばれてきてからの経過時間から、ちょうど飲み頃の温度だろう。かき混 ぜる必要はないはずだ。 彼と向かい合う格好で座る彼女は、肩を小さくした。そして、手着かずのま ま結露の汗を大量にかき始めていたグラスを引き寄せ、折れストローの首の辺 りを強く握る。 「でも、再検討して、それが揺らぎようがないと分かったから、信じるしかな いよね」 菊池はコーヒーカップからスプーンを抜いた。ソーサーに置く際、かちゃり と小さな音がした。 そのまま話を続けようとしたが、またも中断してしまう。今度は意図した訳 でなく、すぐ横の通路を新たな客を先導し、ウェイトレスが通ったからだ。店 は広く、客の入りが少々よくなっても、それぞれの会話をするのに差し支えな い。 「具体的に、どういう話でしょうか?」 「君の依頼に対する返答を、完璧にしておこうと思ってね」 暗い顔をした彼女−−田原正美に、菊池は淡々と告げた。 今日、二人が会ったのは、菊池の方が呼び出したため。名目は、依頼に対す る決着を示すのと、水城拓弥の墓参りをするというものである。 L高原の湖畔近くの森の中、有山礼子の遺体が埋められているのが発見され てから、ちょうど十日が経っていた。検死も済み、頭骨に何らかの強い衝撃を 受けたためと推定されている。 「依頼って、もう終わったんじゃないんですか? 確かに、この間、有山さん の遺体が見つかったと報じられていましたけれど、今さら、何か新しい話が出 て来るなんて、思えませんけど」 淡々とした口調だったが、田原は強い調子で言った。ジュースを一口、スト ローで吸い上げて、続ける。 「だいたい、菊池さんが推理した結果でしょう? それを今になって……おか しいわ」 「大宮幸一郎と笠井真理子、梅川の三人は、未だに認めていないんだ。水城拓 弥君の殺害だけには、関与していないと言い張っている」 相手に合わせて、菊池もコーヒーをすすった。 「考えてみれば、水城君を殺害する積極的な理由は、彼らの側にない。行方不 明の女子高生が焼死体で発見されたという、嘘の状況を演出できた時点で、目 的は達せられているんだ。水城君をレイプ犯に仕立て、自殺に見せかけて殺す なんて、折角収まりかけた騒ぎを蒸し返すようなものだ」 「……水城さんを犯人にしちゃっても、犯人達にとって大きなマイナスにはな らないわ。恐らく、事件は完全に決着したんだと、世間に認識させたかったん じゃないかしら。そのせいで水城さん、命を落としてしまったけれど……」 語尾が鮮明でない田原。 「−−僕はね、ちょっとした不思議な感じを受けてはいたんだ。うっかりして いたと言われれば、返す言葉がない」 「何のことでしょうか」 「目の前の大がかりな犯罪に気持ちを奪われ、つい、見過ごしてしまっていた んだなあ。君の言動にあった不自然さを」 田原は顔をしっかりと菊池に向け、きつい目つきになった。 「私、何か言いましたか?」 「そう−−最初に、田原さん。つい最近、分かったんだけど、君は僕の名前を 知っていたんじゃないかな」 「はい? そりゃあ、知っているわ。だって、教えてもらったんですもの。忘 れてないでしょ、スケッチブックに書いてくれましたよ」 「あのとき、僕は内之介としか書かなかった。問題にしたいのは、名字の方な んだ。この間、君が僕にくれた葉書には、正しく『菊池』とあった」 「名字って……ただの菊池でしょう? 聞かなくたって、分かるわ」 「そうかな?」 菊池はテーブルの端にあるナプキン立てに手を伸ばし、その紙を一枚、引っ 張り出した。次いで、懐からボールペンを取り出す。 −−続く
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