長編 #3511の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「一つ。睦吉氏はわざわざ人目を避けて、ブロッコリーを食べていた」 「何だあ、そりゃ? 皿にはブロッコリーが残っていたと、あんた、言ったじ ゃないか」 「残っていました。だから、睦吉氏は不思議なことに、料理で出されたブロッ コリーは食さず、隠し持っていた自前のブロッコリーを食べた、と、こうなり ます」 「訳が分からん」 頭をかきむしる刑事。 「何のために、そんな行動を取る必要があるのかね?」 「さあ? 今の僕は考えられる物理的可能性を述べているだけであって、心理 的な面は敢えて無視していますから」 「心理面の理屈は、ついているのか?」 「現時点では、まだです。考えてもいません。この点で悩むよりも、これから 話す第二の可能性を熟考した方が有益でしょうから」 「ふん」 刑事は鼻を鳴らした。早く続きを話せと、促してきているのだろう。 「二つ目は、僕がレストランで見かけた人物が、実は睦吉氏ではなかった場合」 「何だって?」 叫ぶと、刑事はそれまで湖の方に向いていた身体を、菊池へと向けてきた。 「あんた、睦吉氏だったと証言したぞ」 「しました。だが、僕はあのとき、レストランで見かけた人物を睦吉氏と信じ て疑わなかった。でも、考えてもみてください。僕と睦吉氏は、何の面識もな い。声さえ知りません。部屋が近いからたまたま見かけたのであって、言わば、 外見からだけの判断です」 「いや、違う。あんたはこうも言ってたぞ。レストランを出た睦吉氏が、彼の 部屋に入るところを見届けたとね」 「部屋に入った者が、そこの宿泊客だとは限りません」 「……何者かが睦吉氏になりすまし、それらしく振る舞ったとでも?」 「断言はできませんが、あり得るでしょう」 口を動かしながら、頭で思考を続ける菊池。 「刑事さん。睦吉氏は殺されたのかもしれませんよ」 「あんた、他殺だと考えているのかい?」 「刑事さんだって、同じなんでしょう? 僕を犯人扱いしていた」 「それはまあ、そうだが……。ああ、あれは犯人扱いとは言わないんですよ、 普通。捜査に協力してもらって、お話を聞いていただけでしてね」 額に汗しながら、言い繕う刑事。 「いいんですよ。殺人だと考えれば、僕も完全には容疑圏外に置けないでしょ、 どうせ」 「うむ。あんたの言葉を信じる限り、もし他殺なら、あんたが最有力容疑者で あるのは間違いないところだ」 刑事は再び威勢を取り戻した。 「睦吉氏になりすました人間がいたとして、そしてそいつが睦吉氏殺害の犯人 だとしたら、あんたの証言はおかしくなる。どうやって犯人は、二〇一室から 逃げ出せたのか。それが壁になるんだ」 「逆に言えば、仮に僕が殺人犯だとしたら、そんな自分を不利にするような証 言をするとは考えられない。そういうことにはなりませんか」 「一応はね」 首を縦に振る刑事。しかし、顔は笑っていない。 「だが、裏の裏ということもある」 「しょうがない」 菊池はわざと、ため息をついてみせた。 「こんな話を組み立ててみたんですが、空想的に過ぎますかね? −−刑事さ んのおっしゃった何者かを、Xとします。Xがレストランで食事する間、睦吉 氏は自室で同じ料理を食べた。ただし、Xはブロッコリーが嫌いだったので、 何の気なしに残してしまいましたが。食べ終わるとXは睦吉氏のいる部屋に戻 り、睦吉氏を殺害した。Xは事故死に見せかけるため、姿を消す必要があった。 だが、幸か不幸か、待ち人来たらずで廊下を窺ってばかりいた客、つまり僕が いた」 菊池は自分のことを、そんな風に警察に説明していた。真っ正直に、睦吉を 見張っていたとは言い出せないため、どうにか捻り出した苦心の設定であった。 「それに気付いたXは、僕に見つからないよう、部屋を離れなければいけなく なった。さぞかし困ったことでしょう。窓から地上に降りようにも、ロビーの 真ん前に通じてしまうから、見つかる危険性が高い。逆に、上の階の部屋に逃 げ込むのも、事前の準備なしには無理でしょう。空室だった二〇二室に隠れる のも同様。鍵を開けないことには、不可能です。では、二〇一室のベランダか ら二〇二室のベランダへ飛び移るのは、どうでしょうか」 「ああ、そうか、それだ。充分、実行できる」 「そうでしょうか? 飛び移るのに成功しても、その後の逃走経路の確保が難 しいですよね。二〇二から二〇三、二〇四、二〇五……と次々に飛び移っても、 果たしてうまく逃げられるかどうか分からない。あやふやすぎる計略です」 「じゃあ、どうしたって言うんだね」 刑事は、しびれを切らした様子だ。 「どうあがいても、できっこないと思えるが。言っておくが、パラシュートな んて馬鹿げた意見を聞く気はない」 「いえいえ。大きな抜け穴がありそうです」 「それは何だ?」 「その前に……昨日というか、今日の深夜、僕が解放されたのは、大宮家から、 ことを荒立てないでくれと申し入れがあったからなんでしょう」 「−−何故、知っている?」 刑事の言葉は、怒気を含んだ口調になった。目が見開かれている。 菊池は肩をすくめながら、ゆっくりと応じた。 「今朝、大宮家の人が来ましてね。僕を屋敷に招待してくれたんです。騒ぎに 巻き込んでしまったお詫びの意味だとかで。そのとき、警察の方へちょっと口 出ししたというようなことを、得意げに話していたんですよ」 「それは……本当かね」 苦虫を噛み潰したような表情とは、今の刑事の顔を言うに違いない。それほ ど苦々しげな面持ちであった。 それに対し、菊池はさらりと言ってのけた。 「いいえ、嘘です」 「はあ? −−私をっ、馬鹿にするのか!」 「いえいえ、とんでもない」 かみついてきそうなほど勢いのある刑事を、両手で制する菊池。 「僕は一つ、大きな秘密を抱えてましてね」 いよいよ手の内を明かすべきときだ。菊池はそう判断し、大宮家に雇われ、 睦吉を見張るに至った背景を告げた。 田原達にはあらかじめ言って、夕食を先に済ませてもらった。 夜、七時半ちょうどに、菊池は彼女達を迎えに、ペンションへ車で行った。 中村から貸してもらったのだ。 「私達の部屋でいいじゃないですかあ」 竹森がいつもの調子で、声を上げた。 「ちょっとね。訳ありで、ここじゃまずい」 「それなら、ホテルの方に?」 「いや、それもまずい。ペンションとホテル……それから、湖上以外の場所な らどこでもいいよ」 「……何か、悪いこと考えてるんじゃないでしょうね」 怪しがる目つきの竹森。自意識過剰。 「いいことしか考えていないよ」 「私達にとって悪いことが、菊池さんのいいことかもしれないですわねえ」 「竹森さん。本来なら、僕は田原さん一人に伝えるだけで充分と思ってる。そ れを頼んで着いて来てもらうのだから、悪い予感がするのなら来なくていいよ」 「……すみません」 菊池の口調に、竹森は肩を小さくした。 菊池とて、本心から言った言葉ではない。竹森と小畑がいてくれないと、困 るのだ。 どこか行きたいところは?との問いに、田原はある喫茶店を指定した。一年 前に来たとき、入ったことがあるという。 「まさか、水城さんと二人で入ったとか?」 小畑が田原の背をつつく。その質問は、菊池にとっても気になるところだ。 もしそうであるなら、一層、話しにくくなる。 「違うったら。そんな風になる訳ないじゃない。お母さんと一緒に入っただけ」 田原の返事に、菊池は密かに安堵の息をついた。 喫茶店の場所を聞いてみると、さしたる距離ではなさそうだ。だが、折角借 りたのだから、車で行くと決める。 「五分で着くよ」 菊池はハンドルを握った。 「道に迷わなければだけど」 「迷いませんよ。ほとんど一本道です」 助手席の田原が道を指示する。 湖沿いの道をしばし行ってから、右に折れる。この道を曲がらぬ限り、町に 出られず、いつまでも湖の周りを走り続ける羽目になる。 「うん? やれやれ、こんな場所でも路上駐車だ」 赤の外車が停止してあった。運転手の姿はない。 舗装されているとは言え、幅員は広くない。どうにかこうにか、二台がすれ 違える程度だ。 「慎重に……借り物だから」 「自分のだと、ぶつけてもいいんですか」 竹森が、半分ちゃかしたように聞いた。 「さあ、どうだろ。僕は車を持っていないもんで、分からない」 「うわ、貧乏な探偵。探偵と言ったら、車を格好よく操縦するイメージがある のに」 「とりあえず、話しかけるのはやめてくれないかな」 言って、車をそろそろと進める。 そこへ、赤い車の影から、何者かが飛び出してきた。菊池らの乗る車のヘッ ドライトに、照らし出される人影。数は三つ、いや、今、四つに増えた。彼ら は行く手は阻むように、横に広がった。 「な、何?」 助手席に抱きつくようにして身を乗り出した小畑が、震える声で言った。田 原は口を両手で押さえて、ただただ驚いている様子だ。菊池の後ろの竹森は、 「警官? ……じゃないよね」 と、冷静な判断を口にしながらも、その声には落ち着きが感じられない。 (どうやら) 四人組がいずれもフルフェイスのヘルメットを被り、手には角材か鉄パイプ ようの物を持っているのを見て取った菊池は、相手の一人がボンネットに片手 を置くのを待って、アクセルを強く押し込んだ。 慌てたように飛び退く四人。それでも、がつ、ごつ、と車体に何かがぶつか る音が聞こえた。彼らがどうなったかを確かめもせず、菊池はスピードを上げ た。 「き、菊池さん!」 三人の高校生は、菊池の乱暴な運転がにわかに信じられないのか、悲鳴のよ うにその名を叫んだ。 「人……跳ねた」 「向こうが先に手を出してきた。正当防衛。どうせ、何ともないさ」 ルームミラーで後方を探る。赤い外車にライトが灯るのが分かった。 「ほら、追いかけて来るぐらいだ、元気に違いない」 「お、おい、追いつかれたら、どうするんですか!」 「LA仕込み、アウトバーン仕込みを軽く見なさんな」 菊池の声は自信に満ちている。 が、彼の外国暮らしを知らぬためか、田原達は理解できないようだ。その表 情は皆、不安さが抜け切れていない。 鼻歌が出そうなのをこらえつつ、菊池は自由気ままに、しかし正確無比に車 を操る。性能で言えば、追いかけて来る向こうが圧倒的に優位であるはずなの に、車影は視界から早くも消えていた。 「もう大丈夫ですよ、菊池さん。追って来ない」 竹森は興奮しているのか、必要以上に声が大きい。 「振り切ったかな? 道が入り組んでいる訳じゃないから、安心できないが」 「……強盗だったのかしら」 小畑は、まだ恐がっているようで、かすれ気味の声。 「かもしれない。しかし」 首を傾げた菊池。 (追って来たのが気になる。強盗がしつこく追いかけて来るか? まさか、大 宮が差し向けたか? 仮にそうだとして、どこからこっちの行動がばれたんだ ……。ああ、あの刑事、口を滑らしたのかもしれない) 菊池は舌打ちした。 −−続く
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