長編 #3506の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「当たり。観光シーズンの観光地で、ホテルの部屋に閉じこもりきりになるか と思うと、憂鬱だね。今の内から慣れておかないと」 おどけてみせると、中村も苦笑いを浮かべる。 「同情するよ。俺なんか、同じ大宮に使われる身だが、楽なもんだ。水門の整 備や湖の見回りなんて、自分にとっては簡単な仕事だからな。夏場に日照りが 続くとたまに、農家の人から水を流してくれないかとせがまれる場合もあるが、 悩まされるほどじゃない」 「節水の話を聞く限り、雇い主が許さないんじゃないのか、水門を開けるなん て」 「そういうことだ」 「ふむ。……ああ、脱線している。情報が足りない。睦吉勝将という男、君は 知らないんだね? これまで二度ほど、ここに姿を見せているという話だった けど」 「知らん。怪しい奴が動き回っているとは耳にしていたが、名前を聞いたのは 今日が初めてだ、当然、顔を見たこともない」 「何を探ろうとしているのか、心当たりはないかい? 断っておくが、水門番 風情だから言えないなんて話は聞きたくない」 「細かい点を言い出したら、きりがない。天下の大企業だぜ、大宮開発は。ラ イバルの追い落としを謀るなんて話は、いくらでも転がってるだろうよ」 「事業がらみね……。やり方がみみっちい。ライバルを蹴落としたいなら、人 造湖建設のプランが出た時点で、反対派に金をつぎ込んで後ろ盾になった方が 効果を見込めるんじゃないか。あるかどうか分からない、大宮家のスキャンダ ルを掴んだとしても、大勢に影響はなし、だろう」 「理屈だな」 ふと、天気を気にするような素振りを見せた中村。口では湖の水量がどうな ろうが知ったことではないと言っていたが、やはり少なからず気になるに違い ない。 しかし−−窓の外から射し込む夕日の光が、小屋の中を赤く染める。 明日も晴天のようだ。 「もう一つ、質問がある。大宮家の内部で、もめ事は起きていないのかい?」 「……何故、そう考えた?」 目線を戻すと、中村は問い返してきた。 「真理子って人が大宮家の当主なんだろ。大宮開発のトップ、社長でもあるん だって? それなのに、幸一郎という兄がいる。妹の記代さんはともかくとし て、幸一郎さんの上を行くのには違和感があるね」 「具体的にどこが」 中村は友人を試すかのような口ぶりだ。 「兄と妹を並べると、先入観として兄がその家の当主という印象があるじゃな いか。また、男女同権が唱えられるようになって久しいが、ビジネスの世界で はまだまだ男性上位のイメージが強い。にも関わらず、大宮を仕切っているの は妹の真理子さんだと聞いたら、彼女が仮に凄腕のビジネスウーマンだとして も、何かあるんじゃないかと思うのが普通だよ」 「分かった。相変わらず、見落としのない奴だ」 お手上げのポーズをする中村。眼鏡のずれを直してから、ゆったりとしたペ ースで始めた。 「最初に驚かせてやる。昼間、真理子さんの口から直接言うものと思っていた んだが、言わなかったらしいからな。大宮真理子は大宮家の人間じゃないのさ」 「……へえ?」 驚きはあったが、さほどでもない。真理子と他の二人が、ほとんど似てない 印象があったからだ。 「だから、正確には大宮家の当主というのは間違いかな。大宮開発の社長なの は事実だが」 「真理子さんが実権を握るようになったいきさつを聞きたいね」 「そこそこ有名な話だから、俺が言わなくてもいずれ分かるだろう。でも、俺 から聞いたとは言わないでくれ。都合があるからな。 大宮家にはもう一人、次貴という人がいたんだ。名前で分かるだろうが、次 男。真理子さんはその妻って訳」 「次貴さんの方が優秀だったのかな」 「黙って聞け。俺の素人判断では、幸一郎さんの経営手腕は、次貴氏のそれと 大差ない。同等だったろう。先代の大宮家当主で故人の貴幸氏は差はないと分 かっていたが、昔気質なところがあって、長男である幸一郎さんの方を買って いたんだ。当然、幸一郎さんを後継者にするつもりだった。だが、幸一郎さん は致命的な失敗−−人身事故を起こしてしまったのさ。おかげで次期当主の座 はおじゃん。いくら何でも他人に重傷を負わせた者を、企業のトップに据える のは憚られるものだろう。貴幸氏は改めて次貴氏を後継者に指名し、えーっと、 三年前に亡くなったんだっけかな」 「その後、次貴さんも亡くなったんだね」 菊池は想像を述べた。中村が、次貴について過去形で述べることから推測し たのだ。 「そうだ。その前に言い忘れてたが、貴幸氏存命中、次貴氏はほとんどアメリ カにいた。海外支社で修行って意味らしい。真理子さんと知り合い、結婚した のもアメリカで、一緒に生活していたと聞いている。貴幸氏が亡くなると同時 に、次貴氏だけが緊急に呼び戻された」 「真理子さんが残ったのには、何か理由でも?」 「あるとも。現在、彼女がトップにいるのと関係しているんだが、真理子さん はすでに支社の経営にタッチしていたそうだ。元々、向こうの大学で経営学を 修めたそうだから、才能があったんだろう」 「彼女の力が、支社に必要だったんだな」 「だからこそ、真理子さんはアメリカに残った。子供もいたしな」 うなずきながら言い添えた中村。麦茶を飲み干すと、コップにお代わりを注 いで、話を続ける。 「次貴氏は帰国しておよそ十ヶ月間、精力的に仕事をこなしたが、事故死した。 人造湖の建築現場を見回る最中、足を滑らして高台から転落したのだ。心労の ために気が緩んでいたのが原因とされているね。葬式は日本とアメリカ、両方 で執り行われた。この時点で大宮開発は大半が次貴派で占められていたんだろ う、幸一郎さんが取って代わるようなことはなく、真理子さんに権利が移行し た。彼女の帰国が、去年の春。ちょうど人造湖が完成した頃合いだった」 「幸一郎さんの現在の立場は?」 「普段は東京で大宮開発を指揮している。東京とここと、どちらが実質的な本 社なのかは知らんが、相当重要なポストのはずだ」 「おかしいな」 「彼は真理子さんにうまく取り入ってるようだな」 わずかにさげすむような口調になる中村。 「真理子さんの帰国の際は、幸一郎さんが自ら出迎えたと聞いている。印象づ けるためか、自分一人で行ったという話だぜ」 「ふうん。幸一郎さんは未婚? 既婚?」 「跡取り問題に目を着けるのか? そいつは残念ながら、的外れだろう。幸一 郎さんは結婚していない。恋人というか愛人というか、そういう存在ならいく らもいるみたいだが、割にけじめを付ける質なのか、子供はなしてないはずだ」 「記代さんは?」 「同じだよ。彼女はプライドが高いのか、男を寄せ付けないようなところがあ る……っていう噂だ。それでいて、手玉に取るのは好きらしいな」 「ありそうだ。よく分かったよ」 菊池は昼食の折の記代の態度を思い出し、納得できた。 「調査をするのはいいが、あんまりかき乱さないでくれよ。俺にまでとばっち りがくるのはごめんだ」 「真理子さんの依頼だから、どうなっても僕は知らないよ。なかなか複雑で微 妙な人間関係があるもんだ。それを隠したまま調査させようなんて、虫がよす ぎるよ。他に大宮の人間はいないだろうね」 「知る限り、いないはずだぜ。真理子さんの息子はアメリカの大学に通ってい るしな。それよりも、やはり何か。お家騒動かもしれないってことか」 「可能性はあるんじゃないの」 辟易した口調で言い捨てると、菊池は空にしたグラスの縁を指先でこすった。 音が、きゅきゅっと鳴った。 ホテルでの夕食は、客室でできるように手配されていたが、菊池はそれを断 った。四時ちょうどにホテルに現れた睦吉は部屋に落ち着くことなく、一階の レストランに向かうのが分かったからだ。依頼を受けた身として、菊池もレス トランに出向くしかないだろう。 幸い、レストランは閑散としていた。菊池は、睦吉の座った席をほぼ正面に 見据えられる席に着けた。 前菜をむしゃむしゃやりながら、観察を始める。 色の濃い丸サングラスをかけているせいで判然としないが、睦吉は見た目、 三十代半ばほどだ。手元にある、依頼人から渡された睦吉の写真と見比べると、 写真の方が若々しく、恰幅もよい感じを受ける。いずれにしろ、太い眉が印象 的な二枚目、いや、個性派とすべきかもしれない。身長は平均よりやや低いか。 痩身な体格も立派とは言い難い。が、食欲は旺盛のようだ。 (……これから大宮家と対決するため、腹ごしらえしている感じだな) 時間をかけてスープを飲みながら、観察を続ける睦吉。 しかし、その後、特段の変化が見られることはなかった。誰かが現れる訳で もなく、睦吉自身が席を外すこともなかった。一度、携帯電話を取り出し、ど こかと短い通話をした以外は、ただ黙々と食事を摂るだけに終始した。 (せめて、会話の内容が分かれば……。想像しようにも、睦吉の返事が『うん』 や『ああ』じゃ、まるでできない) あきらめて食事を片付けにかかる。睦吉はもうそろそろ終わりそうだ。彼が 立った直後に、菊池も出るつもりでいる。食事のペースを合わせようと、相手 のテーブルを覗き見た。 (ブロッコリー、食べないのか。パセリも残してる。サラダに添えられたチェ リーも手つかずか) 細かい点も、つい記憶してしまう。菊池自身、たいていの料理を好き嫌いな く食べる質なので、余計に他人の食べ残しが気になるのかもしれない。 睦吉の方は全て片付き、菊池も、いつでも立てる体勢が整ったとき、ウェイ トレスがもう一皿、運んできた。 デザートだった。コーヒーとフルーツシャーベット。食べるつもりは特にな いのだが、大宮の方の手配でセットになっているらしい。睦吉は頼んでいない ようだ。 (まずいなあ。食べずに出るか) と思いながら睦吉を見ると、彼は懐から煙草の箱を取り出した。一本取り出 し、口にくわえ、安物のライターで火を着ける。 (助かった) 菊池はスプーンを取り上げた。 レストランを出て、どこに行くのかと思いきや、睦吉は自室に戻ってしまっ た。しばらく待ってみたが、出かける気配は感じられない。菊池もあてがわれ た部屋に戻った。 睦吉の部屋−−二〇一室は袋小路の廊下の一番奥の部屋で、菊池の部屋−− 二〇三室から見て二つ隣に当たる。睦吉が外に出るためには二〇三室の前を通 る他ない。無論、廊下と反対側に窓があるが、二〇一室はホテルのロビーの真 上に位置し、ロープを使って降りるにしても人目に付かないはずがない。 菊池の立場から言えば、訪問者チェック用のレンズから廊下がある程度見通 せるので、扉に張り付いていれば監視できる。用足しも室内にトイレがあるの で、部屋を空にせずに済む。 菊池は大宮家に頼んで持ち込ませた折り畳み椅子を、扉の手前に置き、腰を 据えた。大振りな木製の椅子で、座ったままでレンズに目が届く。 (今日、動くとしたら、暗くなってからだろう。最もありそうなのが、盗み撮 りか。尾行して相手を見失ったら、午後、当たりをつけておいたポイントを回 る手もある。 他に考えられるのは……密会。睦吉が一人で大宮家を探っているとは限らな い。仲間がいて、睦吉に何かを渡すなり知らせるなりするかもしれない) 菊池は椅子を離れた。五時になるかならないかの時点で、相手が動くとは考 えにくい。仮に出遅れたとしても、この明るさなら追いつける。 (潔癖にも、電話の盗聴はしないと言い渡されたのは、ちょっと痛いな。確か に、万が一にもことが外に漏れたら、ホテルの信用に関わるのは間違いないが) 同様の理由で、二〇一室の盗聴も禁じられている。ただし、二〇二室が空い ているにも関わらず二〇三室をあてがわれたのは、菊池を信用していないので はなく、万が一にも相手から盗聴されない配慮らしい。 (隣室で盗聴してもかまわないと思うのに……。案外、大宮の皆さんは危機感 を持っていないらしいね。切羽詰まってないんなら、僕も気楽にやらせてもら いたいもんだ) 元来、人に使われるのに向いていないと自覚している菊池だ。今回、こんな 依頼を受けたのも、旧友の中村が電話をくれたからであって、そうでなければ いくら大金を積まれようが、偉いさんに頭を下げられようが、来はしなかった であろう。 菊池は洗面台に立った。カランをひねり、水を備え付けのコップに満たす。 しげしげと水面を眺めてから、一口飲んだ。 (……うまい。さっきのレストランで出された物と同じ。大宮家で飲んだ水は、 明らかにこれとは違っていた) 中村の話を確認したのだから、すっきりしていいはずだが……。 (手軽に入手できるよい水を放棄して、わざわざ味の劣るミネラルウォーター を買い入れるなんて、どう考えても普通じゃない。その理由が節水……解せな いな。表面上は理屈に合ってても、どこかおかしい。そう、何より、今年は雨 に恵まれていると思うんだが) 考えても結論は出そうにない。菊池は洗面所横の窓から、外を見下ろした。 湖岸沿いの道路の外灯には早くも灯が入っていた。それは白い真珠のように 湖を取り巻き、彩りを添えている。右手のペンションの方向には、テニスか何 かのナイター設備があるらしく、オレンジ色の明かりがこぼれていた。本格的 に夜を迎えたら、さぞかし見事な夜景になりそうだ。 (ああ、そうか) 引っかかっている理由が、おぼろげながら見えた。 −−続く
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