長編 #3472の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
13 魔窟のシェラ 曙光がさし染めるころ、剣士と魔道士とは呆然と魔物の消えたユスフェラの威容に 視線を投げかけていた。 放心して、小岩に腰をおろしたまま一言も発することはできなかった。 妖魔が去ったのを確認してからエレアが、隠れていた天幕から姿をあらわしたのだ が、それに気づいた様子さえ見せなかった。 が、さし染める陽光に正気づかされたように、ため息をつきながらアリユスが立ち 上がった。 「怪我はない?」 呆然とする二人をただただながめやるしかなかったエレアに、疲れた声音でそう問 いかけた。 エレアが無言で首を左右にふってみせると、そう、とかすかに笑ってみせてから、 ダルガのもとへと歩みよった。 正面方向にしゃがみこむと、惚けた子どものような表情をしているダルガの右手を とって微笑んだ。 「ひどい傷だわ」 いって、いぶかしげに見かえすダルガから視線をはずして刻まれた無数の咬み傷を 見、右手をその傷にかぶせるようにしてかざしながら呪文を口中でとなえはじめた。 肉の奥深くから、にぶくうめきあげていた鈍痛が、潮がひくように消えていった。 傷口がふさがるほどの目ざましさはなかったものの、にじんでしたたっていた血流 がにわかにとまりはじめる。 ついでアリユスは、マラクの強打をくらった胸部へとその白い繊手を移動させた。 やはりほどもなく、痛みがひきはじめる。 治癒者としても、アリユスはどうやら一流であるらしい。 ものの数分と経ぬうちに、ダルガは軽くからだを動かすくらいならまるで支障のな いほどに回復していた。 「ありがとう、アリユス」 呆然とそう告げ、四肢を繰ってみた。 アリユスは微笑んでうなずき、ため息をついて腰をおろした。 頬づえをつき、目をとじる。 ダルガはひととおり自分の肉体の動き具合をたしかめてから、アリユスとシェラが 使用していた天幕の前に歩みよった。 無造作に放置されたままの、マラクの大剣をひろいあげる。 巨大だった。 巨躯のマラクが手にしていたときはちょうどよいほどの大きさにしか見えなかった が、ふつうの長剣の倍近くも長さがあった。 湾曲した刃は見るからになまくらだが、厚みと重量はもはや剣のものではあり得な かった。 重さを膂力であつかい、力まかせに目標物を叩きつぶすための剣だった。 スピードとタイミングで鋭利に相手を斬り裂く、ダルガのような使い手に向く剣で はあきらかにない。 それでもダルガは、しばしのあいだ確かめるようにかざしたりかかげたりした後に、 身軽な動作で縦横無尽にその大剣をあやつりはじめた。 ときおり、どうもしっくりこない、とでもいいたげに首をかしげたり左右にふった りするのだが、自在にあやつるさまはまるで十年来の使い手のようにさえ見える。 やがて、ぶん、と音を立てて空を切ってからダルガは大剣の柄を逆手に持ちかえ、 革帯の内側にたばさんだ。 「いこう。アリユス」 つかつかと魔道士のもとに歩みより、無表情のまま告げた。 アリユスは呆然と少年の回復力のはやさを見上げていたが、やがてフッと、静かに 微笑した。 立ちあがろうとはせず、上衣の胸もとに手をさしこみ、首飾りをとりだした。 手のひらの上に白い石がかざされる。 それを祈るようにして眼前にかかげ、アリユスは目をとじて念を集中した。 石がわずかに、青みのかった光を発したように見えた。 それはすぐに消え、目をひらいたアリユスが口にした。 「とりあえずは、シェラは無事のようだわ。生命にかかわるような危険が迫っている わけでもなさそうね。すぐに追う必要はないと思う。それより、わたしの回復呪文で もあなたの傷や疲労を完全にとり去ったというわけではないし、わたし自身も一歩も 動けないほど疲労している。せめて半日、休息をとらせてもらえないかしら」 どう? と視線で問いかける。 ダルガはとまどい、妖魔の消えた山中とアリユスの顔とを見くらべ、 「しかし……」 と口にした。 にこりと笑ってアリユスが立ちあがり、ふいにダルガの唇に人さし指を当てた。 とまどって顔を赤らめながら小さく身をひくダルガに好もしげに笑い声をあげなが ら、アリユスはいった。 「わたしを信じなさい。パランの半分くらいでいいから」 パランの名をきいてダルガはうろたえつつ眉をよせ、唇をとがらせた。 「パランの半分じゃ、ペテン師を信用したほうがまだしもだ」 仏頂面でいい捨ててから苦笑をかわしあうとダルガは、首を左右にふりながら天幕 に向かいかけて立ちどまり、思案の末、幕下ではなく屋外をえらんだか、川原の草地 のほうへと移動してごろりと横になった。 アリユスも笑いながら少年の行動を見とどけ、惨劇の展開された天幕へと歩み入っ て横になった。 ひとり取り残された形となったエレアはとまどったあげく、草地に寝ころんだダル ガのもとへと歩みより、やすらかな寝息を立てているのを見出してあきれたようにつ ぶやいた。 「どういう神経をしているのかしら」 アリユスが一同に召集をかけたのは、陽がかたむきはじめた刻限であった。 昨夜の曇天とはかわって、ティグル・ファンドラの燃える宝玉が斜めから地上を照 らし出している。 午後の陽光を避けるように木陰に場所をとってアリユスは、山牛に背負わせてきた 荷の中から、鉢のごく浅い水盆のようなものをとりだした。 急流をなす川の水をくんで地上に設置すると、とり囲むようにしてすわりこんだダ ルガとエレアの前で水面に両手をかざしてみせた。 目をとじ、声を出さずに口中でなにごとかをとなえはじめる。 澄明な水面はながいあいださざ波ひとつ立てるでもなく、静まりかえったままだっ た。 単調で成果の見えない時間がしばらくついやされた後、 「これがどうにかなるとでもいうの?」 あきれたような顔つきでエレアが、しびれを切らせて口をひらいた。 ダルガは、せめるように鋭い視線で少女を一瞥する。 アリユスは聞こえなかったかのようにリズムをとぎらせることなく、瞑目したまま 呪文をとなえつづけていた。 なおしばらくの間があった。 ついにエレアが、茶番にはつきあいきれないとばかり鼻息を荒くして立ちあがりか けた、まさにそのとき―― 水面に波紋がひろがった。 エレアの行動を阻止しようと腰をうかせかけたダルガが、目をむきながら動作を中 断させる。 エレアもまた、いぶかしげに眉をよせながら視線を水盤の上に戻す。 そして、向けられた二対の視線が、ひとしなみに丸く見ひらかれた。 ゆらゆらとゆれる水の底のほうから、映像がうかびあがってきたのである。 波紋にまぎれてさだかではないものの、なにかが歩いている姿を後方からとらえた 像のように見えた。 躍動する筋肉に鎧われた、赤い肌の巨体。 マラクであった。 肩口にシェラをかつぎあげたまま悠々とした足どりで山中をすすむ妖魔マラクの姿 が、そこに映し出されているのである。 ダルガもエレアも、人形のようなぎこちない動作でへたりと腰を落とし、魅入られ たように水面に視線を釘づけた。 のしのしと歩く妖魔のはるか頭上に、何か奇妙な青い燐光がおぼろにうかびあがっ ていた。 山腹である。 マラクがめざしているのは、どうやらそこであるようだ。 ヴァラヒダの魔物どもが巣くう“青の洞窟”であろう。 マラクは無言のまま燐光めざして昇り、やがてたどりついた洞窟を前にして立ちど まった。 巨大な洞窟だった。 まるで、山の内臓に向かってひらかれた、巨大な口のようであった。 マラクは、ひとしきり洞窟の入口をながめあげた後、おもむろに内部に歩み入った。 陽光が背後に去り、青い淡い光が四囲を飾る。 濃密な青の燐光が何に由来するのかはさだかではない。 いずれにせよ光は視界をさだかにする役目ははたさず、窟内の陰影をいっそうきわ だたせているばかりだった。 迷路のように多岐にわかれた道を迷いもせずに踏み入り、マラクはシェラをかつぎ あげたまま洞奥深くをめざした。 やがて、目的地にたどりついたようだった。 水盤の映像ではさだかには判別しがたかったが――そこには三つの影がたたずんで いるように見えた。 左側の、赤黒い瘤のようなものが全身にもりあがった奇怪な肉のかたまりのごとき 巨影には見覚えがあった。レブラスと名乗る、あの奇怪な妖魔である。 右側にも、レブラスやマラクの巨体にまけぬほどの巨躯をうっそりと佇立させる影 があった。 陰影にまぎれてさだかではないが、その頭部には異様な角のようなものが左右に渦 をまいているようだ。 そしてその全身の表面には、異様な光沢が青い光をうけて禍々しく黒光りしていた。 不気味な圧力のようなものがその身体から発散されているのが、水面の映像を透し てさえはっきりと伝わってきた。 ダルガはわれしらず、背筋をふるわせていた。 それが第三の魔、シャダーイルであろう。 そして―― そして、左右にそれらの巨魔に守られるようにはさまれて、洞窟の奥殿に鎮座する 影は―― 「父様」 エレアが、水盤にくってかかるように身を乗り出しながら小さく叫んだ。 青白い容貌が、苦痛の表情を満面にうかべながら帰ってきた妖魔をながめおろす。 後頭部と下半身とが、壁にとけこんででもいるかのようにおぼろに薄れていた。 病床にのたうつ者ででもあるかのように、胸部に穿たれた穴のような傷口をおさえ ながら、しきりに頭を前後左右にふりまわしている。 ひらいた口もとから十数枚の舌がおどるように吐き出され、同時に、黒い煙のよう な異様な息がしゅうしゅうと青い闇の中に噴き上がった。 苦鳴をあげているのであった。 双眸だけが、狂おしいほどの生気と狂気をみなぎらせて、ぎらぎらとかがやいてい た。 サドラ・ヴァラヒダ。 深山の魔をたばねるもの。 「とらえてきた、ヴァラヒダ。ご所望の生け贄を」 どさりと、少女の華奢なからだを無造作に岩窟内に放り出しながらマラクは、得意 げに告げた。 異様なうめき声をあげて苦しげに頭をふりまわしながらながめ降ろす、ユスフェラ の不吉な支配者の凝視をうけて、ひそかに感じた恐怖をおしころすように、にたりと 笑ってみせる。 だれも、笑いかえさなかった。 レブラスは落書きのような造形の肉の面に不思議そうな表情をうかべて、投げださ れた少女をしげしげと見やるばかりだ。 シャダーイルはといえば、青い闇にまぎれてうっそりとたたずんだまま、いかなる 情動もその面にうかべてはいない。 そしてヴァラヒダは――苦痛に間断なくうめきながら、非難の視線を、マラクに投 げかけているのだった。 マラクは混乱して、目をむいておのが主の顔を見かえした。 何が気に入らないのか、問おうとした。 逸するように、う、うん、と、少女がうめきながら薄目をひらいた。 茫洋とした表情で半身を起こしながら洞内をながめやる。 道中、幾度かめざめかけたのだがそのたびにマラクの当て身をくらって昏倒させら れた。 拉致されてから意識をはっきりさせるのは、これがはじめてだった。 「……ここは……?」 もうろうとしつつ四囲をながめわたしながらつぶやき――マラクと、そしていなら ぶ三体の妖魔に気づいて、ゆっくりと、目を丸くした。 「“青の洞窟”?」 「そのとおりだ」 と、ヴァラヒダがうめきの合間に底響く声音で口にした。 ふしゅう、と、黒い息を吐き上げた。 シェラはなおも呆然と四囲を見やり――ふいに、姿勢を正して妖魔の首魁と正対し た。 「わたしをどうするつもりです?」 問うた。 うめきながら、困惑したような表情をヴァラヒダはうかべた。 ぎろりと視線をマラクに移動させる。 「わが命、長くはもたぬ。しかし贄は、わが娘でなければならぬ」 しぼり出すような口調で、そう告げた。 意味がわからず眉間にしわをよせる妖魔に、ヴァラヒダはさらに言葉を重ねた。 「これは、わが娘ではない」 「そんな……」
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