長編 #3449の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
黄昏時。 遠くのほうから瞬きながら、街灯に明かりが灯っていく。 目に映る全てのものの、輪郭がぼやけて見える。 腕に彼女の温もりを感じながら、僕は歩く。 この時間ならば、知り合いが通っても、気づかれる前に対処出来るだろう。いや、 本当はそんな事はどうでもよくなっている。 黄昏は麻薬のよう。 僕らはドラマの中の大人の恋人同士であるような、錯覚に捕らわれる。 彼女と腕を組んで歩いている事が、とても幸せ。きっと彼女もそうだろう。 知り合いに見られてしまう事なんて、ちっとも恐くはなくなっている。 出来ることなら、このまま二人でどこまでも、どこまでも歩いていきたい。けれ どそれは叶わぬ願い。 差し掛かった小さな十字路。ここで僕と彼女は別々の方向へと、帰らなければな らない。 何も言わず、僕らは立ち止まる。 しばらくの沈黙。 このまま別れてしまうのが惜しくてたまらない。 「家まで………送るよ」 「だめよ、パパにみつかったら大変」 また沈黙。 「ねえ、約束………だよね」 と彼女。 「え、何が?」 「今日一日、私の言うこと、なんでもきいてくれるって」 「あ、うん。そう約束したね」 確かにそんな約束をした。けれども一日も終わり、二人が別れようとしている、 いまになるまで特にそれを実行する機会はなかった。 「私ね、真之くんのお家に、行ってみたいな」 顔を真っ赤にしながら、彼女。 その愛しくなるような言葉に、僕は逆に現実へと戻る。 それまですっかり忘れていた美里の存在が、大きくのしかかる。 「だ、駄目だよ」 「迷惑?」 「いや、そうじゃなくて………ほら、もう門限まで十五分しかない」 腕時計を見ながら、僕は言う。 「ほら、でもまだ機会はいくらでもあるから………、僕のほうはいつだって、大歓 迎なんだから」 寂しそうな彼女を見て、僕はつい、そう言ってしまう。 「じゃあ、今度の土曜日」 「今度の………」 「うん、土曜日ね、パパは会社の旅行なの。ママはパパより厳しくないから、お友 達のところに行くって言えば………ねえ、いいでしょ?」 「ああ、もちろん。楽しみにしているよ」 躊躇。 家に着いた時、辺りはすっかり暗くなっていた。なのに家には何の明かりも灯さ れていない。 留守がちの両親がいないのは分かる。むしろこんな時間に彼らが家にいる方が、 不思議なくらい。 でも、美里は……… いや、まだ七時前だ。出かけていても不思議じゃない。 少しの間躊躇っていたけれど、手をドアノブへ掛けてみる。鍵は掛かっていない。 まさか鍵も掛けないで、美里は出かけたのか? ドアを開けてると、そこは闇。何も見えない。本当に何の明かりも着いていない。 手探りで廊下の横のスイッチを押す。 ぶうんと音を立てて、明かりが灯る。電気って、こんな大きな音を立てるものだっ たのかと思う。 「お帰り、お兄ちゃん」 誰も居ないと思っていたものだから、その声に心臓が喉から飛び出してしまいそ うなほど驚く。 玄関横、二階へ上がる階段の下の方に美里が座っている。背筋が凍り付きそうな ほど、穏やかな表情を浮かべて。 「あ、た、ただいま」 声が震える。 「どうして電気もつけないで………」 「ん、なんとなく。その方が落ち着くから………それよりお兄ちゃん、晩御飯食べ る? すぐ出来るよ」 「ごめん、そ、外で食べてきた。ほら、か、加藤って知ってるだろ? 何度か家に 遊びに来た。あいつと」 わざとらしいとは思いながらも、頭に浮かんだ男臭い感じのやつの名を口にする。 努めて平静を装おうとするが、声の震えは止まらない。僕は美里を恐れている。 「ふーん………加藤さんて、そんないい匂いをさせてたっけ」 「え?」 「お兄ちゃん、いい匂いさせてる………」 移り香! いや、でも、しかし……… 僕はそこまで彼女と強く接触してない。彼女だって、それほど強い香りの香水や 化粧の類はしていなかった。 「まあ、いいけど。お兄ちゃんがご飯、食べないなら私、もう寝るね」 「えっ、こんな時間に」 「なんか疲れちゃった」 美里は立ち上がって、階段を上る。そして、僕に背を見せたまま、言う。 「いいんだよ、私は」 僕の背中を、冷たい物が走り抜けて行く。 キッチンへ行ってみると、美里が作ったのだろう。ラップの掛けられた食事が二 人分、置かれている。 美里は、食事を食べていない……… ガールフレンドを部屋に迎え入れる。 それは男にとって、期待に満ちたもの………のはず。 ましてその日、両親が居ないとなれば、なおさらのこと。 でも僕にとっては期待より先に不安が立つ。 それは美里の存在が故。 美里と彼女を会わせるのは良くない。美里と彼女が逢う事で、全てが悪い方に行っ てしまいそうな気がする。 僕は彼女と上手くやって行きたい。美里との不道徳な関係を断ち切って。 元は僕のエゴに端を発していることではある。 でも僕が美里との関係を終わらせ、彼女とより親しい恋人になれれば、美里にも 恋人がいつか現れる。 僕のため、美里のためにも、今度の土曜日に二人を会わせてはいけない。 そんな事を思いながらも、土曜日までの間に僕は二度、美里と交わった。 「こんにちは、おじゃまします」 僕の他には誰も居ないのに、彼女は家中に通る声で言う。 「さ、上がってよ」 僕は彼女を促す。 「誰も………居ないみたい、ね」 分かり切った事を言う。僕の両親が家に居る事は、滅多にない。それは彼女も習 知のこと。 二階の僕の部屋へ、彼女を招く。 「妹さん、美里ちゃんだっけ………は?」 「ん、ああ、出かけてる。コンサートに」 そう、彼女と顔を会わせないよう、小遣いを奮発して人気音楽グループのチケッ トを二枚買って、美里に与えた。 当然プレイガイドでは、とうの昔に売り切れていた物。それをパソコン通信の「 売り買い」のボードで、定価より遥かに割高な金額で買って。 自分たちの遊びに金を費やす両親から貰っている小遣いは、決して多いものでは ない。かなり痛い出費ではあるけれど、仕方ない。平和のための投資、と言ったと ころ。 いや確かに出費も痛いけれど、それよりも美里を納得させるのが大変だった。 一人ではつまらないだろうから友だちを誘えるようにと、無理をして二枚も手に 入れたのだけれど、それが一瞬美里を誤解させた。一枚は僕の分だと思ったらしい。 それをどうしても仕上げなければならない課題があるとか、適当な事を言って納 得させた。アンコールも含め、九時過ぎまでは帰って来ないはず。 「じゃあ………本当に二人きりなのね」 と彼女の言葉。 意味深。 僕の考えすぎか? 僕自身が期待をしているから、そう感じてしまうのか。 心臓が高鳴る。 「思ったより、ずっと綺麗に片づいてるんだ」 僕の部屋に入った彼女の、最初の感想。 確かに、僕の男友達の部屋と比べれば、綺麗なほうだと思う。でも片づけている のは僕じゃない、美里だ。 「でもやっぱり、男の子の部屋ね。男の子の匂いがする」 「ごめん、匂いきつすぎるかな。窓開けるよ」 そう言って窓を開ける。 部屋に充満するのは、親父の整髪料の匂い。 先週、ほんの微かに付いただけだったはずの彼女の香りに、美里は気づいた。も しかすると彼女も、部屋に残る美里の香りに気づくかも知れない。 それをごまかすためとは言え、不自然なまでに整髪料を撒き過ぎたかも知れない。 「でも、これ真之くんの香りと違うけど」 「えっ?」 「他の女の子の香りを、ごまかすためだったりして………」 びくっとなりながら、でもそれを悟られないように彼女の顔を見る。 少し疑うような、彼女の瞳。いたずらっぽい光が宿っているよう。本気ではない ようだ。たぶん……… 下手な言い訳は、かえって逆効果。 「美里、なんだ」 「美里ちゃん?」 「あいつ、いいって言うのに、勝手に部屋に入ってさ。部屋ん中、片づけて行くも んだから………あいつの匂いが残ってて、由香里ちゃんが変な風に思ったりしない かって、心配だったから」 「仲いいんだね、美里ちゃんと」 仲がいい………と言うのだろうか、僕と美里の関係を。 「でもその香りの事を気にするなんて、真之くんたら、百戦錬磨のプレイボーイみ たい」 微笑みながら言う。 「それから、煙草は止めた方がいいよ」 と。
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