長編 #3447の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
日常会話と錯覚しそうな、あっさりした返事。「電話よ」とか「帽子をかぶ って行きなさい」みたいに、極普通の口調だった。 「ええっと。『なくなった』って……」 聞いてはいけなかったのかもしれない。純子は後悔の予感を抱いた。 「死んだってこと。母さんと二人で暮らすようになって、まだ一年とちょっと かな。やっと家事手伝いにも慣れてきたってところで−−え?」 突然、絶句する相羽。 彼の横では、純子がぽろぽろ、涙をこぼしていた。 「す、涼原さん、どうしたの?」 「……ごめん、私、私……」 声を震わせる純子。いきなり立ち上がると、部屋のドアへ向かおうとする。 「どこへ行くんだ? 帰るの?」 「おばさまに……謝る。それにっ、相羽君のこと見ておくから、お仕事に行っ てくださいって」 「何を−−やめろよ」 毛布から飛び出すと、相羽は純子の腕を取った。 「ばかなことはやめろって」 「どうせばかよ! 迷惑かけたのに平気な顔−−」 「し。声が大きい」 純子の口の前に、相羽の手。 「落ち着いて。泣きながら言われても、母さんだって困っちまう」 「だって……だって」 へたり込むと、純子は声を殺して泣きじゃくった。 すぐ側に、相羽も腰を下ろす。熱っぽさからか、それとも別の理由でもある のか、赤い顔をして、途方に暮れた様子だ。 純子はまだしゃくり上げながら、どうにか口を開き始める。 「知らなかったんだもん、こんな。……余計なこと聞いて、ごめん。ごめんな さいっ」 「知らなくて当然じゃないか」 ため息混じりに、相羽。両手の指は所在なげに、絨毯をいじっている。 「クラスの誰にも言ってなかったんだよ。こんな話、自分から言い触らすもん じゃないからね。聞かれたときだけ、話すことにしてる。さっきも涼原さんが 尋ねてきたから、聞いてもらった。それだけのことだよ」 「もっと早く言ってよぅ……」 「人をそんな、悲劇の主人公みたいに。悲しかったのは本当だけど、特別扱い されるのはもっと嫌だ」 「……けど……」 「いいから。泣きやんでよ。もしも今、母さんが入ってきたら、どう思われる ことやら」 純子の目の前にタオルが差し出された。石鹸の香りが漂う、淡いピンク色の タオル。 「ほら。新品だから、きれいだよ」 「う、うん……」 顔、特に目の辺りを念入りに拭く。段々、心が静まってきた。 「しっかし、びっくりしたなあ。まさか、いきなり泣くなんて」 真剣に驚いたらしく、胸に手を当てている相羽。額にじわりとにじんだ汗は、 熱のせいばかりでない。 「ごめん。だって、何か、悲しくなって……嫌になって」 「涼原さんが悲しがることないでしょ? −−もう、そんな顔するなよ」 泣きはらした目で相羽を見ていると、頭をふわりとなでられた。 (相羽くーん……) 自分の頭に乗せられた手を、上目遣いに黙って見つめる。手はやがて引っ込 められた。 「髪が台無し。きれいなのが、もったいない」 「−−あは。お世辞、上手」 かすかだけど、やっと笑えた。 相羽は不満そうに頬を膨らませる。 「本心から言ったのにな」 「嘘でも何でも、誉められたら気分いい。お見舞いに来て、逆に励まされちゃ ってるね、私ったら」 「色んなこと、考え過ぎだよ、涼原さん」 「そっちこそ。あ、起き出したらだめじゃないっ。寝て」 立って、相羽の腕を引っ張る。 「いてて。自分で立てるっての」 相羽はわざとらしく引っ張られた手を振りながら、ベッドに戻った。 「ぶり返したんじゃない?」 横になった相羽の顔に、心なしか赤みを増したように見えた。 右手のひらを伸ばす純子。 「熱っぽいわ。ほらぁ、起き出すから」 「変わってないよ。ひいたときからこのぐらいの熱だ」 やれやれという風に、相羽は毛布を鼻先までかぶった。 純子は腰に手を当て、見下ろす。 「やっぱり顔、赤いわ。私がいると、かえって騒いじゃって、よくないのかも しれないよね……」 「そうかもな。万が一、うつしたら悪いし、休みなのに病人に付き合わせるの も気が引ける」 「私は別にかまわないけど」 「いてくれるんなら−−子守歌、唱ってよ。寝付くまでいてほしい」 「はあ?」 呆気に取られて聞き返す純子に、相羽は再び顔を覗かせ、舌を出した。 「かっ、からかったわね!」 「いたたたっ。謝る、ごめん」 純子にぽかぽか叩かれ、亀のように首をすくめる相羽。 「帰るわっ」 「でもまあ、その調子なら安心した。もう、特別に気を遣うなよ、僕のこと」 「−−うん。早く元気になってよね。みーんな、待ってるから」 「僕だって、早く行きたいさ。あ、そうだ。宿題とか連絡とか、何かないの?」 「いっけない! 忘れるとこだった。宿題はないけどね、給食費を出すように って。これ、給食費の袋」 印刷文字の入った茶封筒を手提げから取り出し、手渡す。 身体を起こして受け取った相羽は、ぶつぶつ文句を言った。 「最後に思い出すなんて、ひどいなあ。本当に忘れたままだったら、何のため のお見舞いだか、分からなくなるじゃんか」 「えへ、失敗失敗。連絡はこれだけだから。じゃあ、本当にこれで」 「うん。今日はありがとう。帰り、気を付けて」 「ええ。相羽君も身体、大事にしてよ。きちんと治して、明日、学校で会いま しょ」 「任せなさいっ」 最後は笑って、部屋を出た。 「何だか楽しそうにしていたみたいね」 相羽の部屋のドアを閉めたところへ、おばさんが微笑みかけてきた。テーブ ルの上で、何か書き物の最中だったと見える。 「え、まあ……ちょっと騒いでしまって、すみませんでした」 「いいのよ。もう元気になる頃だし、にぎやかなのは大歓迎。あんな子だけど、 よろしくお願いするわね、純子ちゃん」 「はい。いえ、こちらこそ」 頭を下げてると、唐突に相羽の声が聞こえた。 「誰が『あんな子』だよー!」 「聞こえてたのー? そんな大声出してないで、さっさと寝なさい」 ドア越しの声は静かになった。ひょっとしたら、舌打ちの一つでもしたかも しれないが。 「そ、それじゃ、私、帰ります。あの……ごちそうさまでした。紅茶とクッキ ー、とてもおいしかったです」 「ふふっ。うれしいこと言ってくれるわね」 「−−あ、お盆、置いたままだった!」 玄関まで来て、不意に思い当たった。 (もう食べ終わってたんだから、持って出ればよかった) 相羽の母親は、感心したのと呆れたのとが同居したような複雑な笑みを浮か べていた。 「いいのよ、そんなこと。今日はわざわざ、信一のためにありがとうね」 「いえ、当然のことですから……。それじゃあ、失礼します」 靴を履いてから、お辞儀する。 確かに、大人の男物の靴は一つも見当たらなかった。 面を上げると、相羽の母の笑顔があった。 「今度はできたら、普通に遊びに来てちょうだいね」 約束通り、相羽は学芸会の二日後から復帰した。 「どもども。迷惑かけたな、みんな」 「相羽でも風邪、ひくんだな」 「ばかは風邪ひかないって?」 「そういう意味じゃなしに、健康そのものって感じのやつだから、おまえって」 「ことわざで『鬼の霍乱』って言うんだってさ。自分で言うのも変だけど、鬼 はないよなあ」 「元気になってよかったわ。心配したんだよ」 「へえ? あー、よかった。忘れられてないみたいで」 そんな風にみんなと笑顔で話す相羽を見て、純子は彼の強さを改めて知らさ れる気がした。 (あれだけ明るいと、誰も気付かない。一人で頑張るのって、どんなのだろう) 「ん?」 両肘をついて手のひらに乗せていた顎を、浮かせる。相羽がこちらに近付い てきたからだ。 「何?」 「探偵の格好、もう一回してくれないかなと思って」 「と、唐突に、何を言い出すのよ」 あの格好をまたするなんて、気分的にうんざりする。 (あのときの女の子達から、髪型だけ戻してってせがまれてるのよね。それだ けで勘弁してもらいたい) 無論、そのことは口に出さない。言えば、相羽を調子づかせてしまいそうだ から。 「さっき、みんなから劇のこと聞いてさ。僕だけ、涼原さんの『古羽相一郎』 姿を見られなかったわけだよね。ぜひとも見たいなと思うのは、当然の心理」 「嫌よ。何で、私一人がそんなことを」 「他の人に付き合わせるのは無理だし、意味ない。僕が見てないのは、君だけ なんだから」 「休んどいて、よく言うわ。だめ」 首を振る純子。 (えらいなとは思うけど、何でこんな子供っぽいとこがあるわけ? 全く) 「どうしてもだめ? じゃあ、写真を撮った人、いないかなあ。涼原さんのお 父さんお母さんが見に来て、撮ったとかさ」 「それはあるけど……見せたくない」 「何で?」 不満そうに口を尖らせ、相羽は首を傾げた。 「どうせ、からかうつもりでしょ? 『男に間違われても仕方ない』とか何と か言って」 「……そんなつもりなかったけど、言われてみると、確かめたくなってきたな。 涼原さんの少年剣士ぶり」 とぼけた口調になる相羽。 「やぁよ。写真、私は絶対に嫌。他の誰かから、自分で見つけてきなさいよ」 「あ、そう。学芸会の写真の販売、あるんじゃなかったっけ? 運動会のとき があったんだから、きっと」 「いっ」 (そうだった、忘れてた!) ただでさえ寒いのが、さらに冷えた感じだ。 「評判になったのが本当なら、主役の探偵の写真もばっちり、撮ってくれてる だろうなあ。申し込み、いつからだろう?」 「知らないっ」 両耳を押さえ、そっぽを向く純子。 (意地悪なんだから、もう。お気楽でお調子者で−−) 「きっと、女子からも注文殺到だね。ははははっ」 相羽の笑い声に、つい、顔をまた向ける。 「……やだなぁ……」 (−−でも、気遣い性で、優しくて。よく分かんない。本当の相羽君がどうな のか、知りたくなってきちゃった) 彼を見つめ返す視線に、純子は知らず、そんな気持ちを込めた。 −−『そばにいるだけで 2』おわり
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