長編 #3420の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「な、何やってんの!」 初めて相羽は純子に気が付いたらしく、ぼんやり、顔を向けてきた。 「涼原さん。偶然、二度目だね。あれ? また髪型……」 言われて、純子はヘアバンドに手をやった。そろそろ学校が始まるから、ス トレートに垂らしてみたのだ。アクセントに着けた白いヘアバンドが似合って いるのかどうか、改めて気になる。 「髪のことはいいでしょ。何をしてるのよ」 「何って、昆虫採集だよ」 「虫を捕ってるのは分かるけど、こんなところにいないでしょう?」 何の気なしに、空き地に入り、相羽の側まで行く。 腰をかがめ、相羽の提げる虫かごを覗くと、バッタみたいな虫が何匹かと、 てんとう虫やカナブン、小さな蝶等が少しずついた。 「……結構、いるのね」 感心して、相羽を上目遣いに見やる純子。が、当の相羽は首を横に振った。 「いや、少ないよ。種類が少ない。前いた学校、近くに大きな林があって、か ぶとやくわがた、いたもんなあ」 「ほんとに?」 「うん。大きくはなかったけど。あーあ。最初はこれを自由研究にするつもり だったんだよなあ」 「そんな無理を。ここには虫、多くないもの」 「みたいだね。危うく、失敗するところだった」 「じゃあ、結局、何を研究したの?」 「月の観察。うまい具合に月食、あっただろ?」 「あっ、あったあった。私も見たわ。なるほどね。でも、同じことした人、多 いんじゃないかしら?」 「かもしれない。非常事態だったから、仕方ないでしょ」 苦笑いする相羽。 「それで、何でまた、昆虫採集をしているのよ。もういいじゃない」 「最後の努力……ってつもりでもないんだけど、やりたかったから。この辺り は原っぱも少ないや。ここ、やっと見つけたんだ」 「ふうん」 また虫かごを覗く。バッタが跳ねたので、思わず、顔を離した。 「はは、恐がってんの」 「ち、違うわよっ。ちょっとびっくりしただけ」 純子は頬をふくらませた。それからふと、気になったことを聞いてみた。 「ねえ、この虫達、どうするの? 宿題に使わないんだから、標本にする必要、 ないでしょ?」 「もちろん、逃がすけど。飼うことできたらいいんだけど、色々と難しいから。 長生きさせられないし」 「よかった」 ほっと胸をなで下ろす。本当に純子は胸を手に当てていた。 「涼原さんは、昆虫が気持ち悪くないの?」 「触るのは苦手だけど、見ているだけなら平気。あ、でも、蜘蛛とかごきぶり とかはだめよ、もちろん」 「あはは、そりゃそうだ。ミミズは平気でも、ごきぶりは僕も嫌だ」 それから相羽は話題を換えた。純子の持つ手提げに視線を落としながら、聞 いてくる。 「涼原さんは、どこか出かけた帰り?」 「え? えーと、友達の家に。宿題を仕上げに」 「そう言えば、今月の初め頃、会ったときに宿題見せろって言われたような」 「そんな言い方、してないでしょ!」 握りこぶしを両手に作り、強く主張する純子。 相羽は網を持ったまま、お手上げのポーズを小さく作った。 「はいはい、してないしてない。で、できたの、宿題?」 「う……だいたいは。三つだけ、書けなかったけれど」 「どの問題?」 熱心に聞いてくるので、純子は手提げからプリントを出し、指で押さえた。 「算数は、こことここ。理科が……これよ」 「お、ラッキー」 声が高くなる相羽。 「何がラッキーなのよ」 「ここなら教えられる」 「え? ほんとに?」 純子の声も大きくなった。 「嘘なんか言わない。時間あるなら、今、教えるよ」 「助かるっ。お願い」 ノートの真っ白なページを開き、解き方及び答えを教えてもらう。空き地に 放置されている土管の一つに座り、自分の膝が机代わりだ。 「合ってると思うけど。間違ってたら、ごめん」 立て続けに三つ、問題を解いた相羽の額には、さすがに汗が浮いていた。 「ううん、凄い。合ってるわ」 解き方を読み返して、確信を持つ純子。元々、問題の意味が分からなかった だけなのだから、解いてもらえばあとから過程を追うのは充分にできる。 「ありがとう。本当に教えてもらうなんて、思ってなかったわ」 「お礼はいらない」 何故か、焦った様子の相羽。続けて言う。 「その代わりさ、教えてほしいところ、あるんだ」 「冗談でしょ? こんな難しいのが解けて、他に解けない問題なんて、なかっ たと思う」 「そんなこと言われても、まじで分からないんだ。国語のドリル、持ってる?」 「あるけど」 純子は言われる前に、国語のドリルを取り出した。表紙が紅色の、大きくて かさばる問題集だ。 「えっと、あー、これこれ。あ、あの、何か書く物」 「はい、これ」 教えてもらった手前もあるし、ノートを破って、鉛筆と共に渡す純子。 相羽はよほど慌てているらしく、先ほどとは比べ物にならない乱暴な筆跡で 写していく。 その様を見ている内に、段々、おかしくてたまらなくなってきた純子。 「ふうん。相羽君って、国語が苦手なんだ。でも、テストは八十点ぐらい取っ てたみたいだけど」 「あんなの、授業で習ったのを丸暗記しただけ。こういう、いきなり文章を読 まされて、問題を解くのが苦手。登場人物の考えていることなんか、簡単に分 かるもんかよ」 「ふふっ、それもそうね」 やがて相羽が分からない問題の答全部を書き写した頃には、日が暮れかかっ ていた。空き地の側には外灯が二本あって、早々と灯が入っている。ひと気は なくなっていた。 「終わった!」 喜色満面の彼の表情を見て取り、純子はくすっと笑えた。 「ありがとう。これ」 借りた鉛筆を返すと、相羽は腰掛けていた土管から立ち上がった。 「待ってよ。ついでに聞きたいことがあるんだけど」 純子は座ったまま、呼び止める。 (今、はっきりさせるのがいいかもしれない) 目を瞬かせた相羽は、立ったまま聞いてきた。 「時間、遅くなるんじゃないか? 聞きたいことって?」 「……あなたが私にした、あのことよ」 意地悪したくなった。上目遣いに相手の反応を窺う。 (これで分からなきゃ、すぐに帰ってやるから) 相羽はほんの一瞬だけ、目を細め、考える素振りを見せたが、すぐに言った。 「ああ……キスしたこと。ごめん。許してもらえるまで、何回でも謝る。その 気持ちは変わってない」 彼は、純子と目の高さを合わせてきた。それが急だったので、純子はどきり としてしまう。 「ちょ、ちょっと。そんなしゃがんでないで。そうするぐらいなら、こっちに 座りなさいよ」 「いい?」 「当たり前」 純子から少し間隔を開けて、相羽がゆっくりと座る。 「あのとき、どういうつもりであんなこと、言ったのかしら?」 探りを入れてみる純子。 「あんなことって……」 さすがに今度は、すぐに思い当たる言葉がないらしい相羽。 「忘れてないでしょうね? 私はしっかり、覚えてる。キスした理由を尋ねた ら、『涼原さんが、あんまりかわいかったから』って、言ったわよね」 「それか」 純子の視線を避けるように、相羽は顔を左に向けた。 「どういうつもりで言ったのか、答えて」 「それは……やっぱり、涼原さんがかわいかったから、素直に言ったまでで」 相羽の声は小さかった。 (意地、通しちゃって) 純子は半分呆れ、半分感心した。 「私ね、遠野さんから聞いたんだよ」 「えっ」 絶句して振り返ってきた相羽は、ぽかんと口を開けていた。 「あなたねえ、遠野さんのランドセルか何かが背中に当たって、バランス崩し たんでしょう? その弾みで、あんなことになった」 言葉を切り、相手からの答を待つ純子。が、彼の方は唇をかみしめ、目線を そらしただけで何も言わなかったので、続けた。 「遠野さんをかばうために、お芝居するなんて、普通じゃ考えられない」 「……」 「私もかばってほしかったなあ−−なんてね」 「ごめん」 やっと口を開いた相羽。手の中の虫かごで、何かが盛んに跳ねている。 「あのときはさあ、まじで焦った。まさか、あんなことになるなんて……。ど うすべきか、頭の中はごちゃごちゃに混乱してたけど、必死に考えたつもり」 「考えた結果が、あれ?」 「待ってよ。勘弁してほしい、ほんとに……。あのとき、わけを話していれば、 僕や涼原さんだけじゃなく、遠野さんがさ、何か言われてたと思うんだ。極端 なこと言えば、『無理矢理、狙って押したんじゃないのか』なんて風に。 あの頃は僕、転校してきたばっかりだったけど、みんなの性格、だいたいの ところは分かったつもりだったから。遠野さんは無口で大人しい。何を言われ たって、ほとんど言い返せないみたいだ。雰囲気に流されちゃう感じ。だから、 彼女のせいにするのはまずいなと思って」 「私はどうなるの? みんなの前で、いきなりキスされて、告白のおまけつき」 自分で話している内に、またも恥ずかしくなってきた。こういう話は、何度 も口にするものじゃない。 「涼原さんの性格は……当たっているかどうか分からないけど」 歯切れが悪くなった相羽。本人を前にして、言いにくいに違いない。 「言いなさいよ。ここまで来といて、今さら」 「……勝ち気で、言いたいことは何でも言える。そういう風に見てた。比べる ものじゃないかもしれないけど、あの状況では、遠野さんのせいにするより、 僕と涼原さんだけの話にしてしまえば、まだましかなと考えて。僕も内心、パ ニック状態だったから、最善だったかどうかは怪しいけどね」 「大した気の遣いよう。驚いたわ」 純子は勢いづけて腰を上げると、地面に両足を揃えて着地した。振り返ると、 相羽が見上げてきた。 「涼原さん?」 「聞きたかったのは、これだけ。一応、正直に答えてくれて、ありがと。私も 一応、すっきりした」 「遠野さんは、自分から君に話を……?」 「そうよ。あなたが思っているほど、引っ込み思案じゃないわよ、彼女」 「そうみたいだ」 相好を崩し、軽く笑みを浮かべる相羽。その表情が、また引き締まった。 「改めて謝らなくちゃな、嘘をついた形になったこと。ごめんな」 「もういいわよ」 「本当に? 許してくれるのか?」 相羽も立ち上がった。 「許すも許さないも、そもそもが誤解だったんだし。しょうがないじゃないの。 でも、私だって、あなたが思っているほどは強くないかもしれないんだよ。そ れだけ、覚えておいてね」 「分かった。……よかった、やっと許してもらえた」 ほっとしているのも明らかに、相羽は深く息を吐いた。 「そろそろ戻らないと、やばいかも」 はたと気付く。時計がないから分からないが、かなりの時間が経ったような 気がする。夕陽も赤も黒ずみ出していた。 「あーあ、ほんと、格好悪いったらない。涼原さんには謝ってばかりだ」 相羽は虫かごの蓋を開けると、中の虫達を全部、逃がしてやった。 「土下座なんて真似、もうやめてよね。こっちが困っちゃう。だいたい、あな た、ここだけの話だけど、他の女子に人気あるわよ」 目を丸くする相羽。 「だからね、簡単に頭下げてたら、幻滅する人もいるかもしれない。せめて、 あなた自身が好きな女子の前では、なるべく格好つけてなさいよ」 純子が若干のからかい口調を交えて続けると、相羽はしばし、静かになった。 (うん?) 戸惑う純子に、ようやく返事が聞こえる。 「……格好つけたいんだけど、どうしてか、失敗ばかりするんだ」 −−『そばにいるだけで 1』おわり
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