長編 #3416の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「−−嫌っ。帰って!」 「……やっぱり、何かあったのね。その子、謝りたいって言ってるのよ」 「嫌よ! 会いたくないのっ。帰ってって言って!」 「とてもすまなさそうな顔して、外で待っているわよ」 「いいから!」 純子はベッドから降り立つと、扉まで駆け寄り、勢いよく引き開けた。 母親が、びっくりしたように見下ろしてくる。 「いいから……帰ってもらって」 「……分かりました。明日、学校で会ったとき、どうにかなさいよ」 母親はため息混じりに言うと、階段を急いだように下りていく。そして、玄 関のドアが開かれる音がした。 「ごめんなさい。今、純子、眠ってて−−」 母親の台詞を最後まで聞かず、純子はまた部屋に閉じこもった。 ベッドの上に座り込み、今度は、中央に熊のイラストが入った大きな枕を胸 に抱きしめる。 (何よ。謝りに来たって、許してあげないんだからっ。絶対、許さないんだか らっ) 初めて、腹立たしさが、悲しさや恥ずかしさを上回った。胸の内が、むかむ かしてくる。 (もう! ばかっ!) 右手でげんこを作り、抱きしめていた枕に思いっ切り、叩き込む。 ぼす。 気の抜けたような音だったが、手応えはある。少し、気が晴れた。 続けて両手でぼかすか。 「ばかっ、ばかっ、相羽のばかぁ」 いつの間にか、声に出していた。 はあはあと息を荒くし、髪もぼさぼさに乱れてしまった。 枕の熊の顔が歪んで、泣いてるみたいだった。 気が付くと、窓の外は真っ暗。ほんのわずか、西の空が恐いほどに赤暗い。 (カーテン、引かなきゃ) 純子は窓際により、カーテンに手をかけた。そのとき、目がふっと、家のす ぐ前を通る道に行く。 「あれ……」 最初、誰だか分からなかった。 道には、電信柱にもたれかかるようにして、人影があった。割と背があるけ れど、子供には違いない。 「−−あ」 純子は声を上げると同時に、カーテンを素早く引いた。 暗くて分かりにくかったけれども、こちらを見上げてきたのは、確かに相羽 だった。 (あいつ……まだいた) 窓のすぐ下、壁に背中からもたれ、腰を落とす。 (何よ。そんなに気になるんだったら、最初からしなきゃいいじゃないの! ばかみたい!) 体育座りして、揃えた膝に腕を乗せ、さらに頭を左向きに。 (まだいるのかしら……) 気になってきた。でも、見ると、何だか「負け」のような気もしてきて、素 直に様子を見られない。 「宿題、しよっと」 吹っ切るために、声に出した。必要以上に声量が大きい。 立ち上がるとき、肩がカーテンに触れた。 夕食の直前、食卓まで下りて行くと、母親が慌てていた。 「いけない。刺身醤油、切らしていたんだわ」 「買ってくる」 すぐに言った。母親がきょとんとしている。そればかりでなく、夕刊を読ん でいた父親までもが、わざわざ顔を覗かせた。 「珍しいな。積極的にお使いに行こうなんて。おねだりしたい物でもあるのか な」 「違うわよ、お父さん」 母親の方は何も言わず、財布から五百円玉を取り出すと、純子へ渡す。 「じゃ、お願い。気を付けるのよ」 「分かってるって。いつものでいいんでしょ?」 純子は小走りに玄関まで向かい、靴を履くと、そろそろとドアを開けた。 (まさか、いないわよね) ついさっきから、相羽のことが思い出されていた。 玄関にいたままでは、相羽のいた電信柱は見えない。純子は道まで出た。 電信柱の影に、相羽の姿はなかった。 (ほら。やっぱり、いない。心配することなかったわ。あんな奴、最初から心 配してなかったけどさ) どことなくほっとしつつ、五百円玉を握る手に力を入れた純子。 「涼原さん?」 ぎくりと、身体が震えた。 (嘘っ) 両手を胸の前で交差させ、純子はゆっくりと、声のした方へ振り向いた。 曲がり角の向こうに、人影が覗いている。 「よかった。やっと会えた」 呆気に取られて立ち尽くす純子へ、相羽は見る間に接近。まだ下校途中なの か、ランドセルを背負っている。 外灯の下、表情が見えた。目を細め、不安から解き放たれたように晴れ晴れ とした表情。 「な、何よっ。帰ってって言ったでしょ!」 「……ごめん」 一言。 静かな間ができた。いや、遠くで自動車の走る音がしている。 「涼原さんが怒っているのは、分かってる。だから、許してくれなんて言えな い。けど、とにかく謝らせて」 「いくら謝られたって……」 「分かってる。こうしないと、気が済まない。僕、帰れないよ」 「……」 「ごめんなさい」 相羽は深く頭を下げ、そのままの姿勢で続ける。 「勝手なことをして、悪かったと反省している。もう、取り返しつかないけど ……君が許してくれるまで、反省し続ける」 急に顔を上げる相羽。 びくっとして、それから、まじまじと見つめる純子。 (−−ふ、ふんっ。いくら真剣な顔したって) 灯りに浮かぶ相羽の表情は、本当に真剣そのものだ。 「殴れ」 「え?」 内心、何も返事すまいと誓っていた純子だが、つい、聞き返してしまう。 「ぶってくれって言ったんだよ。少しは気が晴れるんじゃないかと思って……。 さあ。学校では平手だったけど、げんこつでも何でもいい」 顔を前に突き出す相羽。両眼は閉じられていた。 「−−私、急いでるから」 純子はきびすを返しつつ、言葉を投げた。 「気が済んだら、帰ってよ」 逃げるように走る。当然、相羽がどんな顔をしているのか、見ることはでき ない。 三十メートルは離れて、立ち止まり、振り返った。元の位置に立ったままの 相羽が見えたが、その顔はもはや確認できない。 「ちゃんと帰りなさいよね! 事故にでも遭われたら、気分悪いんだから!」 早口に叫んで、純子はまた走り出す。 相羽が何ごとか返事したようだったが、はっきりとは聞き取れなかった。 朝、学校に向かう純子の足取りは、決して軽くなかった。 (あいつと顔を合わせるのも嫌だけど……みんなが何て言うか、恐い) 地区毎に学年とは関係なく、男女別の班単位で登校する。純子は班長なのだ けれど、今朝は何だがぼうっとしてしまって、低学年の子から「おねえちゃん、 へんー」と言われる始末。 (これも、あいつのせいだ。うん) 表面では笑って、内ではいらいらしながらも、純子は学校に到着した。 なるべく目立たないよう、通用口から入る。 (どうせ教室に行くんだから、一緒だけど) と思いつつも、こそこそと上履きに替える。 「あっ、涼原さん」 ほら来た。クラスメートの一人、町田芙美(まちだふみ)。比較的大人びた 子だから、騒ぎ立てられるよりは、まだましかもしれない。 渋々顔を向けた純子。目はふせがちだ。 「おはよ……」 「おはよう。ねえ、昨日、大丈夫だった?」 「……あんまり」 強がってみせようかと、一瞬考えた純子だったが、結局、正直に答えた。 「心配したんだよ。泣いてたし」 「ありがとう。とりあえず、元気出たから」 「相羽君、あんな人とは思わなかったわ」 どうやら、町田も幻滅した口なのかもしれない。もっとも、純子自身は、相 羽に対して、最初からいいとも何とも思っていなかったが。 「行こうっ。冷やかしてくる人、いるかもしれないけど、頑張って」 「うん」 また少し、元気が出た。 クリーム色に黒の手すりの螺旋階段を行く。五、六年は三階。 教室の前で深呼吸。中はそこそこ騒がしい。すでに全体の三分の一は登校し ているだろう。 「さ。ファイト」 「う、うん」 町田に付き添われるようにして、純子は教室に入った。 室内の騒がしさが小さくなった。純子に気付いたみんなが、一瞬だけ声を落 としたためだ。 とにかくも、相羽がいるかどうか、目線を走らせる。いない。ひとまず、ほ っとできた。 「あ……」 しかし、黒板に目をやり、純子は唇を噛みしめた。 白で大きく描かれた傘。その下、右に相羽の、左に純子のフルネームが、こ れも白で書かれている。そして傘の先には、赤いチョークでハートマーク。ご 丁寧に塗りつぶされている。他にも、「けっこんおめでとう!」や「キスの味 はどんな味?」等と、からかいや冷やかしの言葉がぎっしりだ。 「−−っ」 泣きそうになるのを、ぐっとこらえる。 気が付けば、町田が肩に手を添えてくれていた。 「いい加減にしなさいよ」 町田が言った。 「誰よ、こんなくだらないこと書いたの!」 「さあなあ」 顔を見合わせ、にやにやする、一部の男子。彼らが書いたのは、ほぼ間違い なさそうだ。 「それよか、涼原、相羽にめろめろになったんじゃないか? ははは」 「うれし泣きだったとかしたりして」 「ち、違うわよ!」 「やめなさいよっ」 町田も一緒になって、言ってくれる。 それがきっかけとなって、クラスにいる大半の児童が、男女に分かれて言い 合いになってしまった。 大騒ぎになっているところへ、さらに間が悪く、もう一方の『主役』、相羽 がやって来た。 「何だぁ、こりゃ。ありがちなもん、書きやがって」 黒板をごんごんと叩いた相羽。さすがに、騒いでいた男子達も気勢をそがれ たか、大人しくなる。 「誰だよ、書いたの?」 相羽は、いつものぼーっとした表情ではなしに、きつい面持ちをなしている。 声もいくらか厳しい。 相羽に答えるように、男子二人が立った。 「おまえらか……。清水(しみず)クン、大谷(おおたに)クン」 相羽は薄く笑いながら、つかつかと二人へ歩み寄る。クラスは今や、しんと していた。 (どうする気よ、相羽の奴?) 純子でさえ、はらはらして成り行きを見守る。 「な、何だよ。やろうってのか」 清水と大谷の二人の声が、多少の荒っぽさを帯びた。 −−つづく
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