長編 #3372の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
三月一日。 落ち着かない午前中が過ぎ去って、僕はいっそう、そわそわし始めていた。 終わりの会、先生の話とすんで、さようならの挨拶。 「最後の念押しよ。七時まで、大丈夫なのね?」 鞄を手にしかけていると、隣から囁いてきた。 「大丈夫だよ。ちゃんと話して、お母さん、許可してくれたから」 「だったらいいわ」 答えるとすぐ、歩き始める綾辻さん。 僕は急いで席を立って、後を追いかけた。 「待ってよ。僕は綾辻さんの家、どこか知らないんだから」 「そうね」 短い返事。 学校の中では、僕と一緒にいるところを他の人に見られたくないのかな。そ う思わせる素っ気なさ。 歩くのを少し遅らせる。綾辻さんはどんどん先を行き、下駄箱の陰に見えな くなった。 時間をずらして外靴に履き替え、校舎を出る。彼女の姿を見つけられなくて、 ちょっと焦った。 校門を出ると、綾辻さんが空を見上げるようにして立っていた。 「行こ」 彼女が先に立って、僕は後ろを着いていく。知らない人が見たら、僕が女の 子をつけてるように見えるかも。不安になる。 「ね、ねえ」 話しかけておけば平気だろうと思い、声を出す。 「何」 振り向きもせず、綾辻さんは聞き返してきた。 「昼御飯、どうするの? 誰もいないって言ってたけど」 「心配いらないわ。用意してあげる」 「用意してある」ではなく、「用意してあげる」というのが気になった。 「ひょっとして、綾辻さんが」 「そうよ。私が作る」 「できるの?」 やっぱり話しにくい。横に並んだ。 「レストランみたいなことを期待しないで」 ややうつむき加減だった彼女は顔を上げて、僕の方を向いてくれた。 「オムライスよ。何もアレルギー、ないよね?」 「え? あ、アレルギーはないけど」 「よかった」 微笑むと、また前を向く。 赤信号に引っかかった。足を止めて、他の話題を探す。 「誰もいないって言ってたけど、お父さん、何をしているの? 運動会のとき も来ないぐらいだから、忙しい人みたいだね」 「お医者」 「お医者さん……。偉い人なんだ」 「偉いかもしれないわ。分からないけど」 変な答だった。けど、慣れっこになっていた僕は聞き流した。 「お母さんは?」 「大学の先生」 また「偉い人なんだ」と思ったけど、言葉にはしなかった。彼女の両親は二 人とも、偉くて忙しい人。 信号がちょうど青に切り替わった。 「もうすぐよ」 彼女の口調は、切羽詰まっているみたいだった。 綾辻さんの家は、白くて四角かった。 鉄筋混凝土の二階建て。外壁は、建てられたばかりのようにきれいだ。生け 垣や庭も手入れが行き届いていて、きちんとされている。 玄関から入り、土間に立っていると、彼女は何も言わずに、先に上がってし まった。 「お、お邪魔します」 誰もいないと聞かされていても、つい、挨拶してしまう。 「こっち」 綾辻さんの声のする方へ向かう。 通る部屋通る部屋、いずれも整理整頓がされていた。僕が来るから掃除した かのように。 病院に似ている。白、白、白。消毒液の臭いこそないけれど、雰囲気は病院 そのものだ。 食堂らしき部屋に到着した。真ん中にある丸い食卓には、透かし編みの白い 布。ざっと見渡し、日除けだけが茶色の系統だった。あとはほとんどが白。そ の影に黒色が存在しているという感じだ。 ふと、壁際の棚の上に、金魚鉢があるのに気付く。当然、中身は空っぽだっ た。そのかたわらに、餌を入れるらしき縦長の筒もあった。 横を向くと、綾辻さんが手を拭く姿が見えた。そちらは台所になっているら しい。 白い前掛けをした彼女が、お菓子と飲み物を運んできた。 「今から作るから、できあがるまで、これでごまかしてて」 「て、手伝おうか」 親切のつもりで言って、腰を浮かせる。 だが、綾辻さんから返って来たのは厳しい調子だった。 「男でしょ」 「は」 「男は料理を作らない。女の仕事よ」 「だ、だけど、一人じゃ大変……」 「いいの。私がやるから、槙君は待ってるだけでいい」 扉を閉ざすかのごとく、背を向けてきた綾辻さん。 僕は仕方なしに、座り直した。 「こんな話、聞いたことない?」 お菓子を一つ、口に入れようとしたところで、彼女が話しかけてきた。 「どういう話?」 「コックさんって、男の人がほとんどだと思わない?」 「……言われてみたら……」 「でも、家でご飯を作るの、お母さんでしょ。変な感じ、しないかしら」 「うん、変な感じ。女のコックさんがもっといていいのに」 興味がわいた。まな板を包丁が叩く音を聞きながら、僕は続きを促した。 「何で知ったのか忘れちゃったけど、ちゃんと理由があるみたい。コックさん はレストランでたくさんのお客さんに料理を出すでしょう? だから、いつも 同じ味で料理を作れないといけない。評判に関わるから」 「……そうだね」 「味って、何で決まると思う?」 「味は舌だ」 「同じ舌でも、そのときの体調で感じ方が違うんだって。男の人に比べると、 女は体温が不安定なのよ」 「は、はあ」 唐突な彼女の話に着いていけず、僕は生返事をした。 重なるように、何かを洗い流す水の音がした。 「体温が不安定−−例えば熱っぽいときは、味もぼんやりとしか感じないでし ょ。そういう意味で、女の人は一定の味を出すのが苦手」 「だから、コックさんには向いていないということ?」 「そう」 「それは分かったけど……。だったら、男が家でも料理作ったって、いいよう な気がする」 油の弾ける音がした。それと共に、熱せられた油のにおいが漂ってくる。 「何て?」 綾辻さんは、僕の声が聞こえなかったらしく、聞き返してきた。 僕は同じ感想を繰り返した。 「そういうものじゃないわ」 ぱちぱちぱちと、何かを炒めている音がする中、彼女はさらに説明する。 「毎日、お味噌汁が出るとするわね。同じ味付けのお味噌汁を毎日出されたら、 あなたは我慢できる? 飽きるんじゃないかしら」 「そりゃあ……全く同じ味付けだったら」 「女が作ると、そうはならないの。微妙だけど絶対に違う。だから、家族みん なは、毎日の食事を飽きずに楽しめるんだって」 「ふーん」 面白くて、納得できた。ただ一つ、女の人の体温が一定でない理由だけ、分 からなかった。聞いてはいけない気がする。 「お待たせしました」 彼女の声は弾んでいた。両手でしっかり、銀色のお盆を運んでくる。 「トマトケチャップは、自分でお好みにね。サラダは取り分けてあげる」 「あ、ありがとう。おいしそう」 「ほんとに?」 目元をほころばせる綾辻さん。 僕は内心、首を捻る。女って、理解しにくい。 学校でするのと同じように、いただきますと声をそろえてから、食べ始めた。 本当においしかった。あとからの余計な味付けは一切、必要ないぐらい。 「おいしい」 と告げても、しかし、綾辻さんはさして嬉しそうな顔をしなかった。やっぱ り、理解しにくい。 「次は、槙君が好きな物を作れるようになっておくわ。何が好き?」 「えっと、ハンバーグやエビフライ、天ぷらとか」 「エビが好きなんだ?」 「うん、そうかも。お寿司のエビはおいしくないけどね」 「言えてる」 口を押さえて笑う綾辻さん。 こうしていると、普通の会話だけどなあ。ときどき、違和感を覚えるのは何 故なんだろう。 お昼ご飯が終わったのは、二時十分頃。あと五時間足らずだと思うと、もっ たいなく感じられる。 食器を洗って片付けがすむと、映画を観ようと彼女から言い出した。 「当然、ビデオだけど」 「何かあるの?」 「ええ、アニメ。とっても素敵よ。ぜひ、観てほしくて」 「アニメだったら、僕だって結構、観てる。何て言うタイトル?」 「タイトルがないの」 「何、それ」 不思議に思った僕が目を向けると、綾辻さんは機械の前で小さな笑みを見せ た。 「お父さんの知り合いの人が作ったんだって」 「お父さんてお医者さんだろ? その知り合いの人がアニメって、何だかおか しいな……」 「私にもよく分からないの。とにかく観て。あ、その前に、カーテンを閉めて くれる? 本物の映画館みたいで気分出るから」 僕は言われた通りにした。 それから同じ位置に腰を落ち着けると、彼女の細い指が釦を押した。 しばらく待つと、暗かった画面が徐々に白く、明るくなっていく。 字幕が何回か出たあと、突然、人の声が入る。話が始まったらしい。 「本当にタイトル、ないね」 「でしょ」 低く答えて黙る綾辻さん。二人きりなのに、映画の間はあまりお喋りしたく ないという意味らしい。 物語は、恋愛物らしかった。でも舞台は宇宙。自動制御で航行する、巨大な 宇宙船の中だ。未来の話で、人が住めなくなった地球を脱出した人類が、新し い星を目指してさまよっているという設定。終わりの見えない旅が長く続き、 宇宙船内の人達の間にいざこざが起き始める。それと並行して、男女−−十五 歳の少年少女−−の恋愛が描かれていく。 船内の争いが激しくなって、人類は二つの集団に分かれる。その結果、さっ きの少年と少女も離れ離れ。会えなくなってなってしまった。 やがて殺し合いが起こる。加えて、考え方の違いから人類はさらに細かい集 団に分かれ、後戻りできない状況に陥った。 救いようのない、絶望的な『戦争』のあと、生き残ったのはたったの二人。 愛し合っていた二人だ。だが、争いの影は、二人の間にも落ちていた。少年の 仕掛けた罠で、少女の両親が亡くなっていたのだ。少女は少年を愛せなくなっ ていた。 少年の方は深い傷を負っており、すでに動ける状態ではない。少女が殺しに 来れば、それまで。 星の海を望む部屋で、一人、横になっている少年。 扉が開いた。 その向こうに、少女の姿があった。手には銃。 ゆっくりと近付いてくる少女に、少年は覚悟を決める。 少女は枕元に立つと、銃をかまえた。交わされる言葉はない。 少年が目を閉じる。同時に画面が暗くなる。 そして−−銃声。 −−未了
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