長編 #3371の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
現れた彼女の姿に、僕は目を奪われた。 着物を着ていた。振り袖。朱色や橙色が目立つ、暖色系。 「タクシーで来るなんて、何事かと驚いた」 「少しでも乱れないようにと思って」 「着物、かわいいね」 「それ、着物がかわいいってこと?」 「ち、違うよ」 珍しい、綾辻さんの皮肉な切り返しに、僕は慌てて訂正した。 「もちろん、その格好の綾辻さんが素敵だってこと」 「ふふっ、ありがとう。髪、伸ばしておいてよかった。元のままだと、どうし ようもなかったもの」 肩に届くほどになった彼女の髪は、きれいに揃えられている。前髪を上げ、 紫の髪留めをしてあるのが、雰囲気を変えていた。 「電車で行くの? 着物が……」 「今日は一駅だから、大丈夫だと思う」 事実、車両内は、昨日よりはたくさんの乗客がいたが、混雑していると言う ほどではなく、助かった。ただ、暖房が強くて、隣の駅までの三分間で、汗が にじんできた。 「はあ、生き返った」 下車して、冷気を感じる。 「汗をかいたの?」 綾辻さんが言った。彼女の顔には、汗は浮いていない。 綾辻さんは懐から手巾を取り出すと、手を僕の額に差し伸べてきた。 「風邪をひいたら大変よ。拭かないと」 「い、いいよ」 「よくない」 「そうじゃなくて、自分のハンカチで拭くから」 「いいわ」 納得した様子の綾辻さんだったけど、僕が汗を拭く間、じっと見つめてくる。 きちんとしないと何か言われそうな気がして、丁寧に拭いた。 駅から神社まで、徒歩でものの五分もかからなかった。これなら最初から電 車に乗らず、自転車でも何とかなったと思う。もちろん、それだと綾辻さんの 着物姿は見られなかったろうけど。 神社は小さくはなかったが、人出は少なかった。この時期にこんなことでや っていけるのかと、余計な心配をしてしまう。どことなく湿った空気を感じる が、それが人気のない原因かもしれない。 「待って」 「あ、ごめん」 普段の歩調で進むと、綾辻さんと差がついてしまう。僕は引き返し、彼女の 横に並んだ。 巫女さんが一人、竹ぼうきで掃除している横を抜け、社の前に出た。先行す る参拝客がいたので、その人達が終わるのを待つ。 「お賽銭、いくらにする?」 何か話をと思って、つまらないことまで聞いてしまった。言ってから後悔し ても続けるしかない。 「十円は縁が遠くなるから、ご縁あるように五円なんてことを言うけど」 「いくらでもいいじゃない。大事なのは気持ちを込めること」 「そ、そうだね」 うなずいてから、少し考え、百円硬貨一枚を財布から取り出した。 ちらっと横目で窺うと、綾辻さんの手にも百円玉があったので、何だかほっ とする。ほぼ同時に放った。 一人ずつ鐘を鳴らし、手を合わせる。 願い事……今年もいい年でありますように。それと−−。 僕は片目を開け、隣の綾辻さんを見た。 −−綾辻さんとずっと一緒にいられますように。 「どんなこと、お願いした?」 と、綾辻さん。 「他人に言ったら、叶わなくなるんじゃなかったっけ」 「そうだった?」 僕のでまかせを信じたのか、綾辻さんは聞き出すのをやめた。 「私も言わないでおこうっと」 それからおみくじを引きに行く。こちらの方は、少しばかり列ができていた。 「二百円だって」 順番が回ってきて、お金を払うと、愛想のいい巫女さんが、大きな筒を向け てくる。そこに入っている棒を一本選び、引くと番号が記してある形式だ。 僕は四十番、綾辻さんは八十八番だった。対応するくじをもらって、開けて みる。 「よかった!」 いつになく、喜びを露にする綾辻さん。 「大吉だって」 「僕は……中吉」 「とりあえず、幸先よしってところね」 「うん」 僕が詳しくくじを読もうとしてると、綾辻さんは、 「お守り、買ってくる」 と言って、またさっきの売り場に歩いて行く。お守りの方の窓口はすいてい て、すぐに買えたらしい。割合に早く、戻って来た。 「何のお守りを買ったの?」 「え、だめ」 綾辻さんはそう言ったけれど、お守りは特に包んであった訳でもないから、 覗き込んだ拍子に見えてしまった。 「安産?」 つい、声が大きくなる。安産って、子供を無事に産むことのはず。 「何で そんなお守り」 「だから見ないでって言ったのに」 綾辻さんは、少しだけ怒った素振りを見せた。一方で頬をわずかに赤らめて もいる。大人っぽい彼女が、かわいらしく見えた。 「これ−−お母さんから頼まれたのよ。親戚に新婚の人がいるから、あげるん だって」 また親戚か。そう感じたけれども、別に気にならなかった。 「さ、帰ろ」 綾辻さんは恥ずかしさをごまかすように言って、歩き出した。 「急ぐと、危ないよ」 すぐに横に並ぶ。そして、自分では何気ないつもりで、言った。 「君が着物じゃなかったら、どこかに遊びに行ってもいいんだけどな」 「クリスマスの埋め合わせに?」 「そうなるかな……」 「今日は無理だろうけど」 綾辻さんはうれしそうに、僕の腕にしがみついてきた。 「期待してるっ」 本で調べたら、人間の髪の毛って、ひと月で約六粍伸びると書いてあった。 綾辻さんの言う六糎を達成するには、それを十回繰り返さなくちゃならない。 実際にそのときが来たのは、ふた月早かった。彼女が五糎ほどで妥協したの か、それとも髪の伸びが通常より早かったのかは分からない。 「これ」 放課後、僕を図書室に連れて来てから、綾辻さんは小さな箱を取り出した。 「これって……何?」 手に小箱を押し付けられながら、問い返す。 「今日、何の日か分かっている?」 「二月十四日、金曜」 口にしてから、納得した。 「……ああ」 「チョコレート。本命」 改めて、受け渡す動作。 彼女の長くなった髪が、さらさらと揺れる。 「私を好きになってくれたのなら、受け取ってください」 ちょっと、変わった告白だった。 僕はこれまで、女子から贈り物をもらったことはあったけれど、告白はこれ が初めてだ。だから、変わってるかどうかを言うのはおかしいかもしれない。 でも、綾辻さんの言葉は、何だか不思議に響いた。これまでのいきさつがな かったら、きっと、もっと不思議に感じたろう。 「もらう、もらうよ。その、ありがとう。ずっと前から、綾辻さんのこと、気 になってた」 「完全に、私を好きになってくれた?」 確認するような口調。 強くうなずき返した。 「そう。よかった」 彼女は言った。 けれども。 少しも嬉しそうじゃない。僕好みの女の子になろうと一生懸命だった昨日ま でとは、がらりと変わったような印象を受ける。今の彼女は、僕が転校してき た日、最初に僕に接してきたときの彼女のよう。 僕は声をかけようとした。 が、綾辻さんの言葉が先だった。 「三月一日、空いてる?」 「え?」 「来月、三月一日、時間あるかしら?」 「……えっと……何曜日?」 「土曜よ。お昼、学校が終わってからでかまわない。ぜひ、家に来てほしいの」 「家って、綾辻さんの家?」 「もちろん。私の家。誰もいなくなるから、さみしい気がして。だから、来て。 お願い」 「誰もいなくなる? ちょ、ちょっと、何時までいればいい訳?」 汗が出て来た。それほど突然の展開。 「できるだけ長く」 「……夜の七時までなら、いいと思う」 綾辻さんは考える顔つきをかすかに見せた。 「いいわ。約束したわよ。学校が終わったら、そのまま私の家に行こうね。少 しでも長く、二人でいたい」 「い、いいけど」 照れてくる。 綾辻さんが何のためらいもない様子なのが、照れに拍車をかけた。 「きっとよ」 彼女はようやく笑顔を見せた。 と思ったら、彼女の腕が伸びてきて、僕の肩へと回された。背の高さはほぼ 同じ。 「な」 一言も発する間はなかった。 彼女の顔が近付いてきて、彼女の両眼が閉じられ、彼女の赤い唇が僕の口を 塞いだ。 最初、そっと触れて、ほんの一瞬だけ離れた。びっくりしてしまった僕が、 身を引いたのかもしれない。 その判断ができないまま、再び触れ、強く押し付けられた。 何秒間かが経過した。 「−−」 綾辻さんが離れて行く。手も僕の肩から離れた。 終わるまでは長く、終わってみると短かった。 「 す き 」 抑揚のない言い方をしながら、僕を見つめてくる綾辻さん。 僕が何も言えないでいると、彼女はきびすを返そうとするのが分かった。 「ぼ、僕も」 慌てて口を動かす。 彼女は立ち止まった。こちらを振り返る。 「僕も君が、好きだ」 綾辻さんは、黙って首を縦に振った。 髪の毛が揺れた。 −−未了
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