長編 #3368の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
運動会が終わってしばらくすると、今度は音楽会の練習が始まった。 特別な楽器が扱える訳でないので、僕はその他大勢の類、つまり縦笛だ。 特別な方は、洋琴、西洋喇叭が代表格。あとは木琴、鉄琴といったところが 複数名いる。 事件は、二回目の体育館での練習の日に起きた。 「笛がない?」 笛がなくなったと、僕が告げると、先生は難しい顔をした。 「忘れたんじゃないのね?」 「はい。昨日、机の中に仕舞って、そのままのはずなのに」 「知っている人、いないかしら」 組のみんなを前に、問い質す川西先生。 誰も何も言わない。重苦しい。 「困ったわねえ。できるだけ、全員揃って練習したいのに、こんなことで時間 取って」 「今はとりあえず、誰かから借りるしかないんじゃないですか」 中村君が言った。委員長としての発言。 「そうねえ。笛を使わない人は……女の子ばかりね」 その通りだった。洋琴の飛島さんを初めとして、女子ばかり。唯一、西洋喇 叭は男子なんだけど、西洋喇叭は出だしだけで、あとはその子も笛を吹く。 「綾辻さんがいればよかったのにな」 例によって、からかってくる。 綾辻さんも縦笛なのだから、彼女から借りるのは絶対に無理だ。 「私が」 飛島さんだった。 僕はどぎまぎした。副委員長として言ってくれたのかもしれない。でも、う れしくなる。 「これ。大事に使ってよ」 「あ、ありがとう」 それだけしか言えなかった。 体育館に移動したあと、綾辻さんが、 「よかったね」 とだけ声をかけてきた。 借りた笛は手に馴染まなくて、何度もとちってしまった。不慣れなせいだけ でなく、飛島さんがこれを吹いていたのだと思うと、思い切り吹けないのだ。 練習はさんざんだったけど、ともかく終わった。僕は笛を洗って、よく拭い てから、飛島さんに返した。 「ありがとう。本当に助かった」 「別にいいわよ。それより、明日までに笛、何とかしないと」 「うん……そうなんだよな」 毎回借りる訳にいかない。とにかく、今日は時間ぎりぎりまで探してみよう と決めた。 綾辻さんが手伝ってくれるのを、また気恥ずかしく感じつつ、手始めに教室 を探し始める。 ところが。 「ごめんな、槙」 教室の本棚の裏側を見ようとしていた僕は、声に顔を上げた。 「藤倉君……何が」 謝る理由を尋ねようとして、僕は相手が笛を持っているのに気付いた。僕の 笛だ。 「それ……」 「悪いっ、俺が隠したんだ」 「な、何で」 少し間ができた。 会話を聞きつけ、綾辻さんも寄ってくる。 「どうして藤倉君、僕の笛を……」 「それが……」 言いにくそうにしたまま、彼は綾辻さんをちらっと見た。彼女に関係してい るのか? 「おまえ、何かあったら、いっつも綾辻さんに何とかしてもらってるだろ」 「それは」 そうかなと思ったが、口では否定も肯定もせず、相手に先を促す。 「だから、綾辻さんにも助けてもらえない状況作ったら、どうなるかなって… …。笛がなくなったら、どうするのか、ちょっと試した。面白半分でやって… …ごめん」 「そんなことだったのか」 僕は実は、ほっとしていた。 変な意味でのいたずらじゃないかと、不安だったのだ。 「許してくれる?」 いつになく、弱気な藤倉君。何だか笑えてくる。 「もちろん。ちゃんと言ってくれて、よかった」 「あ、あのさ、先生に」 「言わないよ。どこかから出て来たって言っとく」 「あ、ありがとう……」 藤倉君はため息をついて、胸をなで下ろしている。大げさなんだから。 「黙って返すこともできたのに、正直ね」 綾辻さんが口を挟んでくる。 彼女の言葉を聞いて、その可能性もあり得たと思い当たった。我ながら間が 抜けている。 「そんなこと、するもんかよ」 藤倉君は、最後だけ得意そうに言った。 ともかく、笛が出て来たことを飛島さんに伝えておこうと思った。借りた者 としての礼儀だろう。まだ帰ってなければいいけど。 いた。 大して探し回ることもなく、飛島さんは何人かの女子と一緒に、一階の水道 のところにいた。何かを洗っている。 「とび−−」 呼びかけようとしたそのとき、後ろから僕の口は覆われた。綾辻さんの手だ。 「な、何を」 「しっ」 右手の人差し指を唇に当て、曲がり角に身を隠す綾辻さん。僕も仕方なくそ れに従った。 静かにしていると、すぐ、飛島さん達の会話が聞こえてきた。 「どうして貸したの? まさか、槙君が好きだとか」 「冗談よして」 飛島さんの口調はきっぱりしている。 僕は少なからず、衝撃を受けたけど、一方で覚悟もしていたから……。 続けて聞き入る。 「前に言ったでしょ。私が好きなのは、中村君よ」 「じゃあ、何で」 「好きじゃないと貸しちゃいけない?」 「そんなことないけど……あのとき、自分から言い出したじゃないの、飛島さ ん」 「副委員長だもの。他の女子、気が進まないみたいだったから。それに、槙君 て、綾辻さんとべたべたしちゃってさ。ちょっとからかってみたかったし」 「言えてる」 別の女子が同調する。その子が続けた。 「胸の大きな子が好みなんて、マザコンじゃないかしら」 「かもね。子供っぽいと言うか」 「あれは違うでしょ。綾辻さんの方がつきまとってるのよ。六年になったら、 急に明るくなっちゃって。どうしたんだろう、あの子」 「やっぱ、槙君目当てじゃないの」 聞くのがつらくなってきた。かと言って、今さら飛び出して、文句を言うこ ともできそうにない。 「終わったわ」 飛島さんが白い手巾で細長い物を拭いている。そう、彼女の笛を丁寧に拭い ていた。 「また念入りに洗ったのねえ。そこまでしなくても」 「中村君以外の男子はだめなの、私」 にっこり笑う、飛島さんの表情が確認できた。 未練は微塵もなくなった。 無宗教を気取っている僕だけど、聖誕祭は別。お正月や誕生日と並ぶ、大き な行事と言っていい。 学校はその前日で終わり。冬休みに入る。 「どうかしたの」 綾辻さんが元気ないように見えて、朝から気になっていた。だから、終業式 の日の放課後、聞いてみた。 「どうかしたって……そんな、変に見えるのかしら」 「元気ないみたいだ」 実際、綾辻さんの白い肌が、今朝は青白くさえ見える。寒さのせいだけでは あるまい。 「顔に出ちゃうのかな。……昨日、金魚が死んじゃったの」 「……金魚って、もしかして、夏祭りのときの?」 「ええ」 簡単にうなずく綾辻さん。だけど、僕は夏から今まであの金魚を飼い続けて いた事実に、驚いてしまった。 「私の飼い方が下手だったのかな……かわいそうなことしちゃった。それに折 角、槙君がくれたのに……ごめんなさい」 「い、いいよ。謝らなくたって」 「でも、あのとき、水を汲んできてくれたでしょう?」 「それはそうだけど。何にでも寿命はあるんだよ。そこまで深刻に考えなくて もいいじゃない」 「……」 綾辻さんは深刻そうな表情を続けていた。それから、やがてゆっくりと口を 開いた。 「今朝ね。私、学校に来る途中、金魚を埋めてきたの。河原の近く。そう、袋 ごと金魚を落としてしまったあの場所の辺りに。だけど、時間なくて、埋める ことしかできなかった。きちんとしたお墓、作ってあげようと思うんだけど」 「一緒に行くよ」 何故か、そう口走っていた。 あの場所に行くには、僕はかなり遠回りしなければならない。それでも、綾 辻さんの横顔を見ていたら、自然に口が動いたんだ。 道すがら、僕はついでと思って、聞いてみることにした。 「あのさ」 歩道の内側を歩く綾辻さんの背に声をかける。肩越しに小さく振り返った。 「僕が飛島さんが好きだったっていうこと、気が付いていた……?」 「ええ、何となく」 答えると、すぐ前を向いてしまった。赤い手袋をした両手が、規則正しく前 後に振られている。 「何にも思わなかった?」 「どうして?」 「だって、綾辻さんは僕に……その……」 「槙君が誰を好きであろうと、私は槙君じゃないとだめ。これは決まっている の。それにね」 言葉を区切る綾辻さん。僕は待った。 やがて、綾辻さんは再び振り返って、舌をちらっと出す仕種を見せた。 「私、飛島さんが好きなのは、中村君だって知っていたもの。だから、安心し てたの」 そうか。そうだったっけ。 「あの、それじゃあさ、綾辻さんは中村君のこと、どう思っている?」 「−−どうしてそんなこと聞くの」 急にきつくなる口調。 「中村君、君のことが好きなんだぜ」 敢えて、夏祭りのあの夜の件については触れないでおいた。僕が知っている ことを、綾辻さんは知らないはず。 「他にも、君のこと、いいと思ってる奴、いっぱいいる。六年生になって、変 わったって」 「私はあなただけのために」 会話に夢中になって、注意がそれてしまっていた。 赤信号に気付かず、横断歩道を渡りかけて……。 「危ない!」 車が。 −−未了
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