長編 #3360の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ごめんなさい。大丈夫?」 「う、うん。こっちこそ」 僕が謝るのと同時に、相手から手巾を差し出された。その縁に、飛島藍とい うきれいな文字が踊っていた。 「これ、使っていいから」 「え? いいよ。僕がよそ見していたんだ」 「本当に大丈夫? ごめんね」 飛島さんは、僕の方を気にしながらも、席へ戻っていく。彼女はとても長い 髪の持ち主だった。 僕が給食を持って戻ってくると、今度は入れ替わりに綾辻さんがいなくなっ ていた。ほっとする。 話が再開されたのは、全員そろって「いただきます」と唱えたあとになった。 「ね、聞かせて」 「……だけど、人に話すなんて……」 「じゃあ……好きな有名人を言ってみて。もちろん、女の」 「……それもちょっと。どうせ、好きなタイプに関連づけるんだ」 「もちろん。決まっているわ」 「嫌だな。−−き、君こそ答えられるか? 好きなタイプ」 「私が言ったら、答えてくれる?」 すっと顔を寄せてきた。また、どきどきしてしまう。ちっとも箸が動かない。 別の意味でも、僕は慌てていた。だって、彼女が答えるとは思っていなかっ たのだから。 僕の予想をあっさり裏切って、綾辻さんは答える気配だ。 「私が好きなタイプは」 綾辻さんの声は、さすがに小さく、低くなっていた。 「ちょ」 僕は一層慌てて、彼女の言葉をさえぎろうとする。が。 「槙君よ」 言い切ると、彼女は僕をまっすぐ見つめてきた。 僕はしばらく、ぽかんとしていた。と思う。 はっと気付いて、急いで視線をそらす。自分の顔が赤らむのが、鏡がなくて もよく分かった。ごまかすために、ご飯を適当にかき込む。 「さあ」 綾辻さんは次にそう言った。私が答えたのだから、あなたも早く答えろとい う意味だろう。 「じょ、冗談だろ?」 これが僕の精一杯の返事。 「本気で言ったわよ」 「し、信じられるもんか。今日、初めて会ったんだ」 「悪いかしら。一目惚れという言葉もあるし」 「……僕に答えさせようと、適当に言ったな」 「そんなことない。今はまだ印象に過ぎないけど、これからちゃんと好きにな れるかもしれない。予感がする」 全然笑わない綾辻さん。真面目な表情で予感がするなんて言われると、気味 悪くさえ思えてくるじゃないか。 「答えて、お願い」 彼女はお祈りする形に手を合わせてきた。どうしてこんなに必死なんだろう。 「あの、綾辻さん」 「私、槙君の好きなタイプになるよう、努力するから」 「え−−」 何も言えなくなってしまう。 僕は自分の容姿に劣等感を持ってはいないけれども、凄くもてるんだなんて いう意識もない。 でも、綾辻さんの言葉を聞いてると、一目惚れされたのかなと思えてくる。 僕自身、彼女にどきどきさせられているのは、彼女がかまってくれること以 上に、僕に原因があるような気もしてくる。 「すぐじゃなくてもいい」 不意に、綾辻さん。 「でも、なるべく早く、私、槙君の好きな『女』になる。だから槙君も」 あとの言葉は、もう聞こえなかった。何が何だか、理解できない。ただ、音 だけが耳に入ってくる。 「WATASIWOSUKININATTE」 僕も綾辻さんを嫌いじゃなかった。でも、好きという訳でもなくて、何て言 うか、不思議な存在って感じが一番近いかもしれない。 最初の日は、びっくりさせられるばかりで、ほんの少し、恐くもなった。 けれど、次の日からはほとんど何も言わなくなった。普通に戻ったという感 じなんだ。 僕は安心した。いや、それどころか、逆に、彼女が好きと言ってくれなくな って、変な焦りを感じさえしている。とにかく、気になる。 「こんな感じ?」 彼女が釦をかちかちと押した。 画面には、様々な髪型の『綾辻織栄』の顔が並ぶ。四×五で二十通りある。 髪の長い子が好みなんだと言ったら、その日の放課後、綾辻さんにこの部屋 に連れて来られたのだ。 「コンピュータ教室、ここの方がずっと立派だね。さすが都会」 「今、そんなことに感心しなくてもいいでしょう。どういう長い髪がタイプ?」 「……」 ゆっくり、横目で画面を見やる。答えないと終わらない様子だ。 「……この、まっすぐなのと……後ろをリボンで結んでいるやつ」 「ストレートかポニーテールね。案外、伝統的なのが好きなのね」 「そうなの?」 僕は首を振った。何が伝統的なのか、よく分からない。奇抜なのを排除し、 綾辻さんに似合っているのを選んだら、こうなった。まっすぐなのは、大人し い感じがする。後ろで束ねてある方は、活動的だ。無論、両方とも僕が好きな 髪型だった。 「何ヶ月かかるかしら」 憂鬱そうな綾辻さん。現時点での彼女の髪は、うなじを隠す程度だ。 髪をなでながら、彼女が言った。 「最低でも、あと五センチか六センチほしいな。待っててくれる?」 「う、うん」 戸惑う。こんな彼女に、僕は戸惑う。 こちらから、付き合う−−なんて『いけない』表現なんだろ!−−意志は示 していない。何故って、僕は同じ組に、好きな子を見つけてしまっていたから。 綾辻さんが僕を好きだと言ったのも、あの一回きり。「私が好きなタイプは 槙君よ」のあれだけなんだ。本心から言ったのかどうかさえ、今となっては怪 しく思えてくる。 彼女は僕の好みの女の子になろうと、懸命に努力している。好きになったら、 ここまで相手に合わせようとするものなんだろうか? 分からない。 「もうこんな時間」 彼女の言葉につられ、壁の時計を見る。 「時間がなくなるわ」 綾辻さんは立ち上がった。 小学六年生のときの最も楽しみな行事は−−。 前の学校では修学旅行は六月に予定されていた。当然、僕は行き損なった訳。 こっちの学校もすでに終わったんだろうとあきらめていたら、うまい具合に六 月の下旬に二泊三日で行くという話だ。楽しみが復活して、素直にうれしい。 ただ、一つだけ不安がある。僕の転校があまりに急だったせいか、一部、宿 の手配が間に合わなかったと聞かされたのだ。 出発まであと数日、僕は職員室に呼ばれ、説明を受けていた。 「班単位で動くときは、どうにでもなるのだけれど……泊まるのはねえ」 西川先生も困った顔をしている。歯切れ悪く始めた。 班の方は、僕は、中村君達の班に入れてもらうことになっている。観光なん かはそれでいい。 「一応ね、部屋はあるのよ。うちのクラスで言えば、槙君の転校前は、男子十 二人、女子十三人でしょう? 男子が四人ずつ三班、女子は四人の班が一つに、 三人の班が三つ。それでホテルの方は四人部屋ばかり手配しておいたから」 小学生の僕でも、察しがついた。 「もしかして、どこか女子の班と一緒の部屋に泊まる……」 「今のところ、それしか。一晩だけなんだけど。もう一日は変更できたから」 「だ、だめです。嫌だな、そんなの」 正直なところ、他の男子から絶対にからかわれるに決まっている。それを考 えると嫌なのだ。 「そうよねえ。女の子の方も、やっぱり嫌がるだろうし」 先生も困惑顔をしてる。 そこへ、彼女−−綾辻さんが来た。 「失礼します。−−日誌、届けに来ました」 「あ、ご苦労様。そうだわ」 芝居っぽい言い方で、先生は綾辻さんを呼び止めた。 「綾辻さんは槙君のこと、嫌いじゃないみたいよね」 「え?」 綾辻さんは立ち止まり、先生の顔を凝視したあと、一瞬だけ僕へ振り返った。 「−−はい」 僕から視線を外すと、また先生へと向いて、彼女は答えた。 「仮の話なんだけれど、今度の修学旅行で二日目の晩に」 僕が予感していたまま、先生は説明を始めた。一晩だけ、綾辻さんの班に僕 を入れることができないかどうか、持ちかける。 「私は別に気にしないけど」 言い淀む綾辻さん。彼女にしては珍しい。そう思った。 「勝呂さんと喜多嶋さんがどう言うか……」 「そう。そうよねえ」 あきらめたようにため息をつく先生。 どう考えたって、無茶だよ。もし万が一、女の子達がいいって言ったとして も、そのお父さんお母さんがことを知ったら、絶対に止めさせると思う。 それにやっぱり、一人だけ女子の部屋に一晩いるのは、息が詰まりそう。廊 下で寝る方がましかもしれない。 「あの、考えついたことがあります、先生」 綾辻さんが唐突に言った。小さく、手を挙げている。 「なあに? 聞かせてちょうだい」 「書く物があったら、言いやすいんです」 そう言う綾辻さんに、先生は紙と鉛筆を渡した。 綾辻さんはまず、次のように字を書き連ねた。 一班.男男男男 二班.男男男男 三班.男男男男 四班.女女女女 五班.女女女 六班.女女女 七班.女女女 「槙君が来るまでは、こうだったんですよね、先生?」 「そうよ。槙君がはみ出しちゃって、困ってるのよ」 「班をちょっと組み換えて……」 綾辻さんは、新たに書き足した。 一班.男男男男 二班.男男男男 三班.男男男 四班.女女女女 五班.女女女女 六班.女女女女 七班.男男女 男、の文字が一つ増えている。つまり、僕だ。でも、これって−−。 「こうしたら、部屋の数は同じで、定員もオーバーしません」 綾辻さんの物腰は、やや得意そうだった。 「それはそうだけど……」 川西先生は紙と綾辻さんとを交互に見ている。 「この七班の『男男女』って、男の子二人に女の子一人ね? 問題が残るわ」 「いいんです。私が入ります」 「ええっ?」 先生だけでなく、僕も声を上げた。 まじまじと綾辻さんを見返す僕に対し、彼女は瞬間的な微笑みを投げてきた。 「本当に、それでいいの?」 びっくりした様子のまま、尋ねる先生。 「一晩ぐらいなら、平気。あっ、それと、男の子は私に選べばせてください。 それが条件かな」 「え……ええ。ひとまず、それでよさそうね」 難しいというか、変なというか、とにかく、川西先生は言い表しにくい表情 で首を何度か振っている。 「じゃあ、言いますね、男子の名前。先生の方からうまく話してください」 「言ってみて。ただし……なるべく、今の班を崩してほしくないんだけど」 「分かってます。一人は槙君。もう一人は委員長の中村君に頼めば引き受けて くれると思います」 僕の方を見ることなしに、彼女は一気に喋った。 「それならまあ、いいかしら……。槙君と中村君、同じ班よね?」 先生が確認してきた。僕は黙ってうなずいた。 「槙君はどう? これで我慢してもらえるかしら?」 綾辻さん本人がいる手前、先生のお願いは拒みにくかった。 「……僕が一人になるのよりは、ましだけど……」 「それなら、綾辻さんが言ってくれたことだし、これで行くわね。本当は先生 の方に責任があるのに、押し付けちゃって悪いんだけれど」 僕の台詞の続きに覆いかぶせるように言った先生は、笑顔を見せていた。 「あと、この日の部屋割り自体、少し変わるんだから、それも決めないと」 先生がメモを取っている間に、再度、綾辻さんが微笑みかけてきた。 僕の方は、どういう表情をすればいいのか、ちっとも分からなかった。 −−未了
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