長編 #3354の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
浩二: たしかに今のお前の状況は最悪だ。 康夫: なんだよ。 浩二: 何年も書き続けている小説は一向に目が出ない。こんどこそ生涯最高の傑作 だと自信たっぷりに投稿した最新作は、一次審査にもひっかからなかった。 康夫: (胸を押さえ)ううう、首吊りの足を引っ張るようなことを……。 浩二: ようやくのことで就職が決まった三流商社からは、この二月になって内定取 り消しの通知が来る。 康夫: (頭を抱え)くくく。死者に鞭打つようなことを……。 浩二: それに、清水の舞台から飛び降りる決心でのぞんだ痔の手術は、見事に失敗 して前より悪くなった。 康夫: (急に痛みを思いだして、尻を浮かせ)あううっ。 浩二: 極めつきはこんどの勘当だ。仕送りも貯金も使い果たして、とうとう親のキ ャッシュカードを持ち出すなんて。(頭を振り)普通の人間なら、死んでし まいたいと思うような状況だ。 康夫: ひー。(泣き出す) ぐう、と康夫の腹が鳴る。 浩二: なんだ、腹が減っているのか? 康夫: (めそめそと)思い詰めていて、夕べから何も食っていない……。 浩二: 中学生だな、まるで。何か食うものはないのか。 康夫: 全部処分した。(うなだれる) 浩二: 何をやってるんだよ。(放り出してあった紙袋を思いだして手に取る)そう だ、つまみを買ってきたんだ。また、買えばいいから、これでも食え。 浩二、ピーナッツのパックを取り出して、康夫に投げる。 康夫、パックを開け、もそもそと食べ始める。 康夫: (小さな声で)少しシケっている。 浩二: ぜいたくを言うな。(袋から缶ビールを取り出し)飲むか? 康夫: 思い詰めていて、夕べから何も飲んでいない……。 浩二: 情けない奴だな。(缶を投げる) 康夫、蓋を開け、一気に飲んでしまう。 康夫: はあー(嘆息、遠慮がちに)もう一本ある? 浩二: 世話の焼ける奴。(缶を取り出して放る) 康夫、蓋を開け、こんどは少しゆっくり飲んでいる。 浩二、封筒をもったまま康夫の前に座る。 浩二: (封筒を振りながら)あの女は、痔の手術を失敗した病院の見習い看護婦だ ろう。 康夫: 彼女は手術の結果には関係ない。 浩二: そんなことは言っていない。あの女はお前を利用しただけなんだ。 康夫: ちがう。 浩二: 服を買ってやったり、うまいものを食わせてやったり、新しいアパートに移 るときの敷金や礼金まで払ってやった。ここよりもずっと広くて、日当りも いい部屋だ。なんでお前がそんな金を出さなきゃならない? 小学校三年の ときのお年玉からずっと貯めてきた貯金を残らず使い果たして。なにやって いるんだ。 康夫: 看護婦の仕事は大変なんだ。仕事から帰ったときくらい、ゆっくりさせてや りたい。俺はただ、彼女に少しでも早く一人前の看護婦になってもらいたく て。 浩二: なにを格好をつけている。大方、新しいアパートに入れたら、私の診察をさ せてあげる、とかなんとか言われたんだろう。 康夫: (胸に手をやり)ぎくっ。 浩二: それで、なにかいいことがあったか。ないだろう。だまされていたんだよ。 康夫: ちがう。彼女は優しいところもあるんだ。俺が手術で入院しているとき、彼 女が毎日点滴の注射をしてくれた。たしかに注射は下手で、何度もやり直し をした。彼女は失敗をするたびに、ごめんなさい、ごめんなさいって涙ぐみ ながら頑張るんだ。 (注射をされるときのように左腕を伸ばし、うっとりとした表情になって) だから、俺は辛くなかった。俺には彼女のひたむきさがわかる。きっと素晴 らしい看護婦になる。 浩二: 俺は、あの女がほかの看護婦に話しているのを聞いたぞ。 康夫: なんて? 浩二: (女の声色で)あの患者、お前のことだぞ、私に気があるから何回針を刺し ても文句を言わないの。ちょうどいい練習台ができたから、一度でうまく入 っても、二、三回刺しなおすんだ、って。 康夫: うそだ! 浩二: それにだ、あの女がお前に近づいたのは、ときどき見舞いに来ていたお前の 弟が目当てだったんだ。 康夫: うそだ、うそだ! 浩二: それもあの女が話すのを聞いた。一流大学の学生で、スポーツマンタイプ、 甘いマスク。ああいう年下の男が私の理想なの。 康夫: うそだあっ! 浩二: どれをとっても、お前の正反対だからな。 康夫: そんなことも言ったのか。 浩二: いや、これは俺が思ったことだ。あの女はお前にまとわりつきながら弟に近 づく機会を狙っていたんだ。結局、弟には見向きもされなかったので、お前 を捨てた。金も絞り尽くしたしな。 康夫、自分で紙袋から缶ビールを引っ張り出して、がぶがぶ飲み始める。 康夫: くっそー。 浩二: あの女がお前の元凶だったんだ。向こうからいなくなってせいせいしたと思 え。 康夫: (次第に酒が回り始める)馬鹿にしやがって。 浩二: こんな手紙、捨てるぞ。 浩二、封筒を二つに破ってくずかごに投げ込む。 康夫: 勝手にしろ。(ろれつが回らなくなってくる)ちくしょう。 康夫、また新しい缶を開ける。 浩二: すきっ腹なんだ。飲み過ぎるなよ。 康夫: (うなるように)きっとあの女を見返してやる。いつか名のある文学賞を取 って。 浩二: (小声で)まだあんなことを言っている。 康夫: ちくしょう。女がなんだ。勘当がなんだ。 浩二: お前、酒があんまり強くないんだからそのくらいで。 康夫: うるせえ。就職がなんだ。あんなボロ会社、こっちから願い下げだあ。 浩二: わかった、わかった。(閉口して)悪い酒だなあ。 康夫: なんだとお。ちくしょう。手術がなんだ。痔がなんだあ。(顔をしかめ)い ててっ、痔はだめだ。 浩二: まあまあ。(なだめながら)俺はこのへんで帰るよ。腹が減ったらこの中の つまみでも食えよ。 浩二、紙袋を示しながら立ち上がる。 康夫: なんだ、麻雀をやるんじゃなかったのか。 浩二: これじゃ無理だよ。ちょうど布団も敷いてあるし、ゆっくり休め。 浩二、康夫の肩をおさえて寝かしつけようとする。 康夫、その手を乱暴に払いのける。 康夫: (酔っぱらいの怒鳴り声で)馬鹿にするなっ。(よろよろと立ち上がり)俺 はこのくらい入っているときが一番調子がいいんだ。 浩二: えらいのに飲ませちまった。こんなのを連れて行ったら、みんなに袋だたき にされる。 康夫、ふらふらとおぼつかない足取りで上手に歩いて行く。 康夫: おい、行くぞお。 浩二: (あわてて康夫を支えながら)しょうがねえなあ。 康夫: (立ち止まって)窓の鍵を締めてこい。 浩二: (不承不承)はいはい。 浩二、窓の鍵を閉め、また康夫を支えて二人で上手に消える。 康夫: (声だけで)そうだ、ガスの栓がちゃんと締まっているか、見てこい。 −暗転終演−
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