長編 #3339の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
全国大会五日目。 桂城は三塁側スタンド後方にいた。隣には、小西朱利。 「調子よさそうだな」 六回表、敵の攻撃を三者凡退で押さえ、マウンドを駆け下りる小西優輝の姿 が、遠くに見えた。 「暑さにもへばってないようだし、このまま行けるぜ、あいつ」 「そうだといいけど」 スコアボードに目を移す。新たに〇が加わった。一対四で御榊大付属がリー ドしている。唯一の失点は一回表、ワンヒットワンエラーに送りバント、そし てスクイズを決められ先制されたものだ。そこから立ち直っての逆転。 「……本当にごめんなさい」 不意に朱利が言った。 だが、味方の攻撃に合わせての大声援が始まったため、桂城の耳には届かな かったようだ。 朱利はありったけの声を振り絞った。 「ごめんなさい!」 「あ?」 ようやく気付いた様子の桂城は、片方の耳を押さえながら振り向いた。 「何か言った?」 「平気で見ていられないんじゃないかって、そう思って」 「そりゃ、はらはらしてます。いくら調子よくたって、いつ打ち込まれるか、 分からないからな」 「ち、違いますっ。そういうことじゃなくて、本当だったら、桂城さんがあそ こに」 朱利は視線をグラウンドに向けた。 「またか。聞き飽きた」 大きく息を吐く桂城。 「俺の意思でやったんだから、気にするなよ。それに、辞退が決まったのは、 俺のせいじゃないって」 桂城は呆れたような口ぶりで言い捨てた。 不良連中に絡まれたあの日の前日、蒼誠学園の他の野球部員が、問題を起こ していたのだ。飲酒と喫煙行為があったという。その確認のために一日が費や され、二日後には正式に辞退を決めた。 桂城が喧嘩に巻き込まれた一件は、表沙汰にはならなかった。 「手を痛めたんでしょう?」 「指だよ。左薬指の第二関節亜脱臼。しばらく投げられないが、治るだろ」 朱利はまだ包帯の巻かれてある桂城の指を眺め、そして視線をそらした。 「野球、やっぱり、やめちゃうんですか?」 「うーん。どうするか、決めてない。最初はその気なかったんだが、中途半端 になっちまったからな、あいつとの勝負。甲子園に出た方が勝ち、だったのに」 「続けてください。お願いします」 頭を下げる朱利。 しばらく待っても何も返事がないので、恐々と面を上げると、桂城が不思議 そうにこちらを見返していた。 「あの」 「いいのかなあ」 表情を崩す桂城。今度は、朱利が不思議そうな目をする番だ。 「何がですか」 「俺が大学でも野球続けたら、また板挟みになるな、朱利が」 「−−それがいいんです!」 朱利が笑顔で答えたとき、グランドからは金属音が響いた。 二死走者なしから、蒼誠の二番バッターがライトスタンドへ大きなホームラ ンを叩き込んだ。耳が割れそうなほどの大歓声の中、ガッツポーズをしながら、 塁をゆっくり一周するのは、優輝だった。 電話よと母親に呼ばれ、桂城は自分の部屋の電話に切り替えてもらった。夜 も十一時が近かったので、訝しく思った。 「代わりました、桂城栄吾ですが」 「あなたに本当のことを教えます」 耳障りな声が流れてきた。明らかに、ボイスチェンジャーによって変換され た声だった。年齢も性別も分からない。 「……誰だ? いたずらなら切る」 「あなたと小西朱利さんに不良グループが絡んできた件です」 「何だって?」 「興味を持ちましたか」 「うるさい。聞いてやるから、早く話せ」 むかつきながらも、桂城は相手に先を促した。 「高校野球、蒼誠学園は部員の不祥事で辞退しましたね」 「結果的に、俺のこととは関係なかった」 「そうでしょう。ですが、もしも飲酒・喫煙の不祥事がなかったとしたら、あ なたのことが問題となって、辞退となっていたでしょうね。さて、ちょっと考 えてください。そのことで、どこが−−誰が得したのか」 そこまで言うと、電話は一方的に切られた。 「てめ−−」 つーつーつーつー。返事は当然なかった。 桂城はしばし手元を見つめたあと、乱暴に送受器を戻した。そして部屋を飛 び出し、階下の母親のところへ行く。 「さっきの電話」 「誰からだったの?」 裁縫をしていた母親は、桂城の質問を先取りしてきた。 「……母さんも知らないの? 最初に電話出たの、母さんだろ?」 「栄吾の友達だって言ってたけれど……友達じゃなかったの?」 手を休める母親。表情が真剣になった。 「誰か分からなかった。声、変えてあったし……。母さんが出たとき、どんな 声だった?」 まさか最初からボイスチェンジャーを通して話していた訳じゃないだろうと、 桂城は推測した。 「くぐもった感じで、はっきりしない声だったわね」 「男か女かは」 「……男の子だと信じ込んでいたけど、改めて考えると分からないわ」 舌打ちする桂城。 「どんな話だったの?」 「大したことじゃないよ。単なる嫌がらせだ」 きびすを返す桂城。 「何かあったのなら、言ってちょうだいよ」 「分かってるって。じゃあ」 心配げな母親の声を振りきって、彼は自分の部屋に戻った。 「おめでとう、でいいのか? ベスト8ってのは」 桂城は気さくな調子で始めた。 白いテーブルの向こう側にいる優輝は、複雑な表情を見せた。 「とりあえずな。−−おまえだったら、ベスト4は行けたって訳だな」 「よせよ」 桂城の方は困惑の色を浮かべると、口元を何度かしごく仕種を取った。それ から、思い切ったように切り出した。 「朱利ちゃんは出かけているのか?」 「ああ」 「いない方がいいか……」 「何の話だよ」 「……一人で悶々とするのは好かない質だからな、俺。だから、はっきり聞こ うと思って」 桂城は、昨日かかってきたという電話の内容を、優輝に伝えた。 「これで全部。いたずら電話だろうが、何かむかついて、すっきりさせないと 気が済まない」 「得しただろうって言われたら、否定しにくいよな、俺の立場としちゃ」 「俺はおまえがしたなんて、全然思っていない。ただ……」 「何だよ。言ってくれ」 「相当ひどいこと言うが、怒らないでくれ。−−朱利ちゃんが、おまえのため を思って」 「ま、まさか」 笑い出してしまう優輝だった。 が、相対する桂城は真剣だった。 「俺だって、可能性を言っただけだ。だが、もしあれが仕組まれたものだとし たら、あの日、俺と朱利ちゃんが二人して出かけたことを知ってないとおかし い。知っているのは俺自身、朱利ちゃん、それに両方の家族ぐらいだろ? お まえがする訳ないんだから、無理に疑うとしたら、朱利ちゃんしか残らない」 「……」 優輝は少しだけ、考えるための間を取った。やがて、断言した。 「いや、あいつじゃない」 「……理由を聞こう。俺だって信じたいんだが、確証が持てない」 「朱利は、俺とおまえの両方に、甲子園に行って欲しがってた。おまえに決ま ったのを、俺の方に振り替えたって、意味がない。また板挟みになるだけだ」 「それだけ?」 「彼氏より兄貴を応援する女がいるかよ。自信ないのか、おまえ?」 「−−違いない」 納得した風にうなずく桂城。その表情には苦笑が浮かんでいた。そして口調 を改め、言う。 「じゃあ、誰が仕組んだんだ?」 「……本当に仕組まれたものだったのか?」 「……」 虚を突かれたように、桂城は目を見開いた。 「そうだな。電話の奴が言ってるだけだ。たまたま利用しただけかもしれない。 いや……電話してきた奴があのときの連中の一人かもな」 「それに間違いないぜ」 優輝はほっとした様子。 「そうか。最後まではた迷惑な奴らだぜ、全く」 桂城も重苦しい気分が、ようやく晴れた感じだった。 それから、ふっと思い出して、慌てて言い足す桂城。 「ああ、小西。このこと、朱利ちゃんには内緒にしといてくれ」 「ふん、分かってるさ」 多少、意地悪そうににやつく優輝だった。 「おまえ、ちゃんと口止めしとけよ」 「だって、兄さん。あのことと関係なしに、辞退になったんだから」 「あとからでもばれたら面倒なんだよ。おまえだって、あいつとうまくやって いきたいんだろ」 「それは……そうよ。計画を実行に移して、そのときになって後悔したぐらい だもの。こんなことするんじゃなかったって。余計な小細工せずに、元通り、 彼の学校が甲子園に出ていればよかったんだって」 「おまえの考えてることも、よく分からんわ。今回はこっちに付いてくれて、 俺としちゃ、うれしかったけど」 「だって、私、彼に野球を続けてほしかったんだもん。野球をしてるあの人じ ゃなきゃ、好きになれない−−かもしれない。だから、甲子園出場をご破算に すれば、あきらめきれなくてまた野球をすると言い出すのに賭けた……」 「……ふん。ま、それはどうでもいいさ。とにかく、あいつらを黙らせろよ。 がたがた言うようだったら、次の手を考えなくちゃならない」 「……分かった」 「あいつとはうまく行ってるのか」 「大きなお世話。兄さんはもっと勉強を頑張らないと、大学、危ないんじゃな いの?」 「ちっ。それが約束だったな。あーあ、あのピッチング内容でベスト8、ドラ フトで声をかけられてもおかしくないのになあ」 頭をかきむしる兄に、妹はにっこり、微笑みかけた。 「お疲れさま。次は、私、全面的に彼の味方をするからねっ」 −−終
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE