長編 #3311の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
狭いところですがと断って、桐佳は芹山をマンションの自室に通した。 「きれいな部屋ね」 芹山は室内を見上げるように眺め回しながら、ふんふんとうなずいている。 暑くなる季節だというのに、両手には黒革の手袋があった。桐佳が事情を尋ね ると、この時季になると体質のせいか、水膨れして皮がぼろぼろ剥がれるから 隠しているのだという。 「先輩が来たいっておっしゃるから、昨日、慌てて片付けたんです」 「嘘でしょう。慌ててやって、ここまで行き届かないわ」 桐佳に背を向けていた芹山が、くるっと振り返った。 「何しろ、私がそうだから。慌てて掃除しても、こうはならない」 そしてくすっと笑う。 (会社にいるときと違って、饒舌だわ) いっしょになって笑いつつ、桐佳は違和感さえ覚える。 「コーヒー、大丈夫ですか? それとも紅茶……」 「かまわなくていいのよ。それより、早く見せてほしいわ。あなたのデザイン」 幾何学模様がプリントされたクッションに腰を下ろした芹山は、きょろきょ ろしている。 「あ、はい。じゃあ、見てもらっている間に、お茶をいれますね」 桐佳はスケッチブックを取り出すと、芹山に手渡した。これまでの習作を収 めた物だ。 「恥ずかしいんですけど」 「いいじゃない。私だけよ、見るの」 受け取るとすぐ、めくり始める芹山。 キッチンで落ち着かないでいる桐佳は、コーヒーが入って、ほっとした。こ れでテーブルに戻るきっかけができた。 「どうぞ」 「あ、ありがとうね。友浦さんって、絵の勉強もしていたのかしら?」 芹山はテーブルの上を空けてから、スケッチの一つを指さしながら言った。 「いえ、全然。学生の頃、ノートの端っこなんかによく落書きしていましたけ ど、それとは関係ないですよ」 「じゃあ、こういったデザインを描くのは、入社してから?」 「ええ、そうです」 「じゃあ、二年でここまで来た訳ね。私にもできるかしらね。絵、下手なんだ けど」 「関係ありませんよ。ちゃんとしたデザイナーの方なら表現力にかかる比重も 大きいですけど、私みたいな初心者は、とにかく描ければいいんです−−と思 ってやってるんですけどね」 照れ隠しに笑う桐佳。 「なるほどね。ところで、今度のコンペにはどれを出すの? 気になるわ」 「え……」 桐佳は、冷や汗が出てきたような気がした。 「どうしても、ですか?」 「いけない? 私は出さないんだから、問題なしでしょう?」 「そうですけど」 語尾を濁す。 (そういう問題じゃなくて、見せるのが恥ずかしい……) 迷っていると、芹山が提案してきた。 「じゃあ、こうしましょうよ。あなたは見せるだけで、何の説明もしない。私 は見るだけで、何も言わない」 少し考える桐佳。 「それなら、まあ……」 心を決めると、それが鈍らない内に、さっさと行動に移る。 「これです」 デザイン画を見せる。 何の説明もしないとは言っても、絵そのものに、細々とした書き込みがされ ている。形状だけでなく、プラチナのリングにルビー、ダイヤ、ムーンストー ンの三石が並んでいることも伝わる訳だ。 「−−なるほど」 約束通り、その一言だけで何も言わない芹山。 桐佳は小さく頭を下げ、スケッチをしまい込んだ。 「これは評価どうこうじゃなくて、純粋な質問だけど」 芹山が断ってから始めた。 「ダイヤモンドを活かすデザインって、どう受け取ればいいのかしらね」 「私もよくは分からないんです。とりあえず、今年は様子見ですから」 そのあともジュエルデザイン談義に花を咲かせてから、芹山は帰って行った。 締め切りぎりぎりに社内コンペに応募してから、三日が経っていた。 (昨日、審査が行われたはずよね) 仕事場に立ちながら、桐佳は上の空だった。 「お客さんよ、友浦さん」 村越に呼びかけられて、はっと面を上げる。 店内を見回すが、自分が相手しなければならないような客の姿はない。 「あの……」 「お客様じゃなくて、お客『さん』。本社の方が来ているわ。あなたに用があ るみたい」 「本社、ですか」 口を半開きにして、聞き返す。あまりにも意外だった。 「何なんだろ……」 「勝呂さんとおっしゃって、調査課の人ですって」 「調査課? それって、もしかするとトラブル処理の」 「私もよく知らないんだけど、そう聞いてるわ。会社に降りかかるトラブルを 処理する課だって」 「心当たり、ないんですけど……」 桐佳は消え入りそうな声を出した。思い浮かぶのは、お客からの苦情のシー ンばかり。 「しっかりなさい。とにかく、待たせるのはよくない。早く行って、話を聞い て。それからよ」 「はあ」 送り出され、持ち場を離れる。調査課の人は奥の個室で待っているらしい。 「し、失礼します。お待たせしました……」 「君が友浦桐佳さん?」 桐佳の台詞に間を開けず、中にいた男性は声を発した。想像していたよりも 若い。紺のスーツをぴたりと着こなし、一見、モデルのような雰囲気をまとっ ている。だが、身長があって、肩幅もあるだけに、恐そうという第一印象を桐 佳は持った。何よりも、目つきが厳しい。 「はいっ、そうです」 恐さと緊張とで、声が震える。 「そうか。とにかく座りなさい」 ソファに座ると、真正面から見られる位置になった。 (うわあ……) 気後れして、うつ向きがちになってしまう。 「私は『ムラサキ』の調査課に所属する勝呂。念のため、名刺を渡しておこう」 二人の間のテーブルを滑るように送られてきた名刺には、「勝呂辰郎」と刷 ってあった。 「あ、私の名刺も」 「いや、結構。早速だが、用件に入ろう。君は、今年度の本社ダイヤモンドリ ング・デザインコンテストに応募しただろうか」 「え−−」 顔を上げ、桐佳はまっすぐに相手を見つめた。 (社内コンペの話? てっきり、お客様からの苦情かと思ってたのに。ますま す、分からなくなってきた) 「どうなんだい?」 勝呂の口調が、いらいらした色調を帯びた。つばを飲み込んで、すぐに返事 する桐佳。 「はい、出しました」 「よし。−−このデザインに間違いないだろうか」 相手は、脇に置いていた鞄から、A4サイズの紙を取り出してきた。 少し、前方に身を乗り出す。桐佳には、すぐにその紙が自分の出した応募用 紙のコピーと分かった。 「間違いありません。私の出した物です。あの、これが何か」 「現時点で質問するのは私なんだ。いいね?」 「−−はい」 しゅんとする桐佳。 そんな彼女をちょっとでも気にしたのか、勝呂は言い添えた。 「何故、調査課の人間が、と思っているんだろう? 私の話を聞いていれば、 君の疑問は解消されるはずだ」 「は、はあ……。続けてください」 「気を悪くしないで聞いてくれ。と言っても、それは無理な相談なんだが……。 このデザインは、君が独自に考えた物だろうか」 「はい? おっしゃってる意味が」 「ここにあるリングのデザインは、他人から拝借したのではなく、自分で考え た物なのだろうか、ということだよ」 「と、当然ですっ!」 腰を浮かしかけた桐佳だったが、思い止まり、また座った。 勝呂の方は、額にかかる髪を軽くかき上げ、小さく首を振った。 「あの−−勝呂さん、どういうことなんですか?」 「愉快でない調査だ」 言って、ため息をつく勝呂。 「はっきり言おう。昨日行われた審査会において、君の作品は盗作であるとの 疑義を出されたんだ」 「何ですって? 冗談じゃありません!」 声を高めた桐佳。少し店の方が気になって、声量を落とす。 「だ、誰が……」 「木島敏也。知っていると思うが、本社がデザインを委託しているデザイナー の一人の木島氏だ」 「木島……さんが」 混乱した頭で、必死に考えをまとめようとする。 「その、何て言ってるんです、木島さん?」 「趣旨はこう。木島氏のデザインの中に、君が応募したデザインとそっくり同 じ物がある。ここまで同じなのは、盗んだのではないか、と」 「盗んだなんて……」 言葉を失ってしまいそうだ。 「証拠として、木島氏は、その場で自室にデザイン画を取って来て、他の審査 員に示した。確かに同じだったそうだ」 「同じって、ルビー、ダイヤモンド、ムーンストーンの並びもですか」 勝呂は声なく、うなずいた。 「信じられません」 さっきとは別の理由で震える声で、桐佳は決然と言った。 「あくまで、自分のオリジナルだと主張するんだな?」 「もちろんです。これは私が考えたんです」 「よろしい。次だ。木島氏が言うには、問題のデザイン画を含むスケッチブッ クが一冊丸ごと、一時的に紛失していたらしい。自室のデスクの抽斗に入れ、 鍵をかけておいたのだが、もしも盗まれていたんだとすると、犯人は合鍵を持 っているはずだと主張している。抽斗の鍵と、部屋の鍵の二つをだ。友浦さん、 この店にある君のロッカー並びに君の自宅を調べさせてもらいたい」 「な……」 「無論、これに強制力はない。ただし、君が拒否した場合、私の上司が次にど のような動きに出るか、私には何も言えない」 「従えと言ってるのと同じじゃないですか! そんなの、ひどすぎます!」 叫ぶ桐佳を無視するように、勝呂はソファの背にもたれ、天井を見上げた。 そして一言、重々しく口を開いた。 「返事を早くもらえないだろうか」 「……」 歯を噛みしめる桐佳だったが、選択の余地はなさそうだった。 (何もやましいところなんてないわ。今ここで、この人の申し入れを受けて、 潔白を示したらすむ) 割り切ることに決めた。 「どうぞ。調べてください」 すると、勝呂は黙ってうなずいた。 目覚ましを止めてから、早く起きる必要のないことを桐佳は思い出した。 「何でよ」 上半身だけ起こして、枕を思い切り殴った。 ぼふ、という気抜けした音。手応えはさっぱりなかった。 「何で、あんな物が……」 どこにもぶつけようのない怒りと悔しさが再びわき起こり、歯を食いしばっ ていると、涙がにじんできた。 昨日から、桐佳は自宅待機の身であった。期限は定められていない。 −−二日前、勝呂が二人の女性を伴って、桐佳の部屋にやって来た。もちろ ん、合鍵の疑惑を晴らすため。「メモリイ」にある桐佳のロッカーの方はすで に調べが終わり、何も見付かっていなかった。 「仮に私がアイディアを盗んだ犯人だとしても」 当日、調べられている最中にも、勝呂に対して桐佳は反論した。 「小さな鍵なんか、さっさと処分するわ。もう二度と必要のない物ですしね!」 勝呂は何も言わず、連れて来た女性二人の働きぶりを見守るだけだった。勝 呂の言によれば、この女性二人は調査課の人間ではなく、特に信頼の置ける者 として社員からピックアップし、協力を依頼したということらしい。女の部屋 を男が家捜しする訳にはいかないという意識を、勝呂は持っているようだった。 −−続く
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