長編 #3268の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「いいよ」 少ない光の下でも、草香さんの笑顔が、白い歯が、よく見えた。 送ってもらってから、僕の家の前で。 「じゃあ。もし何かあったら、すぐに連絡して。味方だから、僕は」 あの……。 「何?」 兄さんにしたように……口づけをしてください。 「……いいのかい」 はい。そうしてもらえたら、きっと、口の傷も早く治るから。 「そうだね」 すっかり、夜になっていた。辺りに通りかかる人影はなし。 僕と草香さんは距離をなくす。背は、草香さんの方が高い。 不安はかけらもない。期待感いっぱいに見上げる。 「僕はこうして、拓哉を愛したんだ−−」 どうでもいいことだけど。やはり、書くべきだろう。 相模京治は、翌日には発見された。年明けに報じられたところによると、喧 嘩の果てに殺されたものという見方が強いものの、犯人特定には至っていない。 容疑者さえも浮かんでいないのが現状のようだ。 三学期が始まると、学校で情報を仕入れた草香さんが、僕に教えてくれた。 「相模が拓哉を殺した理由は、だいたい分かった」 苦り切った物腰。 「相模は矢田部さんが好きだったらしい」 それだけ聞けば充分だった。彼は……相模は、拓哉兄さんが矢田部佳帆に本 気じゃないと知っているような口ぶりだった。けれど、実際は違ったのだ。あ れは、彼の願望を口にしただけに違いない。 ばかな男。おまえが間違って思い込みさえしなければ、こんなことにはなら なかった。そうに決まっている。 「まずいことになるかもしれない」 草香さんが言った。さっきと違って、緊張した面持ちになっている。 「矢田部さんは、相模に想われてるって分かっていたらしいんだ。だから当然、 相模の死に関して、証言をしている」 それがどうしてまずいことに? 「考えてもみて。拓哉は矢田部さんと付き合いがあったことになっているんだ よ。彼女の存在を通して、拓哉の死と相模の死を関連づけて考える奴が出てく るかも。もしもそうなったら、相模の件で真人が疑われる危険性もなくはない」 だって。表面上、兄さんは事故死となっているんですよ。むかつくけど、そ れが都合いいんじゃないですか、今は。事故死と殺人事件を結び付けるなんて。 「どうなるか、僕にも分からない。とにかく、気をつけるんだ。気をつけるに 越したことはないからね」 そう言う草香さんの目は真剣だった。 恐くなってくるじゃない。 「悪い。恐がらせるつもりはない。ただ、真人が大切だから」 慰めてくれるんなら、言葉は嫌。 「下に聞こえるよ。親、いるんだろう?」 静かにするから。 「それはできない。拓哉とだって、二人きりのときにしかしなかった」 拓哉兄さんの代わりじゃない。真人として、僕を見て。 「そんなことを言ってるんじゃないよ。公にはできない関係だからね、悲しい けれど。だから危険は極力、避けなきゃ。分かるだろ?」 あやされ、僕は引き下がった。何よりも、草香さんに嫌われたくない。 「受験、うちを受けるんだって?」 当然です。兄さんがいた学校に入りたい。草香さんがいる学校に入りたいん です。 「だったら、頑張れ。進学校だから、怠けていると蹴落とされるぞ」 頑張るよ。草香さんが待っててくれるんだから。 「僕のことばかり考えるなって。あんまり会わない方がいいかもしれないな」 そんなのないよ! 「頑張ったら、ご褒美が出るんだけどな。春休み、二人だけでどこか旅行して みない?」 本気で言ってくれてるの? 「冗談なもんか。それとも冗談の方がいいのかい」 ううん。行きたいっ。絶対に合格してみせるよ。 「それなら約束したぞ」 僕と草香さんは指切りした。 受験の日までは早かったけど、それからの発表の日までは短かった。本当の 長さは逆なのに。 「どうだった?」 発表の日は当然、草香さん達の授業はない。 僕一人で見に行き、報告する。 −−行き先、どこにする? 「ってことは、合格だな?」 ええ。 「おめでとう。よく頑張ったね」 親からの祝いよりも、草香さんの一言がうれしい。 「これで同じ門をくぐれるわけだ」 同じクラスには決してなれないのが残念だけどね。草香さん、留年してくれ ない? 「冗談きついなあ。テニス部に入れよ。拓哉に教えてもらって、うまいんじゃ ないない?」 兄さんほどじゃないけど。もちろん、テニス部に入ります。 「それがいい。楽しくなりそうだよ。……それと」 ふと、草香さんの表情に影が差す。 「拓哉の弟ということで、何かと言われるかもしれない。表立っては口にしな いかもしれないけど、こそこそ噂される方が、質が悪い。覚悟だけはしとかな いといけない。つらいかもしれないが」 大丈夫ですよ。草香さんに助けてもらいますから。 「そんなこと言えるぐらいなら、平気みたいだな」 それから笑った。 拓哉兄さんがいないのは残念でならないけど、四月からの新しい生活が楽し みだった。 「真人君、うちの高校をうかったんだってね。おめでと」 矢田部佳帆は、突然、僕の前に姿を現した。往来で僕を呼び止めると、そん な祝いの言葉から始めた。 「あら、お礼のお返事はないのかしら。仮にも先輩なのよ」 ……ありがとうございます。 「そうそう。素直でいい子ね。中森君……って、君の前で言うとややこしいわ ね。拓哉君、真人君でいいわね?」 どうでもよかった。だから、僕は何も答えない。 「拓哉君がいれば、もっと喜べたのにね」 かまわず続ける矢田部佳帆。 「私ねえ−−。こんなところじゃ話しにくいことなのよね。どこか喫茶店にで も入らない?」 入っていいんですか? 校則とか。 「平気平気。おごったげるからさ」 僕らは手近な店を見つけ、入った。注文をすませると、相手はすぐに本題に 移った。 「さ、続きよ。これから私がするのは、取り引きのお話。ちょーっとだけ、脅 迫めいてるけどね。とにかく、そのつもりで聞いてよ」 何だって? 「大きな声、出さないの」 ……兄さんのことですか。 「拓哉君が同性愛しちゃってたこと? それもいいんだけど、残念ながら、証 拠がないのよね。私一人が今さら騒いだって、誰も信じやしないでしょうね。 それに、私自身にも跳ね返って来ちゃうじゃない。『ホモと付き合ってた女』 だって、後ろ指さされたら、たまんないわ」 じゃあ、何なんですか。 僕はむかつきをどうにか押さえ込みながら、低く言った。 「それはね」 言いかけたところで、注文した飲み物が届いた。しばし、中断となる。 ウェイトレスが去って、矢田部佳帆は再び口を開いた。 「私ねえ、聞いたんだ。……相模京治から」 相模……さん? 死んだ人ですね、その人。 −−僕は知らないふりを通そうと決めた。 その人が、何か関係あるんですか? 「役者ね、君も」 ふふんと笑う矢田部佳帆。嫌な笑い方だ。 「拓哉君のこと、事故じゃないんだってね。相模が言ってたわ」 ど、どんなことを聞いたって言うんですか。 「『おまえのために、俺が中森を殺してやったぞ』、だって。押しつけがまし い言い方よね。けど、面白い話じゃない? 私、詳しく聞いたわ。そしたら、 あいつ、ぺらぺらと。アリバイ作りのお礼を言いに来た拓哉君を家に引っ張り 上げ、ビールを勧めたんだって。その中に薬−−睡眠薬が入っていたのね。検 出されにくい特殊な物を使ったらしいわ。悪い友達から手に入れたってさ。 で、当たり前だけど、ふらふらになった拓哉君。相模の『草香の家に行くん だろ? 送ってやろう』という申し出をありがたく受けちゃった。そして、川 の、あの見つかった場所辺りに来たときに、相模は拓哉君を突き落とした……」 僕は感情を押し殺し、努めて冷静さを保とうとした。 本当のことですか、と、尋ねる声が震えそうになる。 「本当よ。言うまでもないでしょ。私、準備がいいのよね。面白そうだと思っ たから、録音してあるの。ここには持って来てないけど、聞きたい?」 聞きたい。それが本心だった。だが、それ以上に、このことが脅迫とどう絡 んでくるのか、気になっていた。 「返事がないわねえ。ま、いいわ。相模が死んじゃってから、私が考えたのは、 その次よ。真人君たら、拓哉君の格好をして、色々聞いて回ってたでしょ? 知らないとは言わせないわ。私のところにも来たもんね」 そうだった。目の前の女にも、兄さんの格好をして会いに行っているんだ。 不覚になるかもしれない……。 「当然、相模のところにも行った、でしょ? そう考えて、ぴんと来たわね。 相模、単純なところがあるからさあ、あなたが真相に気づいて、自分に接近し てきたんじゃないかって勘ぐったんじゃないかなーって。かっか来ちゃった相 模ったら、あなたを襲ったんじゃなくて? あなたは抵抗して、逆に殺した」 矢田部佳帆の瞳が、こちらを射るように向いている。 思わず、うつむいてしまった。 「はん、認めたも同然ね」 勝ち誇った声。今から反論しても、もう手遅れだ。 「これが私の取り引きの材料。いくらになるかしらね? もちろん、真人君が 相模を殺したっていう直接の証拠は何もないわよ。けれど、相模が拓哉君を死 なせたってことの証拠はある。それを警察なり何なりに聞かせたら……きっと 動きが出るでしょうね」 ぶん殴ってやりたい。女に対して、こんな感情を持ったのは初めてだ。だが、 それも実行できそうにない。 「どうかしら。あなたが決めてね、真人クン?」 何でも言ってください。−−とりあえず、この場はそう答えておこう。 「そう? じゃあ、商談成立ね。今すぐってわけじゃないから、安心して。こ こには録音したテープもないしさ。後日、改めてってことで。あ、もちろん、 お金を準備する時間は、またちゃんとあげるからね」 嬉々として言いたいことを言うと、矢田部佳帆は小さな財布を取り出した。 そしてテーブルに伏せられていた伝票を裏返し、額を確かめた。 「さっきも言ったっけ。ここは私のおごりだから、遠慮なく」 千円札一枚を置いて、立ち上がる彼女。 「あー、面倒だからお釣りはあげるわ。どうせ、たっぷりとお返しが来るんだ ものねえ」 僕は黙って、こいつを見送った。これからどうすべきかを考えながら。 矢田部佳帆の自宅が全焼したのは、それから三日目の夜だった。 「うまい具合に、死んでくれたな」 学校の図書室で新聞を広げながら、草香さんがつぶやいた。 僕は矢田部佳帆から脅された直後、すぐに草香さんに打ち明け、相談に乗っ てもらった。草香さんの結論は早く、そして実行に移すのも早かった。 『恐らくテープは家にあるんだろう。だったら、家ごと燃やしてしまえばいい。 矢田部にも死んでもらおう。真夜中に放火するのがよさそうだ……』 草香さんはそう言って、一人で決行してしまった。僕の目に、草香さんが頼 もしく映った。 「飛んだことで、旅行の予定が狂ったね。どうする? この春休みに無理して でも行くかい?」 どちらでもいいです。あと一週間ありますけど、今からじゃ、予約が取れな いでしょ。 「それもそうか。だったら、ゴールデンウィークまでお預けになるな。残りの 休み、お互いの家に行って、せいぜい楽しく過ごそう。そうでもしないと、う っとうしい気持ちが晴れない」 それから、草香さんは重ねて聞いてきた。 「真人は拓哉が同性愛者だって知ってたみたいだけど、どうしてなんだろう?」 僕は笑みを浮かべて応じる。 当然なんですよ。何故って、拓哉兄さんの最初の相手は、この僕だったんで すから! 二人とも初めてだったけど、兄さん、上手だった……。 −−終わり
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