長編 #3267の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「言いたくないのよ、正直なところ。だけど、君、私を疑っているんじゃあな くて?」 顔を背けると、覗き込まれた。嫌な性格をしている。 「やっぱりね。だったら、仕方ないわよね。何を聞いても驚かないで……って のは無理か。ま、私がこれから言うこと、最後までおとなしく聞いてくれたら それでいいわ。反論はあとでね。ただし、その反論に説明を返してあげる気は、 私にはないから」 早く話してください。 「簡単よ。三言で終わるわ。−−私と中森君は、本当は付き合っていなかった」 な……。 「ほら、口出ししない。まだ一言目よ。−−私は彼から頼まれて、付き合って いるふりをしてただけ。中森君がそんなことをした理由は、彼が同性にしか興 味がなかったから。以上よ」 ・・・・・・・・・ 別に驚かなかった。何故なら、僕は知っていたのだから。僕は、拓哉兄さん が女性を好きになるなんて、信じていなかったのだから。 「……約束、守ったわね。素直な子」 やや拍子抜けしたように、矢田部佳帆は言った。 他にも聞きたいことは残っていたが、状況が変わった。兄さんの気持ちが元 のままだと分かった今、先に草香さんに聞いておこう。 草香さんのフルネームを初めて知った。草香吾郎。昔、爆弾魔に似た名前の 奴がいたそうだ。もちろん、関係ない。 「何か用かい、真人?」 初めて会ったときの言葉を、草香さんは覚えてくれていた。 他に誰もいません。真実を教えてください。 「……分かった」 とぼけることなく応じる草香さん。よかった。 「僕と拓哉とのことを言ってるんだね? どうして君は知ったんだろう? い や、それはどうでもいい。事実を認めればすむことだよね。 うん……僕と拓哉は関係があったよ。中学一年のとき、初めて会ってから、 ずっと気になっていた。何に引かれたのかは、自分でもよく把握できていない。 拓哉は他の男子とは違って、しなやかな身体つきをしていた。それだけははっ きり、意識していたのだけれど……。 高校に入る前の春休みに、僕の方から打ち明けたんだ。気持ちを打ち明ける ことでたとえ軽蔑されても、環境が変わるから吹っ切れると、思い切ったんだ。 そうしたら……拓哉も応えてくれた。うれしかった。彼は僕を中性的な存在だ と評した。そう言われることを、僕はとても気に入ったよ。 それ以来、僕達は他人の目を避けるため、目立たないように、けれども真剣 に付き合った」 高校入学と前後して、兄さんが生き生きし始めたように見えたのは、錯覚で はなかった。 「最初の三ヶ月は、何事もなく流れた。が、六月になって、体育が水泳になっ た。そのときだよ、失敗したのは」 どんな失敗を。 「冗談から始まったんだ。着替えのときにね、ちょっといたずら心を起こして、 僕が拓哉に抱きついた。たったそれだけのことで充分だったみたいだね、噂に 火が着くには。いや、元々、周りの連中だって面白半分に言ってただけに違い ないんだ。でも、その噂は、僕らにとっては致命傷となりかねない……。 僕らは対策を練る必要に迫られた。そして捻り出したのが苦肉の策。真人は 知ってるんじゃないか? 矢田部佳帆のこと」 はい……。 「それなら説明する必要もないかもしれないね。まあ、簡単に言えば、彼女に 頼んで、拓哉の恋人を演じてもらうってわけ。拓哉に彼女ができれば、噂は消 えてなくなるだろうと計算した。実際、その通りになっていた」 矢田部佳帆という人は、兄さんや草香さんの意図を知っていたんですか。 「もちろん、はっきりと伝えてはいないよ。だが、彼女のことだ、恐らく、察 しが付いていただろう。でも、矢田部さんしか適役はいなかった。彼女がいな いところでこう言うのは恥ずべきことだけど、派手に遊んでいるということで 有名なんだよ、彼女は。だからこそ、恋愛ごっこの相手を頼めた。本気になら ないように。そして、いつでも手が切れるように」 あの人は決して、本気にならないと思います。でも、兄さんはどうだったん でしょう。本気になってしまいはしなかったんでしょうか。 「ならなかったよ。矢田部さんと嘘の付き合いを始めてからも、彼は僕を大事 にしてくれた。言葉でなく、態度で分かるんだ」 よかった。 僕は内心、胸をなで下ろした。万が一、拓哉兄さんが寸時でも草香さんを裏 切っていたとしたら、僕は兄さんを軽蔑したことだろう。 「矢田部さんのおかげで、僕と拓哉は付き合い続けることができた。それなの に……死んでしまうなんて」 声を詰まらせ、草香さんは目に手をやった。音もなく、泣いていた。 草香さん。思い出させることになって、気が引けます。でも、教えてほしい んです。クリスマスイブに兄さんと会う約束をしていたんですか。 「ああ、していたよ。だけど……会えなかったんだ」 何ですって? 「本当だよ。あの夜、僕の家は両親が出かけ、僕一人になったんだ。だから、 拓哉を招き、二人きりのクリスマスを過ごそうと。楽しみで楽しみで、たまら なかったよ。それなのに、拓哉は現れなかった。電話するわけにもいかず、僕 にできたのは待つことだけ。つらくて、さみしかった。日付が変わったとき、 僕は絶望に打ちひしがれ、何も考えたくなくなった。もし思考能力が残ってい たら、僕はきっと、死を選んでいた。そうはならなかったのに、拓哉が死んだ と知った今、あのとき死んでいればよかったと悔やんでしまうよ」 死ぬなんて、言わないでください。それよりも、何時に兄さんと会う約束だ ったんですか。 「夜の六時に、拓哉が僕を家に訪ねてくれる約束だった。それから買い物に出 かける予定を立てていたんだ」 兄さんが家を出たのは、午後五時でした。時間はぴったり。じゃあ、この一 時間の間に、誰かと出会って、トラブルに巻き込まれたんじゃないでしょうか。 「え? だって、拓哉は事故死だと」 考えてみてください。兄さんだって、あなたと会えるのを、特別な楽しみと 感じていたはず。だけど、遺体で見つかった兄さんは、お酒を飲んでいました。 草香さんに会う前に、ビールと言えどもアルコールを、兄さん自ら進んで口に するでしょうか? 僕には信じられません。 「そ、そう言われると……」 草香さんの目つきが鋭くなった。今まで、こんな表情の草香さんを見たこと はない。 「教えてくれないか、真人。警察の判断では、拓哉は何時頃、命を落としたこ とになっていたかを」 二十四日の夜九時から十一時の間でした。 「五時半に拓哉が誰かと出会ったとして、寒い冬の夜、外でビールを酌み交わ すなんて、考えにくい。どこか店に入ったのかな……」 でも、兄さんは、外見から高校生だと分かる格好だったはずですよ。店に入 って、ビールを飲ませてもらえるとは考えられません。 「じゃあ、拓哉が出会った相手の家に行ったんだ。そいつの家で、何故か、ビ ールを飲んだことになる……」 何故、拓哉兄さんは草香さんの家に向かう途中で出会った相手に従い、その 家でビールを飲んだのか−−最大の疑問。そして。 「拓哉を家に連れ込んだその誰かが、拓哉を酔わせ、川に突き落とした可能性 もありそうだ、ね」 僕も同感だった。もっと言えば、そいつが拓哉兄さんを殺したのだと確信し ている。 誰が兄さんを殺したか。この命題で間違っている? そんなことはない。 兄さんをあんな目に遭わせる理由を持っている人。誰がいる。誰かいる。見 つけよう。 知る限り、兄さんと大きな関わりを持った人は、僕ら家族を除外すれば、草 香さんだ。矢田部佳帆も、ある意味では入るかもしれない。 他に考えるべき対象。例えば、拓哉兄さんが断った相手。女性はもちろん、 男性にだっているかもしれない。兄さんが、草香さんのことを想い続け、それ までに接近してきた同性をことごとく拒絶していたらと考えれば、充分にあり 得るんじゃないか。 矢田部佳帆が好きで、彼女と兄さんの仲を本気だと信じた奴も考えなくちゃ ならない。 範囲が広すぎる。警察が調べて何も出て来なかったんだ。僕一人が動き回っ て、新しい発見があるだろうか。 見通しは暗くても、やるしかなかった。 兄さんに姿形を似せることを考えた。髪さえ似せれば、第一印象はそっくり になるだろう。身長や癖なんかはどうしようもないが、見た目の一瞬を『中森 拓哉』に見せかけられたらそれでいい。 その格好で、兄さんとつながりがあった人達に会えば、兄さんの死に関わっ た人なら何か変わった反応を示すのではないか。そんな期待と計算があった。 かつらが飛ばされた。 口の中に血の味が広がるのが分かる。唇も切れているみたいだ。 地面に手をつき、起き上がろうとしたけれども、よろけてしまう。転倒した ときに右肘を激しく打っていた。河原には大きな石がたくさん転がっている。 しびれたような痛みがじわじわ続いている。 仁王立ちしている相模京治が、何かわめいている。面倒くさくて、聞く気に なれない。 あなたが犯人なのかい? 声に出して聞いたら、つま先が飛んで来た。胸と右肩の狭間辺りに軽く触れ た。でも、感じた痛みは強い。 横を流れる川は、兄さんが見つかった場所につながっている。ここで僕が死 ねば、あの世ですぐ、いっしょになれるかもしれない。 草香さんの顔が浮かんだ。まだ死にたくないな。そう思い直した。 暗がりの中、左腕を適当に動かすと、大きな石に指が触れた。 待ち合わせの場所には、公園を選んだ。さびれ気味の、人気の少ない公園。 右腕を振ってしびれを取りながら、わざと遠回りをして来た。寒かった。 すでに草香さんは来ていた。 「真人!」 僕を見つけた草香さんは、外灯に照らされたベンチから立ち上がると、駆け 寄ってきた。 来てもらえて、助かりました……。 ほっとして、倒れかかりそうになる。 受け止めて。 「大丈夫?」 抱きすくめられた身体に、草香さんの体温が伝わってくる。そして草香さん の優しげな声が届く。息を肌に感じる。 「血が出てるじゃないか」 傷は平気です。腕が……。折れてはないみたいだけど、ひびが入ったかもし れない。 「病院に」 強く首を振って、拒絶の意志を示す。草香さんは少し距離を開け、僕の両肩 を掴んだ。 「何故? このままじゃあ」 相模のことがあるんです。電話でも言いましたが……彼は死にました。 「本当なのかい?」 ええ。あの川で。石で殴ったら、死んでしまいました。 「正当防衛なんだろう? 歩いていたら、いきなり殴りかかられたって」 そうなるかもしれません。でも、僕は殺意を持って殴りました。最初の一撃 は違いますけど、倒れたあいつに馬乗りになって、石を振り下ろし続けたとき は、もう……。 「相模の身体、どうしたの?」 そのまま……放置。川に放り込もうかとも考えたんですが、やめました。だ って、兄さんが死んだ川なんですから。 「何も落としていないだろうね?」 ちゃんと調べました。拓哉兄さんに似せるためにかぶったかつらも、ちゃん と回収しましたし。口の傷からこぼれた血の一滴ぐらいは残っているかもしれ ませんが、僕に結び付けることはできないはずです。 「使った石は?」 指紋ですね? 拭き取るのは無理だったから、逆に、あいつの血をべったり、 石の全面に塗りつけました。あれじゃあ、指紋なんて検出できませんよ。 「そうか。知っている顔とは会わなかったろうね」 会っていないと思います。遠回りしましたし。見られてたって、僕は普通に 振る舞いながら来ましたから。ちょっと、腕が痛かったけど。 「問題なしのようだね。うん、それでいい。君が事を隠すと言うのなら、そう しよう」 再び僕は抱き寄せられ、よしよしと肩を叩かれた。 力になってくれるんですか。 「当然だよ。相模が拓哉をやったんだろう?」 そうです。そういう意味のことをわめいていました。 「理由は言ってなかったの」 分かりません。全部を聞いている余裕、なかったですから。 「仕方ないか……。よし、精神的に参ってない?」 そんなことはないですよ。ちっともね。兄さんを殺した相手を見つけるばか りか、この手で復讐できたんですから。興奮しているぐらいです。 「その様子なら大丈夫みたいだ。一人で帰れる?」 帰れます。だけど……送ってほしい。 −−続く
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