長編 #3252の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ダモスが戻らないまま、書類調べは完了した。 (専門じゃないから断言できないが、ダモスって奴は正直者のようだな。ふん、 あとはやはり、経理を見てみないことには……) そんなことを考えながら、階段を上がるセナ。 (ダモスが戻っていないってことは、三階のギルモアとかいう患者のところで、 まだ診察が続いているわけか。それなら、三階の部屋に戻るのは遠慮しておく とするか) セナは二階にとどまった。ここの雰囲気は三階と違い、まだ希望というもの が感じられる。そんな気がした。 「おっと」 二階の廊下を行こうと足を踏み出したところ、突然、すぐ手前の部屋から誰 か出てくる者があった。 「ご、ごめんなさい」 小さな声が返ってきた。見れば、部屋から出てきたのは、年端の行かぬ少女 だった。足が悪いらしく、松葉杖を使っている。 「いや……こっちが不注意だった」 少女の目の高さに視線を合わせ、謝るセナ。 「足、大丈夫か?」 「辛いことは辛いけど、それはあなたのせいじゃないわ」 少女は意外と大人びた言葉遣いをする。 「筋肉、弱っちゃってるんです」 「じゃあ、ひょっとして……メホハリー?」 セナの言葉に、少女の表情がかげったように見えた。 「あ、余計なことだった」 「いえ、いいんです。……メホハリーにかかっていて、私より大変な人、いく らでもいる」 「どこかに行くところかい? そこまでおぶって行こう」 柄にもなく、セナは親切心を起こした。病院に、医者でもない自分が健常者 として一人だけいると、何かせずにはおられなくなる。彼の心理状態は、そん なところだろう。 「い、いいです。一人で行けます」 少女はセナの前をすり抜けようとしたが、なかなか思うようには進まないよ うだ。 「子供が遠慮するもんじゃないぞ。どこ?」 「あの……お手洗いに」 「ようし」 セナは少女を背負うと、杖を二本とも部屋の戸口に立てかけた。そして、盗 賊でならした足で、ほとんど音を立てずにかけ出した。 用が済むのを待って−−さすがに手伝えない−−、帰りも当然、送ってやる。 今度は急ぐ必要もない。 「こんな状態なら、両親が君に付き添っていていいと思うんだが……両親はい ないのか?」 「うん……戦争で死んじゃった。お母さんもお父さんも」 寂しげに答える少女。先ほどの話しぶりは強がりの表れだったか、ずいぶん と子供らしい喋り方になっていた。 「おばあちゃんがいるけど、付き添いなんてとてもできないから」 「金はどうしている? 入院費とか治療代」 「−−お金がないから入院しているの」 「? 何て言った?」 「お金があれば、ラウ薬を買って、自分の家で治せる。でも、買えないから。 入院すれば、薬は本当に必要なときしか使わないで済むし、入院費だって、退 院のときに払うのが普通でしょう? メホハリーって、完治することのない病 気だから……」 「理論上は、いつまでもただでここにいられるわけだ。こいつはいいな!」 おかしくなってきた。セナは、少女を抱え直した。 「もちろん、本当にずっといられるはずがないんだけどね。こうするしかない の。ダモス先生、いい人だから、怒らせたくないんだけどなあ」 「あの先生が、メホハリー病も診ているのか?」 てっきり、ダモスはシャヴィッド病患者だけにかかりきりだと思い込んでい たので、セナは尋ねた。 「そうよ。元々、メホハリーが専門なの、ダモス先生」 考えてみれば、シャヴィッド病患者の半数がメホハリー病患者であれば、治 療法の確立していない現在、メホハリー病の専門医がシャヴィッドの研究に当 たるのは自然の成り行きかもしれない。セナは納得して、黙ってうなずいた。 少女の入っている部屋に着いた。六人部屋だった。 「入ってもいいかな」 「どうぞ」 松葉杖を取って、中に入る。 「君がいるのは、どのベッドだい?」 「右側の一番手前。最初は奥だったけど、私、足が悪いから、場所を代わって もらえたの」 横目でちらちらうかがうと、他のベッドにいるのは女性か子供であった。 (野戦病院みたいなことにはなっていないな。当たり前か) 少女を下ろし、セナもベッドの端に腰掛けた。 「名前、聞いてなかったな。俺はセナ」 そこまで口にして、あっと思うセナ。 (しまった。今、俺はカルロス=ケインだったっけ) 仕方なしに、言い添えることにした。 「カルロス=セナ=ケインって言うんだ」 本名を、偽名のミドルネームにしてしまった。 「セナさんでいい? 私、ジュリ。ジュリ=サラサール。おばあちゃんはゼン ダっていうのよ」 「学校は……行けないよな、こんな状況だと。いくつ?」 「十一。セナさんはお仕事は?」 「その日暮らしって分かるかな? そうだなあ、戦争始まってから、決まった 仕事はなくなってね。今は戦争のあった土地々々を旅行して回っているんだ。 その先々で耳にした話を新聞屋に売り込んだり、旅先で小さな仕事をしたりし て暮らしている」 「兵隊には……行ったの?」 気になっていたのだろう。ジュリは恐ろしそうに聞いてきた。 セナは少し考えてから、口を開いた。 「行った。だけど、すぐ怪我をしてね。あっけなく、帰された。役立たずって ことでねえ」 「怪我って……」 「足をちょっと。今は治ってるんだけど、傷跡は残っている。見てみる?」 「嫌っ。遠慮しとく」 「それがいい」 セナは服の上から、右足をさすった。彼の言った『怪我』は、自ら傷つけた もの。ジェンナーのことを忘れぬため、敢えて友と同じ箇所をえぐった。 「旅をしてみて、何かいいことあった?」 「戦争をやってるんだからなあ、いいことなんて……いや、まあ、一つぐらい はあるかな」 「聞かせて」 「抽象的なんだが、人の心がよく見えるようになった、そんな気がする」 「ふうん」 感心した風にうなずくジュリ。 「何だか素敵」 「ああ……そうかもしれないね」 ジュリの笑顔に、セナも笑みで応じた。 (人の心が見えたら、嫌で嫌でたまらないものなんだぜ、本当は) 翌朝早く、セナは病院を出た。 結局、病院の経理を調べるような真似はしなかった。仮に何らかの不正を見 つけたとしても、盗賊セナが動くことで、あの病院に何らかの悪い影響が出る かもしれない。そうなれば、あの少女の居場所がなくなってしまう可能性まで 出てくる。それだけは避けたかった。ためにセナは、あっさりと当初の目的を 放棄したのだった。 (世の中、金がいるんだよな。戦争が起これば、物がすべてと思っていたが、 そうも行かないらしい。−−たまには義賊を気取るのも悪くない) セナは気まぐれを起こした。ジュリ一人だけでいい、あの子を救おうと。 (貴族連中から金を奪って、渡してやるのが近道だが……。できることなら、 もっといい治療を受けさせてやりたいぜ。ダモス先生には悪いが、あの病院で は充分とは言えん。しかし、俺は何も知らないからな) 考えた挙げ句、セナは一人の医者の名前を思い出した。 (簡単じゃないか。えっと、マノ=セグラだっけか? そいつのいる病院か自 宅に侵入して、より有効な治療手段が見つかってないかどうか、探ればいい。 戦時下だから、情報が伝わっていない場合も充分、考えられるからな) マノ=セグラの居場所は、すでに分かっていた。何故なら、ダモスの部屋で 書類をあさったとき、書き留めてあった住所を、セナは記憶していたからだ。 (セグラのところから何も得るものがなかったときは、貴族連中の金に手を出 そう) そう心に決め、早速、行動に移るセナであった。 セナは急いでいた。真昼から盗みを働くことはなかった彼だが、このときば かりは馬を奪って、人の目も気にせず、街道を飛ばしていた。 「馬鹿野郎が!」 流れる景色の遅さに、苛立ちを覚える。 そればかりではない。セグラが所長を務めるメホハリー病研究所に侵入し、 探り出した事実に、セナは焦っていた。 目指すはダモスのいる病院。ジュリ=サラサールを救うため−−。 「ダモス先生に会いたい」 受け付けで申し出ると、幸い、相手は前回と同じ女性で、セナのことを覚え ていた。すぐに部屋へ通された。 が、部屋にダモスの姿はなく、しばらく待たされる。 「これはケインさん。何ごとです?」 やがて現れたダモスは、以前にも増して顔色が悪く、やつれが進んだようだ。 が、今のセナに、相手の様子を気遣う余裕はない。ダモスの両二の腕に手をか け、激しく揺さぶる。 「すぐやめさせてくれ。メホハリーの患者にラウ薬を使うのを、やめるんだ!」 「……どうしてまた、そんなことを」 戸惑いを露にしたダモス。素人から命令されるのは心外であるが、それ以上 にあまりにも突然で突拍子もない話に、面食らっているようだ。 セナは説明をした。焦りから、話が行きつ戻りつしたが、どうにか相手に伝 わったらしい。 「信じられませんねえ」 ダモスの第一声。 「ケインさん、あなたはどうやってその話を聞き込んだのです? 何を置いて も、情報の源をうかがわないと、話が進みません」 「それは……」 言い淀むセナ。ただの旅行者がおいそれと知ることのできる話でないのは確 かだ。 (忍び込んだと打ち明けたら、ますます信用されなくなるだろうな。何か、言 い繕うためのうまい作り話を) 「自分は兵として戦ったことが、あるんです。短期間でしたけど、負傷兵の手 当てをする部隊に近かったから、従軍していた医師にもいくらか知り合いがで きて……。その中の一人から聞いたのです。そして書類の写しも見せてもらっ た」 「……それで?」 疑わしそうな視線をよこしながらも、ダモスは続きを促してきた。 「メホハリー病の治療薬であるラウの成分が、シャヴィッドを引き起こす。こ れが事実だと仮定してもいいです。しかし、セグラ先生がそんな重大事を隠す 理由が分からない」 「そんな裏事情まで、知りませんよっ。とにかく、危ないんだ。ラウの成分の 一つに、ドゥルーブという野草をしぼった汁が使われていますね?」 「よくご存知で」 「この目で書類を見たんだ、俺は! そのドゥルーブは土の善し悪しによって、 性質が劇的に異なる、そう書いてあった。ある条件下では、生物の体内に入れ ば、肉体を破壊するきっかけとなるってな」 「……」 医学者は、言葉をなくしていた。 −−続く
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