長編 #3248の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
草むらに身を潜める男は、暗褐色の覆面をしていた。 覆面と言っても、布を巻き付けただけだ。すき間から、獲物に飢えた獣を想 起させる目が覗いている。わずかな月明かりの下、虹彩の色は緑に見える。 視線が動き、手元に落ちる。彼の手は柄を握りしめていた。その下の刀は、 腰に結わえた鞘に収まっている。 それを今、男は抜いた。刃渡りは、指先から肘までとほぼ等しいか、やや長 いぐらい。刃のある方は薄く、その反対側、峰は分厚い。鋭く尖った切っ先は、 さぞかし、突く際に威力を発揮するだろう。 男は短い間、目を閉じ、すぐに見開いた。 次の瞬間、草むらから脇の街道へ躍り出る。首から下も、暗い色の装束で固 められていた。身軽に動け、なおかつ相手の加撃をなるべく緩衝するためか、 鎧の類はなく、布地だけを何枚も重ねているらしい。 通りがかった荷馬車に向かって男は跳ぶと、その屋根に張り付いた。朝の散 歩にでも出かけるような、いとも簡単な動作だ。 そのまま前方ににじり寄る。木枠に布を張っただけの屋根の上では、さすが に慎重になった様子。 しかし、幌の端に達してからは、また早くなる。御者を務める中年の男は、 新たな『乗客』にまったく気づいていない。黒装束の男は、御者の首に手を伸 ばした。襟首を掴み、引き寄せると、片腕で一気に締め上げた。 相手が手綱を放したところで、腕を緩めてやる。そのついでに、ちょんと押 してやるだけで、酸欠のために意識を失いかけていた御者は地面に転がり落ち ていった。 その間も男は無駄なく振る舞う。御者の手を離れた手綱を、宙で掴み取ると 同時に、さっきまで御者が座っていた場所に腰を落ち着けた。 巧みな手綱さばき。馬は徐々に速度を落としていく。そして、辺りに人気の ない、街道のちょうど曲がり角で止まった。道を横に少し行けば、川が流れて いる。 「惜しい」 初めて男は口を利いた。元は甘い声なのがささくれだったような、微妙な声 質が感じられた。 男は再び手綱を操り、馬を馬車ごと道から外れさせた。 それから悠然とした態度で、荷台に回ると、刀を使って、覆いを切り裂いた。 「護衛はなし」 確認するかのようにつぶやくと、中に乗り込む黒装束の男。手慣れた雰囲気 をまとっている。 積荷は少なかった。食糧の他は、いくらかの薬と煙草があるぐらいだ。ある だけの食糧を運ぶ途中だったらしい。現在、敵国ウィンネルに攻め込まれ、そ の領土面積を日に日に狭めているルズウェル領内。当然ながら物不足が起こっ ており、殊に食糧は圧倒的に不足している。 黒装束の男は、自分が一日に食べる分だけの食糧、薬の瓶を四つ、そして煙 草を一掴み、取った。あとは、樽やら袋やらの表面に目を凝らしている。この 荷がどこに行く手はずになっていたかを調べているのだろう。−−何のために? 「ヌルデ=オルテガ」 乏しい明かりにも関わらず、たやすく宛名を読み上げる男。 「ふん、やっぱり貴族か」 男は忌々しげに吐き捨てた。それから積荷の運び先をじっと見つめる。 「よし」 男は荷台から降りると、馬の方へと走った。意外にも、馬はいななきもせず、 ずっとおとなしくしていた。穏やかな目をした赤毛のその馬は、昔は精悍だっ たかもしれない。だが、食糧不足の今だからか、やせ細っている。 「今度の標的は遠いからな。おまえの足を借りるぞ」 男は馬を馬車から自由にしてやると、その背に勢いをつけて飛び乗った。こ れにはおとなしかった馬も鳴き声を上げ、その場で激しく身震いをした。 男は馬をなだめながら、 「俺の名はセナ。セナ、だ。よく覚えろ。しばらく、おまえの主人はセナだ」 と、それまでよりも大きな声を出した。馬を服従させるための方法の一つな のかもしれない。 馬はやがて、黒装束の男−−セナの言葉に従うようになった。 セナは満足げな笑みを浮かべてから、川べりまで行き、馬に水を飲ませた。 川の水は濁っていたが、馬は平気のようである。 これからの働きを期待するかのように、馬のうなじをなでるセナ。 「ようし、よし。さあ、今夜中に頼むぜ」 ヌルデ=オルテガは、周囲のやかましさに目を覚ました。 身を起こし、ぎしぎし音を立てて寝台から抜け出すと、窓に額を寄せた。 しかし、南向きの窓からでは、何が起こっているのかさっぱりつかめなかっ た。すぐ、東と西の窓からも様子をうかがってみたが、別荘−−本邸を焼失し た今となってはここが本邸−−の北側が何やら薄ぼんやりと明るいのが分かっ ただけで終わる。あいにくと、北向きの窓はこの部屋にはない。 オルテガは不安に駆られ、部屋を飛び出した。扉を引いたその途端に、木か 何かの焦げる匂いが鼻をつく。 「火事か!」 やっと察した家主は、あらん限りの声量で張り上げる。 「消せ! 早く消すんだ! ここをやられてはいかんのだ!」 廊下の窓の外を、何人かの使用人達が走り回っていた。無論、とうに火事に 気づいて、消火に当たっているのだろう。 が、それではおかしいと、オルテガは思った。何故、自分を起こしに来ない のかと。もしも延焼すれば、主人たる自分が死んでしまうではないか。邸内を よくよく見回せば、妻と娘の二人が入っている部屋も、しんとしている。 もう一度、オルテガは廊下の窓から外を眺めやった。 そして見た。使用人の一人が、刺し殺される場面を。 「お……おおおおおっ」 火事だけでも浮き足立っていたオルテガは、殺戮行為を目撃して、いよいよ 混乱の度合いに拍車をかけた。 「おおお、起きよ!」 それでも少しは冷静さが残っており、とにかく、妻と娘を起こそうと試みる。 部屋の戸を破りそうな勢いで、力任せに叩き続ける。 それでも起き出してくる様子がないので、オルテガは取っ手を壊さんばかり に、強くひねった。施錠してあると思ったのだ。ところが。 「開いている?」 鍵はかかっていなかった。意外に感じつつも、室内に転がり込むオルテガ。 明かりを灯すのは危険だと判断して、彼はまず、妻の枕元へ手を伸ばした。 「起きるんだ!」 手の先が触れない内に、そう叫んだオルテガだったが、その叫びに二度目は なかった。彼の右手の指は、思いも寄らぬ冷たさを感じていた。 「ぬ、濡れている」 ついで鼻をひくつかせる。いい加減まひしかけのオルテガの鼻も、部屋に充 満する匂いが血によるものだとは、すぐに分かった。 「ま、まさか?」 やっと闇に慣れてきた目を凝らし、妻の人影をかき抱こうとするオルテガ。 ところが、妻の首から上はがくんと崩れてしまった。 「死、死んでいる」 オルテガは十六になる娘に目をやった。こちらの毛布も、すでに何かで濡れ ているのが分かった。 もはやオルテガに、妻や娘のことを考える余裕はなくなっていた。 彼を支配したのは、この部屋にまだ殺戮者が潜んでいる可能性、その恐怖だ った。 「ひひ」 調子外れの奇妙な声を漏らして、オルテガは後ずさりで部屋を出ようとした。 が、彼の背中は廊下に出る寸前で、何かにぶつかった。 びくりとしながらも、振り向くオルテガ。 「ようやく気づいたか」 若い男が立っていた。暗くて顔は判然としないが、声の質は若い。 「だ、だ、だ、だ、誰だ?」 心臓の鼓動が早くなるのを意識しながら、必死に声を絞り出すオルテガ。 「聞いてどうする?」 男はあざけるように言った。 「た、助けてくれ。ここにある物なら、な、何でもやる」 「それは、おまえの生き死にとは関係ない」 「な何だと?」 若い男はオルテガの反問を無視して、身軽にオルテガに組み付いてきた。オ ルテガは全力でもがいたが、身体は全く動かない。自由を奪われたことにより、 恐怖が増す。 「欲しい物は、俺の意志でもらって行く。まず、聞かせてもらおうか。おまえ はどうしてこんなに贅沢ができる?」 「贅沢……?」 オルテガは賊の言葉を繰り返した。平和なときの豪勢な暮らしに慣れきった オルテガに、今の暮らしが贅沢だという認識は微塵もない。戦争のおかげでひ どい目に遭っているというぐらいの感覚しかない。 「国が戦争をやってるんだ。ちゃんと食って、ちゃんと眠れるだけで充分だろ うが? 荷物を見たぜ。酒やら煙草やら、いらない物もあったよな?」 「あ、ああ、あれは、その、金があるから、食糧を買おうとしたが、そ、その 食糧が足りないから、仕方なしに」 「ほう。で、その金は、どこから来てるんだろう?」 剣の先を、ぴたりと喉に当ててきた。 「わ、私は貴族だから……元々あったとしか……」 「違うだろ? いくら貴族でも、戦争が始まるとなれば、国にいくらか出すも んだ。それでも儲かる仕組みってのがあるはずだ」 「……分かった。薬だ。薬を扱っておる。安く輸入した薬−−ラウという薬を 売りさばいている。そう、倍ぐらいの値で。わ、私だけじゃあないぞ、こうい うことをやっているのは。他の貴族だってやっている」 必死に弁明するオルテガ。 「なるほどな。それさえ聞けたら、もういい。−−さっき、欲しい物は何でも やると言ったな?」 「あ、ああ、そうだ。その通りだ。何が望みだ? 利権の分け前が欲しいなら、 それでもいい。六割、いや七割をあんたの取り分にしてもいい」 「そんな物、いらねえよ。今、何より欲しいのは」 賊は言葉を区切った。 息を飲むオルテガ。一体、何を要求されるのだろうか。他に何か欲しがるよ うな物があるか、分からなかったが、それに応じることができれば、自分は助 かるかもしれない。そんな一縷の望みを抱きつつ。 が、次の瞬間、自分の望みが空しいものだとオルテガは知った。激しい痛み と共に。 「おまえの命だ」 若い男は、オルテガの喉元に当てていた刃を、一気に引いた。 オルテガの意識は、赤い海に飲まれていった。 −−続く
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