長編 #3247の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
美弥子の家には、八時三十分ちょうどに着いた。 「わぁ、素敵に仕上がってる」 包みを開けて、感激したようにしげしげとブローチを眺める美弥子。 「気に入ってもらえたかしら?」 「ええ、文句なし。寸分違わぬ、イメージ通りね。ありがとう、桐佳」 「どういたしまして。またのご利用、お待ちしております、ってとこよ」 冗談めかした口調に、ひとしきり笑いが起こる。 品物を渡して、はい、おしまいとはならなかった。美弥子に引き留められた ため、桐佳は長尻を決めた。 二人ともアルコールは強くないので、ジュースをやりながら始まった。まず は高校の思い出話、次に卒業後から現在までの『道のり』の報告、そして男性 観と話題は移った。 「桐佳こそ、いい人、いるの?」 彼氏のあるなしを尋ねられ、いないと答えた美弥子が、同じ質問を桐佳に返 した。 「いないわよ。あなたみたいな、『真珠の王子様』さえいないんだから」 「何よ、その王子様って」 「『ゆうき』君のことよ」 「あはは、なるほど。うん、あの子なら、もういっぺん、会ってみたいわねえ。 かっこよくなってるかも」 「いいわね、美弥子は。思い出でも、そういう風に想える相手がいて。私なん か、ろくなのが寄ってこない。この間だって」 投げ出すように、桐佳は亜藤冬樹のことを話した。 聞き終わって、美弥子が表情を変えた。 「じゃあ、その人を今、放ったらかしな訳?」 「だって気味悪いじゃない。強引だし」 「そういうもんじゃないでしょう」 唇を尖らせる美弥子。 「強引ってことは、それだけあなたが好きな証拠よ」 「そうかしら」 「そうだってば。いい人いないんだし、会うだけでも会えばいいのに」 「でもねえ」 「もしかして、すっごい、不細工とか?」 「そんなことないわ。大人しそうだけど、優しい人なのは確かだと思う」 自分に惚れる男は変な奴だと思われては困る。そういう意識が働いて、桐佳 は強弁した。 「だったら、いいじゃない。よし、今から会いに行こう!」 とんでもないことを言い出す美弥子。 「ちょ、ちょっと。何を」 「私もその人、見てみたくなっちゃった」 「待ってるはずないって。今から行けば、九時半にはなる。三時間も辛抱でき る訳ないわよ」 「桐佳って、薄情ねえ」 「な、何でよ」 美弥子にじっと見据えられ、一瞬、たじろいだ桐佳。 美弥子は唇の端で笑って、理由を答える。 「男が待っているかもしれないんだよ。それを放ったらかしになんかして。せ めて、ちゃんとお断りすのが礼儀ってもんよ、うん」 「……」 言われてみると、気になってきた。同時に、亜藤の人の良さそうな顔が脳裏 に浮かぶ。 「そこまで言われたら、何もしない訳に行かないじゃない」 お手上げのポーズをしながら、桐佳は立ち上がった。美弥子も嬉々として続 いた。その左胸には、手にしたばかりのブローチが着けられていた。 「どう? いる?」 喫茶『カイネ』の玄関をくぐったところで、ウェイトレスの案内を断り、中 を見回す。時刻は九時四十分になっていた。 「あ……いた」 桐佳は、目に映った光景が信じられなかった。窓際、奥の席に、一人で亜藤 が座っていた。テーブルにはコーヒーカップの他、空になった皿が一枚、並ん でいた。 「どこよ?」 「左手の奥よ。窓際の席」 「ああ、あの人。なかなかよそうな人じゃない」 そう感想を言ってから、美弥子は何故か、首を傾げた。 「どうしたの?」 「え? ああ、うん。あの人、どこかで見たことあるような気がしたから……。 きっと、思い過ごしね。それより、早く行きましょうよ」 「言っておくけど、断るんだからねっ」 念押しする桐佳。その背中を後ろから押しながら、美弥子は「分かってるっ て」と、楽しそうにしていた。 テーブルの近づいたところで、窓の外を見ていた亜藤も、桐佳達に気がつい た。慌てた様子で立ち上がった。 「ど、どうも! 来てくれたんですね」 「悪いんですが、私、お断りに来たんです」 ここが肝心だと、桐佳はわざと冷たい口調で始めた。 「会った日にいきなり、あんな形で誘うのも非常識だと思いますし、今夜のこ とにしても、強引すぎます」 言いながら、桐佳は気づいた。亜藤の視線が、自分を捉えていないことを。 「亜藤さん?」 呼びかけてみたが、反応はない。桐佳は彼の視線の先を追った。 (え……美弥子を見ている? 美弥子の胸元辺り……) 最初、訳が分からず、意外に感じるだけの桐佳だったが、徐々に腹が立って きた。 (何よ、この男は! 単に、惚れっぽいだけじゃないの?) 怒りのあまり、思わず、桐佳は相手を怒鳴りつけた。 「亜藤さん!」 「は、はい」 我に返ったという風に、視線を桐佳に合わせる亜藤。 「あなたね、人を呼び出しておいて、その態度はないんじゃないですか? そ りゃあ、私も待たせましたけれど、嫌がらせにしたって、ひどすぎませんか?」 「ち、違いますっ」 亜藤は狼狽を露にした。 「どう違うの?」 「あ、あの……その前に、一つだけ、聞いていいでしょうか?」 小さな声で、亜藤が言った。桐佳は美弥子と顔を見合わせてから、何も言わ ずにうなずいた。 「そ、そちらの方が胸に着けてらっしゃるブローチですが、それはどなたの持 ち物ですか?」 「これ? これは私のですけど」 不思議そうに、また首を傾げる美弥子。 「どうかしましたか?」 「い、いえ。ああっと、珍しい形の真珠ですが、どちらから手に入れたのか、 聞かせてもらえますか?」 「これは、私が子供の頃、もらった物で……」 美弥子の返答に、亜藤の顔が明るくなった。 「じゃ、じゃあ、もしかすると、そ、その、失礼を承知で聞きますが、あなた はそのとき、洪水で家を流されて……」 「−−何故、それを?」 目を見開く美弥子。 桐佳も、思考の混乱を覚えつつ、どうにか理解しようと努めた。 「僕です」 亜藤は居住まいを正した。 「あなたに真珠を渡したのは、僕です」 四人掛けの席に移り、改めて話を聞くことになった。 「どういうことだか、説明してもらいましょうか」 何となく話は見えていたが、桐佳は敢えて亜藤に尋ねた。 「何から話せばいいのか……。とりあえず、友浦さんにはご迷惑をおかけして、 すみません。本当に失礼なことをしましたが、許してください」 深く頭を下げられ、桐佳も恐縮した。 「謝ってくだされば、それでいいですわ。それよりも、どうしてこうなったの か、訳を聞きたいんです」 「……僕はずっと、真珠を渡した女の子を捜していました」 亜藤は美弥子へ、ちらっと視線を向けた。恥ずかしげに下を向く美弥子。 「真珠をあげたのは、その子が何もかもなくして悲しんでいるのを見たくなか ったというのもあります。でも、それ以上に、何ていうか……好きになってい ました」 きっぱりと言い切る亜藤。照れている様子は微塵もない。 桐佳は、左隣の美弥子の顔を、そっとうかがった。まだうつむいたまま、顔 を耳まで赤くしていた。 「私も美弥子−−徳野さんからその話、聞いています。それで気になっていた んですけど、子供の亜藤さんが、真珠を買えるなんて、とても思えなくて……」 「母のをこっそり、持ち出したんです」 頭に手をやる亜藤。苦笑いをしている。 「イヤリングの片方でした。その頃の僕は、イヤリングが二つで一組だなんて 知らなくて、片方だけ持って行こうとしたら……取れたんです、真珠だけがぽ ろっと。焦りましたけど、これだけの方がきれいでいいやって思い直して、あ の形のまま渡したんです。 当然、あとでばれて、どうしたんだって叱られましたけど。なくしたと言っ て、ごまかし通しました」 「た、高い物だったんじゃあ」 美弥子が初めて口を開いた。 「さ、さあ。僕にはよく分からなくて。帰省先に持って帰るぐらいだから、た いした物じゃないと思ってたんですが……高いんですか?」 あっけらかんとした様子に、桐佳は内心、呆れてしまった。 (お、男って奴は〜) 「それで? 私を最初、真珠をあげた相手だと勘違いしたんですね」 「その通りです。あなたが落としたスケッチに、あの真珠の絵がありましたか ら……。こんな形の真珠なんて、滅多になでしょうから。ああ、これは凄い偶 然が起こったんだって、舞い上がってしまって。本当に、すみませんでした」 「あれは、私が描いたデザイン画なんですよ。私、ジュエリーショップに勤め てまして、徳野さんからこの真珠を指輪にできないかって、相談されたんです。 それで色々とデザインしてみたのが、あの絵」 細かいところは面倒なので、端折って話す桐佳。 「あの、いいですか?」 美弥子が再び口を開いた。 「亜藤さん、あのとき、『ゆうき』って名乗りませんでした? 私、しばらく 捜したんですよ」 「ああ、そう言えば……。子供の頃、自分のことを『ゆうき』って呼ばせてい たんです」 「何故? 全然、名前と違いますけど」 横合いから尋ねる桐佳。 「ですから、冬樹の『ふ』を取って、残りの『ゆき』を伸ばしたんです。『ゆ うき』って」 「そうだったんですか……」 大きく息をつく美弥子。端から見ても、まだ夢見心地でいるのが、手に取る ように分かった。 「美弥子、あなたの気持ちはどうなの?」 そろそろ潮時だと判断して、桐佳は親友を促した。 「え?」 いつもの強引さはどこへやら、美弥子は困ったように目を泳がせている。 「『真珠の王子様』、待っていたんでしょ? 向こうから現れてくれたんだか ら、しっかり返事しなさいな」 美弥子の肩を軽く叩いて、桐佳は立ち上がった。 「き、桐佳。帰っちゃうの?」 「いたら、邪魔でしょう? 頑張ってね。−−亜藤さん」 「はい、何でしょうか」 「あなたの最初の印象はよかったから、信じることにします。美弥子を大事に してあげてくださいね」 「は、はい」 子供っぽい返事に、桐佳はくすっと笑って、振り返った。 「うまく行くよう、お祈りしてあげる」 『カイネ』を出ると、桐佳は大きく伸びをした。 喫茶店の窓に沿った道を行くと、最後の窓から、二人の様子が垣間見えた。 まだ恥ずかしそうにしてはいるが、会話は弾んでいるらしかった。 (お幸せに、だね) 喫茶の前を完全に通り過ぎてから、もう一度、伸びをする。 (それに比べて、私って、ピエロだなあ。一目惚れされたと思い込んでいたな んて、馬鹿みたいに恥ずかしいし。あーあ、まだ当分、縁はなさそう) 心の中で愚痴る桐佳。確かに損な役回りだったが、不思議と桐佳の気持ちは 晴れ晴れとしていた。 「よしっ!」 一つ、声に出してみた。 (今は夢を叶えることに全力よ。夢−−宝飾関係のデザイナーになれたら、磨 きがかかって、いい男も向こうから寄ってくる! ……かもねっ) −−終わり
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