長編 #3245の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
電話がかかってきたのは、金曜日の八時を回った頃だった。 「はい、友浦ですが」 「−−よかった。桐佳でしょ、その声」 脈絡もなく、電話の向こうの女性は、桐佳に対してなれなれしい口を利いて きた。 「あのう、どちら様でしょうか?」 むっとしたのを隠して、桐佳は丁寧に聞き返した。お客と直に接する仕事に 携わっているせいかもしれない。 「あれ、分からない? そんなに私の声、変わったかしら。徳野よ。徳野美弥 子」 「美弥子?」 高校のときの友達だと、その名前にはすぐに思い当たる桐佳。 「ほんとに美弥子? 全然、違う人の声に聞こえる」 まだ信じられない思いで、重ねて聞き返す。 「本当に私よ。何だったら、桐佳の失敗談の一つでも、お話ししましょうか?」 愉快そうに笑う声に、桐佳の記憶もようやく鮮明になってきた。 「久しぶりね。年賀状ぐらいしか、やり取りなかったけど、どうしてまた急に、 電話なんか」 「桐佳、ジュエリーショップに勤めてるのよね? 今も?」 大学を出て、今の仕事に就いたことは、葉書で知らせておいた。 「そうだけど」 「注文に応じて、指輪なんかも造ってもらえるのかしら?」 「オーダーってこと?」 「と言うか、リフォーム? 私が持っている石を、指輪にしてもらおうって思 って」 「それって、ちょうどよかった。私、この春からリフォームコーナーに回され たの。もちろん、私がリフォームする訳じゃないけど、お客様の受け付けとか」 「本当?」 美弥子の声が弾む。 「じゃあ、行ってみていいかしら?」 「どうぞ、大歓迎。少しぐらいなら、アドバイスできると思うし」 「頼りにさせてもらおっと。お店、日曜日は?」 「開いてる。休みの日に買いに来る方、大勢いるもの」 「だったら明後日、お昼の、うんと、二時ぐらいに」 「分かったわ」 「それじゃあね、忙しいから、これで切るよ」 「あ、待って−−」 桐佳が呼び止めようとしたときには、すでに電話は切れていた。 (もう。どんな石を使うのかぐらい、聞いておきたかったのに) 恨めしそうにピンク色の送受器を見つめ、元の位置に返す桐佳。 (でも、声はちょっと違ってたけど、やっぱり変わってなかったなあ、美弥子。 自分の都合だけで、どんどん話を進めるとこなんか) 高校のときを思い出して、一人、笑ってしまう桐佳だった。 日曜は、午後から陽気を取り戻していた。ここ数日、寒さがぶり返していた が、これでおしまいだろう。 「いらっしゃいませ」 店の入り口、自動ドアが開く音に、顔を上げて挨拶する。 と、桐佳は、懐かしい顔を見つけた。その女性は淡いブルーのスーツ姿で、 肩からは白の小ぶりなセカンドバッグを提げていた。手には午前中の寒さ対策 の名残だろう、コートを引っかけている。 相手の方は桐佳をまだ見つけられず、どちらに足を運べばよいのか戸惑って いる様子。桐佳は、自分から声をかけることにした。 「美弥子、美弥子」 二度、呼んだところで、徳野美弥子も気がついた。やや緊張したような足取 りで、ゆっくりと桐佳のいる方へ来る。 「友浦さんのお知り合い?」 桐佳の横から、彼女の先輩が聞いてきた。 「ええ、村越さん。一昨日、電話をもらって」 「じゃ、あなたに任せていいのね? しっかりね」 「はい」 村越早苗にうなずき返したところで、ちょうど美弥子がカウンターの向こう に到着。見ると、相手の額には汗の小さな玉が浮いている。 「ど、どうしたの? そんなに汗っかきだった、美弥子? 確かに、お昼から 暖かくなっているけど……」 「それもあるけど、こういうお店、初めてだから……」 美弥子は肩越しに店内を、小さく見渡した。ふんだんに採光を施した造り故、 店内のありとあらゆる宝石達は、自然の光を浴びて輝いている。ケースに閉じ 込めておくのが惜しいぐらいに。そんな感じ。 「想像していたより、ずっと立派。素敵な仕事場ね」 「ありがと。美弥子は今、何をしているの?」 「一応、出版になってるけど、正確には、学習教材関係ね」 美弥子は会社の名前を口にした。教育関係では、よく通っている企業である。 「楽しいことは楽しいけど、偏差値廃止とかで、ちょっと方針が変わって、ま だがたがたしているとこ」 「何か、大変そうね」 「それより、仕事、しなくていいの、桐佳?」 意地悪げな言い方に、思わず桐佳は、先輩の方を振り返った。幸い、こちら を特段に注意しているようでもなかった。 「そ、それじゃ、話を聞かせて」 動揺を押さえながら、友人を促す桐佳。 「話は一昨日、した通りで……とりあえず、これを見て」 バッグの口を開けると、彼女は焦げ茶色の袋を取り出した。大きさは、病院 でもらう粉薬を包んでいる紙ぐらいか。口にはチャックがあって、今は閉じら れている。 美弥子はそのチャックを開け、人差し指と親指とで、大事そうに中の物をつ まみ出した。 「これなんだけど」 美弥子が自分の手の平に置いたのは、白い粒だった。どことなく金平糖を思 わせる形。大きさは、直径八ミリから十ミリ程度か。 「これ……真珠?」 粒に目を近づけた桐佳は、ついで上目遣いに美弥子を見た。 桐佳が置いた赤茶色の布の上に、その粒は移された。 「それが分からないのよ。光沢なんかはそうみたいだけど、こんな形の真珠っ て、ある?」 粒の形状は星。と言っても、角が四つの星だ。トランプのダイヤのマークに 近い。その一辺一辺は、正確な直線ではなく、丸味を帯びている。 「例え本物だとしても、こんな変な形の真珠、たいした値でもないでしょうか ら、恥ずかしいんだけど」 「ううん、そんなことないわよ。日本だと真円の真珠、つまり丸い球の物が人 気あって、こういうのは敬遠されるけどね。バロック真珠って、聞いたことな い? 水の滴みたいな形とか、三角とか、色んなのがあって、ヨーロッパでは 昔から人気あるの」 桐佳の説明に、美弥子は、安心したような不思議に感じたような、妙な表情 を浮かべた。 「そうなの? ……だけど、本物かしら、これ?」 「私の目には、本物に見えるけど。どういういわれの物なのよ。美弥子が自分 で買ったんじゃないみたいね」 「ええ、ちょっとしたプレゼントにね。ねえ、正式に調べてもらえる?」 「本物かどうかを? できるけど、それだけで鑑別料をいただくことになるか もしれないわよ」 「いいの。やっとアクセサリーの一つも注文できるほどには貯金できたからこ そ、こうして来たんだもの」 「うーんと、真珠かどうか分かればいい訳で、鑑別証はいらないのよね」 「そうだけど」 「分かった。何とかただでできるわ。じゃあ、預り証を書かなくちゃ」 「預り証?」 怪訝な顔になる美弥子。 「大げさねえ。すぐに済むんでしょう?」 「そうじゃなくてね。お店とお客様とで、あとでもめないための手段なの。極 端な例だけど、もしもよ、ダイヤを鑑定に出して、返ってきたのがただのガラ ス玉だったら、大ごとになるでしょうが」 「そりゃそうでしょうけど−−」 「それに、逆にね、悪いお客がいて、最初から偽物の宝石と知って鑑別に出す の。そして返された宝石が、自分の物とは違う、すり替えられたって騒いで、 お金をふんだくろうとする人もいるのよ」 「ふうん、大変なのねえ、ジュエリーショップも。いいわ。お互い、信用して ない訳じゃないけど、そういう決まりなら」 預り証の記入が終わって、白い粒を預かる。 「しばらくお待ちください」 桐佳は美弥子の前から下がると、奥の工房に入り、初老の男性に声をかけた。 宝飾の細工を手がける職人さんだ。 「細川さん。今、よろしいでしょうか?」 「何だい、友浦さん」 桐佳は側に寄って、預かった品を細川に見せた。 「鑑別するまでもないと思うんですけど、これ、真珠でしょうか?」 「どれ」 細川はレンズを取り出し、目に当てた。そして手の平に載せた白い物を一瞥 するなり、 「本真珠だよ。天然物。間違いない」 と断言した。 「しかし、珍しい形だねえ。あこや貝に星形をした何かの粒が、核として入っ たんだなあ。奇跡的だ。粒も大きいし、かなりいい値段、行ってるだろうね。 裸のまま、国内じゃあ、難しいだろうけど」 「そうですか」 礼を述べて、桐佳はリフォームコーナーのカウンターに戻った。 「どうだった? やっぱり、偽物でしょ?」 「違うってば。本物。天然の真珠よ」 つい、お客ではなく、友達に接する口調になる桐佳。実際、友達なのだから、 仕方がないことかもしれないが。 「そうなの……。困ったな」 右頬に片手を当て、美弥子は首を傾げた。視線もうつ向きがちで、本当に悩 んでいるようだ。 「美弥子、何か隠しているんじゃないの?」 この真珠、盗んだとか拾ったとか……とは、さすがに続けられなかった。い くら親しくしていても、現時点では店と客の関係なのだから。 「……ねえ、桐佳。この真珠、いくらぐらいするものかしら」 「そうねえ、真円じゃないのはあまり扱ったことがないから、自信ないの。真 円なら、直径が十ミリもあれば、五万から十万円。物にもよるけどね」 「それって、一粒で?」 「そうよ」 答えながら、美弥子って本当に宝石には関心が薄いなと思う桐佳。 (これぐらい、女だったら、知っていてもいいと思うけど……) 「それじゃあ、とても小学生に買える物じゃない」 「小学生?」 美弥子のつぶやきを聞きとがめた桐佳は、すぐに聞き返した。 「あなた、さっき、プレゼントされたって言ってなかった? 私、てっきり、 いい人ができて、その男性から贈られたのかと思ってたけど」 「やあね、そういう人だったら、こんなむき出しのまま、贈るはずないでしょ うが」 美弥子の反論に、桐佳も素直にうなずけた。 「じゃ、じゃあ、本当に小学生からもらった……?」 「うん。あ、でも、最近のことじゃなくて、私も小学生だった頃の話」 「長くなりそうね。時間は大丈夫?」 「あ。ん、ええ、大丈夫よ」 左手首を返して、腕時計を見た美弥子は、こくりとうなずいた。 「それなら、奥にちょっとした部屋があるから、そちらで話さない? ずっと カウンターを占領していたら、迷惑になるかもしれないから」 村越先輩に断って、桐佳は美弥子を、奥の部屋に案内した。白壁の、四畳半 程度の洋室で、ガラスのテーブルを挟む形で、レザー張りの椅子二つずつが並 んでいる。 二人は向かい合わせに座った。 「カメラがあるのね」 天井の片隅にある監視カメラが、美弥子は気になるらしかった。 「我慢して。元々、大きな品物を扱うときに使うのが、この部屋の主な目的な のよ。そういうときに、店員とお客が組んで、不正を働かないように見張りが 必要ってこと」 「別にいいけど。それより、私の話ね」 コートを隣の椅子に置いて、話し始める美弥子。 「桐佳と会ったのは、高校一年が最初だったから、知らないでしょうけど、私 が昔住んでた家ね、なくなっちゃったのよ」 −−続く
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