長編 #3209の修正
★タイトルと名前
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12 その日、ネイガーベンでは様々な人間が、いろいろな戦いに身を投じるか、巻き 込まれることになった。この街の流通と情報を制御する都市評議会委員の建物の中 で繰り広げられようとしていたのは、武器や魔法を使わない戦いだった。 評議会委員の一人、穀物商人のザルパニエがやや遅れて議事場に入っていったと き、すでに他の委員は全員が揃っていた。議事場とはいっても、ナコリグ会館の一 室に机と椅子を運び込んだだけである。都市評議会の基礎を築いた大商人の名をつ けられた商工会館は、余分な装飾を欠き、建物自体それほど大きくはない。 「遅れてすまん」ザルパニエは言いながら空いている席に座った。そこはたまた ま、ミリュドフの隣の席だった。ミリュドフは親しい友人に頷いて挨拶したが、い つもなら叩かれるはずの軽口は影をひそめていた。 「では始めるとしよう」 今日の議長当番にあたっているヒューポーが口を開いた。ザルパニエと同年代の 小柄な男である。わずかにキツネ族の血が入っているという噂のとおり、細めた両 目がつり上がっている。 「今日の議題は、みなも承知している通り、目下ネイガーベンを襲っている魔法 の力への対応である。事件の経過はすでに知らせてある通りだ。今、この瞬間にも 市街の一部では消火活動が続けられている。幸い、火の手はもうすぐ鎮まるだろう とのことだ。死傷者は数名だ」 16人の委員たちの間から、かすかに安堵のざわめきが起こった。 「魔法によって市街の一部を破壊炎上させた魔女は、報告によればいまだ捕らえ られてはいない。我々はこの件について話し合わなければならないが、その前に、 委員の一人に問い質さねばならないことがある」 不審のざわめきともに、委員達は視線を交わしあった。たいてい、評議会での議 題は事前に通告されているのだが、この件に関しては誰もが初耳であった。 「ミリュドフ委員」ヒューポーは厳しい声で言った。「あなたは都市評議会委員 の中では最年少だが、よくその職務を果たしネイガーベンの発展に貢献してきた。 その点は我々全員のみならず、ネイガーベン市民が等しく認めるところだと思う」 ザルパニエ他の委員たちは、ミリュドフを注視した。ミリュドフは無表情のまま ヒューポーの言葉に頷いた。 「だが、先ほど私の元に、いささか驚くべき報告が届いた」ヒューポーは続けた。 「ミリュドフ委員。あなたは独断で2つの命令を発した。1つは、魔法監視官に対 してであり、破壊活動の犯人を評議会に引き渡すようにとのことだ。ミリュドフ委 員。あなたは、この命令を発したことを認めるかね?」 「認めます」ミリュドフが答えると、他の委員の間にざわめきが広がった。 「もう1つは、自由魔法使いパウレンとその連れに対して準永住市民権を与え、 その身柄を保護すべく評議会直接指揮下にある部隊に出動命令を出したことだ。あ なたはこの命令を発したことも認めるかね?」 「認めます」ミリュドフは落ち着いて答えた。 「よろしい。言うまでもないが、市民権の交付、部隊への出動命令は、評議会で 討議され、委員全員の承認を得ることになっている。よもや、それを忘れたとは言 うまいな?」 「忘れた、と言いたいところですけどね」ミリュドフは唇を少し上げた。「まあ 覚えていましたよ」 「では、相応の理由があってのことだろうな、ミリュドフ委員」 「もちろんですとも」 「説明してもらえるかね」 「ネイガーベンの利益を考えたからこそ、私はその2つの命令を発したのです」 ミリュドフは全員を見回しながら、よく通る声で言った。「昨夜、マシャが1つの 通告を黒いウマによって送りつけてきたことは、ここにいる全員が知っていること でしょうね?」 「公式には、まだ知らないことになっているのだが」ヒューポーは渋い顔をした。 「まあよかろう。ここで建前を言っても仕方がない。マシャの通告がどうかしたの かね?」 「私の得た情報が間違っていなければ」ミリュドフは、ちらりとザルパニエに笑 みを送った。「マシャは黒髪の魔法使いを捜索している。その魔法使いは、ガーデ ィアックの村の住人が、一夜にして全員殺害された事件の犯人と目されている。そ の逃亡を、自由魔法使いパウレンが手助けしている。こういう内容でしたね」 「その通り」ヒューポーは頷いた。「それで?」 「いい機会ではないかしら?」ミリュドフの顔に魅力的な笑みが輝いた。「長年 非公式に囁かれてきたことを、この際、公式にしては」 評議会委員には、愚か者や血の巡りの悪い者は一人もいなかったが、ミリュドフ の言葉の意味を全員が理解するまでには少し時間がかかった。 「まさか、ミリュドフ」委員の一人、ザナードイルが最初に口を開いた。「君は あのマシャに、魔法使い協会に公然と敵対しろと言いたいのか?」 「敵対しようとは言っていませんよ、ザナードイル。無条件の協力はやめてはど うか、と言っているのです」 「同じことではないか」リーカーレという委員が反論した。「マシャを敵に回す ということは、アンストゥル・セヴァルティ全体を敵に回すということだ。確かに それが可能なのは、ネイガーベンしかないかもしれないが、しかしまだ今は早すぎ る」 ミリュドフはリーカーレを見た。彼はミリュドフについで若い委員で、8年前に ネイガーベンに現れて、あっと言う間に莫大な富を築き上げた交易商人である。 「では、いつならよいのです?」 「いつって……」リーカーレは口ごもった。 ミリュドフは立ち上がった。彼女は大抵の委員より背が低かったが、その顔に浮 かんだ決意は、その場の全員を圧倒するような威力があった。 「想い出してもらいたいのだけど」ミリュドフは全員をゆっくりと見回した。「 そもそも、700年前にはマシャなど存在していなかった。それどころか、魔法そ のものが迫害されていたのですよ」 「それがどうしたのだね」ムサロという委員が苛立たしそうに訊いた。「確かに そうだが、今はマシャも魔法も我々と密接に結びついているではないか」 「ネイガーベン都市評議会が結成された目的をご存じでしょう、ムサロ?」 「もちろんだ。小さな村落に過ぎなかったネイガーベンは、クーベス大陸の中心 にあることから、大陸中の商人が集まる商業の街として発展した。やがて、ある程 度の秩序を守り、誰もが公平に商売ができるように、一定の規則を作る必要がでて きた。それがために評議会は結成された」 「そのとおり。ネイガーベンがここまで発展したのは、まさに誰でも公平な商売 ができる場所である、という点によりますね。それを脅かす最大の要因は何だと思 います?」 「言うまでもなく魔法だ」ヒューポーが言った。「君は一体何をいいたいのだね」 「簡単なことです。マシャの力が弱体化すれば、相対的にネイガーベンの力が強 化される、ということを指摘したいだけです。そして、場合によっては、魔法すら ネイガーベンが流通させる一商品として、支配下に置くことも不可能ではないでし ょう」 今度の沈黙は短い驚愕のそれだった。最初に声を上げたのは、リーカーレだった。 「気でも狂ったのか、ミリュドフ!君の言っていることは、マシャに対する協力 を消極的にしようというようなものではない。マシャを支配しようと言っているの と同じではないか!」 「そう聞こえましたか?」 「それ以外にどう解釈しろと言うのだ」 「私は狂ってなどいませんよ、リーカ」むしろ優しい声でミリュドフは答えた。 「アンストゥル・セヴァルティの人々は、何百年も魔法使い協会の不当な支配に苦 しんできました。そろそろ解放されてもいいころですよ」 「やはり、気が狂ったとしか思えないな、ミリュドフ」ザナードイルが穏やかな 口調で発言した。「我々は、少数の自警団を別として、武力も魔法も持っていない。 傭兵や自由魔法使いを集めるとしても、戦う相手がマシャだと知れば、どんなに給 料を高くしても逃げ出してしまうだろう」 「今すぐにマシャとの全面戦争に突入することなど提案していません」ミリュド フは静かに応じた。「準備には何年もかけて、一撃でマシャの支配を覆さねばなり ません。しかし、私が今、提案したいのはたった一つです」 「それは何かね?」ザルパニエが初めて口を開いた。 「例の魔法使いの身柄をネイガーベンで確保することです。マシャが捕らえる前 に」 「マシャが捜索を要求してきた、黒髪の魔女のことかね?」 「そうです。彼女は例のガーディアック事件に深い関わりがあるというだけでは ありません。今日、議題に昇ろうとしていた、市街を炎上させた魔法使いその人で あろうと思われるのです」 ミリュドフとて、委員達以上に詳しい事情に通じているわけではなかった。だが、 秘かに市街に放ってある密偵の報告によって、魔法の炎で市街を破壊したのが、黒 髪の魔女であることは知っていた。その事実と、マシャが捜索している黒髪の魔女 とを結びつけることは困難でも何でもない。それに、たとえそうでなくても、ミリ ュドフは少しも構わなかった。その魔女を助けることが、パウレンを助けることに つながるのは確実だろうと思われたから。 「それは本当かね?」ヒューポーが疑わしそうにミリュドフを見た。「そのよう な報告は受けておらんが」 「私的な筋からの情報ですが信頼できます」ミリュドフは自信たっぷりに断言し た。「例のガーディアック事件の夜、ここにいる全員が並々ならぬ魔法の波動を感 じ取ったはずです。魔法使いではない私たちにも感じられぐらいですから、相当の 力の持ち主であることは間違いありません。おそらくマシャに属する魔法使いの中 でも、あれほどの力を発することができる者は、数えるほどしかいないでしょう」 「あんたの言いたいことが分かったような気がするぞ」ザルパニエが言った。「 もし、その魔女を我々が確保すれば、我々はマシャに対して大きな有利を得ること になる。逆にマシャが手に入れるならば、マシャの力は今以上に増大する」 「まさしくその通りよ、ザルパニエ」 ミリュドフは再び全員を見回した。委員達の心が揺れているのが分かった。少な くともミリュドフの提案を、考慮しようという雰囲気に傾いていることは確実だっ た。 「わしは反対だ」年老いた委員、ナセルヴンが気難しそうな顔をしかめた。「何 と言ってマシャに弁明するつもりだ。我々がその魔女を確保したとて、そのことを マシャに対して隠し通すことなど不可能だ。もし、マシャが正式に引き渡しを要求 してきたら?」 「きっぱりと拒否するんですよ」ミリュドフが楽しそうに答えた。「ネイガーベ ンの自治を保証する盟約に従ってね」 「ばかな。マシャはいざとなれば、盟約など破棄しても困らんだろうが、我々は 存続の危機だぞ」 「いや、それは大丈夫だと思うよ、ナセル」ザルパニエが何か考えながら口を挟 んだ。「盟約を一方的に破棄することはできないことになっている。その誓いを守 る呪いをかけられた魔法使いが、マシャの3つの塔で4人ずつ要職についている。 その呪いは世襲するから、マシャがその12人の命を捨てるつもりにならない限り 盟約は破られない。もし、政治的な理由で、その12人を見殺しにすれば、マシャ 内部からも反発の声が上がるだろう」 「その中の1人は、赤の塔のジンディーニよ」ミリュドフが補足した。「若くし て、伝説の大魔法使いキルロッシをしのぐと言われている。次の赤の塔の長老候補 の声も高いわ。ジンディーニが死ねば、マシャで内乱が勃発するわね」 「それぐらい知っておる」ナセルヴンは言い返した。「わしが心配しておるのは マシャの魔法使いなどではないわ。マシャとの関係が悪化したと知れたとき、どれ ほどの商人や市民たちが、評議会を支持してくれるかということだ」 何人かの委員達が口々に賛成の声を上げた。 「慎重にやれば、市民の支持は充分に得られると思いますよ」 「だが、保証はあるまい。成功した場合、確かにネイガーベンの受ける利益は計 り知れないかもしれん。だが、失敗した場合の危険があまりにも大きすぎる。わし は商人だ」 「あなたは、もっと大胆な商売に手を出して来たじゃありませんか」ミリュドフ は笑いを含んだ声で言った。「今まで、全く危険がない商売などなかったでしょう に」 「今までは商売の一つに失敗しても、他で取り返しがついたからな」ナセルヴン は反論したが、その声はやや弱かった。 そして長い時間、議論は続いた。何人かの比較的若い委員たちは、ミリュドフの 考えに興味を示し始めた。難色を示しているのは、すでに莫大な財産を築き上げて おり、それを失うことを恐れる老人達である。ミリュドフはザルパニエの秘かな支 援を得て、彼らを一人ずつ説得していった。これは、ネイガーベン都市評議会委員 間に、派閥というものが存在していなかったからこそ、可能であったとも言えた。 そうでなければ、必ず政治的な理由から、ミリュドフの考えは丁重に退けられてい ただろう。 途中で、衛兵の一人が入室の許可を求め、ミリュドフに何事かを報告した。頷い て簡単な指示を与えたミリュドフは、全員に向き直った。 「独断で発した命令が達成されました。例の魔女が、自由魔法使いパウレンとと もに、私の館に無傷で到着したとのことです。彼らには、とりあえず休んでいても らうように命じてあります」ミリュドフの瞳が輝いた。「そろそろ、議論も出尽く したことでしょう。私は決を採ることを提案します。大いなる発展と、莫大な利益、 それに世界をこの手に握る絶好の機会として、彼ら全員を正式に保護するか。それ とも、彼らをマシャに引き渡して、マシャの力が一層強大になるのを座視するか」 ミリュドフは着席した。委員達の視線は、ヒューポーに注がれた。議長は頷いた。 「よかろう。決を採ろう」
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