長編 #3208の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
11 パウレンの背筋に警告の寒気が走った。ぞくっと肩をすくめて、パウレンは足を 止め、後ろを振り返った。弱い力を持つ、何かの魔法的生き物がぐんぐん近づいて くる。パウレンにはそれが何だか分かった。あの竜と花を使う魔法監視官が放った 竜の使い魔だろう。 もはや、誰かに見とがめられることなど気にせず、パウレンは全速力で走り出し た。対抗する使い魔なり魔物なりを呼び出して迎撃するのは容易だったが、そのた めには足を止めなければならないし、時間を少し稼ぐだけにすぎない。それに、た とえ取るに足らない使い魔だろうと、今日はもう何も殺したくはなかった。 奇妙な形をした使い魔はたちまちパウレンに追いつくと、小さく鋭い牙の並んだ 口をパクパクと動かして、その周囲をぐるぐると飛び回った。パウレンは顔色も変 えなかったが、額からは汗が流れていた。 使い魔は興味深そうにパウレンの周囲を回っていたが、不意に空へ上昇して見え なくなった。主人に報告しに行ったのだろう。じきに怒り狂った監視官本人がやっ てくるにちがいない、とパウレンは確信した。 それほど待つほどのこともなく、何か大きな翼を持つものが懸命に駆け続けるパ ウレンの頭上を横切った。顔を上げると、それは真っ白な飛竜だった。さっき会っ た魔法監視官である。 飛竜はパウレンを追い越して、少し先に降り立ち、同時に人間の姿に戻った。両 手を腰にあて、足を広げて立っている。唇が険しく引き締められ、褐色の髪は怒り で逆立ちそうだった。 「魔法監視官のティクラムです。停まりなさい!」 パウレンは足を止めた。さすがに呼吸が乱れている。 「一体どういうつもりなのか、説明してもらいましょうか」ティクラムは抑制し た口調で詰問した。「あなたは誰で、その黒い髪の魔女は誰で、あそこで自警団の 兵士達を殺したのは誰なのか。返答次第によってはただではおきませんよ」 「少し休ませてくれ」パウレンはそう言いながら、リエを地面に下ろし、自分も 古い木にもたれかかった。「おぬしを騙したことは悪いと思っている。あのとき、 他に方法がなかったのでな」 「あなたは誰ですか?名を名乗りなさい」 パウレンは少し躊躇ったが、肩をすくめて名乗った。 「そうじゃないかと思ってましたよ」ティクラムはパウレンが抵抗も逃亡もする 気がないらしいと知って、少し口調を緩めた。「マシャから離れた一級魔法使い、 赤毛のパウレンがネイガーベン付近の森の中で、伝説のフレン・フレイ族のように 人を避けて暮らしていることは聞いてましたから」 「ネイガーベンに入るときに、髪の色は変えたのだがな。さっき魔法を使ったと きに色が飛んでしまったようだ」 「そんなことはどうでもいいんです!」短気な性格の一端をのぞかせて、ティク ラムは怒鳴った。「その娘は誰です?あなたの身内か何かですか?」 「そうではない」パウレンは首を横に振った。 「では、誰です?」 「悪いが言うことはできぬな」パウレンはあっさり断ったが、ティクラムの顔色 を見て付け加えた。「少なくともここでは」 「私は都市評議会より正式に任命された魔法監視官です!」ティクラムの声が大 きくなった。「ネイガーベンで発生した魔法関連の事件には、私が全権を付与され るんですよ!あなたが事情を説明すべき相手がいるとしたら、それは私です。おわ かりですか、パウレン」 「いい魔法使いだが、惜しむらくは感情の制御に未熟なところがあるな、おぬし は」パウレンは微笑みながら言った。「前代のヴェルトキフスは、それをおぬしに 指摘しなかったのか?」 自らの欠点をずばりと指摘されて、ティクラムの顔が赤くなった。 「そんなことは関係ないでしょう!」若い魔法監視官は声を荒げたが、途中で気 付いて言葉を切り、呼吸を整えた。「ごまかそうとしてもダメですよ。それは誰で す?自警団員たちを殺したのはその魔女ですか?」 だしぬけに、規則的なウマの蹄の音が響いた。二人は等しく驚いて、音のした方 を見た。数騎の自警団員がかなりの速度で近づいてくる。全員が武装しているよう だった。 「自警団だわ」ティクラムは言ったが、眉はいぶかしげにひそめられている。「 でも、こっちに割くような人数はないはずなのに」 自警団員たちは、ティクラムとパウレンの前でウマを止めると、一斉に降り立っ た。ティクラムは先頭の団員を見て目を細めた。それは、先ほど都市評議会委員ミ リュドフからの伝言をティクラムに伝えた伝令だったのだ。もちろん、右腕には赤 と金色の布を巻き付けている。 「ティクラム殿、失礼いたします」伝令は敬意を表す仕草をした。「自由魔法使 いパウレン殿とそのお連れ様は、都市評議会ミリュドフ委員の賓客であります。私 は、パウレン殿を保護し、ミリュドフ委員の元に案内するために派遣されました」 ティクラムは怒りと驚きで口もきけなかった。 「なお、パウレン殿、およびパウレン殿が保証する全員に対して、準永住市民権 が与えられております。従って、ティクラム監視官殿が、パウレン殿から事情聴取 なさりたいときは、都市評議会法に基づいて然るべき手続きを経た後、評議会委員 の許可を得る必要があります」 魔法監視官は、市民でない者に対しては自らの権限で、逮捕、拘留、訊問を行う ことができるが、ネイガーベン市民に対しては評議会委員に伺いをたてなければな らない、と定められている。これは、ネイガーベン都市評議会が発足したとき、永 住権を得るための基準を、市民6人の推薦と市への貢献の実績、とやや厳しくした ことの代償のひとつだった。市民となった者は、ある程度の審査を受けたのだから 正当な理由もなしに魔法監視官による訊問などを受けるいわれはない、というわけ である。 このことは、ネイガーベンに深く根付いている魔法への反発と不審が形となって 現れたものでもあった。ネイガーベンでは、魔法使いは迫害されないまでも、白眼 視されている。唯一人、大っぴらに魔法を使うことができる魔法監視官も、程度は 低いが例外ではなかったのである。 「冗談じゃないわ」低い声でティクラムは言った。「ふざけたこと言わないでよ」 ティクラムの瞳は不気味に輝き、口調は不自然なほど落ち着いていた。もし、相 棒の妖精竜ヴィンセルがこの場にいれば、ティクラムの前では口のききかたに気を 付けるよう他の人々に忠告したにちがいない。 伝令はそれと気付かなかったが、パウレンの方は経験と勘の両方によって、これ 以上ティクラムを怒らせても事態が紛糾するだけだと悟っていた。ただでさえ、リ エの----そしてパウレン自身の----敵は少なくないのだから、ここでもう一人増や しても意味がない。 「わかった、ティクラム監視官」パウレンは立ち上がった。「こうなった事情は 説明しよう。おぬしの職務にも関係がないとは言えない。ただ、ここではなく場所 を変えたい。私もこの連れも疲れ、埃に汚れている。ミリュドフ委員の招待を受け ているらしいので、そこで休息した後、都市評議会委員全員の前で事情を説明した い。その席に、おぬしも同席すればよかろう」 「あなたが逃げないという保証は?」 「そんなものはない」パウレンはそっけなく答えた。「だが、自由魔法使いパウ レンの名にかけて誓おう」 「まあ、いいでしょう」ティクラムは渋々答えた。「ただし、わたしもミリュド フ委員の館まで同行させてもらいます。あなた達が、間違いなくミリュドフの元に いることを確認しなければなりませんからね」 「勝手にするがよい。私は構わぬ」パウレンは、成り行きを見守っていた伝令に 向き直った。「そういうわけだ。案内を願えるかな?」 「では、こちらへ。ウマは?」 「乗れる。連れも私が運ぶから、1頭貸してもらいたい」 「わかりました。ウマは余分に連れてきてあります」伝令はティクラムを見た。 「監視官殿はどうされます?」 「結構」ティクラムはウマを断った。「飛んで行きますから」 「ご自由に」伝令は肩をすくめた。「では参りましょう」 カダロルとイーズは、トートの先導で、やや混乱したネイガーベンの街を歩いて いた。市街の炎上がようやく収まってきたばかりだったため、人間とネコとウサギ という組み合わせに必要以上に好奇の視線を向ける者はいなかった。もっとも、ネ イガーベンには、伝説のフレン・フレイ族を除いてあらゆる種族が集う、というぐ らいだから、それほど気にすることはなかったのかもしれない。 パウレンが去ってすぐ、トートは混乱した街を走り回っているうちに、カダロル とイーズにばったり会ったのだった。そのころには、市民やら自警団員やら、流れ の屋台商人やらが、等しく混乱しながら大通りにあふれ出したので、3人はろくに 互いの事情を説明する間もなく、ミリュドフの館、セレランティム・コーン目指し て歩き出した。 「パウレン様とリエは無事なのかなあ」イーズはしきりに火災の発生していた方 向を気にしていた。「パウレン様も気の短い方だから、うっかり止めに入った兵隊 をカエルか何かに変えたりしなきゃいいが……」 「何をブツブツ言ってるんだ」トートが振り向いて、牙をむき出した。「誰かの 耳に入ったらどうするんだ。黙って歩け」 「うるさいぞ、盗賊野郎」イーズはきいきい声で怒鳴り返した。「道を間違えて るんじゃないのか?本当にミリュドフ委員の館はこっちなんだろうな。だんだん、 中心部から離れていってるじゃないか」 「ばか。わざわざごったがえした場所を避けて、大回りしてるんだよ」トートは イーズを睨んだ。 「何で、そんなことするんだ」イーズはばかにしたように鼻を鳴らした。「誰が おれたちなんか気にするっていうんだよ」 「ちょっと事情に通じたやつなら、パウレンに間抜けなウサギが仕えてることぐ らい知ってるだろうよ。おまけに、お前みたいに阿呆づらのウサギ族も、そうそう いないだろうしな。お前が捕まっても、ちっとも気にしないがな。おれたちが巻き 添えを食っちゃたまらんだろうが」 「阿呆とはなんだ!」 「本当のことじゃねえか」 「やめんか、二人とも」 カダロルが見かねて止めた。言い争いを続ける二人の後を、少し離れて歩いてい たのだが、口論が余計な人目をひきかねない、と考えたのだった。3人が黙りこく って一心不乱に歩いているよりは、多少会話があった方が人目につかないのは分か っていたが、トートとイーズの会話は最初から毒がありすぎた。どちらも、相手の 顔を立てよう、という気など一かけらも有していないのだからなおさらである。 「話すのはかまわんがな。もう少し、穏やかな内容で頼むぜ」カダロルは周囲を 見回しながら言った。「パウレンの名前など大声で口にするんじゃない」 トートとイーズは少し恥じ入ったように顔を見合わせてしまい、ついで、ふん、 というように反対の方向を向いた。 苦笑したカダロルは、皮肉めいたことでも言ってやろうと口を開きかけた。その 視線が、ある一点に吸いこまれるように固定した。同時に歩みも止まる。振り向い たイーズが見とがめて声をかけた。 「どうしたんだい?」 カダロルは答えなかった。イーズの言葉など耳に入っていないようだった。視線 は、外壁が一部崩れた箇所を通って、街の外に消えていた。 「カダロル?」 「あの夜のやつだ」カダロルは上ずった声を出した。「ガーディアックの……」 トートとイーズは足を止めてカダロルを見上げ、それから、カダロルの視線を追 って外壁の外を見た。外壁の周辺は、細い小道がぐるりと取り巻いていて、その向 こうにはロキスティ森林の端になっている。 「何も見えないぜ」イーズが森を見ながら言った。「何がいたって?」 「あの夜、ガーディアックを襲った奴らだ」カダロルは囁いた。「おれの家を襲 ったやつらだ。おれの耳を吹き飛ばしたやつらだ。同じ服を着てたんだ。絶対に間 違いない」 トートとイーズは顔を見合わせた。今度は顔をそむけあったりしなかった。例の 夜、カダロルは謎の襲撃者に謎の武器で片耳を吹っ飛ばされたのである。念入りに 組み上げた再生魔法がかけてあるため、耳は次第に元の形へ戻りつつあった。だが その痛みを忘れてしまったわけではなかった。 「あの顔と服は忘れない。絶対に……」 「だけど」トートが遮った。「どこにも何も見えないんだけど」 「すぐに森の中に消えていったんだ」カダロルは森を指した。「おれは見たんだ」 イーズが疑わしそうな顔をした。トートは森を見ていたが、やがてカダロルに言 った。 「とにかく、ミリュドフの館に急ごうぜ」 「いや、ちょっと確認してくる」カダロルは医者の7つ道具が入った袋を、トー トに放った。「先に行っていてくれ。ひょっとして、またリエの世界の奴らが来た のかもしれん」 「おいおい」イーズが呆れた顔で言った。「本気かよ?」 「すぐに戻る」 カダロルはそう言うと、素早く呪文を唱えた。身体の輪郭がぼやけ、その身体は みるみるうちにタカの姿に変わった。 「あ、おい、ちょっと待てよ。不用意に魔法を使うなってば」トートが叫んだが すでにタカに変身したカダロルは、ふわりと宙に浮かび上がっていた。そのまま、 タカは森の方へ飛び立った。 「あーあ、本当に行っちゃったよ」トートが呻いた。「街の中で魔法なんか使っ たら監視官に逮捕されるってのに」 「まあ、それは大丈夫だろう」イーズは飛び去っていくカダロルを目で追ってい た。「この騒ぎじゃ、魔法監視官も忙しいだろうからな。それより、どうする?」 「どうするって」トートは肩をすくめた。「言われた通り、先に行ってるしかな いだろうが」
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