長編 #3186の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
たようだ。 「ごめんなさい。今度からは気をつけるね。わたしも哲也が女の子と二人きりで食事 したりしたら、悲しいかもしれないし」 睨み付けるような僕の視線を避けるように、彼女は目を伏せ寂しそうに言った。そ れから佐々木君の話は二度と聞くこともなかった。 これに限らず、僕は彼女を束縛していた。さとみが離れていくのでは、という不安 が僕の中にあったのだろう。四六時中、彼女を側に置いておこうとした。男友達と会 うと言えば不機嫌を露にし、彼女を困らせた。男女問わず好かれる彼女は男友達もた くさんいた。彼女が誰からも好かれるのは喜ばしいことだが、僕はそんなに広い心を 持ち合わせていなかった。男友達と個人的に会うこともなくなり、女友達に会うのさ え、彼女は遠慮して回数を減らすようになった。 場面が変わった。今度は僕の部屋だ。テーブルを挟んで僕とさとみが座っている。 僕はやはり不機嫌そうな顔をして彼女を見ている。さとみは落ち着きなく髪をもてあ そんでいたが、やがて意を決したように僕をまっすぐ見て言った。 「わたしは哲也の所有物じゃないのよっ」 声は怒りを含んで震えている。さとみが怒るのは滅多にないことだった。 この時のことも何となく覚えている。週末に彼女が計画していたキャンプのことだ 。 たまにいい顔をして行かせてやろうと思ったのだが、そのメンバーに男が混じってい た。僕に言えば間違いなく反対されると思ったらしく、彼女は隠していたのだ。彼女 の考えは正しかったが、それが余計に僕の気を逆なでした。 「言ったら行かせてくれないじゃないの。たまにはいいでしょう? わたしには哲也 しかいないんだから。変に勘ぐる方がおかしいわ」 さとみの言っていることはもっともだったが、僕は取り合わず、それなら別れたら いいと言い捨てた。 結局、彼女はキャンプを取りやめ、泣きながら謝った。 さとみが謝ることなんてないのに。僕はぼんやりとそう思ったが、その頃はそれが 当たり前だと思っていた。 付き合いが長くなると、毎日一緒にいても新鮮ではなくなる。僕は散々さとみを束 縛していたことも忘れ、遊び回るようになった。さとみが離れていく不安など、もう なかった。家に帰れば、いつもさとみはいるのだから。 彼女は相変わらす部屋で僕を待っていた。彼女は僕だけを見て生きるようになって いた。僕を中心に彼女の世界は回っている。 僕が帰ると、さとみは笑って迎えてくれた。その微笑みの翳りが、あの時の僕には 見えなかった。 「哲也といる時が、一番幸せ」 僕の大好きな笑顔で、甘えるように彼女は僕に抱きつく。 その言葉に嘘はなかったに違いない。僕といる時にしか、幸せを見つけられなくな っ ていたのだから。僕とのことでしか夢を見なくなった。結婚という夢しか彼女には残 っ ていなかったのだから。 追いつめたのは僕なのか。彼女から全て取り上げた僕のせいなのか。 戸惑った瞳で僕を見ていたさとみは、もういない……。 またもや視界が霧に遮られ、ぼうっとした意識のまま、僕は漂う。このまま霧に飲 み飲み込まれてしまいそうで、僕は必死に霧を払いのける。 また何か見えてきた。 さとみだ。お気に入りの淡いブルーのスーツを着ている。顔色が良くない。ドアの 前でためらいがちに鍵を取りだした手が、微かに震えている。 予感―。 わかっているのだ。これから何が起こるのか。想像するだけでも恐ろしいのに、今 自分にそれがふりかかろうとしている。 玄関に入りドアを閉めようとした瞬間、太い腕が伸びてきた。腕の主は彼女を見て にたりと笑った。彼女は弾かれたように悲鳴を上げ、部屋へ転がり込む。 見知らぬ男は何か呟きながら、確実に距離を縮めてくる。何かを訴えるような表情 。 だが、恐怖で混乱した彼女にはわからない。 男の手にしている包丁はたぶん、新しい。鋭く光るものが近付くにつれ、彼女は恐 怖に掻き立てられる。 叫ぶ。嫌だと首を振る。 諦めたつもりだった。でも、死ぬのは嫌だ。殺されるのはもっと……。 瞬間、もの凄く大きな音とともに、部屋中の硝子が砕け散った。 「あ……あ」 彼女はぶるぶると震え、自分自身を抱きしめる。焦点が定まらぬ目で男を見据えよ うとする。 これが彼女の力。 驚いたのは男の方だ。混乱する。今のは一体……? 考える間もなく、目の前をひゅんと何かが横切る。 「……!」 男をめがけて次々に部屋中の物が飛んでくる。背中に、頭に、腰に鈍い痛みが走る 。 男は狼狽する。大声を上げ、部屋中を暴れ回る。その間にも男への攻撃は休むこと なく続く。何かが頬をかすめ、つーっと血が流れる。その瞬間、男のわけのわからぬ 不安は怒りへと変わった。包丁を四方八方振り回す。 斬りつけられたさとみの腕から、血がほとばしる。ブルーの袖が赤く染まる。 怖い。怖い。死ぬのは嫌。 彼女の強い思念が部屋に充満して、男はますます混乱する。 ―彼女だ。 男は自分の目の前で涙を溜め、自分を見返している女を見据えた。 ―彼女を消せば……。解放される。 男は彼女を追い詰める。飛んでくる物を避けもせず、彼女にじわじわと近付いてい く。彼女は悲鳴を上げる。 男は嫌がる彼女を組み伏せ、包丁を振り下ろした。返り血を浴び、男は解放された 喜びに雄叫びを上げ、けたたましく笑った。 彼女が息絶えてもなお、男は何度も何度も彼女の体に包丁を突き立てていた。 瞼がぴくりと痙攣して、僕は目を覚ました。霞んだ目で辺りを見回す。一瞬、どち らが現実かわからなかった。夢と言うにはあまりにリアルすぎた。 「……夢」 僕は声に出して言ってみた。そう、こちらが現実だ。 知らぬ間にうたた寝でもしていたのだろう。汗がべっとりと背中を濡らしていた。 さとみの手紙を読んだせいだろう。少し神経質になっているようだ。 その時、懐かしい匂いが鼻をかすめた。 「さとみ?」 そんなわけがあるはずないと思いつつ、僕は彼女の名を呼び、振り返った。 律子の髪が僕の頬を打った。僕と同じシャンプーの香りが散って、次にさとみの匂 いがそれを打ち消した。 ……何が起きたのか、わからなかった。 胸に激しい痛みを感じた。僕は立ち上がろうとしてぐらりと倒れた。 律子の低い声がした。 「あなたはわたしのものよ」 律子は何を言っているんだ? 僕は誰のものでもないのに……。 僕の胸からゆっくりと、でも確実に真っ赤な血が絨毯に吸い込まれていく。 霞んでいく目を凝らし、僕が見たものは、さとみの香水の瓶だった。 どうして律子が持っているのだろう。ああ……、押し入れにしまい込んだはずなの に……。 律子が僕を見下ろしていた。もう片方の手に血に濡れた包丁をしっかりと握りしめ て……。 哲也はわたしのものよ。 ……また、会えるわ。 今度こそ幸せになろうね。 さとみが歌うように口ずさむ。 むせ返る香水の匂いに包まれて、薄くなる意識の中でさとみが微笑んでいるのが、 見えた……ような気がした。 【 終 】
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