長編 #3185の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「怖い夢?」 「そう。哲也を他の女にとられるの」 「ばかだなあ。浮気なんて誓ってしてないよ」 僕は笑い飛ばしたが、律子は深刻な顔をしていた。 「私、誰かから哲也を奪ったわ。奪ったものはいつか奪われる。そんな気がするの」 「疲れているんだよ。だから、そんなくだらないことを考えるんだ。もう、寝よう」 肩を押しても律子は微動だにしない。上目遣いに僕を見て、絞り出すように言った 。 「哲也は私のものよね?」 こういう話は好きではない。誰のものだとか、そうではないとか。だが、律子はと ても疲れている。弱々しくすがる律子を僕は初めて見た。僕が頷くことで気が楽にな るなら、仕方のないことだろう。 「そうだよ。ほら早く寝よう。明日も早いんだろ」 律子はぱっと顔を輝かせて、僕に抱きついてきた。怖い夢を見ないように、僕は一 晩中、彼女を抱きしめていた。腕の中で安らかに寝息をたてる律子の顔を見ながら、 僕は少し不安を感じていた。 「手紙、来てたわ」 律子が大きな封筒を差し出した。その顔は明らかにむっとしてる。裏を返すと見知 らぬ名前があった。 北川加奈子。 「誰なの?」 テーブルにコーヒーカップがどんっと置かれる。 「さあ、僕も始めて聞く名だから」 「そう?」 はなから疑ってかかるような目で、律子がちらりとこちらを見た。 「本当にそうなの?」 「ああ」 「ねえ、私に隠し事なんてしていないわよね?」 「うるさいな。何度も同じことを言わせるなよ」 律子の表情が凍った。少し口調がきつかったかも知れない。けれど、僕にも我慢の 限界がある。 律子はしばらく僕を睨み付けているようだったが、やがてとても大きなため息をつ き、隣の部屋へ入っていった。ベッドでふて寝するか、さめざめと泣くか、どちらか だろう。 先月、律子が異動になった。働き過ぎで体調を崩したのが直接の原因だが、理由は それだけではなかったらしい。 律子の態度がおかしくなった。感情の波が激しくて、笑っていたかと思えば、急に 泣き出したり、情緒不安定 だった。何がどうしたのか聞いても、彼女は「何でもない 」と答えるだけで要領を得ない。そのうち、会社で彼女の噂を耳にするようになった 。 「山根さん、最近荒れてるな」 「気負いすぎなんじゃないの。この間もさ、コピー機の前ですごい剣幕。かわいそう に、由紀ちゃん、泣いてたよ」 「女はコワイねー」 耳に入る噂はどれも良くないものばかりだった。それから、しばらくして律子は経 理から異動になった。連日の残業で体調を崩し二日間休んだ後、突然の出来事だった 。 彼女の異動先は営業部。この部署は男主体で女の仕事といえば、電話応対や簡単な書 類整理くらいのもので、今までとは勝手が違う。律子は女性初の総合職として入社し たことに誇りを持っていた。プライドの高い彼女はこの処置に耐えられなかったに違 いない。 職場が変わってから、律子はとても早く帰宅するようになった。僕が帰るとたいて い部屋にいて、何をするでもなくぼんやりとしている。 「会社、行きたくないわ……」 それが毎日の口癖だった。 「やめてしまえよ。仕事なんて他にいくらでもあるんだから」 僕は早くこの状況をどうにかしたかった。律子の為にも僕の為にも、彼女は元の自 分を取り戻さなければいけない。それには会社を辞めて、一からやり直すことが一番 いいだろうと思ったのだ。 律子は「そうなのよね」と他人事のように曖昧に答えるだけで、一向に動く気配が ない。彼女も子供ではないのだから、僕はそれ以上何も言わないことにした。 だが、ある日突然、律子が目を輝かせて言ったのだ。 「結婚したいの」 僕は呆然とした。 「なんだよ、急に。おまえ、しばらくは結婚なんてしないって」 「気が変わったの。寿退社すればいいのよ。こんな形で辞めるなんて、負け犬みたい で嫌だわ。辞めてから仕事探せばいいんだもの」 「僕はまだ結婚する気はないよ」 僕はきっぱりと言った。今の律子の状態じゃ、とても結婚なんて考えられない。彼 女が落ち着いてからのことだ。それに何よりも、自分のプライドの為に結婚を道具に して、逃げようとしている姿勢が気にくわなかった。 僕はさとみを思い出した。 結婚したいの。 二人とも、同じことを言う。僕にとって迷惑なのは変わらないが、純粋に一緒にい たいと言ってくれたさとみの方が、幾分ましだと思った。さとみは焦りすぎたのだ。 どうしてこうなってしまうのだろう。さとみも律子も歯車が狂っていく。僕はとこ とんついていないらしい。 僕がつっぱねても、明るい退社を夢見る律子はなかなかひかない。彼女は意固地に なって、会社に行き続けた。会社で彼女の笑顔を見ることはなくなった。僕の前でも ヒステリーを起こすか、媚びた笑みで僕の気を引こうとするかだ。僕を責めるくせに 「哲也は私のものよ。誰にも渡さないわ」と呪文のように繰り返す。 今更勝手だなと思うが、さとみが妙に懐かしかった。確かに彼女の結婚への執着に 辟易していたけれど、それを除けば申し分のない女だった。 親元を離れて久しいせいか、学生時代からさとみが作る料理が、僕のおふくろの味 と言ってもよかった。だから、律子の手料理は舌に合わないように思えた。コーヒー ひとつとっても、さとみは僕の好みの濃さをわきまえていて、いつも同じ味だった。 なのに律子の入れるコーヒーときたら、濃かったり薄かったりで定まらず、こちらま で不安定な気分にさせられる。何度も注意するのも面倒なので、近頃は黙っているが 、 やはりさとみの味が忘れられなかった。 手紙の封を切りながら、律子のコーヒーを口に含む。相変わらずうまくない。黒々 とした液体を見ていると、僕の気持ちまで真っ暗になりそうだった。 封筒の中には短い手紙と、一回り小さめの淡いピンクの封筒が入っていた。 『はじめまして たぶん、吉田さんは私をご存じないと思います。私は半年前に亡くなった竹中さと みさんの高校時代のクラスメイトです。 さとみの悲報を聞いてから数日後、私の元にさとみから手紙が届きました。亡くな っ たその日に出されたものです。中には私宛の手紙のほかにもう一通、あなた宛の手紙 が同封されていました。 もし、自分に何かあったらこの手紙を吉田さんに出してほしい、と。ただし、半年 経ってから。受け取った時は驚いてしまいましたが、あの子は自分の身に起こること を予期していたのかも知れませんね。 今更さとみのことを思い出すようなことをして、申し訳ないのですが、さとみの最 期の頼みですので、迷惑かも知れないと思いつつ、あなたに手紙を送ることにしまし た。 それでは 』 僕はごくりとコーヒーを飲み下した。 この手紙はさとみからのものというのか。死者からの手紙。そんなばかなと思いな がらも、好奇心にかられて僕は封を切った。 見慣れた文字が目に飛び込んできた。喧嘩をした時や、なかなか会う時間が取れな い時、彼女がよく手紙をくれたことを思い出し、幸せだった頃の記憶がいっぺんに甦 り、胸が詰まった。 『哲也 あなたがこの手紙を読む頃、わたしはいません。わたしは見知らぬ男に殺されるの です。 あなたには黙っていたけれど、わたしには特殊な能力がありました。簡単に言えば 、 超能力というもの。物を動かしたり、予知夢を見ることも……。 わたしの場合、どちらも完全ではなくて、自分の意志ではどうにも制御できないの 。 見たでしょう? あの部屋の惨状。あれがわたしの力。話しても信じてもらえない と思って、黙っていたの。わたしが狂ったのかと思ったんじゃない? ああ……でも 、 狂っていたのかしら。もうすぐ死ぬとわかっていて生きるのは、わたしには辛すぎた ようです。 数ヶ月前、夢を見たの。わたしが死ぬ夢を二つも。一つを避けて通っても、もう一 つは避けることができないと感じた。どちらにしろわたしは近々死ぬ運命にあったよ うです。 一つは見知らぬ男に殺される。もう一つは……怒らないでね? あなたに殺される夢だった。 今回の事態は避けられたのかも知れない。警察に通報するなり、保護してもらうの は可能だった。どうせなら好きな人の手にかかって死ぬのも悪くない。 でもね、反対にわたしがあなたを殺してしまうかも知れない。わたしの力は制御不 可能だから、自分を守るためにあなたに危害を加えてしまうことも十分にあり得る。 そんなの、いやだもの。それに、夢で見たあなたの顔、すごく怖かった。あんな怖い 顔、現実でなんか見たくなかった。優しい笑った顔が好きなのよ。 わたしだって死ぬのは嫌。どうにかして未来を変えようと考えた。あなたから離れ ることで回避することができるかも知れない。だけど、離れるのはもっと嫌。離れら れないのであれば、哲也を完全にわたしのものにしてしまえばいいと思った。結婚を して一緒に暮らしていれば、あなたはわたしを殺そうなどとは思わないかもしれない 、 なんて考えて、あなたを随分困らせてしまったね。 このまま付き合っていても、わたしたちはうまくいかなかったのよね。 わたし、寂しかった。あなたはどんどん先に歩いていってしまって、前のようにわ たしの方を振り返ることもなくなった。わたしの寂しい心には気づいてくれなかった 。 引き止めようとすればするほど、全て裏目に出てしまう。あなたの心がどんどん離れ ていくのを、じたばたともがきながら、黙ってみているしかなかった。 気づかないとでも思っていたの? でも、それを認めたら終わりになってしまうから。 わたしはあなたの顔色ばかり伺って、あなたにしがみついてばかりいて。あなたは そんなわたしが重荷だった。どうしてこんなことになってしまったんだろうね。 でもね、わたしは今でもあなたが好き。わたしの望みはあなたと一緒にいること。 あなたがどこを向いていても構わない。何を犠牲にしても、あなたの側にいることだ けが、わたしの幸せなの。 哲也はわたしのものよ。わたしが側にいなくちゃ、あなた駄目なのよ。 この世で幸せになれないのなら、あの世で幸せになればいいのよね。わたしは先に 行って、あなたを待っているわ。 だから、待ってて。わたしも待ってる。また、会えるわ。 その時は、今度こそ、幸せになろうね。 さとみ』 いろいろな感情が僕を支配した。さとみが僕を恨んでいなかったことに安心し、彼 女の狂気めいた愛情に気後れし、それでいてこんなに愛してくれた女を大事にしてや れなかった自分を少しだけ責めた。 ここに書いてあることが真実だとすれば、さとみの追いつめられた表情、行動。こ れで納得がいく。死ぬとわかって生きるのは、どういうものなのだろう。ぱっくりと 口を開けて待っている死を避けることもできず、それに向かって歩んでいくのは、と ても耐えられないことだろう。彼女の狂気を宿した瞳はそこからきていたのだとした ら……? いや、これが真実だとどうして言える? 彼女の狂言かも知れない。頻繁にある嫌 がらせに怯えた彼女が考え出した妄想という逃げ道。そうは考えられないか? すべて偶然なんだ。彼女が殺されたのも、今僕の元に手紙があるのも、偶然に偶然 を重ねて、たまたま彼女の思惑通りになっただけだ。 もうすっかり冷たくなったコーヒーカップに延ばした手が震えていることに、僕は 気が付いた。 目の前が真っ白だった。濃厚な霧が僕を取り囲んでいる。僕は夢心地でその中を漂 う。遠くに見えるのは、僕だ。淡いピンクの絨毯の上にごろりと横たわっている。カ ー テンも絨毯に合わせて淡いピンク。びっしりと文庫が詰まっている小さな本棚。居心 地のよい部屋。さとみの匂い。 「あ、哲也。やっぱり来てたんだ。そんな気がしてたの。ほら」 部屋にはいるとさとみはにっこりと笑って、袋を差し出した。彼女の好きなシュー クリームがちょこんと二つ並んでいる。 社会人になって忙しくなってからは行き来するのが面倒になり、お互い一人暮らし という気楽さも手伝って、ほとんど半同棲状態だった。お互いに合い鍵を持って、勝 手に上がり込んでいる。その頃の僕は鬱陶しいなどとは思わず、むしろ好んでそうし ていた。この時も僕は彼女の部屋でテレビを見ながら、彼女を待っていた。 「どこ、行っていたの?」 さとみは鼻歌を歌いながら、紅茶を入れている。外の寒さのせいか、頬がほんのり と赤く染まっていた。 「ん、会社の人とね、食事に。こないだ話したよね。佐々木さん」 「二人で?」 僕は不機嫌そうに呟き、煙草を揉み消した。さとみの顔が少し曇る。 途中入社してきた要領の悪い佐々木君のことを、彼女は最近いたく気にしていた。 何のことはない。優しい彼女は、彼が職場で浮いてしまわぬよう気を使っていたのだ 。 だが、僕は面白くなかった。その頃の僕は、今からは考えられないほど嫉妬深かっ
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