長編 #3172の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「サンタクロースはヒットマン」 悠歩 一年中で、これほど不愉快な時期は、他に無い。 楽しげなクリスマスソング、きらびやかな街のディスプレイ、浮かれた若いカッ プル、はしゃぐ子どもたち。 それらのものとすれ違う度、酒巻康平は苦々しい思いで充たされるのだった。 「気にくわねぇ。貴様等、何がそんなに楽しいんだ」 誰でもいい、道行くカップルにでも、因縁をふっかけてボロボロに殴ってやろう か。そんな事を思う。 実際、ブルゾンの懐に入れた物さえ無ければ、そうしていたかも知れない。 しかし今は下手に騒ぎを起こして、目立ちたくは無かった。警官に通報でもされ たら、大事な目的を果たせなくなってしまう。 「その方がいいかも………」 或いは喧嘩をして警官に捕まれば、目的を果たせなくなるが、気分的には解放さ れる。康平はまだ、己に課せられた使命に迷っていた。 「募金に協力、お願いします」 クリスマス一色に染まった街中に響きわたる声。 浮かれた街の雰囲気以上に、それが康平の癇に触った。 下らないイベントに酔いしれ、何処ぞの企業の策略にはまって踊らされ、それを 幸せと錯覚している連中も不愉快極まりない存在だが、それらを横目に自分の偽善 心をこれ見よがしにさらけ出している奴等に、虫酸が走る。 これから自分が行おうとしている事に、未だ迷いを拭えないが故、なおさらそう 感じていたのかも知れない。 「くそったれ」 小さく、はき捨てるように呟く。 それは、街行く人々に対してか、募金を募る人々に対してか、康平自身も判らな い。或いは、自分自身への言葉なのかしれない。 康平は昨日、それを手渡されて以来、何度もしてきたようにそっと胸に手を充て る。 ブルゾンの生地越しに、内ポケットのそれの無機的な硬さが手に伝わって来る。 するとそれまで街の喧騒に感じていた、怒りが退いていくのだった。 いや、退いて行くのでは無い。それがそれがもたらす緊張が、他の全ての感情を 凌駕してしまうのだ。 今、康平の耳にはクリスマスソングも、募金を呼びかける声も聞こえてはいない。 華やかな街の風景も、はっきりそれと認識して、目に映ってはいない。 鼓動が高まり、自然と息も荒くなる。 人が見れば、突然の発作を起こした病人か、良からぬ行為を起こす直前の犯罪者 であると思っただろう。 しかし、各々が自分の幸せを満喫しようとしているなかで、そのような康平の様 子を気に留める者はなかった。 ふと康平の認識が、現実に戻る。視界の一点に、巡回中の警察官の姿が止まった のだ。 何も慌てる事はないのだ。自分は別に指名手配を受けている容疑者ではない。ご く自然に振る舞っていれば、警察官も康平の事を、気にもしないだろう。 だが、後ろめたい物を持った人間の弱みだろう。康平は鼓動が早まり、極端な緊 張状態になった事を、自分でもはっきりと感じていた。 走り出すのはまずい。突飛な行動に出て、目立つことは避けたかった。 康平は、咄嗟に財布を取り出し、中を開けて小銭を探す。しかし、財布の中に小 銭は無かった。先程、煙草を買うのに使ってしまったのが、最後の小銭だったよう だ。 仕方なしに、千円札を取り出し、一番手近な所に立っていた少女の持つ募金箱へ、 それを入れた。 少女の方を向きながらも、康平の全神経は背後へと注がれていた。一瞬の緊張の 後、警察官が通り過ぎていくのを横目で確認して、そっと安堵の息を吐いた。 「ありがとうございます」 不意に声を掛けられ、みっともないないほど、驚きで康平の身体は跳ね上がった。 声の主は、康平が千円札を投じた募金箱を持った少女だった。 康平の驚きようがおかしかったのか、それとも単に愛想笑いなのか、目の前には 笑みを湛えた十歳くらいの少女の顔が有った。 客観的に見れば、少女に声を掛けられた瞬間の、康平の狼狽え方は滑稽だったに 違いない。 そう思うと、康平は恥ずかしさと同時に、子どもに脅かされたという事実に対し て、非常に腹が立った。自然と少女を見返す康平の顔は、恐ろしい物になっていた。 しかし少女は怯える様子も無く、微笑んでいた。 康平は微笑みという物が嫌いだった。 その微笑みの裏に隠された物が嫌いだった。 満面の笑みの裏には、何時だって、何か企みが隠されている。 親切ごかし近づき、言葉巧みにこちらの財布の紐を緩めさせようと躍起になって いる。 子どもの笑顔には邪心が無いと言うが、それは全くの嘘だ。 子どもは、自分たちの笑顔が大人たちに対して、有効な武器になる事を知ってい る。天使のような微笑みで、大人たちが財布を開く事を知っている。 裏で弱い者を虐めながらも、大人の前では無垢な笑みを作る術を心得ている。 康平は二十四年間の人生で、損得勘定と無関係な笑顔とは、ほとんど出会った覚 えが無い。 だから目の前の少女が康平に見せる笑顔にも、嫌悪と警戒心を持った。 だが、少女の長い髪が北風にふわっと舞ったのを見た時、ほんの一瞬だけ、何か 懐かしい感じを覚えた。 いつか何処かで………… それがいつ、何処での事かは思い出せない。思い出す間も無く、警察官をやり過 ごすという目的を果たした康平は、その場を後にしようとした。 「あの、これ、どうぞ」 立ち去ろうとした康平に、少女の右手が差し出された。 「あ?」 その意味も分からないまま、康平は反射的に少女の差し出した物を受け取った。 「良いクリスマスを」 誰か大人に教えられたのだろう。およそ子どもらしくない言葉を投げかけると、 少女は再び街行く人々へ、募金を呼びかけ始めた。 康平はその手に残された、少女から渡された物を見た。 「赤い羽じゃ無いのか………」 季節柄、赤い羽の共同募金とばかり思っていたが、そうではないようだ。 それは、手作りのマスコット人形だった。牛乳の蓋にマジックで顔を描き、それ に身体に見立てた赤いリボンを結びつけて有る。 あの少女が作ったのだろうか? 「ふん、こんな物、どうしろって言うんだ」 余りにも簡素な作りのマスコットは、おおよそ康平が持つには似つかわしくない 物だった。 だが康平は、それを投げ捨てようとして思いとどまった。 「こんな町中でゴミを捨てるのは、良くない………よな」 何か言い訳をするように呟き、ポケットにそれを入れた。 木造モルタルアパート、その二階。六畳一間に申し訳程度のキッチン、トイレは 共同。かど部屋なため、日当たりは良し。家賃は月々二万五千円。 その部屋に康平が帰ったのは、午後六時を少し過ぎた頃だった。 全部で十二ある部屋のうち、人が住んでいるのは康平以外には、一階に一部屋、 二階に二部屋だけである。 これが春先であれば、大学に通うため地方から出て来た者たち等で満室状態にな るのだが、この頃にはもっといい部屋に移るか、学校を辞めて田舎へ帰るかしてし まい、アパートに残る者はわずかとなる。 度々、ステレオの音の事で揉める、斜め前の部屋のイカレた学生を含め、他の住 人たちは皆、不在のようだった。 普段でも、心寂しいアパートが、一層寂しく感じられる。クリスマスで賑わう街 との落差が大きいだけに、なおさらである。 しかし、人と関わることが何事にもましてうとわしいと思う康平にとっては、こ の上なく心地よい環境でもあった。 引き戸を開けて自分の部屋に帰ると、それまでの緊張から一気に解放され、康平 は大きな息を一つつくと、そのまま大の字に倒れ込む。 「痛っ」 懐に入れていた物が身体にあたり、痛みを覚えた。 康平は身体を起こし、胡座をかいて座りなおす。ジャケットを脱ぎ、それを逆さ にして乱暴に振る。 畳の上に、鈍い音を立てて拳銃が落ちた。 しばらく見つめた後、ゆっくりと震える手で康平は拳銃を拾い上げた。 康平にとって、倉田は親切な人物であった。 それまで周りにいる人間は、全て敵のように思っていた康平が、心を許す事の出 来た数少ない人物だった。 たまたまパチンコ屋で、隣り合わせになった倉田が話し掛けて来たときには、人 と話すことの嫌いな康平は、鬱陶しいと感じた。 些細な事で喧嘩をして、アルバイトをクビになった康平はパチンコでも負け、すっ かり金を使い果たしてしまった。 そんな康平を、倉田は半ば強引に食事に連れて行った。 その時に飲んだビールのせいか、珍しく康平は自分の身の上話をしてしまった。 それ以来、倉田は金のことや仕事の事など、親身になって康平の世話をしてくれ た。 人から同情される事は嫌いだったが、倉田のしてくれる事は、口先だけの物では 無く、康平は心底、この男を信用するようになっていた。 倉田がヤクザ者であることを知ったとき、康平は自分を舎弟として組に入れてく れるように頼んだ。 だが倉田は、 「馬鹿な事を言うな。お前はまだ若い、真面目に生きて行けば、まだまだ未来があ るんだ」 そう言って康平を諭したのだった。 それでもなお、しつこく頼み込んだ。倉田を慕って、ヤクザになりたかったので は無い。 世間の人々から、恐れられるヤクザになることが、自分に与えられた唯一の選択 肢に思えたからだ。 その懇願に負けた倉田は、康平を倉田個人の舎弟分とする事にした。 しばらく様子をみた後、康平の気持ちが変わらないのであれば、正式な盃を与え ると約束してくれた。 舎弟になった後も、倉田は康平によくしてくれた。 それどころか、倉田といる時間が長くなることで、周りの人々の態度が明らかに 変化した。 街を歩いていると、康平に挨拶をしていく者が現れた。食事や酒を飲みに行った 先の店でのサービスも、これまでになく良くなった。 みんな康平の後ろに、倉田の影を見ての行為である事は、判っていた。 しかし、気分はこの上なく良かった。 康平はこれで少し、世間の人々を見返してやった様な気になっていた。
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