長編 #3148の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
四日後の夜、夕食を終えた頃、浜田は姿を現した。確かこの男、独り者だっ たと聞いている。だから、比較的、時間の融通が利くらしい。 「西山君、どうかね」 浜田の態度は四日前と変わっていなかった。相も変わらず呼び鈴は鳴らさず、 不作法に乗り込んできた。 「とりあえず、上がってください。さあ、浜田さん」 私は食堂の方へ、彼を案内した。そこのテーブルには夕食の残りに加え、酒 の用意をしておいた。 「飯を終わったところで、散らかってますが……酒、飲むでしょう?」 「ああ、いただこうか。それにしても」 と、浜田はざっと食堂を見回した。そして感心した風に、 「男やもめにしては、きれいに片付いているな。それにおかずもいい物を食っ ているようだねえ」 「ほとんどができあいの物ですよ。きれいに掃除しているのだって、紀子が生 きているように見せかけるため、必死になってやってるんですから」 私は作り笑いをしてみせる。とにかく、疑われてはならない。もっとも、こ の男、少しも疑っている様子はない。それどころか、私より優位に立っている 気持ちがあるらしく、隙だらけだ。その方が、私にとって都合がよくはあるが。 「そりゃあ、大変だな。思わぬところで苦労をしているって訳だ」 豪快に笑ってから、浜田は、私の注いでやった酒を飲み干した。全く、疑い もしないで……。 「計画、何かいいアイディアが浮かびましたか?」 「いやあ、色々と考えては見たんだが、これっていうのはないなあ。ま、聞い てもらうだけ聞いてもらおうと思っている。君の方はどうだい?」 彼は私へ酒を差し出してきた。 「あ、酒は私はいいです。この顔、見てくださいよ。今まで散々飲んで、真っ 赤だ。これ以上、飲むと、計画を話せなくなる」 私は自分の顔を指差した。先ほど、鏡で確認したところ、本当に酔っている ような赤に染まっていた。と言っても本当にアルコールが入っているのではな い。メーキャップ技術の賜物だ。 「そうか、残念だな……。でも、そう言うからには、計画の方はどうにか目途 は立っているんだ?」 「ええ、まあ」 軽く笑って、うなずく。もちろん、浜田の言っている計画と、私の頭にある 計画とは異なっているのだ。 「で、どちらから話しましょうか?」 「そうだなあ。西山君のがどうやら本命となりそうだから、そちらは後回しに して、俺から話そうかな」 嬉しそうに酒を飲みながら、浜田は薄ら笑いをしている。唾を吐きかけたく なる面を目にしたのは、生まれて初めてだ。 「じゃ、お願いします」 ともあれ、私は相手を促した。『効き目』が表れるまで、なるべく引き延ば す必要がある。 「割と問題になるなあと思ったのは、遺体に灯油をぶっかけるという芸当がで きないことだなあ」 語尾が間延びしがちになってきている。これこそ、薬の効果の表れと見てよ いのだろうか。それとも単に、浜田の酔ったときの癖なのかもしれない。もう しばらく待たねばならないようだ。 「灯油を使えば、かなり念入りに焼却することが可能なんだが、それぐらいの こと、警察もすぐに分かるだろ?」 「そうでしょうね」 「だったら、あいつらは、これは事故死ではないと判断すると思う。灯油を被 ってから事故死する輩はいないからな」 不意にまぶたを押さえた浜田。眠くなってきたのは間違いない。風邪薬の錠 剤を潰して粉末にしただけの物だが、量が多いせいもあったのか、かなり効き 目はありそうだ。見ている内に、浜田は大きなあくびの連発を始めた。 「ううー。いかんな、眠くなってきた。どうやら、飲み過ぎたようだ」 「大丈夫ですか?」 「う……。いや何、久しぶりにうまい酒を飲ませてもらったからかな、ついつ い、ピッチが上がったのかねえ。いつもはこんなに早く、酔いが回るはずない んだが。いつもは安酒ばっかで」 喋っている途中で、しゃっくりのような音を出した浜田。 まずい、と思う。いくら薬が効いたにしても、しゃっくりが始まっては、簡 単には寝付かないのではないか。私は歯ぎしりする思いで見守る。 「水を一杯、くれないか」 妙に浮ついた声で浜田が言ってきたので、私は慌てて洗面に立ち、水をコッ プに汲んで戻った。これにも風邪薬を混入してやろうかという考えが、脳裏を ちらりとかすめた。が、あまり時間を取っても怪しまれると思い直し、そのま ま渡す。 「すまんね」 浜田は喉を鳴らして、一気にコップを空にした。 「うー、やっぱりだめだな。頭がすっきりしない。もやがかかっている感じだ よ。もっと酒を飲んだら直るかな」 饒舌な浜田。じっと観察していたが、どうやらしゃっくりは落ち着いたらし い。まずは安心だ。 うまい具合に、再び浜田は、酒を胃袋へと流し込み始めた。この調子でいけ ば、その内、ぐっすりと眠りこけてくれるだろう。今のところ、思う壷に運ん でいる。 「悪いなあ、折角、俺の案を話そうと始めたばかりだったのに、どうにも辛抱 できん。頭痛までしてきた」 「いいんですよ、無理しなくても。何でしたら、枕と毛布でも持って来ましょ うか。横になるといいかも」 「ん? ああ、そうさせてもらおうかな」 私はさっさと動き、枕と毛布を持って来てやった。 「本当に悪いな。一時間ほどしたら、起こしてくれよ。そのとき、相談の再開 だ」 「分かりました。僕の方は、計画を完璧にするため、もう少しだけ、自分一人 で考えてみます」 こちらがそう言うと、浜田は安心したのかどうか、毛布を顔の下半分が隠れ るぐらいに引き上げ、目を閉じた。 そのときの私は、緊張した面持ちだったろう。じっと待った。三分も経って いなかったろう。やがて、浜田の口からいびきが聞こえ始めた。 「浜田さん? 浜田さん?」 二度だけ、普通の声で呼びかけてみた。反応はなし。もう、すっかり眠り込 んだものと見える。 (よし) 私は心中、つぶやいた。 私の考えた計画とは、浜田を行方不明にしてしまうことだった。だから、ど んな殺し方をしようが、支障はない。 浜田、この男こそが紀子を殺したのだ。あまつさえ、私にこんなふざけた相 談を持ち込むとは、人間の神経を持っているとは思えない。 私の気持ちとしては、滅多刺しにしてやりたい。血にまみれた死をくれてや った上、ばらばらに切断してやりたい。それでも飽きたりない程だ。 だが……そればかりは断念せざるを得ない。何と言っても、ここはこれから も自分が暮らす家である。血が飛散しては始末に労を取られるし、恐らく見落 としが出てくるだろう。そもそも、紀子との思い出に満ちたこの邸を、こんな 最低の男の血で汚す訳にはいかないのだ。 私は、せいぜい、頭の中で空想するにとどめ、別の殺人手段を選ぶことにし た。血を流さぬ方法。毒物を入手できるような立場にない私にとって、最も簡 単な方法となれば一つ。絞殺である。 私はあらかじめ用意しておいた凶器−−ビニールロープを取り出した。新品 で強度も充分だ。酔っている人間なら、楽に殺せるだろう。 私は軍手をはめた。両手で、ロープの端をそれぞれ持つ。一度、力を込め、 ロープを引っ張った。びん、という音が、食堂に短く響いた。 「浜田……」 気の利いた台詞でも続けてやろうかと思ったが、あまりに芝居がかってしま うのでやめた。それに、こんな男に贈る言葉は必要でない。一人寂しく、死ぬ がいい。どうして殺されるのかぐらい、最低野郎のおまえでも分かるだろう。 私は浜田の枕元に立つと、邪魔になる毛布を下げた。そして浜田と向き合う 形で、奴の身体をまたぐ。私の影がその顔に差したが、浜田は眠ったまま。 ふわりという感じで、ロープを浜田の首にかける。顎のすぐ下ぐらいにロー プが来るよう、ずらしてあてがう。ついで、手前で交差させた。 「死ね」 一言。 力を込めた。首の骨をも折れよとばかり、満身の力を両手に集中させた。自 然、目はつぶってしまった。よって、浜田の死にゆく様は見届けられなかった。 どのくらいの時間、そうしていたことだろうか。手がしびれてきたので、力 を抜いた。ロープの位置がずれ、浜田の首に青黒い痕が付いているのが見えた。 これを見る限り、相当長い間、首を絞め続けていたのではないだろうか。 それから、首の上に視線を移す。さすがに少し、恐怖心が起こった。 ひきがえるのような浜田の顔は、ほとんどひきがえるそっくりになっていた。 金魚のようにぱくぱくさせていたのだろう、その口は丸く固まっており、よ だれがだらだらと筋を作っていた。少量だが、血が混じっている。 よく見ると、浜田の両手が首の位置に来ていた。ロープを緩めようと、必死 にもがいたのだろう。首には己の爪で引っかいたらしき傷がいくつもあった。 死んでいる。 私はそれを確認すると、ロープを無造作に引っ張り、奴の首から外した。こ すれる音がした。 毛布を剥ごうとしたところで、私は小さなミスに気付いた。絞殺の場合、失 禁することがあるという。浜田の奴が失禁していたら、色々と面倒だし、何よ りも不快だ。毛布はそのままにし、奴の身体をくるむのに使うことにした。幸 い、この毛布も買ったばかりの新品だから、どうとでも処分できよう。 浜田の遺体が見えなくなるよう毛布で巻いてやってから、私は別のロープを 持って来た。これでさらに縛ってやる。精神的に、これで運び易くなるだろう。 私は遺体を担ぎ出す前に、周囲にざっと目を走らせた。よし、浜田がここに 来たという痕跡は何もない。私は満足して、一人うなずいた。 担いでみると、浜田は重たかった。紀子よりずっと重く感じられる。紀子と 違って、こいつは別にどうでもいい『物体』だ。わざわざ担ぐこともないと考 え、引きずることに変更した。 ずるずると音をさせながら引っ張る。部屋と部屋との合間に来ると、その段 差に遺体の頭部がぶつかる音がした。 「悪いね、浜田」 冗談めかした台詞が、勝手に口をついて出る。 独り者の浜田は、相談の内容が内容であることもあって、今夜、ここに来る ことを誰にも話していまい。 加えて、奴の会社は傾きかけている。いつ、社長の浜田が失踪しても不思議 じゃないだろう。 この二点が着け目だった。おかげで楽にことが運べる。 気になるのは、やはり隣近所の目だ。ひょっとしたら、浜田がこの邸に入る ところを誰かが見ていたかもしれない。用心して、夕食どきを選んだのだが、 絶対に目撃されなかったとは言い切れまい。 だが、仮に目撃者がいたにしても、「浜田が出ていくところを見なかった」 という状況は割合と簡単に成立するだろう。実際は、浜田は自分の足でこの邸 を出ていなくても……。よって、この点も、さほど気にする必要はなしと判断 したい。 浜田の遺体の始末方法を考えるにあたって、真っ先に思い付いたのは、紀子 と同じように地下室に葬ることだった。だが、それはできない。あんな奴を紀 子と同じ場所に置くなんて、私の気持ちが許さない。それならまだ、邸の屋根 にでも投げ出しておく方が、よほどましだ。 その思いを突き詰めていくと、浜田の肉体をこの屋敷内に置くこと自体、汚 らわしく感じられてきた。ここは、どうしても外に運び出さねばならない。 ずるずると引きずってきて、ようやく、勝手口までたどり着いた。ここなら 出入りしても人目に付かない上、車のある車庫まで最短距離で行ける。 そうは思っても、外へ踏み出すのはためらわれた。勝手口の戸を開け放し、 車庫への通路も確保する。勝手口に戻り、心ならずも浜田の身体をかつぎ上げ る。一気に運びたい気持ちがあったからだ。 息を殺し、一歩。また一歩。早足で進む。それにも関わらず、すぐそこの車 庫の扉が、百メートル走のゴールラインのように感じられた。 やっとのことで車庫に転がり込めた。そんな心持ちで、どっかと腰を下ろす。 浜田の遺体なんかは、もちろん、すぐに床へと放り出した。 「ふうっ」 大きく息をついた。汗をかいていた。そんな重労働でもなかったのに……。 精神的疲労が大きいようだ。 しかし、のんびりしている時間はない。誰かが訪ねてきたら面倒だし、電話 がかかってきて、長い間、邸を留守にしていたとばれるのもまずい。こんなこ と、さっさと終わらせてしまうに限る。 私は車のトランクを開け、そこへ浜田を押し込んだ。毛布の端がはみ出ない ようにして、慎重にトランクを閉じる。 車庫のシャッターは常に開けている。だから、音を立てることがなく、助か る。私は運転席に乗り込むと、キーを差し込んだ。ゆっくりとそれを回す。ぶ るん、とエンジンの音がした。 遺体を捨てる場所は、もうすでに決めている。永遠に見つからぬ場所とはい かないが、『あの山』なら、世間から浜田の遺体を数年は隠してくれよう。 人も滅多に寄らぬと噂の、奥深い山だが、遺体を埋める必要はある。そのた めの道具は、しかし持って来ていない。この四日の間に、あらかじめ目的の山 へ出向き、適当な場所へ適当な穴を掘っておいたのだ。あとの懸念は、警察の 取り締まりに引っかかるかもしれないこと。こればかりは運を天に任せるしか ないが、なるべく安全運転で行くに越したことはない。 −−続く
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