長編 #3138の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
* * 紀子の遺体を人目から隠し終えたときのことを思い出すと、西山は目頭が熱 くなった。口では、おどけて「紀子さんの美貌半分、財産目当て半分」なんて 言っていたものの、本心ではこんなに思いが強かったのかと、自分自身で驚く ほどである。 しかし、現在の彼は違った。紀子のことばかり思っていられない。財産を自 分の手にし、「灯火」を将来も絶やさぬよう、磐石の体制を築きたい。大げさ に表現すれば、彼の気持ちの大きな部分を占めているのは、この一心である。 (そろそろ) 心中、つぶやく西山。彼は天井をにらみながら考えていた。 (次の行動を起こさねば。遺体が見つかってもおかしくない、自然な状況を演 出し、なおかつ、その死に一点の疑問も差し挟まれぬようにするために) 彼は頭の中で、そのための案を練っているところであった。 (条件としてはまず、死因を分からなくさせること、だな。と言っても、日本 の警察は優秀ということだし、科学捜査の技術とやらも進歩が著しいらしいか ら、簡単にはごまかせまい……。 まあ、俺自身、紀子の死因が分かっていないというのも不安ではあるか。か と言って、海に捨てても肺を調べられて、溺死じゃないとばれるだろう。死因 はごまかせないだろうし、いつ発見されるのか運命任せというのはだめだ。だ いたい、紀子の遺体を手放したくないんだ……。ふむ、ここともかく、遺体を 焼いくしかない……か。紀子を焼いてしまうなんて……。 火葬と思って、これにする。これしかないんだ。が、これも死因をごまかせ 得るかとなると、大いに不安だな。以前、ミステリー劇の脚本を書くときに調 べた記憶では……海に捨てるのと同じで、肺を調べれば煤を吸い込んでいるか どうかで、簡単に分かってしまうんだっけ。 肺を調べてそれを根拠とするんだったら、肺そのものが炭化してしまえば、 判定は困難になるんじゃないか? 紀子の身体を、そこまで徹底的に焼いてし まうのは、心苦しいが……) うめき声をこぼす西山。彼の苦しい煩悶が始まる。 結論は出た。 「僕のことを思ってくれるのなら……紀子、許してくれ。決して忘れるんじゃ ない。が、僕は『今』を取る」 西山は決意を声にして表した。心なしか、その声は震えて響いた。 六月は、梅雨の代名詞であるこの月に似合わない、晴天で明けた。前日であ ったならば、五月晴れと表現したいぐらい。 しかし、佳子の気持ちは、空ほどには晴れ晴れしくない。 大学からの帰途−−。 (どうしようか) 彼女は逡巡を続けていた。昨日の昼頃から、ずっとこの調子で、昨晩はあま り眠れていない。 彼女が考えているのは、もちろん、姉・紀子のこと。考えまい、考えまいと してきたが、それも二週間が限界だった。問題の六月を迎える直前には、もう こらえるのがつらくなっていた。 (六月になったんだから、聞いてもいいよね、うん) 自分を納得させるため、そんな自問自答を繰り返す。 それに決断を下したとしても、次の問いかけが待っている。 (直接、お姉ちゃんの家を訪ねるべきかしら。それとも、電話で聞くだけにし ておくのがいいのかなあ) 直に姉、あるいは西山誠一に会うと、何となく全てを聞き出すのはためらわ れる気がする。かと言って、電話で聞いただけでは、うまく答をはぐらかされ てしまいそうな心配が沸き起こる。 考えている内に、とうとう、マンションに帰り着いてしまった。 一瞬の静止後、佳子は、身体の向きを一八〇度、転換した。 (電話じゃだめ。やっぱり、直接会って、聞かなくちゃ) 佳子は、まるで何かの行進のように、力を込めて歩き出した。 気負い気味に、姉の邸を訪れた佳子だったが、そんな彼女の気持ちをくじく かのように、邸には誰もいなかった。 (留守?) 気分的に疲れてしまい、玄関先にしゃがみ込む佳子。 (そうかあ、失敗したなあ。電話で確認だけすればよかったのよ。今、いるの かどうかだけを) 佳子は、スカートのポケットから、渦巻型のキーホルダーを取り出した。そ こには、四つの鍵。一つはマンションのキーで、一つがそのスペア。残る一つ が、姉から渡された、邸の鍵。 「入っちゃおうかな」 声に出してみる。 これまでも、たまにこの鍵を使用することはあった。だが、それも姉が西山 と同居するようになってからは、遠慮するように心がけている。 キーホルダーの鍵同士がぶつかり、ちゃりんと音がした。 それを合図としたかのように、佳子はさっと立ち上がった。 (今ぐらい、私の勝手にさせてもらおう。さんざん、人を心配させてるんだか ら、お姉ちゃん達に文句は言わせないわ) 鍵を選び出し、ドアノブの鍵穴に差し込もうとする。 そのとき−−。 「どうしたの?」 と、背中に声をかけられた。 どことなく悪いことをしている気があった佳子は、びくっとして振り向く。 その拍子に鍵を手から落としてしまった。 「何だ、西山さん……」 そこにあった顔を見て、佳子はほっと安心できた。 「びっくりしちゃった、警察官に見とがめられたのかと思って」 「おやおや」 おどけた顔をする西山。こういうとき、佳子は、この人は役者をやっていた んだと思い知らされる。 おどけた口調のまま、西山は続けた。 「よほどやましいことをしていたようだね。何を?」 ちらっと舌を出し、軽く笑いながら、佳子は鍵を拾った。そしていたずらを 見つけられた子供のように、 「来てみたら留守だったから、勝手に上がらせてもらおうかなと思って、がち ゃがちゃとやっていたんです。それが挙動不審に見えたんじゃないかなって」 と、言い訳めいた説明をした。 西山の方はと見れば、かすかに口元をゆがめただけで、笑顔はそのままだっ た。 「そうか、悪かったね。来ると分かっていたら留守になんかしなかったんだが。 電話してくれればよかったのに」 「私も、ここに来てから悔やんでいたところだったんです」 「どれぐらい待った?」 「そんなには」 そんなことを話しながら、二人で中に入った。 「あの……お姉ちゃんと一緒じゃないんですか?」 紅茶を入れてもらってから、佳子は西山に聞いてみた。 「やっぱり、そのことだったんだね」 コーヒー派の西山は、カップにミルクを落としながらうなずいている。 「砂糖、何個?」 「え? あ、二個」 戸惑ってから答える佳子。角砂糖二個が、彼女のカップに落ちて、かき混ぜ るまでもなく崩れた。 「ミルクは?」 「レモンをもらいますから、いりません。あの、はぐらかさないで−−」 「はぐらかしているんじゃないよ。どうしてこうもタイミングが悪いんだろう なと、おかしくなってね」 含み笑いをする西山は、コーヒーカップに口を着けた。 「紀子はちょっと用事があって、僕とは別々に出かけたんだ。どうやら、僕の 方が早く帰ってきたようだ」 「何の用事?」 「紀子の、かい?」 極自然な感じで、西山は佳子の姉のことを呼び捨てにしていた。 「うーんとねえ……このことを話すと、また佳子ちゃんに心配かけちゃうから なあ」 と、佳子の顔に目を向けてくる西山。 「かまいません」 もう、どれだけ待たせるつもりかしらと思いながらも、それはお首にも出さ ず、平担な調子で応じる佳子。 「実は、指輪のサイズを直しに行ってるんだよ、紀子は」 「指輪のサイズって……ひょっとすると婚約指輪ですか?」 「それもあるけど……それよりも、指輪のサイズが合わなくなったこと、知っ ていたみたいな口ぶりだけど、佳子ちゃん?」 「いやだ、西山さん」 「え?」 分からない風の西山。 長野に行ったとき、旅館・ホテルに姉のことを聞いて回る内に知ったことで ある。あのとき、話したんじゃなかったかしら、と自分の記憶を確かめる佳子。 (うん、間違いない。西山さん、忘れてる) 確信できた佳子は、西山に思い出してもらうよう、あのときのことを話す。 話を聞いている内に、徐々に記憶が蘇ってきたのか、西山は「そうか」と、 感心したような声を発した。その表情は照れたような笑いを浮かべている。 「聞いた憶え、あったあった。いや、恥ずかしいな。まだ物忘れするような年 齢じゃないと思っているんだけどね」 どこまで本気なのか、西山はそう言った。 「そんな、若いくせに何を言ってるんですか。もっとしっかりしてくれなきゃ、 困ります」 「そうだね。疲れているのかな。ああっと、また佳子ちゃんには不安な思いを させた訳だ。重ね重ね、すまないね」 「それより、指輪、全部が全部、合わなくなったんですか」 「そうらしい」 心苦しそうな西山。 「かなりの指輪を持っていったようだから、紀子の奴」 「お姉ちゃんがそこまで痩せた理由は、やはり喧嘩が」 「喧嘩と言うより、ちょっとした行き違い。それだけのことだったんだけど、 紀子には堪えたらしくて……。今になっても指なんかはほっそりしている」 「体調の方は……」 心配がどんどん広がる。そのため、思わず、腰を浮かし加減になった。 「大丈夫みたいだ。その点については、僕も安心させられてね。こっちに帰っ てから、いきなり家事をやり出すと言うから、慌てて止めようとしたんだけど、 『動いていれば調子も戻ってくる』って言い張るものだから。好きなようにさ せてたら、本当に元気になったようだし」 そのように言われて、ようやく佳子は背をソファに着けた。 「じゃあ、元気なんですね」 「元気も元気。そうじゃなかったら、一人で紀子を出したりしないさ」 「それもそうですよね。あ、もうすぐ結婚式、挙げるんでしょう?」 「そのつもりだ。本当にハワイに行くかどうかは分からないけど、とりあえず、 こじんまりと。自分達の懐具合を考えると……いや、違った。僕の懐具合が紀 子のを圧迫しかねないからね。あんまり、無駄遣いはできないんだよね。 あ、とりあえず、籍の方は入れさせてもらったんだ。本日、六月一日付けを もって、正式に夫婦となった」 「え? そうだったんですか」 あまりに突然の話に、佳子は面食らってしまった。たとえ、前々から聞いて いたにしても、驚いてしまう。 「そういうこと。だから、僕は君の義理の兄ってことになる訳さ」 「あ、そうですね。えーっと、おいくつでしたっけ?」 「まだ二十七なんだよ」 髪をかき上げる西山。 「それがどうかした?」 「つまり、六つ違いのお義兄さんということですね。どんなお義兄さんぶりを 発揮してくれるのか、楽しみにしてますから」 −−続く
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE