長編 #3134の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「仕方がないか……。そ、そうだ。り、理恵子は……?」 男はときどき、痛みに顔をしかめながらも、元の妻を気遣うところを見せた。 それがポーズなのか、本心からなのかは彼以外の誰にも分からない。 「ああ、大丈夫だ。わしが診たところ、精神的にショックを受けていた。多分、 実際にピストルを撃って、その衝撃と血の赤さに驚いたんだろうな。まあ、今 は薬で眠ってもらっとる。おまえさんはそれよりも、自分の身体を心配せい」 「せ、先生、どうも……」 そんなやり取りがあったあと、場面は一気に翌朝となる。 以後、粗筋にあった通り、周囲を処女雪に囲まれた変形の密室殺人が表面化 する。被害者の老人は頭部をピストルで撃たれており、凶器は離れに落ちたま まだったらしい。そして、被害者の両腕は、きれいに布団の中に収まっていた。 ここでも、佳子はがっくり来ていた。何度目の落胆だろう。 (布団の中に老人の腕が収まっていたということは、少なくとも、老人自らが 頭を撃ったのではないことになるわ。自分の頭を撃ち抜いてから、腕を布団に 潜り込ませられるはずないもの。つまり、これは明らかに他殺。現場は雪の密 室状態なのに、どうして他殺なのかしら? 密室にした理由がなくなるじゃな い。それとも、作者が考えていなかったとか。ラストで鮮やかに解決してくれ たら、文句ないんだけどさあ……) 彼女があれこれ考えている内にも、劇はどんどん進行する。 「本山さん、あなたは午前二時から四時頃の間、何をされていたか、客観的な 証明ができますか?」 西山誠一扮する榊京太郎が、鋭い調子でやっている。 (へえ、どうやら、西山さんが探偵役みたいね) と、佳子は判断した。 (思っていたより様になっているけど、果たして、名探偵なのかしら?) 佳子の頭の中の疑問が届いたかのように、舞台上の西山はタイミングよく、 大見得を切った。 「そろそろ正体を明かしてもいい頃合みたいですね。私は、ここの主たる鷲乃 宮正太さんから依頼を受けた、探偵です」 「探偵?」 可憐な少女が言った。 佳子はようく目を凝らし、その少女が西山誠一の妹・安奈だと気付いた。二 度ほど会っただけだが、年齢を知っているだけに、信じられない。うまく化け たものだと、ただただ感心してしまう。 「その通りです、お嬢さん。でも、素行調査専門の私立探偵なんかではありま せんよ。刑事事件をメインに取り扱う、名探偵のつもりですから」 どうやら純粋なパズラーらしい。少なくとも、これだけ非現実的な人物を登 場させるからには、脚本を書いた人−−西山誠一は、そのつもりでいるはずだ。 物語は進む。その途中で、佳子はようやく思い当たった。先ほどから気にな っていた既視感というか既読感−−この作品が、アガサ・クリスティの「地中 海殺人事件」のアイディアを拝借しているということを。 果たしてクライマックスで、名探偵が指摘したのは、足を負傷して動けない はずの男だった。 佳子がうんざりしかけていたそのとき、不意にお嬢さん−−西山安奈が立ち 上がった。そして大きな声で発言する。 「おかしいですわ、探偵さん」 「何?」 自分だけの独壇場だと思っていた晴れ舞台を邪魔された証のように、探偵は 不機嫌な表情をした。 「どこがです」 この問いかけに、お嬢さんの答は要約すると次のようになる。 −−もし、足を怪我した男が犯人ならば、彼が自分の足を撃ったのは離れで あるはず。それならば、どんな密室トリックを使ったにしろ、雪に血の痕跡が なかったのはおかしいではないか。 「それは、その」 探偵は途端にしどろもどろになった。何とか説明を着けようと努力するが、 うまくいかない。やがて、彼の論理は支離滅裂なものとなっていった。 観客の誰もが意外に思ったであろう、探偵役のお鉢は、お嬢さんに回された。 (ふうん、ひっくり返してくれるのね、期待大!) 拍手喝采したい気持ちになってしまう。このときばかりは、現実のわずらわ しさを忘れていられる。 そのあとは、お嬢さんが名推理を披露。数多い容疑者を論理的に絞り込んで いき、最後に残った小学生の女の子が犯人だと指摘された。 密室と思われたのは、女の子の母親−−彼女は第一発見者でもあった−−が、 朝、雪に残る小さな足跡を見つけ、言葉にし難い不安に駆られる。そして、そ の足を踏み潰すようにして自分の足跡を残したというのが真相だとされた。 佳子の評価は、物語途中の文句はどこへやら、大きく変わった。本格物に対 するちょっとした皮肉に満ちた、なかなかの出来だったと。 (会いに行かないつもりだったけど、これは、ぜひ、控え室に行って、西山さ ん達に感想を言いたいわ) すっかり、姉のことは頭の片隅に押しやり、佳子は嬉々として席を立った。 控え室前まで来る。時間をずらしたせいか、他に観客の姿は見当たらない。 「西山さん」 声の小さくなる佳子。 考えてみると、控え室を訪ねるのは初めての経験なのだ。 もう一度言って、ノックをしようとしたそのとき、 「……な、いいじゃないか……」 という声が聞こえてきた。 (え?) 最初、自分が話しかけられているのかと勘違いした佳子は、すぐに気が付い た。中で誰かが話をしていると。 ドアに心持ち近寄り、耳を傾け、すましてみる。話をしているのは二人で、 その内の一人が西山誠一だということは、すぐに分かった。 「何のために?」 もう一人の、聞いたような声は女性のものだった。 「何のためにそんな面倒なことをするの、お兄さん?」 ここでようやく、佳子は見当づけることができた。もう一人は誠一の妹、西 山安奈なのだ。 「芝居の練習と思ってくれ。役作りのいい勉強になるだろう?」 どこか哀願するような響きが感じられる、誠一の声。 「勉強ねぇ……。私がお兄さんの恋人役をするのが?」 再び、佳子は、えっと思った。 (恋人役って……どういうことなのよ) 疑問が鎌首をもたげる。 (お姉ちゃんがいるんじゃないの? 西山さん……) しかし、ドアを開けることは、どうにもためらわれた。 「紀子さんが怒るわよ」 「そうじゃないさ。紀子とうまくやっていくための予行演習。女に慣れていな いからなあ、俺」 「冗談ばっかり」 うふふという安奈の笑い声が聞こえた。 (そうだわ、お芝居よ。これ、演劇の話なんだ。次の題材を探して、色々と話 をしているに違いないわ、きっと) 佳子は、それで自分を納得させた。そして真実を確かめる勇気を出せぬまま、 そっと扉の前を離れた。 (どうして控え室の前に来ちゃったんだろ。あんな話、聞きたくなかった。分 かっていたら−−) そんな後悔の念を抱き、奥歯を噛みしめつつ……。 3 不格好な婚約指輪 ゼミでの発表に備え、部屋で勉強をしていると、電話のベルが鳴った。 佳子はびくりとし、ついで期待をしながら送受器を持ち上げた。 「はい、横澤です」 「僕だ、西山誠一」 期待していた通りの相手からの電話に、佳子は無意識の内に、耳を送受器に 強く押し当てた。 「西山さんですね? 今、どこにいるんですか?」 佳子は早速、聞きたいことを尋ねた。彼と姉の紀子が旅先で合流し、その連 絡を待っていたところだ。 「予定通り、長野をうろうろしていたんだけど」 向こうからの声が、何故かすまなさそうになる。強い相手に出会った子犬の ような、おどおどした印象……。 佳子は怪訝に思い、すぐに次の質問を重ねる。 「どういうことなんです? 分かるように話してください」 「ごめん、佳子ちゃん。紀子……さんを怒らせてしまったんだよ、俺」 「はい?」 まだ分からないというつもりで首を傾げた佳子。もちろん、電話の相手に見 えるはずもないが。 「つまり……喧嘩をしてしまってね。それもかなりの大喧嘩を」 「あの、お姉ちゃん、今、そっちにいるんですか?」 気になってたまらない。佳子は、感情で声を大きくした。 「それについては、何度でも謝る用意がある。……はっきり言うとね、紀子さ んは側にはいない。この街にいるのは間違いないと思うんだけど」 「分からないわ、西山さん。どうしてそんなことに」 「それが、本当につまらないことで喧嘩をして。いや、その理由というのも言 いにくいんだけど」 「言ってください」 「……本末転倒になっちゃうんだが、佳子ちゃんや浜田さんから言われていた ことを、紀子さんに伝えたら、彼女、むくれちゃって。『私や西山さんのこと をそんなに信用できないのか』ってね」 「そんな……」 頭が混乱しそうになる佳子。 「で、でも、そのことで西山さんとお姉ちゃんが喧嘩する必要は全くないでし ょう。違います?」 「それだけならね。僕も変にむきになるところがあって、ついつい、君達の方 を弁護してしまったんだが……これがまずかった。いよいよ、紀子さん、不機 嫌になってしまって、とうとう、別行動を取ると言い出した。必死になだめよ うとしたんだけど、見失ってしまって」 西山の話に、あっけにとられる佳子。まさか、と思う一方で、姉ならやりそ うなことだとも思えてしまう。 「西山さん。あなたが、お姉ちゃんと離ればなれになってしまったのは、何日 前からなんですか?」 「昨日の夜、旅館で。半日だけ待って、見つけられなかったから、こうして佳 子ちゃんへ電話をしたんだよ」 「そうだったんですか」 考える佳子。 まだ、姉が『本気』なのかどうか分からない。西山さんを困らせるため、あ るいは佳子自身を心配させるために、身を隠しているだけとも考えられる。 だが、どんな場合にしても、事故や事件に巻き込まれる可能性が皆無とは言 い切れないのも事実だ。 「あの、そちらの新聞、細かくチェックしておいててください。ないとは思い ますけど、万が一にも、交通事故に遭ったとかになっていたら、大変ですから」 なるべく自分を冷静に保ちつつ、佳子はそうお願いした。 「分かった」 明朗な返答。 「多分、その点は、身元を知らせるような物を身に着けているから、大丈夫だ と思う。もちろん、現時点じゃあ、何も起こっていないよ」 「そうですか」 そうしてしばらく逡巡してから、佳子は踏ん切りをつけて言った。 「あの、私、そちらに行ってもいいですか?」 「え、何だって?」 「私も行って、お姉ちゃんを捜したいんです。ちょうど、ゴールデンウィーク に入ったところでしょう。都合もどうにかなると思いますし、ぜひ、そうした いんです」 「うーん……」 相手の戸惑っている様子が、回線を通して伝わってくる。 「いいでしょ?」 「しょうがないな。費用の方は、大丈夫なのかい?」 「どうにか。それより、今いる旅館のことを教えていただきたいんですけど」 メモを手元に引き寄せながら、佳子は早口で要求した。 「はあ、そうだったね。しかしね、思うんだけど、探すのなら二手に分かれた 方がいいと思うんだ」 「二手と言いますと」 「文字通りの意味さ。僕はこれから、今度の旅で利用した旅館を回ってみよう と思っているんだが、それとて、二手に分かれた方が効率がいいだろう。もち ろん、佳子ちゃんが一人でも大丈夫だと言ってくれるんなら、だけど」 子供扱いされたくない気持ちも手伝って、佳子は大丈夫だと答えた。 「それはありがたい。だったら、なるべく市街地の旅館をお願いするよ。メモ の用意、いいかい?」 「はい、どうぞ」 そして、西山が旅館の名前と住所を読み上げ始めた。次々と書き取ってゆく 佳子。全部で三軒。 「これだけですか?」 メモを眺めながら、確認する佳子。 「佳子ちゃんに行ってもらいたいのは、それだけ。僕は紀子さんが一人で回っ たところに、聞いて見るつもりでいるから」 −−続く
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