長編 #3129の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「泣いて許しを請うとか、格好よく『本気なのはおまえだけだ』って言ってく れるなら、まだ考え直す余地はあったのにね。あの人ったら、どうしてああも 間抜けなのか……。開き直ってさ、私に言うのよ。『君との暮らしに家庭はな かった』って。結構、文学的かなとも思えるんだけれども、あのときのあの人 の顔ったら、ほんと、図々しかった。それならそっちはどんな努力をしたって んだ! 怒鳴ってやったらさ、『幸いと言うべきか、子供もいないことだし… …終わりにしないか』だって。展開が早いの何の、連続ドラマの総集編みたい」 「……仕事のせい?」 恐る恐る。そんな調子で、佳子は聞いてきた。 「ん、まあ、根本はそれかな。おかしいよね。本当は働かなくても暮らしてい くのに充分なお金はあるのに、二人とも今風を気取っちゃって、その結果がこ れ。あ、言い忘れてたから、ここで言っちゃおう。私ね、仕事も辞めたから」 「ああ、そう」 もはや、佳子に驚きの色はなかった。彼女は続けて言った。 「仕事については、それがいいよ。お姉ちゃん、OLには向いてないと感じて たんだ。だいたい、お父さんお母さんが遺してくれたビルとか駐車場とかで、 充分に食べていけるんだから」 「そりゃあそうだけど−−」 紀子のあとの台詞は、佳子に遮られた。 「言わなくても分かってるって。頼っちゃうとだめになる気がするから、働き に出てたんだよね。でも、この辺りでそれも一段落していいんじゃない?」 「……」 「お姉ちゃん、まだ、再婚する気、あるんでしょう?」 「ちらっとは」 「だったらさあ、しばらく、遊び歩いてみたらどうかな。お姉ちゃんが今の私 ぐらいのとき、お母さん代わり−−ううん、両親の代りになって、私を育てて くれたもの。何て言うか、いわゆる『青春を楽しむ』ってことが、なかったも んね、お姉ちゃんは。だからその埋め合わせにさ、たっぷり遊ぶの。折角、一 人に戻れたんだから」 「馬鹿ね、余計な気遣いをして。親代わりったって、遺産のおかげで金銭面は さして不自由しなかったし、精神面でも叔父さんが助けてくれたんだから……」 「いいの!」 押しつけるように言った佳子。そのときの彼女の顔は、いいことを思い付い たとばかりに輝いていた。 「独身貴族、いいじゃないの。資産もそれなりにあるんだし、言い寄ってくる 男もあまたかもね」 「……」 何度目かの「馬鹿ね」を口にしようとして、紀子は思いとどまった。佳子と 話している内に、気が付いてみれば、もやもやは晴れていた。 「よしっ」 シャンペンを一気に呷ると、紀子は、 「大いに遊んで、男を見つけてやろうじゃないの。前の旦那なんか足元にも及 ばない、私にぴったりの人をね」 と、高らかに宣言した。 佳子は小さく拍手をしている。 「でも、叔父さんには黙っておかないとね」 秘密めかして、佳子が目配せしてくる。うんうんとうなずき、応じる紀子。 「浜田の叔父さんも、お金じゃあ苦労しているみたいだもんねえ。私が財産を 食い潰すようなこと始めたと知ったら、目を白黒させて怒鳴り込んで来るかも」 「あり得る。叔父さん、親切な人なんだけどな。お金にはルーズ、私達のお母 さんからの遺産も、ほとんど使い切ったって聞いたけど、本当なのかしら」 「ルーズって言うよりも、経営手腕が鈍ってきたって言うべきかもしれないわ。 叔父さんの会社、急成長したソフトメーカーだから、景気の変動に脆い部分も あるらしいけどね。たまあに、金策に来られることもあったんだ。さすがに最 初の一度だけ応じて、そのあとはお断りしているけれども。 ああ! こんな話こそ、今夜に似つかわしくないわ。やっと気が晴れたのに、 また滅入ってきちゃう。目の前のご馳走、片付けないと」 腕まくりしてみせる紀子。一気に食べてやるぞというポーズ。 佳子も声を立てて笑いながら、それに加わってきた。 女二人のクリスマスっていうのも、結構、楽しいものだ。紀子は心の隅でそ う感じていた。 劇団「灯火」。 白抜きの、厳めしい字面。入口で手渡されたパンフレットの表には、ただそ れだけが記されてあった。残りは黒一色で塗りつぶされている。 紀子は歩きながら、パンフレットを裏返した。そこにある文字を、口に出し て読んでみる。 「『さが』……?」 自分て言った言葉がおかしく感じられる。発音の抑揚は、「佐賀県」の「さ が」になっていた。 「『刑事のさが』とか、『女のさが』の『さが』ですよ」 背中に声をかけられた。一瞬だけ、それが自分にかけられたものであるかど うか迷った紀子だったが、すぐに判断を下して振り返った。 「すみません。何の予備知識もなしに来たものですから」 紀子は声の主の顔も見ずに、丁寧に謝り、頭を下げた。相手が何者だろうと、 もしもこの劇団の熱烈なファンだったら、自分のような客には気を悪くするだ ろうと慮っての行為である。 「頭を下げられても困るなあ」 声の主の男−−そう、男−−は、屈託のない笑顔を見せていた。彼の手にパ ンフレットは見当たらない。 「本来なら、こちらが頭を下げないといけないんですよ」 「と言いますと……?」 紀子は聞き返しながら、相手の容姿を観察した。 こざっぱりしているというのが第一印象。鼻筋が通った二枚目と言っていい だろう。さらさらした髪は、額にかかる程度の長さ。身長は並だが、悪くない スタイルだ。何と言っても、声に張りがあるのが魅力。ただおかしいのは、顔 にうっすらと化粧をしているらしい点だった。 「僕は西山誠一と申します。これでも『灯火』の主宰者なんです」 「ま……。それは失礼をしました」 紀子は自分の顔が赤くなるのを感じた。重ねて頭を下げてしまう。男が化粧 をしているのも納得できた。 「いえ、初めてのお客さん、大歓迎です。自分達で言うのも何なんですけれど、 うちの劇団には、それなりに固定客が着いているんです。でも、それだけじゃ あ、大きな発展は望めませんからね」 西山にそのつもりがあるのかどうか、口元から歯が覗いて見えた。煙草をや るらしく、若干ではあるが、曇った白色をしている。 「どうぞ、楽しんでいってください。退屈でしたら、すみません」 いささか冗談めかした口ぶりで締めくくると、西山は髪を揺らして頭を下げ た。そうして、控え室かどこかへと向かって、歩き出していった。 (何か……面白い人。坊やって感じ) ホールへと歩きながら、そんなことを考えた紀子。席におさまると、開演前 の薄暗い中、パンフレットを繰った。 (西山、西山、と) 半ば口にその名を出しながら、彼女は西山誠一の名を探した。 主宰者としての挨拶が、最初のページにあったが、お座なりの歓迎の言葉に 演劇論めいた文章だったので、それは斜め読みする。 出演者の欄にも、西山誠一の名はあった。さほどメジャーでないアマチュア 劇団のパンフレットなので、顔写真はない。 「あら」 今度ははっきりと声に出してしまった。幸い、まだ開演前だったので、とが められずにすむ。 (二十七歳だったのね。ちょっと、そうは見えなかったな) では何歳に見えるのかと問われても、多分、紀子は答えられなかったであろ う。二十七歳より若くも見えるし、それ以上にも見える。結局、二十七歳辺り がぴたりとはまる。そんな感じなのだ。 <開演五分前です。お客様はお席にお着きになって、お静かにしてくださいま すよう、お願いします> 場内アナウンスが響いた。観客は意外に入っており、客席の六割方は埋まっ ているだろうと紀子は見当づけた。 しばらくして、もう一度アナウンスがあり、場内の明かりはほぼ落とされた。 逆に、今まで暗かった半円形の舞台が、強い光で浮かび上がっている。 紀子は気付かないでいたが、舞台にはいつの間にか、居酒屋らしきセットが 組まれていた。恐らく全て造り物なのだろうが、店の棚を表すセットには、様 様な酒瓶が並んでいる。カウンターがあり、背の高い丸い椅子がいくつか並ん でいた。 カウンター越しに、黒い物が見えた。紀子が想像した通り、それは身をかが めたバーテンダーの背中だった。黒いチョッキに白シャツを着ている。 身を起こしたバーテンダーは、オールバックに髪をなでつけ、口髭豊かであ った。外見も仕種も様になっている。 バーテンダーが色々と道具を並べているところ、店のドアが鳴った。 「もういいかしら」 入口に立ったのは、非現実的なほどに飾りたてた女性だった。赤系統のドレ スに鍔の広い、黒い帽子。そしてハイヒール。それ自体はよく見かけるスタイ ルなのだが、どこか不自然さがつきまとう。 「どうぞ。始めるところです」 バーテンダーは、言葉こそ丁寧であったが、彼のその視線は明らかに女の方 を向いていなかった。 「他人行儀ね」 店の中に足を踏み入れながら、女は歌うように言った。 この一言で、女とバーテンダーが過去、何らかの関係にあったと、観客に分 かるようになっている。 腰を下ろす前に、帽子を取った女。 その刹那、紀子は息をのんでしまった。彼女の驚きは、傍目からも分かった かもしれない。 赤い服の女のその顔は、紀子と似ていた。紀子のいる席から舞台まではかな り距離がある。明かりも充分とは言えない。だから、きっと、目や鼻といった パーツを取り出せば微妙に違うのだろう。 が、全体の造作だけを見れば、確かに紀子と舞台上の女は似ていた。 (……そうか) 当初のちょっとした驚きが去ると、紀子の頭にはある種の想像が浮かんた。 楽しくなっていく。 (開演前、入口のところで私に声をかけてきたのには、そういう理由もあった のかね、西山クン) 終わったら、控え室に行ってみよう。紀子はそう決めて、また舞台に集中し た。 ストーリーは、独創的とは言い難かった。どこにでも転がっていそうな、男 と女の話で、テレビドラマのいいとこ取りの箇所も、垣間みられるほど。 それでは面白くないかというと、そうでもない。小難しい理屈をこねるよう なところもなく、受け入れやすい内容であることもその一因だが、バーテンダ ーや赤い服の女を含めた三人の役者がなかなかの演技力で、彼らが劇全体を引 っ張っている感じだ。 映画のスティングを思わせる、洒落た幕切れで、物語は終わった。 (あら?) 周りの客と同様に拍手をしながらも、心の中で訝しむ紀子。 (西山クンはどこに出ていたんだろ……) 急いでパンフレットを開き、西山の役名を確認する。そして、再び、紀子は 驚かされてしまった。 (あのバーテンが……見えなかったな) 彼女はすっくと立ち上がり、控え室を目指した。 控え室はすぐに見当がついた。本当に固定客が着いているらしく、何人かが 西山の周囲を取り巻いていた。花束を受け取る西山の笑顔は、さっきの舞台で 気難しげなバーテンダーを演じていた男と同一人物だとは、考えにくかった。 ようやく取り巻きがいなくなったところで、紀子は西山に近寄った。 「あの」 「あ? ああ、あなたでしたか。いかがでした、劇の方は」 「初めて見ましたから、他と比較できませんけど」 紀子は正直なところを答えた。 「よかったと思います。初めてなのに楽しめたんだから」 「それは何より」 腰に手を当て、満足そうな西山。この表情は演技ではない。 「さて、他に感想はございますか、えーと……」 「横澤です。横澤紀子」 「では、横澤さん?」 「バーテンが西山さんだったとは、自分の目を疑ってしまったわ」 「そりゃ嬉しいな。芝居をやっている動機の一つに、自分とは全くの別人にな りたいっていうのがありますからね」 無邪気に笑顔を絶やさない西山。この人は芝居が好きなんだと、紀子は感じ た。 「それより驚かされたのは、最初に出てきたあの女の人ね。あの、帽子をかぶ った赤いドレスの」 と言って、ウインクする紀子。 西山は頭に手をやって、 「やはり、気付かれましたか」 と、一層、楽しそうな表情になった。 「そっくりでしょう?」 「ええ、少なくとも遠目からでは、凄く似ていると思いましたけど」 「僕が開演前、あなたに声をかけさせてもらったのも、あれが原因でして」 紀子が予想した通りの返事を、西山はよこしてきた。 −−続く
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