長編 #3118の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
自分でも不思議なぐらい、自信に満ちた声だった。 今日、千鶴に会ったこともそうだが、文芸部に入ってみたこと、郷野が見せ たこれまでと違う付き合い方。これらのことが、彩香の何かを変えたのかもし れない。 「私らしい作品、きっと書くわ。千鶴ちゃん、私の本の中で、何が一番いいと 思う?」 「それはやっぱり、『僕はこの星で殺された』……」 「ん、分かった。そうねえ……千鶴ちゃんが小学校を卒業するまでに、デビュ ー作を上回る作品、書いてみせるから」 「本当? 約束よ」 「ええ。指切りしたっていいわよ」 指切りという単語がおかしかったのか、千鶴は目を白黒させている。 「あれ? 何か変なこと言ったかな、私」 「案外、古い言葉、使うんだなあと思って」 千鶴はもうそのときには、けらけらと笑い出していた。 「作家ってのは、色々と知らなきゃいけないことになってるのよっ」 「それもそうかあ。……ねえ、もう一つ、聞いてくれる?」 「いいわよ。止めたって、やめるとは思えないし」 「私、将来、小説家になりたいなーって、思ってるんです」 「はあ……そ、そうなの」 私みたいな若手のところに来るなー、と心中で叫ぶ彩香。でも、自分が小学 生の頃を思い出し、考え直す。私も、小さかった頃は、好きな作家のところへ 押し掛けようと、どれほど思ったことか。 「なれるかな」 「私は書くだけだから、何にも言えないけど。でも、私、千鶴ちゃんぐらいの 歳のとき、初めて小説を書いたんだ」 「そうなんですか?」 「実際は、小説と呼べる代物じゃなかったかもしれないけど……間違いなく、 あれは私の作品。自分の頭の中にあった物語が、小説として形になっていくの って、とても感激できたの。それで両親とか友達に読んでもらって……。今考 えたら、お世辞が九割ぐらい入ってたんだろうけど、とにかく『面白い』って 言ってもらって、また嬉しくなっちゃった。そのときから、小説を書くのが楽 しくてたまらなくなって、今の私がある訳」 「ふーん。そのとき、よっぽど嬉しかったんだね。そうでなきゃ、嫌になって、 途中でくじけちゃうでしょ」 「ん、そうかもね」 小学生のファンに言われて、彩香も納得した。結局、好きなのだから続けて られるんだ。 「千鶴ちゃんは、何かお話、書いたことある?」 「ううん。書こうとするんだけど、最後まで続かない」 「最初から長いのを書かなくてもいいの。自分で考えて、頭の中に見えた物語 を、言葉にしていく。それだけよ」 「……やってみる。小説家って、今はまだ夢だけど、きっと本当にしてみせる。 見ててね」 千鶴の明るい表情に、彩香はこくりとうなずき返す。 夢を目標に置き換え、目標を達成し、次の夢を見つける。 最近の私は、与えられた仕事を受けて、ただ書くだけで、前に進もうとして いなかったみたい。 彩香は、目の前の少女に、自分を重ね合わせていた。 お昼ご飯を終えてからも、彩香は千鶴としばらく話をした。それも昼の二時 三十分まで。 「もう帰らなきゃ」 「そうなの?」 「うん。お兄ちゃんが戻って来たとき、いないと心配するから」 「へえ、兄さんがいるの」 「そう。新崎さんと同じ高校生。走ってばかりいるわ」 「お兄さんって、陸上部か何かに入ってるってことね?」 「うん。今日も朝練とか言って、早く出かけちゃった。だから、私も出かけら れたんだけどさあ」 何となく、千鶴の家庭の様子が分かってくるような気がした。多分、両親は 共働きで、お兄さんが千鶴ちゃんの面倒を見ている。ときどき、お兄さんは自 分のことがしたくて、妹のことがお留守になる−−彩香は想像した。 「今度、機会があったら、そのお兄さんにも会ってみたいな」 「えー? やめといた方がいい。全然、小説を読まないから。漫画ばっかりで」 「ふふ。それでもいいのよ」 彩香の言い草に、千鶴は分からないという風に首を傾げる。 「あ、そうだ。サイン、ください」 急に声高に、千鶴。同時に、慌てたように本を取り出している。本−−先ほ どの文庫本『僕はこの星で殺された』。 「緊張しちゃうな。全然知らない人にサインするのって、初めてよ」 「じゃあ、私が第一号?」 「そういうこと。今日は来てくれて、本当に嬉しかったわ」 サインをしてから、「千鶴ちゃんへ、と書く?」と、本人に聞く。 「うん。それから、何か言葉」 「言葉ね……」 少し考えてから、言葉を決めた彩香。 −−ゆずれない想いを本当に! 小説家めざしてがんばれ! 「わ、ありがとうございます! すっごく、嬉しいっ!」 「そんなに喜ばなくても。で、一人で帰れる? 危なくないの?」 「えーっと。来るとき、本当は不安でしょうがなかったの。一人で電車に乗っ たことってあんまりないし、初めての道だったし」 「だったら、送ってあげるわ、駅まで。ううん、いっそのこと、一緒に乗って あげようか」 「ほんと! ……でも、やっぱり、悪いから」 「どうして? 私なら平気」 「平気じゃない。行きと帰りで四時間だよ。新崎さん、言ったじゃない。面白 い作品を書くって。暇があれば、いい小説を書いて!」 彩香の心に届く願い。 「……分かったわ。約束したもんね。だったら、駅まで送らせて」 「それぐらいなら、いいか」 千鶴の方も、現金に返事した。 歩いて駅に着くと、別れの間際に、千鶴はまた本を取り出した。 「サインまでもらえて、思い切って来てよかった」 「あんまり、声を大きくしないこと。一応、秘密なんだから」 「あ、そうか」 「分かればよろしい。あ、来たわよ、電車」 音をきしませ、八連結ほどの車輌がプラットフォームにゆるゆると止まった。 時間帯が時間帯だから乗降客は少なく、千鶴も遠慮なしに乗降口に立てる。 「じゃあ、気を付けてね」 「大丈夫だったら。乗ったら、あとは座ってればいいんだもん」 「それもそうね。帰ったら、頑張ってね。学校のことも小説を書くことも」 「うん。新崎さんもね」 やれやれ。彩香は苦笑いせずにはおられなかった。 やがてドアは閉まり、声は届かなくなった。笑顔で手を振り、顔が分からな くなるまで見送った。 家に戻って、しばらくすると、英俊社の上田から電話があった。 「こんにちは。何の話でしょう?」 「何のお話とはご挨拶だなあ」 電話の向こうで、上田が笑いながらも顔をしかめる様子が、脳裏に浮かぶ。 「いえ、だって、長編の話もドラマの話も決定済みで、一応、懸案事項なんて ないですよね。だから、他に何があるのかなと思って」 「一つはまあ、長編の進み具合ですが」 「約束の頃には必ず」 「頼もしい言葉だなあ。まあ、こちらも、今の段階でがたがた言う気はないん ですけどね。で、本題は、新しい仕事の依頼、と言うか打診なんですが」 「新しい仕事……ですか」 ちょっとした拒絶反応。それには気付かぬらしく、相手は続ける。 「彩香ちゃん、純幸社の連載、もう少ししたら終わるんだよね?」 「その予定です」 「だったら、次はうちにどう? 月一で三十枚程度。『ジャンプアップ』、少 年誌だけど、新しい読者層を開拓する意味でも、彩香ちゃんにプラスと思うけ どね」 上田の言葉が終わるのを待って、彩香はきっぱりと答えた。 「申し訳ないんですが、お断りさせてください」 「は?」 面食らったような上田の声。この男にしては珍しく、間が抜けている。 「どうしてだい? 悪い話じゃないだろ? 『ジャンプアップ』の編集とも話 ができあがりかけてて」 「それはそちらの話ですよね」 「そりゃあそうだけど……。理由を聞かせてください」 急に丁寧な言葉遣いになる上田。 「生意気かもしれませんが、今後、仕事をセーブしたいと考えています。だか ら」 「ちょっと待った。それは高校生だから? 受験勉強しなくちゃならないから とか」 「違います。この間、考えてみたんです。読者が望んでいるからということで、 仕事を引き受けて、色々な雑誌に書いてきましたけど、それでいいのかなって」 「いいじゃない。彩香ちゃんの作品を読みたがっている読者に、小説を提供し ているんだ」 「それは、私の書く小説が面白かったら、という条件付きなんです。絶対に必 要な条件です。面白くない話をかくのは、私自身、嫌だし、そんなのを読まさ れる読者も嫌だと思うんです」 「ちょっとちょっと、どこが面白くないんだい? 彩香ちゃんの作品、どれも 素晴らしい−−」 「本当ですか?」 語調を厳しくする彩香。 「え?」 「上田さん、私の作品を全て、読んでいますか? 最低限、今やっている三つ の連載を読んで、言ってくれてるんですか」 「……」 困ったような沈黙が訪れた。しばらくしてから口を開いたのは、彩香の方。 「ごめんなさい、本当に生意気を言ってしまって。だけど、私の本心は決まっ てるんです。これからは少なくとも自分で納得できる作品を書いていこうと。 そのために、少しだけ引き受ける量を減らしたくて」 「あ、ああ……」 「すみません。長編の方は、きっちりと書きます」 「は、はあ。頼んだよ……。じゃあ、今日はこれで」 狼狽した様子の上田の言葉を最後に、通話は終わった。 彩香は、緊張していた身体から力が抜け、ほうっと息をついた。 (言っちゃった……。悪い噂に変えられて、他の出版社に伝わらなければいい んだけど。ま、いいや。なるようになれ、よ。私は、みんなが楽しめる作品を 書く。それだけ) 次の年の二月末、新崎彩香の新作書き下ろし『myself』が、純幸社か ら<文庫本>の形で刊行された。 ハードカバーでなかったせいと、三月公開の映画に話題が集中したせいか、 当初はさほど評判にならなかったものの、長く静かに売れ続けた。ファンを源 とした、口コミの力である。 半年近く立った頃にようやく、デビュー作の『僕はこの星で殺された』を上 回る出来と、書評界は『myself』を認めたのだった。 でも、そんな世評よりもずっと嬉しく、心強いものを、彩香はその頃すでに 手に入れていた。それは、『myself』刊行直後、彩香の家に直接届いた 一通のファンレター。もうすぐ小学校を卒業する逸見千鶴からの手紙の中にあ った一言は−−。 約束、守ってくれたね! −−<高二の彩香>は終わり
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