長編 #3116の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
(あれ以来なんて。何を見てきたんだろ) ため息が出た。 通学路を歩いてみよう。突然、彩香は思い立った。いつも変わらないと思っ ていた通学の際の風景だけど、ひょっとしたら。 公園を出て、少し行くと、通学路に合流する。少し迷ってから、学校に向か って歩き始める。 (あ) 早速、発見があった。古めかしい散髪屋がなくなっていた。ずっと閉じられ たままという風情だったから、気付かなかったのだろう。 続けて、自動販売機が機械ごと入れ替わっていることに気が付いた。以前は いわゆる成人向け雑誌の自販機だったのが、ジャンボサイズのお菓子の販売機 に替わっている。 (あれ? こんなとこにアパートが) やけに真新しい壁をした建物を見つけた。前は何があったのか、思い出して みる。 (ここ……レンタルビデオとかクリーニングとか、色んなお店が集まってたと こじゃない。景気悪くて潰れたか) 大きな変化があったのは、これら三つだった。でも、それ以上に何もかも、 変わってしまったように、彩香の目には街並みが映った。 学校の手前で向きを換え、今まで来たのと逆方向から景色を眺める。 そして気付いた。ブロック塀の穴から出ている花の色。紫っぽかったのが、 今は黄色になっている。 (花。そうか、季節) 当たり前のことなのだが、季節の移り変わりというものに、彩香は改めて思 いが行った。季節によって、街並みはその表情を、姿を一変する。 変わらないのは、締め切り前の苦痛だけか−−。 彩香は思わず、苦笑いしていた。 「どこ行ってたの! 福富書房の丹波さんから三回も電話あって」 帰るなり、母から声が飛んだ。 「え!」 「すぐに電話くれ、だって」 「分かった」 彩香は手帳を持って来て、電話に飛び付いた。指が震えて、なかなかうまく かけられない。 やっとのことでつながり、丹波を呼び出してもらうと、いきなり怒声が。 「何やってたんです! 締め切り前日ってのに、電話してもいないなんて」 「気分転換をしに散歩を……。申し訳ありません」 「散歩? えらく長い散歩ですね。三回も電話したんですよ」 「すみません」 「原稿、まだなんでしょう?」 「それは……」 口ごもってしまう。 「できていないんですね。−−まさか、遊びに出かけていたんじゃないでしょ うねえ」 「な……」 「何だかんだ言っても、学生なんだから、分からないことないですが、ちゃん と仕事をしてもらわないと」 「違います! 遊んでなんかいません!」 送受器にかみつかんばかりに、彩香。 「はいはい、分かりました。それじゃあ、とにかく、原稿を完成させて」 相手の丹波は、いい加減な相づちで話題をうやむやにしてしまった。 腹立たしくて、そのまま切ってやろうかと思ったが、その彩香の動きが止ま った。 「それじゃあ、お願いしましたよ。明日の夕方五時、いつもの」 「あの、すみませんが、聞かせてください。私の連載、どういう感じなんです か?」 「どういう感じとは?」 「その……読者の評判とか」 「ああ、評判。原稿を書き上げる前に、こんなこと言いたくないんですがね。 いい評判と悪い評場、半々ぐらいなんですよねえ」 「そうですか……」 「連載開始当初は期待の声とか、面白いっていう声が圧倒的だったのに」 「……」 「うちの他に連載を二つやってますね。そのせいじゃないかという話もある始 末で。うちだけ手を抜いているんじゃないでしょうね?」 「そんなことありませんっ」 「いや、ちょっと言ってみただけだから、そんなに怒らないで。私は原稿をも らえればそれでいいし、読者は新崎さんの作品が読めればそれでいいんですよ」 「……」 「じゃ、原稿、頼みます」 電話は切れた。切れてからも、彩香はしばらく立ったままでいた。 (手抜きなんかしてない! ……けれど……この頃書いてるのが面白くないの は本当みたいだ。どうして?) 「彩香、どうしたの? 電話、終わったんだろ?」 母が顔を出した。途端に、 「彩香、泣いてるじゃないの!」 と母が言った。 頬に手をやってみて、初めて自分が泣いていたんだと分かった。 「大丈夫かい」 「あ、うん、平気」 手のひらで涙を拭う。 「きついこと言われたんだ」 「……そうじゃないけど……」 話しながら、居間に向かった。そのまま母と二人、腰を落ち着ける。 彩香は話してみた。自分の書く小説が、自分で面白く感じられないことを。 「それは、無理しているからじゃないの」 「無理?」 「仕事を引き受けすぎなんじゃないのかい」 「できると思ったから……。それに、みんなが私のを読みたがっているって。 期待されてたら、それに応えなきゃ」 両こぶしを握りしめ、彩香は母の顔を真っ直ぐに見た。 「彩香、それは大切なことよ」 母は静かに口を開いた。 「けれどね、読んでくれる人達が、何に期待しているのか、それも考えてみた らどうかしら?」 「何にって……小説よ」 「それだけかい」 「他にあるの?」 首を傾げる彩香。全く、見当が付かない。 「小説は小説でも、面白い小説。母さん、そう思うな」 どきりとした。あまりに当然すぎて、分からなかった。 「期待に応えるっていうのは、みんなが楽しんでくれるような話を書くってこ とじゃないかしら。違う?」 「−−そうだよね」 面白くない話を書くことは、読者の期待への裏切り。それなのに、自分は乗 せられて、目一杯、仕事引き受けちゃって……。学校の友達との付き合い、悪 くしてまで。結局、どちらもだめにしちゃってた。 「いくら好きな作家が書いたお話だって、面白くないと読んでくれなくなるも のよ。挽回するなら今しかない」 「うん。引き受けた分は、きちんとこなすわ。絶対、面白くしてみせる。それ からよ」 すっきりして、彩香は立ち上がった。 「ごめんなさいねえ。彩香、締め切りが危なくて、ここ二日、ずっと書いてた から。今、熟睡しちゃっているの。起こそうとしたんだけど……。あ、そう。 本当にごめんなさい。言っておくから。あ、はい、心配してくれてありがとね」 遠くで声がした。母の声。電話らしい。電話口での母の声は、かなり大きい。 「……」 自分のいびきで目が覚めた。恥ずかしさもあって、すぐさま彩香は身体を起 こした。 「お母さーん」 がらがら声で言いながら、調子外れの太鼓のような音をさせて、階段を降り る彩香。 「あ、起きたの?」 「うん。喉、乾いたし……。電話、誰?」 「えーっと、羽田さんよ、羽田成美さん」 「ふーん。何て?」 「詳しくは聞いていないけど、何か約束があったんじゃないのかい?」 「約束……あーっ!」 間欠泉から噴き出す熱湯みたいに、大声を唐突に出してしまった彩香。ぼー っとしていた頭から、霧が払われた。 「ど、どうしたんだい?」 戸惑っている母を放って、急いで部屋にかけ戻る。 (わー、忘れてた! 今日は夏祭り。行くって約束してたんだ!) 服を引っぱり出して、某スーパーマン顔負けのスピード……とは行かないま でも、とにかく急いで着替える。 また階段を、今度はけたたましく降り、洗面に。焦って髪をとくから、何本 も抜けてしまう。 (あー、馬鹿馬鹿。小説だけこなしたってだめなんだって! 畜生!) とりあえず見られる格好に整え、直接、会場に向かう。さほど距離はないの に、焦っているので、こんなにも遠いのかと感じてしまう。 小さな丘を越えて、ようやく見えた出店のテントの数々。息が乱れているの もかまわず、最後の道のりを駆け降りる。 会場内に足を踏み入れてから、はたと気付いた。いくら急いで来ても、成美 達と会えなきゃ意味がないんだ、と。 もらったプログラムを見てみる。現在進行中のイベントに、成美達が興味を 持ちそうなものはない。 (じゃあ、出店を回っているんだ) 時間的に昼食を取る時刻。食べ物の店を覗いている可能性が高い。成美達が 好きな食べ物……。 そういう思考を経て、彩香はたい焼きやとクレープ屋を中心に見て回った。 そして運よく、二つ目の店の前で発見。成美を初め、仲のいいクラスメート 六人ほどが集まっていた。そこに近付く彩香だが、息が切れていて声をかけら れない。先に、成美が気が付いた。 「わぁ、彩香っ! 来てくれたの」 「う、うん。遅れて、ごめん」 成美に支えられるような格好になる彩香。 「大丈夫? 疲れているんじゃない?」 「平気平気。約束だから。みんなも、遅れてごめん」 「彩香、起きて大丈夫なの?」 一人が心配そうに聞いてくる。 「大丈夫だって。病人じゃないんだから。それより、本当に遅れてごめんね」 そう答えるも、まだみんな心配してくれる。 「無理しなくていいんだよ。約束、覚えていてくれたってだけで嬉しいんだか ら」 「ここまで来た私を追い返そうと、こう言うのかい?」 ふざけた口調で彩香は言ってみるが、よほど顔色がよくないのだろう。周囲 のみんなは、真剣な表情のまま。 「彩香は仕事してるんだから、無理しちゃだめよ。眠ってるって聞いたときも、 私、がっかりするよりも、凄いなあって感じたぐらいだから。みんなが遊んで いるときに、一人で働いて。ほんと、凄い」 「……違うよ」 こんな場で言うのは気が引けたが、言わずにはおられなかった。 「え?」 「私なんか、ちっとも凄くない。本当に凄い人って、仕事がいくらあってもち ゃんとこなし、約束も忘れずに守る人だよ。私なんか、どっちつかずの中途半 端で……。私なんか」 喉が痛くなってきた。声が詰まった。 「……ごめん、彩香……。私達こそ、簡単に考えてしまってた。ごめん」 「なるちゃん」 ほっとできた。言ってよかった。彩香は心底、そう感じる。 「ごめんね、湿っぽくしちゃって。折角、お祭りに来てるのに。思い切り盛り 上がらなきゃ!」 彩香が微笑むと、輪にようやく笑顔が戻った。やや沈みがちだった雰囲気も、 光が射したよう。 「そうね。あ、そうだ。盛り上がるんだったら、彩香」 意味ありげに、彩香の袖を引っ張る成美。 「え、何?」 「郷野君達、呼ぼうか。前に、コンサートのお誘い、断ったでしょ?」 「あー! 私もそれ、考えてたのに、また忘れてた!」 またひとしきり、大きな笑い声が起こった。 「罪作りな女なんだから」 「その言い方、やめてぇー」 冷や汗をかきながら、公衆電話を探す彩香だった。 −−続く
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