長編 #3112の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
放課後、彩香は少しだけ焦っていた。掃除の当番に当たっていたのを忘れて いたのだ。どうして焦るかと言えば、あまり時間を取っていると、夕方、福富 書房の丹波との約束の時間に間に合わなくなるかもしれないから。 あらかた掃除も済み、最後の仕上げとして、彩香は成美と二人して、大きな ポリバケツのごみ箱を裏庭の焼却炉に運んでいた。 「中学校のときは楽だったよねえ」 「うん。ここにもダストシュート、付ければいいのに」 成美とそんなことをぼやきいていると、ふと、お喋りが耳に入ってきた。 「私、あの人のこと、好きじゃない」 「そうよね。はっきり言って嫌い」 どうやら陰口らしい。自然と、聞き耳を立てている彩香達の方は足音を小さ くする。 「小説書いてること、さりげなく自慢しちゃってさ」 え−−? 自分の耳を疑った彩香。 「そうそう。本当は大っぴらに自慢したいに決まってるのに」 「忙しいふりしたり、嘘まで言って郷野君の誘いを断ったりして。何様だと思 ってんの」 間違いない。自分のことを言われている。彩香と同じクラスやそうでない女 子が五、六人集まって話している。 彩香は頭の中が真っ白になる錯覚にとらわれた。しばし茫然として、自分の 悪口を嫌でも聞き入ってしまう。 「あの目つきも嫌。あたし達を見下してるのよ。自分は自分の力で働いて、稼 いでるんだ。あんた達とは違うんだって」 「全く、くだらない話ばっか書いてさ。賞を取ったのって、運がよかっただけ なんじゃないの?」 「私、知ってる。中二のときに取って、そのあと一年、何にも書いていないの よ。ネタが一つで尽きてたんじゃないかしら。それを一年間、ずうっと考えて、 ネタを溜めてたのよ」 「お兄が言ってたんだけど、多重人格物の小説なんて、外国の作家が書き尽く してるんだって。だったら、あの子の小説、二番煎じよねえ」 「私、中学が一緒だったんだけど、高校になってから彩香、付き合いが悪くな ってるわ」 「忙しいふりをしているのか、そうじゃなかったら、お高く止まってるのよ」 まるで当人が聞いていることを知っているかのように、止めどなく続く悪口。 焦点がぼやけた目で、成美を見る彩香。と、成美の方は、今にも飛び出して いきそうな気配だ。 「な、なるちゃん、待って」 「どうしてよ?」 何とか低い声のまま、成美は苛立たしげに言った。 「あの子ら、何にも分かってないじゃないっ。悔しいじゃないっ」 「私だって悔しい……。け、けど、今、出て行っても、話がややこしくなるだ けよ、恐らく。口喧嘩したって始まらない」 言っている内に、ぽろっと涙がこぼれた。彩香は慌てて手で隠す。 「泣いてるじゃない、彩香……」 「ち、違うよ。焼却炉の煙が目に染みた、それだけ」 焼却炉の方を指さす彩香。そちらを見てから、成美は彩香を抱きしめた。 「……うん、そうよね。煙のせい。……彩香、頑張って」 焼却炉に火は、まだ入っていなかった。 「頑張って」 重たい気分であったが、何とか平静に戻って、丹波に原稿を渡しに出向く。 丹波は原稿さえもらえればそれでいいという編集者。かなり無愛想で、付き合 いにくい。けれども、今日ばかりは、その無愛想に彩香は感謝したくなった。 原稿を渡して確認しただけで、さっと帰ることができたのだから。 最終的に、最悪の一日になってしまった。 次の原稿のためにワープロに向かっていても、彩香の頭は空回りするばかり。 陰口を聞いてしまったことが、たまらないショックとなっている。 (私だって……好きで付き合いを悪くしてるんじゃないったら。みんなと一緒 に遊びたい! でも、それができないから……特に親しい友達としか関われな くてさぁ……) (私の小説が二番煎じ? 読んだことあるのかよ、馬鹿野郎! 絶対に違う。 意識はしても、絶対、真似なんかしてない!) (自慢しようなんて思ってない。誰も見下してなんかいない。嘘なんか言わな いよ。賞を取ったのは運だけじゃない。一年間書かなかったのは、受験があっ たからだ。あんた達も試験、受けただろーが!) 断片的な心の爆発を繰り返す彩香。気分がくしゃくしゃして、ワープロ電源 を切る手つきも荒っぽくなる。 そのまま大の字に倒れて、思いを口にしてみる。 「みんな、嘘つきだ……。私の前だと知らん顔するか、小説書くなんて凄いね なんて言うくせに。ちゃんと読んで、つまらないという感想を持つのはかまわ ない。当たり前。でも、読みもしないのに言ったり、関係ないことまで小説の 出来に結び付けないでよ」 ささくれ立った気持ちは解消されない。情けなくなってきて、また黙り込ん だ。 時間は遅かった。けれど、辛抱できない。あらかじめボリュームをできる限 り落としておいてから、CDプレーヤーのスイッチを入れる。とっておきの曲 一曲だけを選択し、メモリーセット。さらにリピートボタン。再生ボタンを押 すと、小さい音で、お気に入りの曲が流れ始める。 幸い、この夜は静かだったので、充分、聴けた。かえって、音が身体に溶け 入るような感覚さえある。 彩香は片膝を抱えてうずくまった格好で、目を閉じた。 これは彼女の『儀式』。くじけそうなときや落ち込んでいるとき、自分を元 気づけるためのセレモニーの一つ。小さく、胎児のように背を丸めた自分が、 新しく覚醒する−−そんなイメージ。 何回、曲がリピートされただろうか。目を開くと、彩香は、片膝に持たせか けていた頭を起こした。静かに、それでいて気力みなぎる態度で立ち上がると、 深呼吸をした。 「よしっ」 と、一声。 心にかかっていた嫌なもやもやは吹っ切れた。陰口を叩いていた子達と、う まくやっていけるかは分からないけど、自然と黙らせてみせる。そう決めた。 水曜日の放課後、彩香は一人でいるところを、廊下で呼び止められた。 「うちの部に入ってちょうだい」 見知らぬ相手は、手を合わせてまでいる。 「部って……」 「自己紹介からするね。私、つじいあやこ。四つ辻の辻に、井戸。あやこは文 の子って書いて、辻井文子ね」 一言ずつ、区切るように名乗った彼女は、彩香と同じ二年生だ。 「文芸部の部長をしているの」 ああ、それで。彩香は納得できた。 「新崎さん、あなた、どこにも入っていなかったよね、クラブ?」 入りたくても、その余裕がなかったのが実状である。 「え、まあ」 「だったら、我が文芸部へ、どうかなあ?」 辻井は少し距離を詰めてきた。 彩香は高校入学当初、文芸部に入ることを考えないでもなかった。中学のと きからは入っていたし、同じように書いている同じような年齢の仲間がいたら 心強いし、刺激にもなるだろう。 だが、すでにその年から作家活動を本格的に始めると決めていた彩香は、躊 躇せざるを得なかった。どのぐらい忙しくなるかは未知であるが、余裕がある に越したことはない。 それよりも、高校一年の間は、周囲の人にもなるべく自分が作家デビューし ていることを言わないでくれと、純幸社から申し渡されていた。社の方針だそ うで、受賞後何年かしてから、プロフィール等を明かして売り出すということ であった。 彩香の場合、高二になったときに、いきなり、自分がデビューしていたこと が部の仲間に知られることになる。どう受け取られるか分からないが、いい顔 をされないことも大いにあり得る。 では、入部するときに、部内だけと釘を刺して、打ち明けては? それも先 輩への礼を失しているようだし、特別扱いされるのも、反感を買われるのも避 けたかった。 そんな理由で、文芸部に入るのをやめたのだった。運動系のクラブなら、こ んな気苦労はないはずなのに、と思いながら。 それが今、誘われている……。 「前から、会って、話をしてみたいと思っていたの。だけど、うちの部、新崎 さんと同じクラスの子がいないから、何となく声をかけそびれていて」 「はあ。でも、部活」 「と、その前に」 答えようとする彩香に、待ったをかける辻井。どこか思い詰めたような風情 が見え隠れしている。 「隠しだてするのは個人的に好きじゃないから、最初に正直に言っておくわね。 気を悪くしないで聞いて。……私自身はそうでもないけど、部全体としては、 新崎さんに入ってもらうことで、名前を上げようという雰囲気があるの」 「……」 そう言われても、彩香には何と応じていいのか分からない。ストレートすぎ て、呆気に取られてしまう。 「あとは、うまくなる秘訣が何かあれば、教えてもらいたいという気もあるし。 だめかな?」 「何て言っていいか……ちょっと考えていい?」 彩香はとりあえず、そう答えておいた。本来なら、きっぱり断ってもいいだ けのことを言われているのだが、あまりにも正面から持ち出されると、さほど 嫌な感じがしない。 「いいよ。こっちも唐突に頼んでるんだもの。答が出るまで、ずっと待つから。 ただし、今年中にお願いね」 最後の言葉は冗談なのだろう。にこりと笑う辻井。 彩香もつられて笑ってしまう。 「そんなにかからないって。じゃ、じゃあ、私、今週は掃除当番だから」 「あ、ごめんね。呼び止めちゃって。返事、文芸部の部室で待っているわ。い つでも来て」 「分かった。誘ってくれてありがとね」 彩香が背を向けて、教室に向かおうとしたとき、声が聞こえた。 「文子、どうして言うの。黙っていれば、すんなり……」 「いいの。そういうやり方、好きじゃないのよ」 辻井が強く主張する様が、彩香の表情に、自然と笑みを浮かばせた。 「この間は、お疲れ。写真写り、よかったわよ」 茂木万里江から電話があったのは、木曜の夜だった。とうに退社時間は過ぎ ているし、茂木の弾んだ口調からも、茂木の自宅からかけてきたと推測される。 「そうですか? 一安心できますっ」 「それで……連載の方はどうなってるかしら?」 「今、三分の一程度です。まだ滑り出しですから、停まることはないと思いま すよ」 「自信ありそうね。なら、安心だわ」 彩香本人も、今回は別に苦痛ではない。『爪をかむ癖』の締め切りは週明け の月曜日。楽に仕上げられるだろう。余った時間を、他の仕事に回そうと思っ ているぐらいだ。 それからしばらく、とりとめもない会話をして、茂木との電話を終えた。 自分の部屋に戻ろうとしたら、再び電話の呼出し音。彩香はそのまま送受器 を取り上げた。 「はい、新崎ですが」 「その声、彩香さんですね? 毎度、小宮です」 「あ、今晩は」 「はい、どうも。今日はですね、まずは増刊号の短編の話で」 「あのー、まだ取りかかっていないんですが……」 「ああ、それでしたら好都合だ」 「はあ?」 原稿が進んでいないと聞かされながら好都合とは、珍しい。彩香は面食らっ てしまった。 「いや、失礼。他の作家−−某氏がですね、枚数をかなりオーバーした作品を 書き上げてしまって、しかも、どうしても縮められないって言うんですよ。枚 数の調整をしなければならなくなったので、一番最近に御依頼した彩香さんの ところに、話が回ってきたという次第です」 なるほど、そういうことか。 「えっと、確かこの間の話では、五十枚前後ということでしたよね?」 「それを三十五枚程度にしてもらえると、こちらも助かるんですよ」 「何とかやってみます。と言っても、まだアイディア選択の段階ですから、大 丈夫だと思いますけど」 「それじゃあ、彩香さんに頼むと決めますよ。いいですね」 「はい、確かに」 メモ用紙に「純幸増刊短編五十→三十五」と書き記す彩香。 「それから映画化の件、ほぼ本決まりです」 「本当ですか!」 歓声を上げる彩香。ほぼ・本決まり、とはどういうことなのか気になったが。 −−続く
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