長編 #3111の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
久しぶりによく眠れたせいだろう。洗顔したあと、鏡で自分の顔を見て、目 の下の隈は取れ、肌もまずまず、元のように戻っていた。 遅めの昼食を済ませ、曇りがちの空の下、彩香は出かけた。言われた通りの セーラールックで。帽子だけは適当なのがなかったので、昨日と同じ白の帽子。 彩香はなるべく顔を隠すようにした。知り合いに見つかると、面倒な気がす るのだ。取材で出かけるところだと説明するのは何だか嫌みだし、あれこれと 嘘を言うのも気が進まない。 そんな彼女の小さな心配は杞憂に終わり、誰にも声をかけられることなく、 待ち合わせ場所の喫茶店に到着。すでに茂木万里江ともう一人、男の人が待っ ていた。 「こっちこっち」 茂木に手招きされて、急ぐ彩香。テーブルの前に着くなり、 「なかなかいいじゃない、服」 と評された。 「ありがとう」 「座って。喉、乾いてるでしょ? 何でも頼んでいいから」 厚意に甘えて、クリームフロートを注文する。 「紹介しておくわね。こちら、カメラマンの奥さん」 「お、おくさん、ですか?」 目の前にいるカメラを抱えた人は髭面で、どう見ても男だ。 「その呼び方はよせって言ってるでしょうが、茂木さん」 彩香の目の前で、カメラマンは不平たらしく言う。 「えーっと、新崎彩香ちゃん? 奥さんと言っても、俺の名前が『おく・たけ ひこ』っていうだけで、旦那と奥さんという意味じゃないんだ。そこんとこ、 分かって」 苦笑いしつつ差し出してきた名刺には、奥武彦と刷ってあった。 「へえー、これで『奥さん』ですか」 「そういうこと。でも、その呼び方、なし」 指でバツ印を作る奥。 「じゃあ、どうお呼びしたら……」 「武彦の武を昇格させて、奥武って呼んでもらってるから」 「ははあ……。分かりました、奥武さん」 二人のやりとりをおかしそうに見守っていた茂木は、頃合を見計らっていた らしく、彩香の注文が届くと、おもむろに話し始めた。 「分かっていると思うけど、このコーナーは質問形式のインタビューと、写真 だから」 「はい」 「写真はあとで撮ることにして、先にここで、質問の方を済ませちゃうわ。飲 みながらでいいから答えてくれる?」 「分かりました」 彩香が承知すると、茂木は何枚かの用紙を取り出してきた。 「まずはベーシックな質問から。生年月日とか血液型なんかはもう分かってる から、好きな物・嫌いな物シリーズで行くわよ。好きな色は?」 「紫。濃いやつ」 こういう質問が、かなり長々と続いた。色から始まり、食べ物、スポーツ、 音楽、映画、様々なブランド、芸能人、異性のタイプ等々……。 「異性のタイプって、読者はほとんど女でしょう? そんなこと載せて意味あ るのかな?」 「あら、男性読者だって皆無じゃないのよ。自己ピーアールと思って。それに、 この質問の答、全部載せるとは限らないし」 このあと、具体的な質問に及ぶ。読者から寄せられた質問ということになっ ているが、今回、彩香はピンチヒッターであるため、ほとんどの質問を編集の 方で用意したらしい。 「尊敬する作家、目標にしている作家は?」 「小野不由美さんとか宮部みゆきさん。あと、スティーブン・キングさんとか トマス・ハリスさんとか」 「海外作家に『さん』付けはいいね」 奥が口を挟んだ。 「あなたは『さん』付けされたら嫌なのにね」 邪魔された仕返しか、茂木はそうやり返してから、質問に戻る。無論、手の 方はしっかりメモを取っている。 「好きな小説は? さっき挙げた人以外の作品があれば、だけど」 また好き・嫌いに戻ったらしい。 「えー? そうですね。遠藤周作……の『針』とか夢野久作の『瓶詰の地獄』」 さんを付けるかどうか迷ってから、彩香は答えた。 「あ、いいわね。ぽこっと遠藤周作なんて名前があると。彩香ちゃんが書くタ イプのに、ちょっと似てるのばかりね。傾向の違うジャンルでは、何かない?」 「えっと……解散して久しいですけど、岡嶋二人さんの『クラインの壷』…… は同じタイプになっちゃうか。ミステリーだと、連城美紀彦さんの『変調二人 羽織』とか泡坂妻男さんの『亜愛一郎』シリーズが好きです」 「なるほどね。次、座右の銘」 「そんなの考えたことないから」 「要は気に入ってる言葉よ。何かない?」 「じゃあ……『ゆずれない想い』、かな。私がデビューした前の年に流行った 歌から、ちょっと借りてます。これが、あの頃の私の気持ち」 「その曲を聴いて、頑張った訳ね」 「ええ、まあ」 少し照れくさい。彩香はややうつむいた。 そのあとも質問が続き、撮影のために喫茶店を出たときには、もう三時を回 っていた。 「天気がよくないなあ」 空を見上げる奥。 「だめかしら?」 「いや、何とかなるけどね」 心配げな茂木に対して、答える奥。 一方、彩香は、だんだん疲れてきていた。睡眠時間はどうにか足りているも のの、不規則な生活がよくないのは確か。 「噴水をバックにしたのと、木陰で腰かけているのなんか、撮りたいね」 ということで、駅前の公園をロケーション地に選び、できるだけ手早く撮影 は進められた。 「はい、お疲れーっ」 終わった瞬間、浮き浮きした様子の茂木の声。無事に仕事が終わって、ほっ としているのだろう。 「七月発売の号に載るから、楽しみにしててね」 「うん。写真写り、悪くないといいけどね」 冗談混じりに言う彩香の方も、内心、ほっとしていた。 (やっと終わったあ!) 月曜の朝は、彩香が予想していたよりずっと爽やかに訪れてくれた。曇り気 味だった天気は持ち直し、上がるかどうか心許なかった原稿も完成、寝不足と いうこともない。今日の夕方、堂々と福富書房の丹波に会うことができる。 「行ってきまあす」 上々の滑り出しを見せた彩香の一週間であった。が……。 「何で、嘘ついたんだよ」 教室に入って間もなく、そんな言葉をぶつけられた。彩香は目をぱちくりさ せるしかない。何のことだか分からないのだから。声の方向には、中西と川井 −−郷野と仲のいい−−がいた。 「話がよく分からない」 まだ成美が来ていないこともあって、彩香は即座に聞き返す。 「とぼけないでくれよ。どこが忙しかったんだ?」 中西の言葉に、彩香は一瞬遅れて、思い当たった。その間にも、唾を飛ばさ んばかりに喋り続ける中西。 「本橋に聞いたんだよ。土曜日、一人で公園にいたんだろ?」 そうか−−彩香は思った。あのとき、公園横の道を歩いていった男子達の中 に、本橋がいたのだろう。昨日か今朝か知らないが、中西と川井はその本橋か ら聞いたに違いない。 「ああ、あれはね」 彩香が弁解を始めようとした矢先、幸か不幸か、成美が到着。彩香がまずい と予感したままに、成美は真っ直ぐ、彩香の側に寄ってきた。そして事情も聞 かず、きっ、ときつい視線を男子二人に向ける。口の回転も遅れない。 「何してんのよ、二人がかりで!」 「うるさいな。羽田には関係ないだろ」 初めて川井が口を開いた。 「関係ないことない! あんた達が彩香のことで何か言ってるんだったら、金 曜のことぐらいしか浮かばない。だったら、私も関係ある。違う?」 「それだったら、言ってやるよ」 意識しているかどうか、二人の男子はにやりと笑った。 彩香としては、誤解とは言え、自分が悪いところもあるのだから、なかなか 割って入れない。学校では自らあまり目立たないように心がけ、小説を書いて いることもなるべく言い触らさないようにしていたのが、身に付いてしまった のかもしれない。 「新崎さん、忙しいって、俺達の誘い、断ったろ? それなのに土曜の昼間、 公園で新崎さんを見たって奴がいるんだよ」 「ほんとなの、彩香?」 別に何ともない口調で、成美が聞いてきた。黙ってうなずく。 「一人で、誰かを待っているみたいだったって聞いたぜ」 川井のこの言葉には、彩香も慌てた。こればかりは引っ込んでいられない。 「ち、違うわっ。あれは、気分転換に散歩していただけよ。家に冷たい物がな かったから、缶ジュースを買いに出たついでに」 「本当か?」 半信半疑という様子の男子達。郷野なら、まだもの分かりがいいはずと思う 彩香だったが、今朝もまた、彼は忙しい身らしい。 ふと見渡せば、徐々に声が大きくなっていたためか、彩香達の周囲にはちょ っとした人だかりができていた。みんな、だいたいの事情は察しているらしい。 「そう言えばあたし、昨日の日曜、彩香を見たわ」 女子の一人が、みんなに聞こえる声で言った。 彩香は、ひやっとした。ひょっとして、日曜日、取材のために出かけたとこ ろを見られていた? ああ、この誤解も解かなくちゃ。彩香は気が重くなった。 そうこうしていると、さらにその雪村という女子が続けて発言。 「何だか忙しそうにしていたし、こっちも予定あったから声かけなかったけど。 彩香、髭面の男と一緒だったわ。遠くて年齢は分からなかったけど、まさかお 父さんじゃないんでしょ?」 そんなところまで見ていたのか。焦る彩香。早く釈明しないと、面倒なこと になる。一時間目まで時間があまりないが、これ以上、黙っていられない。中 西達がまた騒ぎ出しそうになってる。 「聞いて。日曜日も仕事だったの」 最初に仕事の内容を、大まかに説明する。 「……で、髭の人は奥武彦さんていうカメラマンなのよ。ねえ、雪村ちゃん。 他に女の人もいたでしょう? 丸っこい眼鏡をした、割と背の高い、髪にボリ ュームのある人よ。うすい緑のスーツを着ていて、小脇にグレーっぽい鞄を提 げていたはずよ。思い出して、お願いだから」 懇願するように見つめると、雪村はやがて口を開いた。 「言われたら……そんな人もいた気が。結構、格好いい人だなと思って、記憶 にあるから」 どうにか潔白を立証してもらえそうだ。 「ほら、見なさいよ。彩香は嘘なんか言わないわ」 成美が相変わらず、強い調子で言う。それに反発を覚えたか、それとも端か ら納得していなかったのか、川井が言い返してきた。 「待てよ。日曜は分かったさ。どうせ、その何とかいう雑誌の来月号を見れば いいんだからな。でも、土曜のことは証拠がないぜ」 「そうだよな」 中西他、数名が同調する。 「おい、みんな集まって、何やってんだ?」 流行に乗り遅れたように、間の抜けた声を上げたのは、見れば、郷野だった。 彼は抱えていたプリント類を教壇に置くと、いそいそと寄ってきた。 また最初から説明。と言っても、いよいよ時間がなくなってきたので、ごく ごく手短に。 「ふーん。で、中西達は疑ってる訳? くっだらない」 一笑に付す郷野。面食らったのは、中西と川井だ。 「な、何でだよ。俺達、体よく断られたのかもしれないんだぜ」 「仕事の予定なんて変わるもんだろうし、根を詰めて書いてたら、気分転換な んていくらでもしたくなると思うな、自分は。ありそうな話じゃないか」 「けど……」 「万々が一、嘘の理由を盾に断られたにしても、それは俺達にミリョクがなか ったからなんだな、これが」 変なアクセントで「魅力」を発音した郷野。もう完全に、郷野のペース。 「ちぇ、しょうがない」 舌打ちして、中西らは引き下がった。郷野にはかなわない、そんな感じだ。 いいタイミングで、予鈴が鳴り始めた。集まっていたみんなが、正しく蜘蛛 の子を散らすように自分の席に戻っていく。 彩香も一時間目の準備をしていたとき、郷野が小さく声をかけてきた。 「何?」 「さっきはあんな言い方したけど、僕はこれっぽっちも疑ってないから、新崎 さんのこと。ああでも言わないと、長引きそうだったしね」 「ん、分かってる。ありがとう」 笑顔で返事する彩香。何だか嬉しくなる。気分もいつの間にやら、軽くなっ ていた。 −−続く
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