長編 #3085の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「達也がそうだって言うの?」 「ええ。私、数えてみました。少なくとも数字的には間違いなく、該当します。 えっと、達也ちゃんを生んだのは、五月の二十五日でしたよね」 「……そうよ」 ゆっくりと答える百合子。無論、子供の誕生日を思い出していたのではなく、 慎重に返事しただけである。 「で、義姉さんが前の旦那と別れたと言うか、正式に離婚が成立したのが」 「八月四日よ」 「そう、去年の八月四日だ。数えましょうか。八月末まで二十七日。あとは三 十、三十一、三十、三十一、三十一、二十八、三十一、三十と足していって、 四月末の時点で二百六十九日経過。あとは達也ちゃんが生まれるまで二十五日 しかない。答は明らかですね。一応計算すると、二百九十四日目に達也ちゃん は生まれた。六日、いや、七日間早かった訳だ」 「……」 「六月一日に生まれていたらよかったんですがね……」 よかったなんて、髪の毛の先ほども思っていない様子の継雄。 「うだうだと言ってきましたが、要するに、達也ちゃんは兄貴の子供とは認め られない。あなたの前の夫の子供となるんです。つまり、達也ちゃんには財産 は行かないんです」 くどい言い様に、百合子は苛立ってきた。人差し指でテーブルをこつこつと 叩く。 「……お話は分かりました。あとで確認させてもらいますわ」 抑えた声で答えて、相手を追い払おうとする。 「待ってくださいよ。まだ続きがあるんだ」 「……何かしら」 「いやあ、これも言いにくいんだけど」 どうせはっきり言うに決まっているのに、継雄はもったいぶる。 「やっぱりねえ、子供が兄貴の子じゃないとなると、いてもらっても困るんで すよ」 「……籍を抜けって言うのね」 「あ、いや、別に追い出そうというつもりじゃないんです」 慌てたように両手を振る継雄。 「でも、義姉さんもまだまだこれからの人だから、新しい人を見つけてやって 行くつもりなんでしょう? だから、この際、早めにはっきりさせておこうと 思って」 「他の親族の方も同じ意見ね?」 「ん、まあ、そうなるかな……」 腕組みをして首を傾ける継雄。 「いいわっ。あのね、継雄さん。達也が卓夫さんの子供じゃなかったら、すぐ にでも出ていいわ。だけど、調べてから。達也が私と卓夫さんの子だって、私 はよく知っているもの。あなたが説明したその法律が、本当かどうかを調べて からね」 「本当ですよ。嘘なんか」 「本当だとしても、無条件に前の夫との子だと判断されるなんて、どうかして いるわ。きっと、道があるはず」 「……仕方ないな」 小さくつぶやくと、継雄は腕組みを解いた。 「待ちますよ。よかったら、法律の先生を紹介しましょうか?」 「結構。さあ、そろそろ食事の準備しなくちゃ」 追い払うための台詞をあからさまに言って、百合子は壁の時計を見た。 「実際にありますよ」 弁護士先生は即答してくれた。 「確か、民法七百七十二条の二に……ほら」 そして六法全書を広げる。『婚姻成立の日から二百日後又は婚姻の解消若し くは取消の日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定す る。』とあった。 「どうしてこんな」 「法律があるか、でしょう? この間の、再婚期間の法律にも関係しているん ですが、説明しようとしたら、帰ってしまわれたから……」 苦笑している弁護士。百合子は大真面目に言葉を返した。 「もう、そのことはいいですから、早くその理由を」 「女性なら分かることですよ。子供が誰と誰との間にできたのかをなるべくは っきりさせるために、これらの法律はあるんです。子供ができるには、俗に十 ヶ月と十日を要すると言いますね。実際は一ヶ月を二十八日ほどと見なさない といけませんが、まあだいたい三百日です。だからこそ、婚姻の解消もしくは 取消し−−離婚が成立してから三百日以内に生まれた子供は、婚姻中の子と見 なすんです。再婚期間の六ヶ月というのも、女性が妊娠していないかどうかを 見るためです。六ヶ月あれば、お腹が大きくなりますからね」 百合子は聞いていて馬鹿らしくなってきた。離婚するような仲の女と男が、 別れる直前に性交渉をするなんて、滅多にないのではないか。あったとすれば それは男が女を無理矢理にする類であろう。離婚寸前の段階でのそれは、すで に犯罪と呼べるから、訴えればいいのでないか。 「さて。当然、百合子さんは、達也君が高原卓夫さんとの間にできた子供だと 主張なさるんですね」 「もちろんですわ」 「念のために言っておきますが、もし達也君が高原卓夫氏の実子でないにして も、あなたは氏の財産の四分の三を相続できます」 「財産の問題じゃありませんっ」 きっぱりと百合子。 「継雄さんがお金のことから始めたので、こうなってしまったんです。でも私 は、何よりもまず、達也があの人の子だということを示したいの。先生、何か 手はないんですか?」 「なるほど、熱意のほどは分かりました。……一番簡単なのは、卓夫氏の血液 とあなたの血液、そして達也君の血液を調べることで、親子鑑定なんて一発で できますが」 「あの人の身体は、もう」 高原卓夫の遺体は火葬をすませ、お墓の中だ。採血しようにも、できるはず がない。 「ああ、そうでしたね」 弁護士は淡々と応じる。 「私と達也だけじゃ、だめなんですか?」 「それだと、あなたと達也君が親子だと証明されるだけで、卓夫氏とのことが 分からないままですよ。それよりも」 と、再び六法全書を開く弁護士。 「さっきの七百七十二条に関係した判例に、こういうのがあります。離婚後三 百日以内に出生した子であっても、母とその夫とが離婚の届出に先立ち約二年 半以前から別居し、全く交渉を絶って夫婦の実態が失われていた場合は、本条 による嫡出の推定を受けないと解すべきである、と。夫婦関係が失われた時点 と、書類上で離婚が成立した時点とを柔軟に解釈した訳です」 「その場合、例外と見なされるんですね」 「ええ。判例から言えば」 少し慎重な物言いになる弁護士。 「私と前の夫−−寺西とは、離婚届を出す半年以上前から、夫婦関係を持って いませんでしたわ。こういうの、どうなるんです?」 「別居はしていなかったんですね」 「はい」 「うん……。客観的な証明がなされないと、難しいと思います」 「証明って、交渉がなかったことの? そんな!」 できる訳ないじゃない。百合子は呆れてしまった。 「誰かにいちいち言うはずないでしょう、こんなこと」 「いや、第三者でなくてもいいでしょう。前の夫、寺西利郎氏が証言してくれ れば大丈夫でしょうね」 その言葉に一度は安堵した百合子。だが。 「寺西に頼まないといけないんですか」 「まあ、そうなりますか」 「他に方法はないんですか?」 「……難しいと思います。前夫に証言してもらうのが、一番でしょう。どうし てそんなことを?」 「……」 「寺西氏と会うのがお嫌なのですか? 実務上は、書類で手続きするだけで、 話はしなくてすみますがね。こういう問題だから、向こうと会って、きちんと 頼むに越したことはない。それはお分かりでしょう」 「……ええ」 「この問題は置いておくとして……連絡は取れるんですか?」 「え? ああ、寺西と? 一応は。どこかに住所と電話番号をメモしておきま したから」 あのメモはどこにやったかしら。百合子の記憶はあやふやだ。 「それならいい。早めに連絡を入れて、事情を説明し、頼むことですよ」 「……分かりました……」 百合子は唇を固く結んだ。頭が痛かった。 予想通りと言うべきなのだろう。前の夫−−正確には前の前の夫だが−−に 事情を話したところ、百合子が予想していたように、寺西利郎は一つの要求を してきた。 「そっちから言い出して別れといて、急に連絡をよこしたかと思ったら、そう いう訳か。おまえだけいい目を見ようってのは、虫がよすぎるよな。そうは思 わないか?」 「……」 送受器を掴んだまま、無言を通す百合子。礼をする気持ちはあるが、こちら から口にする気はない。相手の方から要求させる。 「なあ、どれぐらいの金になるんだ? 俺が証言してやったら」 「具体的な額は分かりません」 百合子は固い調子で答えた。 「まだ計算が終わってないから。それでも、相当の額になるはずです。その四 分の一が、そちらの証言で左右されるのです」 「ふん……。だったら、それ相応の謝礼はもらわないとな」 金に困っているのか、寺西は簡単に要求を口にした。 「安心しろ。何も四分の一全部をよこせとは言わないさ。そのまた半分の八分 の一でいい。ただし、税引き前の額で計算してくれよ」 しししと、下品な笑いが続く。百合子は送受器を遠ざけた。笑い声が収まっ たのを聞き届けてから、彼女は口を開いた。 「そちらが証言をし、こちらが謝礼を支払う。それでこの件は終わりです」 「ん? 何のことだ?」 「あとになって、証言を翻すことを盾に再度謝礼を要求してきても、無駄だと いうことです。万が一そんなことをすれば、偽証の罪に問われることをお忘れ なく」 「なるほどな。賢くなったようだ。だが、俺が『前の女房から、金で頼まれて 仕方なく偽証したんです』とでも申し出たら、どうなるかな。まあ、そんなこ とはしねえけどよ」 「お生憎様。この会話、ずっと録音しているから」 「何?」 慌てる様子の寺西の声を聞きながら、百合子は最後の言葉を言った。 「そういうことで、今度の日曜日、先ほど約束した場所に、午後二時。お待ち しております。私の顔ぐらい、覚えているでしょうね。それでは失礼します」 電話を切ってから、時計を見た。 最初に覚悟していたより短い時間ですんだ。百合子はそう思った。 −−続く
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