長編 #3065の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
香りたつ熱いほうじ茶をのんで食欲がでる。ご飯はピクニックらしく俵形のむす びにしてある。それにカヤのすきなもの、たらこの煮つけ。ふたりはしばらく黙々 と食べる。 「ひいじいちゃんとこうして」もぐもぐ「よく来たって?」もぐもぐもぐ。 「ンだ」もぐもぐ「樺太郎ど」もぐもぐ「姉っちゃ荷台さ乗っけで来たり」もぐも ぐもぐ。 姉っちゃとはカヤの長女のことだ。 「ふーん」もぐもぐ「樺太郎って、ちょっと変わった名前だよね」もぐもぐもぐ 「ひいじいちゃんがつけたの?」もぐもぐ。 「いや」箸をとめて茶をすする。「俺がそうスてェったのす。親ァ目え剥いだった ども、づィっちゃァ俺さ味方スてけだった。人さあらがァねェひとだったども、あ んどぎァたのもスィがったな。それがらこれ」箸でたらこをつまみあげる。 「たらこ?」もぐもぐもぐ。 「たらごだげァ何ぢょでも厭んたって、ほンで俺も食ァねよァになってのェ。まだ食 よァになったのァ加寿子嫁さ来てがらだな」と言って口に入れる。「ンめェ」もぐも ぐもぐ。 食べあげて花菜は茶を一口のみ、ふうっと息をつく。 「ごちそうさま。ひいじいちゃん、とうさんが生まれる前になくなったんでしょ?」 「ああ、戦争終わった年だった」カヤは半分も食べずに弁当をたたむ。 「戦争には行ったの?」 「いや。婿どァいえ地主の跡取りだったがらな。歳も四十いってだったスィ。ンだど もやっぱりあれァ戦死だ。芯がらおどなスィい人で旦那らスィぐねど言われもスた ったどもな。小作、漁師のせか゚れどァ出征の挨拶さ来るたんび、こう、がっと手ぇ とって、、、凝っと、、、まなぐさ涙ためで何も言えねがったっけか゚。次々に戦死 の知させ入って……。心の中で戦争スてらったんだ。ほンでとうとう敗げでスィあん て、病気さなって。俺のほがァだれも知さねども、あれァ戦死だった」 淡々と話したあとしばらく黙りこむ。 「おどなスィ人だったぁ……。俺か゚立上か゚らせでやんねばねがったんだべがな」 50年心の奥でだけ繰りかえしていた口ぐせ。それをはじめて人に話してすいと立 ちあがる。花菜もつられて立ちあがる。曾祖母のまなざしの向かうところを見よう とするのだが、それはかすんだ水平線の彼方にあるようである。大型の貨物船がゆ っくりと湾内にはいってくる。 「花菜、あれァ外国船が?」 「そうみたい」 「ロシアの船でァねが?」 「遠すぎてわかんないなあ」 「んだが……」 「ロシアの船ならなんかあるの?」 「いや……。みんな心配させねよァに、そろそろ帰っか」 「……そうだね」 浜から戻った家の玄関でカヤは嘔吐しそのまま寝ついてしまう。 その夜。 (#〜はな、はな……)座敷童が花菜をゆり起こす。 「う…ん、、、あ、わらし。なに……?」 (#〜カヤァ話コあるど) 「おばあちゃんが話? ……」まるで目がさめていない。 (#〜早ぐ部屋さ来)と言ってわらしが消えてしまうと花菜はそのままからだを倒 して寝にはいろうとする。閉まったドアの面に首だけだしてわらしが(#〜早ぐ来 てば!)叫ぶのでさすがにびっくりして目がさめる。(#〜早ぐ来よ)もう一度言 って首が消える。時計を見ると0時半、さっき床についたばかりだ。 「もう、、、なんで起きてるうちに言わないのよ……」ぶつぶつ言いながらスリッ パをつっかけ半胴を身にまとう。 みんな寝静まった母屋は不気味で苦手だ。びくつきながら薄暗い廊下をわたって いくとカヤの寝間の前を障子越しの白光が照らしている。 ほっとして部屋に入るとカヤの枕元にわらしがあぐらをかいている。(#〜きた、 きた)ふり向いて言う。カヤは苦しげにからだを起こそうとする。 (#〜むりに起ぎンべどスィなくたてええ)言いながらカヤの背に腕をまわす。カヤ の顔色は蛍光灯の光に溶けてしまいそうなほど白い。 「むりしないで、おばあちゃん。寝てて。かあさん呼ぼうか」動悸がしてくる。 「心配スィねンでええ。こッツさ来」手招きする。わらしが枕のうえのほうに移り、 そこに花菜がすわる。 「さで。樺太郎ど名づげだ訳、話すべが、なぞすべァど迷ったども……」二、三度 まばたきしてから話しだす。「づィっちゃど添う前に、駆げ落づィスたごどあるのす」 「駆け落ち!? で、その相手の名前が樺太郎……」 わらしが花菜の袖をひっぱる(#〜あわでるな、この! 単細胞!) 「あーっ! 両生類のあんたに言われたくないね!」 (#〜両生類でなに悪ぅ!? マザコンの、代用品好ぎの、自己中心の、頭でっか づィの人類だら、なんぼのもんだってや!?) 「う、売りことばに買いことばじゃない、そこまで言わなくたって……」思わぬわ らしの剣幕に鼻白む花菜。 はぁはぁはぁ、とカヤが息をもらす。はっとふたりが見やるとその目は笑ってい る。笑い声だったらしい。 「あんだだづィ見でっと、まって昔のトミど俺見るよァだ。……中田トミ、女学校 入ってすぐ仲良ぐなって、トミァ家、学校の近くだったがらいっつも帰りに寄って 話こスたり遊んだもんだった。 トミにァ仙台の大学だがどごさ行ってる兄様おって、その、確かァ一関の人だっ けか゚、同ズ学校の友達どトミ、まぁ、いづのひまにが恋仲どなってスィまッたのす。 それはまず良がった。とごろか゚、女学校の最後の年、その男ァいぎなりロシアさ 行ぐっつんだ。……俺さも何も語ンねがったか゚、トミ、スィばら〜ぐ悩んでらったふ だ。……まず、一関さ嫁ぐつんだれァ親も許スたがも知ェねども、ロシアさ政治亡 命だっつんでは、なじょにもかじょにも、だれ許すべァ。別れるが駆げ落づィすっか、 後のほァ選んで、ロシア行ぎの船ァ出る仙台の港で落づィ合ンべどスた……いや、 大船渡の港で落づィ合って船で仙台さ行ぐづごったった。 もは二度ど生ぎでァトミど出会われねが知ェねがら、見送りさ行ぐべどスたった れば、家出るどごと捕まってトミ出らェなぐなった。それで俺、男さ知させンべど港 さ走った…… ……ふたりのごど憧れでらったども、男のごど好きだづ訳でァねがった。卒業ス たらすく゚と婿取り決まってで、そェづァ厭んたくて厭んたくて。モガみだぐ自由に 生ぎでるおなごもいるづに、俺ァ十八がそごらで髷頭スて、モガだなぐ嬶ど呼ばる よァになる。厭んたがったぁ……ほンでトミ妬まスィぐも思ったった……。 話こ聞いでしょんぼりする男見でだけァ、きゅうにこう、乳の下あだりぎゅーっ となって。なんだがわがんねよ。スたども、自分か゚トミだど思えできて、この人ど 逃げンべァ!『俺ど逃げんべァ!』て言ってらった……。男ァどでんスたったか゚、 むりっくり後さつぃでって、とうとうロシア行ぎの船さ乗り込んだった……。 まず樺太、いまのサハリンだ、そごがらウラジオストックさ下って、どごどがどど ごどが経由して、最後にモスクワさ行ぐ。ど、男がら教ェらェだったか゚、樺太のほ がァ初めで聞ぐ名だった…… 気仙がら出だごどもねェ娘っこだったおん。心細くてなぁ……。たった一人頼む男ァ 先のごどで頭いっぺェだふだった。そったに泣いでばりいだら樺太さ着ぐ前におめ の涙で船沈んでスィまうって、あぎれられだり、怒られだりスて……。戻りたくたっ て、泳いでも帰れねべスィ、樺太さ着ぐまで泣ぎどおスだった…… 樺太さ着ィで、さあ、帰るごどスか頭さねがった。男も足手まどいど思ってらっ たんだべ、帰ったほァ良ェっていうものの、おなこ゚独り船さ乗さェねがらスィばら ぐ待でって……俺ァそれでも帰りてがったどもな…… 男ァ同志達どなんだが忙スィぐ飛び回って、俺ァ地元の高等小学校の先生夫婦の 家さあずげらェでらった。その人達ァまって善ェ人達でなぁ。俺のごど本土がら来 た親戚だづごどにスて友達さ紹介スてけだり、運動会さも連れでってけだり、ほンに やさスィぐスてもらたったぁ。その御夫婦がら諭されで親さ侘びの手紙書いで迎え さ来てもらうごどどなった。迎えさ来るづ返事届いでがらでも、こっちさ着ぐまで 一月以上はかがるんだ。ンでも、その間ァ楽スィがったよぉ。先生の近所の人の子 どもさ勉強教ェだり、土地のいろんなごど教ェでもらったり。よぉぐ仲良ぐスても らったぁ……。 まぁ、親がら叱られンのァ仕方ねァなぁ、船ン中で縁談こわれだ、ほどぼりさめ るまでおどなスィぐスてろどきづぐ言われだ。そのごどァ当だり前だど思うより良 がったど思たった。女学校さ頼みこンで放校どァなんねよァにスたど聞いだどぎァ、 ありか゚でェど思ったったか゚、ついに行がねがった。同級生ど顔合わせられながっ たスィ、トミさばなおさらだえん……。 家さ帰ってなんぼもスィねぇうづィだ、婿さ来るはずだった人ァ仲人とおスて、な ぞスたってこの縁あぎらめらェねがら、なんとが話戻スてけらぇんど言ってきた。 親どァ感激スて、願ってもねェど言ったか゚、俺ァもォいっぺんそん人のほんとの気 持づィ確かめでけるよァに言った。スたっけば、そん人ァ俺ど夫婦さなれるンだら ほがにァ何も望まねェづごったった。……んだ、づィっちゃだ。 婿さ来っどぎ自転車もってきたのァびっくりスたスィ嬉スィがった。口数の少ねェ 人だったか゚、ずうっと後さなって語ったった、俺自転車さ乗ってるどご見で愛け゚ェ なあど思ってらったんだど。ンで、俺どの縁談来たどぎァ神さんさ手ェ合せで喜んだ ったど。 初めのやや子でぎだどぎ、訳話スて、男わらスだったら樺太郎どつけてェど頼んだ。 あの人ァ黙って承知スてけだった。……訳? 樺太で受けだ親切ねンば、こうスて子ォ 成すごどァねがったど思ったったがらす。樺太ァ俺の第二の生まれ故郷だ。その子ァ おなこ゚わらスだったども、次の子ァ男だったがら樺太郎ど名づげだ。 ……いままで誰さも語らねがった話だ。……どんどはれァ、てが」はぁはぁはぁ、 とカヤは笑う。 「花菜、水っこ持ってきてけねが。喉乾いでスィまった……」 「うん」 (#〜カヤ)花菜が出ていったあと座敷童が言う(#〜悪がったな。汝の命縮めで スィァんたよァだ) (静が〜に死んでぐべァどスたったどもな)目が笑う。(跳ねっこ馬らスィぐ死ね で良がったよ。ありか゚どな、わらス様、ほんとに、だんだん)わらしの手を握る。 花菜が持ってきた水を受けとる力がもうカヤにはない。おばあちゃんと呼ぶ声に 目をうすく開けてかすかに唇を動かす。 「なんて言ってるの、ねえわらし、なんて言ってるのよ?」曾祖母から目を話さず わらしを問いつめる。 (#〜花菜だれば聞けるはずだ) (負げんなえ、花菜、負げんなえ)その最後のことばを花菜は確かに聞く。おばあ ちゃん、おばあちゃん、花菜は静かに繰りかえし呼んでようやくカヤの死を知ると、 その手を両手で握り自分も身を横たえ胎児のように体を丸め嗚咽をおさえてずいぶ ん長いこと泣いている。泣きやむともう一度、おばあちゃん、呼んで手をはなす。 そうしてひいばあちゃんとの別れが済むと母のもとへ行って告げる。 「おばあちゃんね、いま」ふたたびこみあげてくる嗚咽をこらえる(もう泣かない んだ) 「おばあちゃんが、どうしたの?」 美津子の問いのあいだになんとか嗚咽をおさめ、 「なくなった」言ってしまうと心がとても静かで透明になる。 十五の娘のおどろくほど大人びた厳粛なようすに母はそのことばの意味をさとる。 小春日和の昼さがりのことである。わらスィい、淵のわらスィい、と呼ぶ声がす るので鼈が淵から浮かび出ると、臙脂のスリム・パンツ、オフ・ホワイトのとっ くりセーター、モス・グリーンのブルゾンを身につけたおかっぱ頭の少女が手を振 っている。 (%〜!!座敷のわらスでねが。珍スィな、汝がら出がげで来ンのァ) 「今日はカヤァみまがったごどォ知させさ来たんだ」 (%〜覚ェだ。カヤだば、だェぶ前だども、^^まだあんただづのマギになりァんす、 まんづは、よろスィぐなす^^てご丁寧に挨拶に来たった) 「へえ! ンなのが。ンで、今はなぞスてらんだ?」 (%〜いっさいじゃくめつ、吾にわがるはずァねべァ。空になったが色になったが ……そら、人によっていろいろだがらな。ンでもあの跳ねっこ馬だがらなぁ、前世 の気仙すぱっと忘ェで、海の向ごうさでも跳ねでったんでねが?) あははは、、、と少女はからだを折ってひとしきり笑い「ンだがも知ェねな。う ん、吾もそった気する」 んでァ、まだな。にっ、と笑って少女は立ち去る。 (%〜なんだが妙だな、あェづ……そう言ェばカヤさ憑ィでがら人間臭ぐなったみ でェだ)鼈は首をかしげながら淵の底へもどっていく。その途中で鮭をとった、雄 鮭だ。おそらくはそれが冬ごもりのための最後の食糧となるだろう。 おかっぱ頭の少女は淵に背を向けるとちょろっと舌を出す。腹を押さえて声をた てないように笑いながら国道を歩く。道をそれて秀二の家の庭にはいり、玄関に立 つと「こんにちは!」とほがらかに呼びかける。 (了)
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