長編 #3060の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
彼らは山にはいって太く強い木を伐り出してきて陽にあててけずってみがいて柱 と梁と床板と根太にした。種籾をまき苗を育て田に植え丹精して稲に仕上げその藁 をあまた集めて屋根を葺き土とまぜて壁を塗った。 金野家の旧家屋はそうしてつくられた。 部屋は全部で六つ。居間を中心にして西に台所、北に主人(樺太郎・加寿子夫婦) の部屋と物置(本来は産屋だったが、いまでは捨てるに忍びないものの置き場所で ある)、東に控え部屋と隠居(カヤと亡夫)の部屋。南から北に折れて縁側がある。 東北角の部屋はふだん使われることはなく神楽や法事・祝事のおりにのみ南の二つ の部屋とつなげてつかわれる。そこが昔から『わらし様の間』と呼ばれてきた座敷 童の住処だ。 新家屋は孫たちが息子夫婦とはなれて寝起きする必要がでて増築された。外観は 代々引き継いだ住まいと和むようくすんだ色に仕上げているが、なかは外洋にあこ がれる湊気質を映してラワン材を多く用いマレーの絨毯などしいて明るくしつらえ られている。長女恵美は北海道の大学へ行っており、父泰元は仕事のつごうで盛岡 で暮らし週末に帰ってくるので、ふだんここで寝起きしているのは母美津子と次女 花菜の二人だけだ。 秀二に送られてきたあくる日、花菜は夏休みのあと初めて学校へいく気になる。 制服に着替えて髪をとかしはじめ、しかし、それきり鏡の前から立てなくなってし まう。やだ、、、また、二つもにきびふえてる。にきびにクレアラシルを塗る。夏 休みから理髪店に行っていないので長くなった髪のかたちがいまいち決まらない。 ヘアブラシでせわしく髪をとかしながらちらりちらりと時計を見やる−−ああもう 行かなくちゃ。お腹がしくしく痛くなってくる。でも、今日こそ学校に行くんだ。 でも、花菜は立ちあがることができない。ああ……おなかがいたい。 昼まで浅い眠りを眠って目がさめるといまから学校へいってもしようがないとい う気になる。すると腹痛も消える。原因をなくすことができないならあきらめ気分 になることはたしかに自律神経失調症の対症療法になるようだ。この病気をクセっ て言うとしたらその療法もやはりクセになる。花菜は気づいていないが。 台所へ牛乳を飲みにいくと母がいて、昼ごはんの後かたづけをしている。 「あら」その朝制服に着替えた姿を見ていても「学校へいったんじゃなかったの?」 などとは言わない。花菜のほうからも「おなかいたくなってきて、いくのやめたの」 なんて言わない。 「おなかすいたんじゃない?」美津子はふつうにふるまう。 「すいてない。お昼いらない」 「お弁当は?」 「あ。忘れてた、持ってくる」(ごめんね、せっかくつくってくれたのに)という 思いは屈折して口に出てこない。母はそんなことはまったく気にしていない、ただ、 午前中の(今日一日学校でうまくいけばいい。そして学校へ続けていく気になって くれればいい)という思いがしゃぼん玉のように消えたわびしさがあるだけ。そう いうことにも美津子はだんだんなれてきている。花菜はなれることができない。心 が、なれてはいけないと抵抗するのだ。 弁当を持って戻ってくるとカヤがいた。いつもの皺ひとつ動かない顔で花菜に言 う、 「恵美。帰ェってきたが」 また姉とまちがえてる。 「お姉ちゃんは北海道!」どんと弁当をテーブルにおいて冷蔵庫をあける。 「恵美ァ帰ェらねのが?」 「もうすぐ、ふゆやすみにはかえるわよ、おばあちゃん」夫の祖母に聞きとれるよ う声を大きくしてゆっくりと言う。もっとも聞いているかどうか確信はない。話し かけてもまったく反応しないこともあれば家族のおしゃべりにきちんとつじつまの 合うことを話してくることもある。だから聞こえてはいるのだと家族は思っている。 「あれ、牛乳ない」冷蔵庫の中にむかって不平を言う。 「きのう買い物にいって忘れてたの。お金やるから買ってきてくれない?」 「……いい。お水ちょうだい」 カヤがテーブルをまわりこんできて包んだままの弁当に手をのばしかける。花菜 は気づかない。コップに水をくんでふり向いた美津子が気づく「あ、おばあちゃん」 カヤが包みをつかむ前に、とっさにふり返った花菜がさらってしまう。 「おばあちゃんお昼食べなかったの?」 「食べたわよ。……忘れちゃったのかな……でもそんなこといままでなかったし」 美津子は花菜にコップを手渡してからカヤのそばに行って、 「おばあちゃん、おなかすいたの?」ゆっくり大きな声できいてみる。 「あ?」カヤは美津子から花菜の手の弁当へとまなざしを向ける。「昼さ浜さ行ぐ んでねのが?」 「おひるはさっきたべましたよ。おぼえてないの?」 カヤが思いがけずすばやい動作でぱんと手をうち、「浜で昼食べんべァ」と言って 美津子を見る。常になく目に生気が差し口元がほどけている。 花菜はあっけにとられてグラスと弁当を持ったまま、母にささやく、 「やっぱり忘れてるんじゃないの?」 美津子はむしろ−−直観的に−−おばあちゃんが痴呆症からある程度回復したので はないかと思った。 「はまはもう、かぜがつめたいからね、はるになって、あったかくなったらいこうね」 「そだが。ウんだら、みんなスて行ぐべァ、花菜も、な」しっかりと花菜を見て言う。 「うん、あったかくなったらね」返事は知らずと母と同じ口調になっている。 カヤは二、三度うなづくと、ややおぼつかない足どりで居間へ戻っていく、「恵 美も帰ェってくればいいなァ……」とつぶやきながら。 『ブーメラン池』とは泰元の弟晴久が子供のときつけたあだ名である。 神社の鎮守の森と連なる裏山に湧きでる水が東の露地を流れている、それを溜め て池がつくられた。水は鈎形の西端から流れでて斜面をくだり神社の庭にある池に そそぐ。土地の民俗学研究家は神話的な構図で見れば本来こちらに神社が築かれた はずであり後になにかの事情で下に遷されたのではないかという。だからどちらの 池がより古いかはわからない。(%〜こごだげは変わらねよァだ)底に沈んだ落葉 の寝床から首だけだしてあたりを見まわす。池の魚はとるなよ、と座敷わらしは言 うが鼈がとるのは弱った魚だけである。下の池はもっと大きくて鯉や鮒や雑魚がう ようよいるし小川には沢蟹もいる、食べ物にはこまらない。 水面に人影がうつり鼈は首をすくめる。 「淵の。面出せ」と声が落ちてくる。 (%〜あの声?)甲羅から目だけだしてうかがう。 「淵の。カヤ見ェだら心配ァねァがら、面出せ」池をのぞきこんで言っているのは そのカヤだ。鼈は水面に顔を出す(%〜汝、カヤさ憑ィだのが?) 「んだ。やもりだど鳥だの猫だのに狙われっから、寝でるカヤさのりうづってきた」 (%〜だいじょぶだが?そったごどスて) 「年寄りに憑ぐのァゆるぐねんだがいまのカヤだらわらスよりたやすぃ。いっつも 半分眠ってるよァなもんだがらな」にやりと笑ったつもりである。が、顔じゅうの 皺という皺が吊りあがり、頬の皺が一本の深い切れ込みになって唇のはしとつなが って口が耳まで裂けたかのように見え、目は皺に埋もれて見分けがつかない、もの 凄い顔になる。鼈はかぱっと口をあけたきり固まってしまう(%〜……汝、笑ァね ほァ良エンぞ。慣れねがら面ァまっておがすィォん。人間はおっかねか゚るべァ) 夜更けに、樺太郎は厠に行きたくなって目が覚めた。しかし寒いので布団から出 たくない、尿意をこらえてまた眠りに落ちるのを待っている。と、電子音が隣の居 間から聞こえてくる。目をあけると襖の隙間をとおして光が漏れている。花菜がフ ァミコンをしている……しようのないやつだ……腹が痛いといって昼まで寝ていな がら夜中にファミコンなど……市教育振興会長としての俺の世間体や面子などはど うでもいいが……困ったもんだ。樺太郎は起き上がって襖をあける、「花菜、いま 何時だど……」 孫娘ではなかった。 「ば、ばァちゃン!」 母だが母ではなかった。ゲームのおもしろさについ笑い顔になっていた座敷わらし がそのまま声のほうをふり向く。樺太郎は気を失い背中から倒れる。加寿子が物音 に目を覚まし部屋の明かりをつける。 「とォさん!」夫が白目むいて小便たれ流しているのを見て「とォさん、あだって スィまた! 救急車呼ばねァ!」 てっきり脳卒中だと思いあわてて電話に走ろうとするところを姑がおしとどめる、 「待でァ、かァさん。あだったのでァね!」 「ばァちゃン!?」 「どでンスて気ィ失ったのだ。水、持ってこ!」 「え?」加寿子は気が動転してどうしたらいいのかわからない、姑の異変にも気づ かない。 「そごの水でいい、とって寄ごせ!」 言われて枕元の水差しを渡す。カヤはその水を樺太郎の顔にそそぎかける。二、三 度まばたきして黒目が戻ってきた。まだ焦点の合わない目でカヤを見上げて、 「ば、化げ物!」樺太郎は叫ぶ。 カヤはぺしっと平手で樺太郎の頭をはたき、「親さ向がって『化げ物』どァ、なに こ゚どだ!」 座敷わらしはこみあげる笑いを必死でこらえている(#〜こごで笑ったりスたら、 こんどァ加寿子まで小便もらスて気絶だ)そう思うとなおさらおかしい、二人に背 を向けて、「着替ェで早ぐ寝れ」やっとのことでそう言うと部屋を出てぴしゃりと 襖をしめてしまう。 「とォさあん……」加寿子が涙声で夫の首にかじりつく。 「あ、あれ? かァさん、、、ばァちゃん?」 「えがった、えがった、てっきりあだったがと思たった」 「ちょ、ちょと待で、あ、あれ、ばァちゃン……」妻にのしかかられたまま起きあ がろうとすっぽんのように首だけ伸ばす。 加寿子ははたと気づいてからだを起こし、「あれ!? ばァちゃン、ボゲ治ったん でねが?」出ていったカヤを追うように振り向く。 「なに? あ、ンだ、そォ言ェば!」 「とォさン、あど追って確かめでこ」 「おう!」と立ち上がる。 「あ、パジャマ! 着替ェでがら……」 「お。んだな」 加寿子はパジャマを出してきて夫にわたすと、畳に広がった小便を汚れたパジャマ で拭く。拭きながら、「あら……せェば、ばァちゃン何してらたんだべァ」 あのとき姑が言ったことをほとんど憶えていない。夫がどうして『気ィ失ったのだ』 と言ったのだっけ、「ねァ、とォさん、何……」 ふり仰ぐと夫は紙のように白い顔でふるえている。 「ば、ば、ばば、ばばばば……」 樺太郎はいきなり戦争ごっこをはじめた、のではない、さっきの恐怖がよみがえり しゃべろうしても言葉にならないのだ。加寿子の胸は不安にしめつけられる、ほん とに卒中ではないのかしら、立ち上がって夫の肩をつかむ。 「何スたの!?とォさん!」 「ば、ばァちゃンば、、、」ファミコンをしていた、そして、、、、、とても説明 できない。『ばがくせごどァ!』と言われてしまうに違いない。 「水、水けろ」 樺太郎の顔にかけた水差しの水がいくらか残っていた。それを飲むと少し気持ち が落ち着き、「まづ、ばァちゃンの様子コ見さ行ぐべ」 「ンだね……」 「おめもこ」 「俺も? ンでも、畳、雑巾で拭がねば……」 「あどでいいがら、こ!」と、引き手にかけた手がためらって止まる。息を吸いこ んで、 「えェが、あげるぞ」振り返って妻に声をかける。 「ウん(?)」 樺太郎は思いきって襖を大きく引きあけ居間をくまなく見まわすと足早にひかえ の間へ向かう。後に続く加寿子がテレビ画面に気づいて、 「あれ、ファミコンつけっぱなスィにスて」 また大きく襖を開いて樺太郎が事務的に言う、 「ばァちゃンやってだんだ」 「ばがくせごどァ……花菜、消すのァ忘れだんだべァ」 たぶん花菜ではない。母でもないかもしれない。それを確かめるために……。樺 太郎は控の間の明かりをつける。時同じく、居間の古い柱時計が2つ鳴る。怖じ気 が樺太郎のからだを固めてしまう。 「あ、明日にスィねが? 寝でるがも知ェねスィ……」声がふるえている。 「なぁに、おっかねか゚ってらの。様子こばりでも見だほァいい。いづれ、ふつう でァねがったもの。ボゲ治ったんだら越スたごどァねェ。ンだども、ひょっとスた ら……っつごどもあるが知ェねえん?」 カヤはまもなく九十になろうとする歳だ。医者も痴呆症の進行を抑えることはでき るが治すのは非常に難しいと言っていた。それが突然あのしっかりした話し方や態 度、その急な変化はむしろ……。 「ひょっとスたら、、、んだな」そう思うといやがうえにも母の身が案じられてく る、ここはやはり……と、そのときだ、 「樺太郎、加寿子、なにぐだぐだしゃべってら。なにが用だが?」 襖をへだてたカヤの寝間からの声。二人は感電したようにからだをこわばらせる。 「ば、ばァちゃンの声、だな」低声で、樺太郎。 「ま、まだこの人ァ、、、母親の声聞ぎわげられねってすか!?」 そんなこと言ってもおまえ、俺は……。だけどあれは間違いなく母の声だ、話し方 だ、「ばァちゃン、入ァるぞ!」 カヤは暗い中に横たわったままでこちらを見ている。 「灯りつけでえぇが?」 しばし待ったが返事がないので、樺太郎は蛍光灯をつける。 「何の用だえ?」じっと動かないが話しはしっかりしており目には生気がある。 「ばァちゃン、さっきは、その」 「何? もぺァっこはっきりしゃべれ」(#〜耳遠いふりさねば) 「さっき、なに、スてらったのや?」 「さっきたら、おめひっくりげったどぎが?」 「う。いや、その、ばァちゃン、治ったのが?」 (#〜話そらしたな)おもしろがっている。「あん? ゆっくりしゃべンねば聞け ねでば」 「なおったのすか?」 「なおった、たらや?」
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE