長編 #3059の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
次の祥月命日に少女は三本のりんどうを手に一人でやってくる。 秀二の家の前で彼とすれ違うとき彼女は「こんにちは!」とほがらかに会釈して 過ぎる。こんにちは、と、つい返事した秀二は、すぐにおや?と不審に思う。観光 シーズンでもないのに見知らぬ若い女が通るのは珍しい……それも、見たところ中 学か高校生ぐらいじゃないか、あの娘。 少女は一月前と同じ場所に立って川にりんどうを一本ずつ投げそのたびにていね いに掌を合わせる。(%〜こなェだの娘っこだ。やっぱり見だよぅな面だか゚……え え!思い浮がばねじゃ!)じれったくってもがく。そのとき鳥の羽音が聞こえ(% 〜あぶねァ!)とっさに水にもぐる。あ!と娘が小さく叫ぶ。川面に投げたりんど うを、鴎が舞い降りてきてくわえ去ったのだ。(%〜あぶねァどごだった……)よ うすをうかがっていた鼈がようやく水面から首を出す。鴎は空をひと巡りして海の 方へ飛んでいくところだ。(%〜てっきり吾ァ狙ったもんだど思ったば……。ありゃ? なんだべァ、花なぞくわえで)。「圭ちゃん……?」鴎を見送りながら娘がつぶや く。(%〜んだ! あの娘っこァ、座敷のわらスに似でんだ!) 少女はもと来た道を戻りはじめるが、どうもようすがおかしい。額に汗をにじま せ苦しげに顔を歪めて這うように歩くが、とうとう腹を押さえて道端にしゃがみこ んでしまう。少女の素性が気になって後をつけていた鼈にはその姿が土堤に隠れて 見えなくなる。垣根の手入れをしていた秀二が駆け寄っていく。しばらくして秀二 が少女を抱きかかえるようにして家に入っていくのが見える(%〜娘っこァ秀二の マギ(一族)だぇんが……?) 少女が横になってから三十分ほどして秀二の妻のアサノがようすを見にくる。 「どうだえン」 「すみません……」 少女が小声で謝る。 「なァもなァも。気にさねたていい」 秀二も入って来る。 「なじょだ、なんぼが具合ァ良ェが?」 「あ、はい、薬のみましたから」 「薬いっつも持って歩いでるのっか?」 アサノが訊く。 「クセなんです、お腹痛くなるの。……病気をクセっていうのもおかしいけど。自 律神経失調症というんだそうです」 「じっちゃ、知ってっか?」 「づぃりづぃすぃんけぇ、すぃっつぃおすんだべァ」 「まぁだあ、覚ェだっぷりこぃで、は、知さねんだべ?」 秀二はそっぽを向いて頭を掻く。 「たいしたことないんです」かすかにほほえんで少女が言う。 アサノは、 「がまんなどァさねんだよ。病気の辛ぇのァ本人スかわがらねンだがら」いたわる ようにそう言う。 「はい……」 顔色はだいぶよくなっている。秀二が声をかけたときにはまるで血の気がなかっ たが、どうやら痛みをこらえていたためらしい。その顔色をみて秀二が言う。 「親御さ電話さねでもいぃったっけァども、家ァどごだ」 「大船渡です」 「大船渡……んだば、具合ァ良ぐなったら送ってってやるがらよ」 「あ、いえ、いいです。だいじょうぶですから」 「遠慮スィねの。黙って帰スたらかえってこっつィか゚気にかがるがら、なェ」孫を やさしくさとすようなアサノの口調である。 「ンだンだ。暗ぐなるど親御ァ心配ァすっぺがら、もォは行ぐが?」秀二が言う。 「はい。すみません」 「腹病みァもォは良ェのが?」 「はい」 「んでァ、車回スてくっから、表出で待ってろ」 秀二が玄関前に車を回してくる。(%〜どごさが行ぐよァだな……よスィ)庭に ひそんでいた鼈が軽トラックの荷台にもぐり込む。 「どうもありがとうございました」 少女が表まで送りに出たアサノに深々と頭を下げる。 「なンも、なンも……」アサノは突然、ぱちん、と手を打って、「あンや!何とスた、 名前もきいでねがったじゃ」 「やだ、わたしったら……ごめんなさい、わたし金野花菜といいます」 「スたら、元気でな、はなちゃん。まだこっつィさ来たら寄らぇんや」 「ありがとうございます。ほんとにお世話になりました」 軽トラックが川で死んだ子によってつながれた三者を乗せて谷間のすでに翳って いる道を走りだす。 山並の川にすそをひく斜面のもみじは墨絵の趣を兆しはじめているものの稜線を 見上げればそこは光と色のたわむれがいっそう目にまぶしい。 「紅葉がきれいですね」花菜が話しかけるともなくつぶやくともなくそう言う。荷 台の鼈が山稜をちらりと見やってかおをしかめる(%〜吾ァもみぢ好がねな、あん まりべがべがづくて) 「ほンになあ……出稼き゚やめで何十年ぶりで紅葉の山ァ見だどぎァ、ほンにほンに、 目に染むよァだった。そんどぎァ『美すィものァ皆、生まれ育った気仙さある』ど 思たったな」(%〜べがべがづもんだら鮎がいぢばんだな) 道は川をはなれ坂を登りはじめる。登りきったところで鼈は空気にかすかな潮の においを嗅ぎつける(%〜もう高田の町が。速ェな……馬車こさ比べば揺れねァスィ。 金気臭ぇのァ厭んたども)鉄のにおいはヤスや鎌のにおい、すなわち彼の一族の身 にしみついている人間との敵対の記憶なのだ。 少女の姓と住所それに今日があの子どもの祥月命日ということで秀二に思いあた ることがあった。 「先だっておら家の前の川で亡ぐなったわらスも金野だったっけか゚、もスか、おめァ 姉こ゚が?」 花菜ははっとして秀二に顔を向ける、 「いえ、違います……おなじ金野ですけど」 運転している秀二はその表情が見えない、 「ンだが。金野ったら気仙にァ珍スィぐもね名字だぉンな」 だったらなんで平日に住田くんだりまで……そう踏み込んで訊くべきだろうかと決 めあぐねていると花菜が口を開く、 「あの子は、あの……おじさんと一緒だったんです」 「俺ど一緒どはや?」 「今日みたいにお腹が痛くて苦しんでるとこへ『どうしたの? おねえちゃん』て、 全然知らないわたしに声かけてくれて、お母さんを呼んできてくれたんです。それ で圭ちゃんの家で休ませてくれて」 「いいわらスだっだんだなあ……」その命がたすからなかったことが心のしこりに なって残っている秀二は金野圭というその子を川から上げたのが自分だと告げるの をためらう。「ほで、今日拝みさ来たのが?」 「はい。ほんとにいい子だったんです。道で会う人には誰にでも『こんにちは!』 って元気に挨拶してました」 「そたないい子がなぁ……あの川で、なぁ……。花菜ちゃん、気仙川はな、俺にい ろんなごど教ェでけだんだよ。うまぐ言ぇねけどな、俺、こォやってこの年まで生 ぎで来れだのは、あの川のお陰もあるど思ってる。おおいにあるど思ってる。昔、 俺ァ弟みだぐ思ってだやづがやっぱりあの川さ流さェで亡ぐなったのしゃ。その兄 貴ァ俺の親友だったども、漁師でな、海で時化に遭って、これも亡ぐなったんだ。 ンだども、俺ァやっぱりその川も海も好ぎだ。……いや、むスろ、そゆごどがあった がらこそ、あの川も海もほんっに好ぎなんだど思う。ンだって、やづらど川や海ど、 一緒になって俺ほァ生ぎる力になってけでるんだもな」 花菜はうつむいで黙っている。 「わがらねえンが……わがらねがも知ェねなぁ」 車は三陸の港港を結んで南北にのびる国道に乗り入れる。(%〜なじょスたて、 空ど海どべがべが光るがら真昼の陽ィ当だってるよァだもな。……べがべがづのだ ば鮭ァ一番だ)磯の香で鼻腔がひりひりする(%〜……ああ、この前昆布食ったのァ いづだっけ) この道が広田半島のつけ根を横ぎるとそこから大船渡市大船渡町だ。 峠越えの曲がりくねった道を抜けて湾が見え、まもなく軽トラックは海と逆のほ うへ国道を逸れていく。神社のわきを過ぎ細い坂道を少し登って花菜の家に着く。 (%〜やっとご着ィだがヤレヤレ…あ?この家だら見覚えあっつォ、こっつィ脇の古ェ 普請)藁葺屋根の古い家に木造・一部煉瓦造りの棟を建て増しした、かなり大きな 家だ。 家の敷地の境あたりにとめた軽トラックの中で、すぐ引き返すという秀二と家に 上がってもらいお茶の一杯でもさしあげて家の者に礼をさせようという花菜のあい だでしばし押し問答があり、花菜が秀二の腕を引っぱるようにして二人は新しい棟 の玄関へ入っていく。 荷台から降り(%〜まんつ水さ入ってひと息つぐべ)池のにおいをたどってのそ のそ庭へ入っていくと、軒下から這い出てくる壁虎の姿が目にはいる(%〜おお! 汝、座敷のわらスでねが、久方ぶりだなむスィ。吾だ、淵のわらスだ)。壁虎はは しっこく身をくねらせて梁をわたり柱を逆さまに下りてきて中ほどでとまると両方 の大目玉をきろりと寄せて鼈を見る(#〜わがってだでば。汝のにおぃでば一里先 からでもわがるもな。ンだがらこォやって挨拶に出はってきたんだ。……まんづ、は、 久スィのォ)(%〜ほんに久スィなェ。……こご、汝か゚家だったのが。どぉりでな) (#〜? なに「どぉりで」だてや)(%〜汝の家のおなこ゚わらス)(#〜女童っ たら花菜が?)(%〜あぁ、花菜ったけァな。どうンも誰さが似でるど思たけァ、 汝さ似でるもな)(#〜なンに語ってら。吾でねぇべァ、カヤだべァ。カヤさ似でる ちゃ花菜は)(%〜カヤったら、あの跳ねっこンまのカヤが?)(#〜ンだ。もォは、 すっかり年寄ったどもな。花菜のひこばばでァんでな)(%〜あぃや、ンだたのが。 ……ンでも、スたら、やっぱり汝さも似でらべ。カヤの童時分(こんめどぎ)は汝ど そっくりだったもな) 金野家の旧家屋の板縁の戸を開けて人影が現れる。小柄な老女が、 「あンやぁ−−これァまだ、おンめずらすィごどォ。ほンに、お久スイぶりでァんスた」 鼈のほうを向いて、少ししわがれた声でそう言って、深々とおじぎをする。 「ばァちゃン、まだ誰が来たのが?」 秀二と同じ年ごろの男が老女の後ろにきて言う。耳の遠い彼女にそれは聞こえない。 男は彼女の肩越しに手をのべ戸を少し広げて外を見やり、 「あの車で来た人だば、もォは上がってもらったじゃ。……さ、寒ィがら戸ァ閉め んべァ」 そう言って、ガラス戸を閉め、老女の手を引いて去る。(%〜よぉ、あれァ……) (#〜んだ。カヤど長男(かどぐ)の樺太郎(かんたろう)だ)(%〜あや〜、、、 息子があンただばカヤもシワシワばばになるわげだじゃな)(#〜汝の言うごどァ よぐわがんね。それよりそったどごでうろうろってっど人さ見られっつォ)(%〜 ンだな。スたどもカヤさは、めっかったんでねが)(#〜はでなぁ……ァえづァ、 すっかりボゲでスまったづがら)(%〜「ボゲ」たら何だ。茄子が?)(#〜わが らねなあ、汝の言うごどァ。まづさ、ヒトも年寄れば色ァ失うて来んだ。過ぎだも みぢどが病葉みでァに)(%〜それがボゲが。生ぎ物どスての相転移だな)(#〜 ソウテンイったら何のごった? あ!ほれァ、家のもん出できた! 早ぐ隠れろ。 帰るんでば車さ)(%〜車は厭んた。からだ乾ぐし金気臭ァし。具合ェ悪ぐなって しまたじゃ。しばらぐそごの池さ棲むごどにす)
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