長編 #3008の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
6 「この街では、魔法使いは嫌われてるの?」リエは歩きながらトートに囁いた。 「なんで?」 「ほら、あれ」リエの指がすっとのびた。 トートは視線を動かした。リエが指しているのは、一軒の屋台に座った魔法使い らしい中年の男だった。魔法使い協会の証である、コヨーテが描かれた白いマント を着けている。 「おい、まだか!」魔法使いは苛立ちを露に怒鳴った。「どれだけまたせれば気 が済むのだ」 答えたのは、屋台の主人らしい商人だった。酒のビンと軽食の壺が並び、その後 ろに小さな炉が置かれているだけの小さな屋台である。炉の上にかかった金網の上 では、炙り肉がこんがりといい具合に焼けていた。 「すいませんね、魔法使いの旦那。どうも火の具合がよくないんでね。もうちょ っと待ってくれないですかね。生焼けの肉なんか食いたくないでしょう?」 「いい加減にせんか」魔法使いは苦々しい表情で吐き捨てた。「さっきから、何 度も同じことばかり言いおって!」 「近頃は炭の値段も高くなってね」商人はわざとらしく嘆息した。「なかなかい い炭が手に入らないんですわ」 「もうよい!」魔法使いは立ち上がった。「金を返してもらおう!他で食べる!」 「おっと、そうはいかねえな、旦那」商人は落ち着いて答えた。「他で食うのは 旦那の勝手だが、金を返すわけにはいかねえ。旦那にゃ、冷たいピコル酒を2杯お 出ししてるんだ」 「酒2杯で、500ノーンだと!」 「不満なら、肉が焼けるのを待つんですな」 頭から湯気がのぼりそうなほど真っ赤になりながら、魔法使いは拳を握りしめた。 厚い唇がわなわなと震え、今にも攻撃的な呪文を吐き出しそうになる。だが、それ は一瞬のことだった。口の中で短く何か唱えた魔法使いは、どさりと腰を下ろした。 「早く焼け」怒りの余韻を残した声で、魔法使いはようやくそれだけ口にすると 自分の前に置かれたグラスから、残りをぐいと飲み干した。 「へえ」リエは用心深く、魔法使いの視線から外れた場所から覗いていた。「魔 法使いなんて、もっと威張りくさってるかと思ってたわ」 「威張りくさってるとも」トートは答えた。「ただし、ネイガーベン以外でだけ どな」 「どうして?」 「この街じゃ、評議会の誰かが立ち会っていない限り、大きな魔法は使えないこ とになっているんだ」トートは説明した。「そもそも、魔法使い協会のマントを着 けた者は、街に入るのにも許可がいるしな。マシャの支配に対して、敵対しないま でも公然と反抗している唯一の街だよ、ここは」 「なるほどね」 「ミリュドフのセレランティム・コーンはもうすぐのはずだ」トートは少し周囲 を見回した。「誰かが余計な注意を、おれたちに向けないうちに急ごうぜ」 リエは頷いた。そして、トートに続いて、大理石らしい石材で組み上げられた建 物の角を曲がり、少し狭い通りに入った。 ほとんど同時に、通りの先に2つの人影が現れた。男が2人。先に立って歩いて いる若い男は、何やら楽しそうに笑いながら連れに話しかけている。連れの男は、 がっしりした体格にフードつきのマントを身に着けていた。 「やばい」トートが呻くように呟いた。「マシャのマントだ」 リエの顔にさっと緊張が走った。 「いまさら、回れ右するのはかえって目立つから、このまま行くぜ」トートは気 付かれない程度に歩調をゆるめて囁いた。「できるだけ顔を見られんようにな」 「オーケー」リエは答えてから、それがアンストゥル・セヴァルティでは通用し ない言葉であることに気付いた。「いいわよ」 二人は、世の中の心配事は今晩の夕食にワインが出るかどうかだけ、というよう な呑気な顔を作るよう努力した。トートは、さりげなく盗賊としての生活の自慢話 をリエに話しかけ、リエはそれに相づちをうつ形で、二人の男から視線を反らした。 まずいことに、リエのフードはあまりの暑さに耐えかねて、数分前に後ろにはねの けてあった。今、慌ててかぶり直すのは、相手の好奇心をひきつけるだけだろう。 額から汗が流れた。双方の距離が次第に縮まってくる。 キキューロは、リエとトートに目を向けたものの、それほど気に止めたわけでも なかった。キキューロは、リエの容貌を詳しく知っているわけではない。それでも 黒い髪の若い女だということで、一応注意は向けた。だが、全くといっていいほど 魔法が感じられなかったので、すぐに興味を失ってしまった。 「いい女だが、違うな、あれは」キキューロは短く笑うと、後ろにいるB・Vを 振り向いた。「ブルー、お前、女はどれぐらい……どうかしたか?」 「あの女だ」B・Vは賢明にも、リエから視線を反らしながら答えた。「間違い ない。あれはリエだ」 「何だと?」キキューロは、再び視線を戻した。「確かか?」 「間違いない」B・Vは頷いた。 「そうか、まさか魔法を完全に遮断できる魔法使いがいるとは思えなかったな」 キキューロは興奮を隠しながらつぶやいた。「よし、分かった。生け捕りにするん だぞ。腕の一本ぐらいは、へし折っても構わないがな」 とうとう4人はすれ違った。その時、リエの脳裏に浮かんでいたのは、A.D. の 時代の小説の一節だった。大抵の小説と同様に長い間忘れ去られていたのだが、魔 法が地球にもたらされた後、ある出版社が再刊して、そこそこに読まれた。登場人 物の一人が主人公に向かって、こう言う場面がある。 「魔法使い同士が偶然に出会うことなんてことはないさ」 今、二人の魔法使いが出会った、とリエは考えた。もちろん偶然以外のなにもの でもない。なのに、なぜ、あたしの心臓は破裂しそうなんだろう? あまり顔をそむけてばかりいるのも不審に思われるかもしれない。そう考えたリ エは、ちらりと二人連れの男を見やった。 ちょうど、そのとき、マシャのマントを着けていないがっしりした男の手が、ゆ ったりした服の中にすっと消えた。半秒後、再び抜き出された手には、木材と金属 を組み合わせた何かの道具が握られていた。短く突き出たパイプが、自然な動きで リエに向けられる。 ----銃口! 考えるより先に、身体が動いた。前方に転がるように身体を投げ出す。同時に、 鈍い炸裂音が轟き、何かがリエのいた空間を切り裂いた。 「リエ!」 「ブルー、逃がすな!」 トートとキキューロの叫びが交差した。 リエの身体はたちまち兵士としてのカンを取り戻し、敏捷に動いた。地面を転が りながら、敵の第2弾を避け、跳ね上がった時には手に剣を抜いていた。 シンジケートの暗殺者だったB・Vは、それを見ると精度の低い銃を捨て、代わ りにナイフを抜いた。地球から持ってきた使い慣れた野戦ナイフである。研ぎ澄ま された刃がぎらりと輝いた。 「リエ!」再びトートの狼狽した叫びが背後から聞こえた。リエは叫び返した。 「下がって、トート!」 B・Vが跳躍した。狡猾にも太陽を背にしている。空中でナイフを放り投げるよ うに持ち替え、着地と同時にリエに斬りかかった。だが、リエの身体はすでにそこ になく、片足で弧を描くように跳びすさると、急激な角度で剣を突き出した。 キン! 金属の触れ合う音が狭い路地に響きわたった。一瞬、二人の身体が触れ合い、ま た離れる。互いに、相手の戦闘能力があなどってよいものではないと知ったのだ。 「あなた、地球人ね!」リエは声をかけた。「ここで何をしているの!」 B・Vは答えなかった。踊るようにステップを踏みながら、リエの視界の限界に 逃れ、鋭くナイフを突き出してくる。リエはスウェイでそれを交わしたが、B・V の攻撃はフェイントだった。ものすごいスピードで下から跳ね上がった足が、リエ の腹部に叩き込まれる。 「ぐっ!」 たまらずリエは身を折った。とっさに後方に跳んだので、ダメージは最小限です んだが、胃に激痛が走る。苦痛の呻きをこらえながら、リエは素早く反撃に転じた。 細身の刃が直線的だが微妙なカーヴを描いてB・Vに向かう。B・Vは易々とそれ を回避すると、一瞬無防備になったリエの右腕を、さっと斬りつけた。 ----強い!リエは実感した。熟練したナイフ使いだわ、こいつ…… バックステップで逃れながら、リエは反撃の隙を探して四方に視線を投げた。通 常なら、わざと自分から隙を作って敵の攻撃を誘うのがセオリーだが、この男が相 手ではそんな見え透いた罠は通用しそうになかった。 二の腕に走った傷は鋭いが深くはない。B・Vがその気なら、リエの腕を切断す ることも可能だったに違いない。それをしなかったのは、目的がリエの殺害ではな く、生け捕りにあるからにすぎない。 ----逃げるしかない! リエは決断した。だが、まずその意志をトートに伝えなければならない。しかも 敵に悟られないようにだ。ネコ族の友人の姿を求めたリエの注意が一瞬それた。む ろんB・Vは、それを見逃したりはしなかった。 B・Vの姿が、リエの視界から煙のように消失した。狼狽したリエだったが、次 の瞬間にはB・Vの意図を正確に察していた。だが手遅れだった。リエの左後方か ら飛び込んだB・Vのナイフが、左足のふくらはぎを切り裂いた。 「リエ!」 トート叫びが耳を打ったが、リエは答える余裕もなく必死で剣を突き出して次の 攻撃を退けた。左足から血がほとばしっているのが分かる。 「剣を捨てろ、女!」叫んだのはB・Vではなく、キキューロだった。「お前の 身体と魔法は、魔法使い協会の制する手の元に置かれる。抵抗をやめれば、命と魂 の尊厳は保証しよう」 「あんた、誰?」リエは壁に背をつけて立ちながら訊いた。別に名前が知りたか ったわけではなく、単なる時間稼ぎのつもりだった。 「おれは、魔法使い協会からお前を追って派遣されたキキューロという者だ」キ キューロはにやりと笑った。「ついでの、こいつのことも紹介しておこうか。お前 と同じ世界からやってきたブルーだ」 リエは紹介された男の顔をみたが、B・Vは無表情に見返しただけだった。その 瞳には肉食獣のような冷酷な光が宿っている。 ----いや、そうじゃない。リエは自分の感想を訂正した。あれは、殺すために殺 すような残忍な男だ。 思わずリエがぞくりを震えたとき、キキューロが再び声をかけた。 「ところで、リエ。ひとつ取引をしないか?」 「取引?何の?」 「おれは一つの計画を暖めている」薄い笑みを浮かべながら、キキューロは話し た。「簡単に言うと、淀んだジジイどもが支配する魔法使い協会の血を一気に入れ 替える計画だ。準備も着々と進んでいる。だが、そのためには、強力な魔法を持っ た魔法使いが一人でも多く必要だ」 取引、というものの内容に薄々察しがついたリエだが、あえて訊いた。 「それで、取引って何なの?」 「おれに協力しろ、リエ。お前の巨大な力があれば、魔法使い協会の大抵の魔法 使いは排除するか、従属させるかできるだろう。お前にも多大な権力を与えてやろ う。ブルーの話だと、元の世界に帰ってたとしても、お前を待っているのはロクで もない運命らしいな?ならば、アンストゥル・セヴァルティで生きていくことを真 剣に考えてはどうだ?」 「……」 「どこへ逃げるつもりだったかは知らないが、いつまでも逃げ切れると思ってい るのか?」躊躇って沈黙したリエに、キキューロは力強い声で続けた。「逃げれば それだけ不利になるぞ。魔法使い協会が全力を投入したら、どこに身を潜めようと も必ず発見される。そうなっては、おれも手の出しようがない。だが、今ならまだ おれがお前に関しての全ての権限を掌握することも可能だ。こんな機会は、今だけ だぞ」 リエは顔を上げた。傍目にも明らかな決意の色が浮かんでいる。 「せっかくの申し出を断るのは悪いけど……」リエはゆっくりと微笑んだ。「あ たしの本能は、あんたを信じるなと言っているわ。キキューロ」 「ほう」失望したにせよ、キキューロはそれを表に出さなかった。「おれはウソ を言っているのではないぞ」 「まあ、そうかもね。だけど、あんたが魔法使い協会で権力を握ったあと、あた しをお払い箱にしないという保証はないものね。あんたは、誰かが邪魔になったら 葬り去るのに躊躇したりはしないでしょう?」 キキューロは、くくっと小さく笑った。 「お前は大した魔女だな、リエ」キキューロはため息をついた。「残念だな。も う少しよく考えてほしかったんだがな」 「一晩考えても、答えは一緒だったでしょうよ。求婚するときは、もっと素敵な 言葉と贈り物でやるのね、魔法使いキキューロ」 「やれ、ブルー」キキューロは命じた。「さっきの続きだ」 言葉が終わらないうちにB・Vが飛びかかってきた。多少なりとも体力の回復が できたリエも、すかさず応じる。再び、剣戟の音が響きわたった。 B・Vは上に超がつくほど一流のナイフの使い手であることを、ほどなくリエは 身を持って知った。リエも特殊部隊の訓練過程で一通りの格闘戦をマスターしては いるものの、あくまで訓練である。CTSS(対テロ特殊部隊)での実戦では、や はり火器を使用する状況が圧倒的に多かった。シンジケート最高の暗殺者であった B・Vは実際に両手両足の指を使っても数え切れないほどの人間を、ナイフで殺害 している。結果はおのずから明らかであった。 また、リエの使っている細剣は古い鉄製だったが、B・Vの野戦ナイフは超硬質 複合素材で作られていて、軽量で硬質的で扱いやすい。何度も打ち合った結果、リ エの剣は少しずつ削られていった。このまま叩きつけ続ければ、いずれリエの剣は 粉々になってしまうかもしれなかった。 鋭い音と共に、リエの肩が小さく切り裂かれた。致命傷ではないが、リエはまた もや相手が得点したのを知って苛立ちに似た思いを味わった。さっきからこの調子 で相手のペースに巻き込まれつつあるのだ。 声が聞こえたのはそのときだった。
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